地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第三十一話:水晶迷宮の影

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『グラビティ・コード』の初期解析を終えた俺は、次なる実地検証の場として、Cランク上位ダンジョン『クリスタル・ラビリンス』を選んだ。ここは、内部全体が巨大な水晶洞窟となっており、壁や天井からは様々な種類の魔力結晶が産出されることで知られている。しかし、その構造は複雑怪奇で、結晶が放つ光の屈折や反射によって方向感覚を失いやすく、迷宮の名に違わず遭難者も多いという。

このダンジョンを選んだ理由はいくつかある。まず、豊富な魔力結晶は、俺の研究にとって格好のサンプルとなる。特に、環境によって異なる特性を持つ結晶を『現象観測』で比較分析すれば、結晶生成のメカニズムや魔力貯蔵の原理に迫れるかもしれない。

次に、複雑な空間構造は、『法則操作』による空間認識能力とナビゲーション技術のテストに最適だ。『現象観測』で結晶構造や光の反射経路を精密にマッピングし、『状態保存』で擬似的なマーカーを空間に設置したり、あるいは壁の結晶構造の『歪み』を利用して、限定的ながら壁の向こう側を透視したりする…そんな応用を試してみたかった。

そして最後に、エリーゼ自身も、このダンジョンで稀に産出されるという『時空結晶』と呼ばれる特殊な魔力結晶に強い関心を示していた。もしこれを持ち帰ることができれば、彼女からのさらなる支援を引き出すための、良い取引材料になるだろう。

「『クリスタル・ラビリンス』ですか…あそこは、視覚情報に頼りすぎると痛い目を見ますぞ。熟練の探索者でも、幻惑系のトラップやモンスターに不覚を取ることが少なくありません」

出発前、セバスチャンはいつものように冷静な口調で忠告した。今回も彼は同行するが、役割は前回同様、護衛とサポート、そして監視が主だ。

「分かっている。視覚だけでなく、『現象観測』による多角的な情報収集で対応するさ」

俺たちは再び装甲車両に乗り込み、フロンティアから東へ一日ほどの距離にある『クリスタル・ラビリンス』へと向かった。ダンジョンの入り口は、巨大な水晶の塊が突き出した、幻想的な外観の洞窟だった。

内部に足を踏み入れると、そこは言葉通り、水晶の世界だった。壁も、天井も、床までもが、大小様々な水晶で覆われており、内部から放たれる淡い光によって、洞窟全体が美しく、しかしどこか非現実的な輝きに満ちている。光は複雑に屈折・反射し、空間の距離感や形状を把握するのが難しい。

「これは…想像以上だな」

『現象観測』をフル稼働させる。視覚情報に惑わされず、空間の正確な形状、結晶の配置、空気の流れ、魔素の濃度分布などをデータとして取り込み、脳内で三次元マップを構築していく。

「神崎様、前方通路、光の屈折を利用した隠し通路があるようです。また、その先に微弱な生体反応が複数」

セバスチャンのサポートも的確だ。彼の持つ風操作能力は、空気の流れを読むことで、隠された通路や敵の気配を探るのにも役立つらしい。

俺たちは、迷宮を進んでいく。複雑な分岐路では、俺が『現象観測』で最適なルートを割り出し、時には『状態保存』で一時的なマーカーを設置して進む。幻惑系のトラップ――例えば、存在しない壁や通路を見せる光の幻影など――も、『現象観測』による実体判定で見破ることができた。

出現するモンスターは、クリスタルゴーレムや、光を操る小型の精霊のようなものが主だった。物理防御が高いゴーレムには、『魔晶光線銃 MarkIII』や、関節部へのピンポイント攻撃が有効だった。精霊系のモンスターは、物理攻撃が効きにくいが、動きが直線的で、魔力的な干渉には弱いようだった。『状態保存』で魔力の流れを乱したり、音波攻撃で動きを封じたりすることで、比較的容易に対処できた。

順調に進みすぎている、と感じ始めた矢先だった。

比較的広い、水晶の柱が林立する広間に出た時、俺の『現象観測』が異常を捉えた。

(…複数の気配。隠れている。それも、巧みに魔力反応を遮断しているな。装備か、スキルか…?)

