32 / 61
第三十二話:水面下の潮流
しおりを挟む
『クリスタル・ラビリンス』からの撤退は、勝利とは言い難い、後味の悪さを残した。装甲車両でフロンティアへと戻る道すがら、俺の思考は襲撃者――アトラス・コーポレーションの手の者たち――のことで占められていた。彼らは俺の能力を『法則干渉(ルール・インターフェアレンス)』と呼び、そのデータ収集を目的としていた。つまり、俺の秘密は、すでに俺が思っている以上に外部に漏洩し、分析され始めているということだ。
研究工房に戻るなり、俺はエリーゼへ緊急の報告を入れた。襲撃者の所属、装備、目的、そして交戦の詳細。セバスチャンも、回収した装備の残骸や通信記録の分析結果を添えて、彼の視点からの報告を補足した。
『アトラス・コーポレーション…やはり、あのハイエナどもでしたか』
通信越しに聞こえるエリーゼの声は、怒りよりも冷たい計算の色を帯びていた。
『奴らがあなたの能力に気づいたのは想定内ではありましたが、これほど早く、そして直接的な行動に出てくるとは。少々、見くびっていたようですわね』
「連中の技術レベルは高い。魔力ライフル、特殊装甲、状態異常ガス…おそらく、ダンジョンから得られた技術を独自に解析・応用しているんだろう。俺の能力が解析されれば、対抗策や、あるいは模倣技術を開発してくる可能性もある」
『ええ、その危険性は十分に認識しております。ですが、心配はご無用ですわ。アトラス社は常にリンドバーグ家のビジネス上の競合相手。彼らに対するカウンターインテリジェンス(対抗諜報)と、必要であれば“実力”による牽制の準備は、常に整えておりますの』
彼女の言葉には、絶対的な自信が滲んでいた。大財閥のトップとして、ダーティな手段も厭わない覚悟があるのだろう。
『それよりも、神崎譲。あなたは、あなた自身の研究に集中なさい。アトラス社やその他の“ノイズ”は、わたくしとセバスチャンが可能な限り排除します。あなたは、ただひたすらに『法則』を探求し、その力を進化させなさい。それが、結果的に最大の防御となり、そして我々にとって最大の利益となるのですから』
「……分かった。だが、完全に守られるつもりはない。自分の身は、自分で守れるようにしておく」
『ふふ、頼もしいことですわ。それでこそ、わたくしが見込んだ男ですもの。研究に必要なものは、引き続き何なりと申し付けなさい。最高の環境を提供し続けますわ』
通信はそこで切れた。エリーゼとの関係は、依然として危険な綱渡りだ。だが、彼女の支援がなければ、俺の研究がここまで加速することはなかったのも事実。今は、この関係を利用し、自身の目的を達成することに集中すべきだろう。
俺は早速、セバスチャンが回収してきた襲撃者の装備の残骸を分析し始めた。
(この魔力ライフルのエネルギー変換効率…リンドバーグ社製の最新モデルに匹敵するか、あるいは一部では凌駕している。アトラス社、相当な技術力を持っているな。アーマーの複合素材も、軽量でありながら高い防御力と、限定的な魔力抵抗を備えている。状態異常ガスも、複数の効果を組み合わせた高度な化学兵器だ)
敵の技術レベルを知ることは、対策を立てる上で不可欠だ。俺は、彼らの装備の弱点や、利用されている技術の原理を解析し、それに対抗するための新たな『法則操作』の応用や、防御技術の開発に着手した。
例えば、敵の魔力センサーや生体センサーを欺瞞するための、限定的な『ステルスフィールド』の開発。『現象観測』で周囲の環境情報を取得し、『状態保存』で自身の熱放射や魔力痕跡を周囲の背景レベルに同化させる試みだ。完全な透明化は不可能だが、探知されるまでの時間を稼いだり、奇襲を可能にしたりする効果は期待できる。
あるいは、敵の通信やセンサーシステムに干渉するための、『指向性EMP(電磁パルス)発生装置』の開発。『魔晶光線銃』の技術を応用し、魔力エネルギーを高周波の電磁パルスに変換して照射することで、電子機器を一時的、あるいは永続的に破壊する。これもMP消費が大きいが、敵の組織的な連携を崩すには有効だろう。
さらに、『グラビティ・コード』の研究も本格化させた。エリーゼから提供された膨大な古代言語データベースと照合し、コードのパターンと意味の関連性を探る。統計解析、機械学習的なアプローチも取り入れ、コードの『文法構造』を解き明かそうと試みる。
(…この菱形のパターンは『空間座標指定』、螺旋構造は『エネルギー強度』、そしてこの波線は『時間的変調』を示唆している…? もしそうなら、これらの組み合わせで、特定の時空間に特定のエネルギー場を生成することが…?)
