地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第五十話:キメラの檻、突破口

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深夜の闇に紛れ、俺たちはアトラス社の偽装研究所の敷地境界線に到達した。目標は、地下排水路の排出口。月明かりと、俺の『現象観測』、そしてセバスチャンの気配察知能力だけを頼りに、森の中を進む。

「…前方50メートル、赤外線センサー。その先、地面に圧力センサーが埋設されている可能性が高い」

セバスチャンが、特殊なゴーグル越しに捉えた情報を小声で伝える。

「了解。センサーの死角を突いて進む。足元注意」

俺たちは、まるで影のように、音もなくセンサー網を回避していく。セバスチャンの隠密行動能力は驚異的で、俺のステルスフィールドとの相乗効果により、ほぼ完璧に気配を消すことができていた。

やがて、目的の排出口を発見した。錆びついた鉄格子がはまっているが、物理的な強度はそれほど高くない。

「俺がやる」

レンが前に出て、魔力剣に僅かに魔力を込める。鉄格子に触れるか触れないかの距離で、剣先から放たれた微弱な魔力振動が、錆びついた金属を脆化させた。軽く手で押すと、鉄格子は音もなく崩れ落ちた。彼の魔力制御も、以前より格段に向上しているようだ。

排水路の中は、予想通り、暗く、湿っており、そして不快な臭いが漂っていた。俺は小型のライトで前方を照らしながら進む。

「ここからは、センサー密度がさらに上がるはずだ。慎重に進むぞ」

『現象観測』で、壁や天井に設置された微細なセンサーを探知し、その種類と探知範囲を分析していく。レーザーセンサー、音波センサー、魔力センサー…。種類も様々だ。

「譲、前方カーブの先、動体センサーがある。どうする?」

レンが尋ねる。

「俺が一時的に無効化する。『法則干渉ツール』を起動。ターゲット、動体センサーの制御回路。干渉パターン…解析中…よし、これだ」

俺は腕に装着したツールを操作し、特定の電磁パルスをセンサーに向けて照射する。センサーの表示ランプが一瞬点滅し、機能が停止した。

「よし、今のうちに通過するぞ!」

俺たちは迅速にカーブを抜け、さらに奥へと進む。このように、センサーや単純なトラップは、俺の『法則操作』で比較的容易に突破できた。問題は、より高度な電子ロックや、生体認証が必要なゲートだ。

しばらく進むと、分厚い隔壁が現れ、行く手を阻んだ。隔壁には、カードキーリーダーと、網膜スキャン装置が設置されている。

「…ここが最初の関門か」

俺は隔壁に近づき、『現象観測』で内部のロック機構と電子回路をスキャンする。

(…かなり高度なセキュリティシステムだ。物理的な破壊は難しいし、無理にこじ開ければ警報が鳴る。ハッキングで解除するしかないか)

俺は『法則干渉ツール』を隔壁の制御パネルに接続し、内部システムへのアクセスを試みる。暗号化されたプロトコル、多重のファイアウォール。アトラス社の技術力の高さが窺える。

「…少し時間がかかる。周囲の警戒を頼む」

俺はハッキング作業に集中する。解析したコードの脆弱性を突き、システム権限を奪取しようと試みる。モニターに、高速で流れる文字列とコードが表示される。

数分間の、息詰まるような攻防。そして…

「…よし、突破した! 隔壁を開ける!」

制御を奪ったシステムにコマンドを送り、重々しい音と共に隔壁が左右に開いた。

「見事だ、譲」

レンが感嘆の声を漏らす。

隔壁の先は、研究所の地下階層に繋がっていた。白い壁、無機質な通路、そして空気中に漂う薬品と…微かな血の匂い。この施設で行われている非人道的な実験の痕跡を、否定しようもなく感じさせた。