セバスチャンも、ほぼ同時に異常に気づいたようだ。彼の表情が僅かに険しくなる。

「…待ち伏せですな。数は、六」
「ああ。プロの動きだ。ただのモンスターじゃない」

俺たちは背中合わせになり、全方位を警戒する。広間に設置された水晶柱が、絶好の隠れ場所となっている。

次の瞬間、水晶柱の影から、黒ずくめの戦闘服に身を包んだ者たちが、音もなく現れた。彼らは最新鋭と思われる複合素材のアーマーを装着し、手には魔力エネルギーを射出するライフルや、状態異常を引き起こす特殊なグレネードのようなものを構えている。その動きは統率が取れており、明らかに高度な訓練を受けたプロフェッショナルだ。

「…来たか」

俺は呟いた。セバスチャンが警告していた、俺を狙う組織の手の者だろう。彼らの目的は、俺の捕獲か、あるいは能力データの収集か。

「ターゲット確認。『法則ハッカー』神崎譲。および、随伴者一名。予定通り、これより実力行使に移行する」

リーダー格の男が、ヘルメットの通信機越しに、冷徹な声で指示を出す。彼らは、俺の異名まで知っているようだ。

六人の襲撃者が、一斉に行動を開始した。三人がライフルで俺とセバスチャンを狙撃し、残りの三人が、俺たちの動きを封じるように、特殊グレネードを投擲してくる。

「神崎様!」

セバスチャンは風の盾を展開し、ライフル弾を防ぐ。だが、グレネードの一つが俺たちの近くで炸裂し、紫色の煙が立ち込めた。

(状態異常ガス!?)

俺は咄嗟に『状態保存』で呼吸器系の機能を正常状態に固定し、ガスの吸引を防ぐ。だが、このガスには、視覚や聴覚を一時的に麻痺させる効果もあるようだ。視界が僅かに歪み、耳鳴りがする。

「セバスチャン、ガスから離れろ!」

俺は叫びながら、煙幕から飛び出す。だが、それを待っていたかのように、ライフルを持った襲撃者の一人が、俺の動きに合わせて精密な射撃を仕掛けてきた。

(動きを読まれている!?)

彼らは、事前に俺の戦闘データを分析し、対策を立ててきている。俺は『状態保存』による瞬間回避と、擬似生体金属装甲で辛うじて直撃を避けるが、肩を掠めたエネルギー弾が装甲を僅かに溶解させた。

「ちっ…!」

このままでは、ジリ貧だ。俺は反撃に転じる。

『魔晶光線銃 MarkIII』を抜き放ち、三点バースト射撃! 襲撃者の一人のライフルを狙う。

青白い光線が、襲撃者の持つライフルに命中し、爆散させた。武器を失った襲撃者は、素早く遮蔽物に隠れる。

「援護します!」

セバスチャンも風の刃を放ち、他の襲撃者を牽制する。だが、敵もさるもの、巧みな連携と遮蔽物を利用した射撃で、セバスチャンの攻撃をいなし、俺たちを徐々に追い詰めてくる。

(…奴らの装備、どこかで見たような…? あのライフルのエネルギー反応パターン…それに、アーマーの材質…)

『現象観測』が、敵の装備に関する微細な情報を拾い上げる。それは、特定の巨大複合企業――リンドバーグ家としばしば対立関係にあるとされる、『アトラス・コーポレーション』のロゴマークや、技術的特徴と酷似していた。

(アトラス社…やはり、企業ぐるみか!)

彼らは、ダンジョン利権や新技術を巡り、リンドバーグ家、そしてその協力者である俺を排除、あるいは利用しようとしているのだろう。

状況を打開するには、敵の連携を崩し、個別に撃破していくしかない。俺はセバスチャンに目配せし、合図を送る。

「セバスチャン、撹乱を頼む!」
「承知!」

セバスチャンは、広間全体の気流を操作し、突風と砂塵(水晶の破片)を巻き起こした。視界が悪化し、襲撃者たちの連携が一瞬乱れる。

その隙に、俺はポーチから小型魔力爆薬を取り出し、敵が密集している遮蔽物に向けて投擲。遠隔起爆!

**ドォン!**

爆発が遮蔽物ごと襲撃者の一人を吹き飛ばす。

さらに、俺は『法則操作』の新たな応用を試す。ターゲットは、残りの襲撃者たちが持つ魔力ライフル。

(ライフルのエネルギー充填回路…その魔力コンデンサ部分の静電容量を、『状態保存』で強制的にオーバーロードさせる!)

MPを集中させ、複数のライフルに対して同時にスキルを発動!

**バチッ! バチッ!**

襲撃者たちの持つライフルから火花が散り、機能不全に陥った。

「なっ!? 武器が!」
「クソッ、何をしやがった!」

武器を無力化され、動揺する襲撃者たち。俺とセバスチャンは、この好機を逃さなかった。

俺は魔晶光線銃で牽制しつつ、接近戦に持ち込み、ショートソードと体術で一人ずつ確実に制圧していく。セバスチャンも、風の刃と魔法剣で残りの敵を圧倒する。

数分後。六人の襲撃者は、全員が戦闘不能となり、地面に転がっていた。

「…終わったか」

俺は荒い息をつきながら、周囲を見回した。MPは三割近くまで消耗していた。セバスチャンも、僅かに息を切らしている。

俺は倒れた襲撃者の一人に近づき、ヘルメットを剥ぎ取った。素顔は、感情の読めない、冷徹なプロの兵士のものだった。尋問しても、何も話さないだろう。

だが、彼らが身に着けていた装備の残骸や、破損した通信機からは、いくつかの情報が得られた。やはり、アトラス・コーポレーションの関与を示す証拠がいくつか見つかった。さらに、彼らが「対象(ターゲット)の『法則干渉(ルール・インターフェアレンス)』能力のデータ収集」を最優先事項としていたことも、断片的な通信記録から判明した。

(法則干渉…奴らも、俺の能力の本質に気づき始めているのか)

これは、いよいよ本格的に危険な状況になってきた、ということだ。

「セバスチャン、こいつらはどうする?」
「…情報は抜き取りました。あとは、ギルドに引き渡すのが筋でしょうが…アトラス社の息がかかっているとすれば、揉み消される可能性が高いですな」

セバスチャンは、冷徹な目で襲撃者たちを見下ろした。

「ひとまず、拘束しておきましょう。エリーゼ様と相談の上、今後の処遇を決定いたします」

俺たちは襲撃者たちを簡易的な魔力枷で拘束し、広間の隅にまとめておいた。

「…神崎様、今回の襲撃で、当初の目的であった『時空結晶』の探索は困難になりました。撤退をご提案いたします」
「……ああ、そうだな」

俺は頷いた。敵の妨害を受け、MPも消耗した今、これ以上の深部探索は危険すぎる。それに、敵対組織の存在という、より大きな問題が浮上した。

俺たちは、必要最低限の魔力結晶サンプルと、『現象観測』で記録した空間データを確保し、『クリスタル・ラビリンス』からの撤退を開始した。

帰り道、俺の頭の中は、戦闘の興奮よりも、むしろ今後のことへの懸念で占められていた。アトラス・コーポレーション。彼らは、俺の能力をどこまで把握しているのか? 彼らの目的は? そして、今後、どんな手段で接触してくるのか?

(…研究開発を、さらに加速させる必要がある。敵の技術レベルは高い。それに対抗し、俺自身と、そして…あるいは、この世界を守るためには、俺の『法則操作』を、さらに進化させなければならない)

歯車は、確実に、そして急速に回り始めていた。それは、俺の成長を促すものであると同時に、より巨大な陰謀と、避けられぬ対立へと俺を導いていく。

フロンティアへの帰路は、重い沈黙に包まれていた。次に俺が挑むべきは、ダンジョンだけでなく、この世界の裏で蠢く、巨大な組織という名の『法則』なのかもしれない。そんな予感が、強く胸を打っていた。
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