仮説はまだ粗削りだが、少しずつ、古代の超技術の輪郭が見え始めていた。もしこれが正しければ、重力制御だけでなく、空間転移や時間操作といった、さらに高度な『法則操作』への道が開けるかもしれない。
研究に没頭する一方で、俺は自身の周囲に対する警戒も怠らなかった。工房への出入りは最小限にし、外出する際は常に『現象観測』で周囲の状況をモニターする。セバスチャンは、言葉通り警護体制を強化し、俺の周囲には常にリンドバーグ家の息がかかった見張り役(彼らは極めて巧妙に気配を消しており、俺の『現象観測』でなければ気づかないレベルだった)が配置されるようになった。
ギルドを訪れる頻度は減ったが、情報収集のために時折足を運ぶと、やはり俺に対する視線は以前とは違うものになっていた。Dランクに昇格し、いくつかの難関ダンジョンからの生還記録が積み重なるにつれ、「幸運」や「まぐれ」で片付ける声は減り、「何か特別な力を持っているに違いない」という認識が広まっているようだ。『法則ハッカー』の異名も、半ば公然のものとなりつつあった。
そんなある日、ギルドの片隅で、再びレンたちの姿を見かけた。だが、以前のような焦燥感や苛立ちは、彼の表情からは消えていた。代わりに、何か吹っ切れたような、あるいは新たな覚悟を決めたような、静かな闘志が瞳に宿っているように見えた。栞とミナも、彼の隣で、以前よりもしっかりとした足取りで立っている。彼らの中で、何かが変わったのかもしれない。彼らがどんな道を選んだのかは分からない。だが、俺はやはり声をかけず、そっとその場を離れた。それぞれの道は、まだ交わるべき時ではないのだろう。
研究、開発、そして水面下での情報戦と自己防衛。俺を取り巻く世界の歯車は、確実に、そして急速に回り始めていた。それは、エキサイティングであると同時に、常に危険と隣り合わせの日々だ。
次に俺が挑むべきは、どんなダンジョンか、どんな敵か、そして、どんな『法則』なのか。まだ見えない未来に向けて、俺は今日も研究工房の灯りを点し、未知なる方程式に挑み続ける。加速する世界の中で、俺自身の進化もまた、止まることはないのだから。
研究工房に戻るなり、俺はエリーゼへ緊急の報告を入れた。襲撃者の所属、装備、目的、そして交戦の詳細。セバスチャンも、回収した装備の残骸や通信記録の分析結果を添えて、彼の視点からの報告を補足した。
『アトラス・コーポレーション…やはり、あのハイエナどもでしたか』
通信越しに聞こえるエリーゼの声は、怒りよりも冷たい計算の色を帯びていた。
『奴らがあなたの能力に気づいたのは想定内ではありましたが、これほど早く、そして直接的な行動に出てくるとは。少々、見くびっていたようですわね』
「連中の技術レベルは高い。魔力ライフル、特殊装甲、状態異常ガス…おそらく、ダンジョンから得られた技術を独自に解析・応用しているんだろう。俺の能力が解析されれば、対抗策や、あるいは模倣技術を開発してくる可能性もある」
『ええ、その危険性は十分に認識しております。ですが、心配はご無用ですわ。アトラス社は常にリンドバーグ家のビジネス上の競合相手。彼らに対するカウンターインテリジェンス(対抗諜報)と、必要であれば“実力”による牽制の準備は、常に整えておりますの』
彼女の言葉には、絶対的な自信が滲んでいた。大財閥のトップとして、ダーティな手段も厭わない覚悟があるのだろう。
『それよりも、神崎譲。あなたは、あなた自身の研究に集中なさい。アトラス社やその他の“ノイズ”は、わたくしとセバスチャンが可能な限り排除します。あなたは、ただひたすらに『法則』を探求し、その力を進化させなさい。それが、結果的に最大の防御となり、そして我々にとって最大の利益となるのですから』
「……分かった。だが、完全に守られるつもりはない。自分の身は、自分で守れるようにしておく」
『ふふ、頼もしいことですわ。それでこそ、わたくしが見込んだ男ですもの。研究に必要なものは、引き続き何なりと申し付けなさい。最高の環境を提供し続けますわ』
通信はそこで切れた。エリーゼとの関係は、依然として危険な綱渡りだ。だが、彼女の支援がなければ、俺の研究がここまで加速することはなかったのも事実。今は、この関係を利用し、自身の目的を達成することに集中すべきだろう。
俺は早速、セバスチャンが回収してきた襲撃者の装備の残骸を分析し始めた。
(この魔力ライフルのエネルギー変換効率…リンドバーグ社製の最新モデルに匹敵するか、あるいは一部では凌駕している。アトラス社、相当な技術力を持っているな。アーマーの複合素材も、軽量でありながら高い防御力と、限定的な魔力抵抗を備えている。状態異常ガスも、複数の効果を組み合わせた高度な化学兵器だ)