「ここからは、警備兵や実験体との遭遇も覚悟しなければならない。フォーメーションを組んで進むぞ」

俺たちは、レンとセバスチャンを前衛、俺とミナを中間、栞を後衛とする陣形を組み、慎重に通路を進み始めた。

「…右前方、複数の足音。数は四。武装している」

セバスチャンが気配を探知し、警告する。

「ミナ、閃光魔法を準備。レン、セバスチャン、制圧を頼む」

通路の角を曲がった瞬間、ミナが閃光魔法を放つ。

**「うわっ!?」**

突然の閃光に目を眩ませた警備兵たちに、レンとセバスチャンが音もなく襲いかかる。レンの魔力剣が鞘走る音、セバスチャンの剣が風を切る音。そして、数秒後には、四人の警備兵が意識を失って床に倒れていた。完璧な連携による、無音の制圧だった。

俺たちは警備兵を拘束し、彼らの所持していた通信機やデータパッドから情報を抜き取る。施設の内部マップ、警備ローテーション、そして…『キメラ』に関する断片的な情報。

「…やはり、この施設でキメラの開発と実験が行われているのは間違いないようだ。サーバー室は…最下層にある研究セクションの奥か」

俺は抜き取ったデータを元に、目標地点までのルートを再設定する。

その後も、俺たちはいくつかの警備兵の巡回部隊や、暴走したと思われる実験体モンスター(それは、ダンジョンで遭遇するものよりも、遥かに歪で、苦しんでいるように見えた)に遭遇したが、連携を駆使してそれらを突破していった。俺のハッキング能力、レンとセバスチャンの戦闘力、栞の回復力、そしてミナの援護魔法。それぞれの能力が、この危険な潜入作戦を支えていた。

そして、ついに俺たちは、施設の最下層、厳重なセキュリティゲートに守られた研究セクションへとたどり着いた。その扉の向こう側から、複数の強力なエネルギー反応と、そして…あの『キメラ』特有の、歪んだ生命の気配が感じられた。

「…ここが、キメラの檻か」

俺は、目の前の分厚い扉を睨みつけた。この扉の先には、アトラス社の闇の中核と、俺たちが求める情報があるはずだ。

「最後の関門だ。総員、準備はいいな?」

俺は仲間たちを見回した。それぞれの瞳には、緊張と、しかしそれを上回る決意の光が宿っていた。

「いつでも行ける」
「お供いたします」
「はい!」
「うん!」

俺は頷き、再び『法則干渉ツール』を扉の制御パネルに接続した。これまでのどのセキュリティよりも強固なシステム。これを突破するには、全神経を集中させる必要がある。

ハッキングを開始する。モニターに表示される防御プログラムのコードは、複雑怪奇を極めていた。まるで、生きているかのように、俺の侵入を拒み、反撃してくる。

(…手強い…! だが、必ず突破口はあるはずだ!)

俺は、『法則操作』で得た思考加速能力を限定的に使用し、超高速でコードを解析、突破口を探る。精神力が急速に削られていく。

「譲さん、顔色が…!」

栞が心配そうな声を上げる。

「…問題ない。集中させろ」

俺は外部の情報を遮断し、ハッキングに全神経を注ぐ。

そして、数分後。

**「……開いた!」**

ついに、最後の防御壁を突破した。重々しい音を立てて、研究セクションへの扉が開き始める。

扉の向こうに広がる光景に、俺たちは息を呑んだ。

そこは、巨大な実験室だった。壁際には、いくつもの培養カプセルが並び、その中には、異形のキメラと思しき存在が、液体の中で眠っている。そして、部屋の中央には、一体の、ひときわ巨大で強力なエネルギーを放つキメラが、拘束具に繋がれた状態で鎮座していた。

(…あれが、新型か? まさか、実戦投入前の最終調整段階…?)

そして、そのキメラの傍らには、白衣を着た数人の研究員と、武装した警備兵、さらに…俺たちが予想していなかった人物が立っていた。

その人物は、俺たちに気づくと、ゆっくりと振り返った。その顔には、驚きと、困惑と、そして…深い絶望の色が浮かんでいた。

「……譲……? なぜ、君がここに……?」

それは、俺がずっと心のどこかで再会を恐れ、そして望んでいた人物。

親友だったはずの男――相沢だった。
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