敵の技術レベルを知ることは、対策を立てる上で不可欠だ。俺は、彼らの装備の弱点や、利用されている技術の原理を解析し、それに対抗するための新たな『法則操作』の応用や、防御技術の開発に着手した。
例えば、敵の魔力センサーや生体センサーを欺瞞するための、限定的な『ステルスフィールド』の開発。『現象観測』で周囲の環境情報を取得し、『状態保存』で自身の熱放射や魔力痕跡を周囲の背景レベルに同化させる試みだ。完全な透明化は不可能だが、探知されるまでの時間を稼いだり、奇襲を可能にしたりする効果は期待できる。
あるいは、敵の通信やセンサーシステムに干渉するための、『指向性EMP(電磁パルス)発生装置』の開発。『魔晶光線銃』の技術を応用し、魔力エネルギーを高周波の電磁パルスに変換して照射することで、電子機器を一時的、あるいは永続的に破壊する。これもMP消費が大きいが、敵の組織的な連携を崩すには有効だろう。
さらに、『グラビティ・コード』の研究も本格化させた。エリーゼから提供された膨大な古代言語データベースと照合し、コードのパターンと意味の関連性を探る。統計解析、機械学習的なアプローチも取り入れ、コードの『文法構造』を解き明かそうと試みる。
(…この菱形のパターンは『空間座標指定』、螺旋構造は『エネルギー強度』、そしてこの波線は『時間的変調』を示唆している…? もしそうなら、これらの組み合わせで、特定の時空間に特定のエネルギー場を生成することが…?)
仮説はまだ粗削りだが、少しずつ、古代の超技術の輪郭が見え始めていた。もしこれが正しければ、重力制御だけでなく、空間転移や時間操作といった、さらに高度な『法則操作』への道が開けるかもしれない。
研究に没頭する一方で、俺は自身の周囲に対する警戒も怠らなかった。工房への出入りは最小限にし、外出する際は常に『現象観測』で周囲の状況をモニターする。セバスチャンは、言葉通り警護体制を強化し、俺の周囲には常にリンドバーグ家の息がかかった見張り役(彼らは極めて巧妙に気配を消しており、俺の『現象観測』でなければ気づかないレベルだった)が配置されるようになった。
ギルドを訪れる頻度は減ったが、情報収集のために時折足を運ぶと、やはり俺に対する視線は以前とは違うものになっていた。Dランクに昇格し、いくつかの難関ダンジョンからの生還記録が積み重なるにつれ、「幸運」や「まぐれ」で片付ける声は減り、「何か特別な力を持っているに違いない」という認識が広まっているようだ。『法則ハッカー』の異名も、半ば公然のものとなりつつあった。
そんなある日、ギルドの片隅で、再びレンたちの姿を見かけた。だが、以前のような焦燥感や苛立ちは、彼の表情からは消えていた。代わりに、何か吹っ切れたような、あるいは新たな覚悟を決めたような、静かな闘志が瞳に宿っているように見えた。栞とミナも、彼の隣で、以前よりもしっかりとした足取りで立っている。彼らの中で、何かが変わったのかもしれない。彼らがどんな道を選んだのかは分からない。だが、俺はやはり声をかけず、そっとその場を離れた。それぞれの道は、まだ交わるべき時ではないのだろう。
研究、開発、そして水面下での情報戦と自己防衛。俺を取り巻く世界の歯車は、確実に、そして急速に回り始めていた。それは、エキサイティングであると同時に、常に危険と隣り合わせの日々だ。
次に俺が挑むべきは、どんなダンジョンか、どんな敵か、そして、どんな『法則』なのか。まだ見えない未来に向けて、俺は今日も研究工房の灯りを点し、未知なる方程式に挑み続ける。加速する世界の中で、俺自身の進化もまた、止まることはないのだから。
22
あなたにおすすめの小説
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜
大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。
広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。
ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。
彼の名はレッド=カーマイン。
最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。
※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる