地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~

夏見ナイ

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第五十六話:氷獄の門番、集う理(ことわり)

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極北の地に聳え立つ、黒曜石の塔『揺り籠』。それは、人類の知識や理解を超えた、異様な存在感を放っていた。吹き荒れるブリザードは、単なる自然現象ではなく、塔から放出される異常なエネルギーによって増幅されているかのようだ。俺たちの体感温度は急激に奪われ、特殊な防寒装備を纏っていても、骨身に染みる寒さが襲ってくる。

「…前方の空間歪曲レベルが上昇しています。幻覚誘発性のエネルギーフィールドも検知。各自、精神防壁を最大に」

セバスチャンが、ヘルメットに内蔵されたセンサーの情報を読み上げ、警告を発する。彼の周囲には、見えない風の膜が展開され、ブリザードの影響を最小限に抑えている。

俺も『クロノスタシス・フィールド』を限定的に展開し、自身と周囲の仲間にかかる時間的な影響を緩和しようと試みる。同時に、『法則干渉』によるメンタル・プロテクションを起動。時空結晶の影響で過敏になった感覚が、この異常な環境によって暴走しないように、意識的に制御する。

『揺り籠』へと続く、広大な氷原。視界は悪く、足元も滑りやすい。時折、空間がぐにゃりと歪み、存在しないはずのクレバスや、あるいは過去の遭難者の凍りついた幻影が一瞬現れては消える。

「…集中しろ! 幻覚に惑わされるな!」

レンが、魔力剣に闘気を込めながら、自分自身と仲間たちを鼓舞するように叫ぶ。彼の声には、リーダーとしての成長が感じられた。

栞も、精神感応スキルを使い、幻覚の影響を受けやすいミナや、消耗している俺の状態を常にモニターし、必要に応じて精神安定の波動を送ってくれているようだ。ミナは、杖を握りしめ、不安と戦いながらも、しっかりと前を見据えている。

俺たちは、互いを励まし合い、警戒し合いながら、一歩ずつ、しかし確実に黒い塔へと近づいていった。

そして、塔まであと数キロメートルという地点まで到達した時。

ブリザードが、不自然なほどに弱まった。まるで、何かの境界線を越えたかのように。そして、俺たちの目の前に、それは現れた。

塔の入り口を守るように立つ、三体の巨大な存在。

一体は、全身が極低温の氷で構成され、冷気を纏う巨像。その動きは鈍重に見えるが、周囲の温度を絶対零度近くまで低下させる能力を持っているようだ。触れたものを瞬時に凍結させる冷気のブレスを吐き出す。

一体は、黒曜石のような滑らかな装甲に覆われ、重力そのものを操るかのような、ずっしりとした威圧感を放つ四足獣。その足元は常に空間が歪んでおり、近づく者に強烈な重力負荷をかけ、動きを封じようとする。

そして最後の一体は、定まった形を持たない、エネルギー体のようにも見える存在。時間そのものを操るかのように、その姿は明滅し、時には未来位置に実体化したり、過去の攻撃の残像を叩きつけたりしてくる。

「…氷、重力、そして時間…か。まるで、俺たちがこれまでに乗り越えてきたダンジョンの特性を、それぞれ受け継いだようなガーディアンだな」

俺は、『魔晶光線銃 MarkIII』を構えながら分析する。個々の能力もさることながら、この三体が連携して襲ってきたら、極めて厄介なことになるだろう。

「…『ノア』が配置したのか、それとも『揺り籠』自身の防衛機構か…。いずれにせよ、これを突破しなければ、先へは進めませんな」

セバスチャンも、魔法剣と風の力を解放し、臨戦態勢に入る。

「役割分担だ! 俺が氷の巨像を! レンは重力の獣を! セバスチャン、時間のエレメンタルを頼む! 栞、ミナ、最大限の援護を!」

俺は即座に指示を飛ばす。

「了解!」
「任せろ!」
「承知!」
「はい!」
「うん!」

俺たちは、最後の決戦を前にした、最後の門番との戦いに挑んだ。

俺はまず、氷の巨像の絶対零度フィールドに対抗するため、『状態保存』で自身の周囲の分子運動を活性化させ、擬似的な『断熱フィールド』を展開する。同時に、魔晶光線銃を最大出力で連射! 氷の巨像は動きが鈍いため、狙いはつけやすい。

**ドッ!ドッ!ドッ!**

青白い魔力エネルギーが、氷の巨像に着弾し、その体を大きく抉る。だが、巨像は周囲の冷気を取り込み、瞬時に傷を修復してしまう。

(再生能力持ちか! コアを破壊しない限り、キリがない!)

俺は『現象観測』でコアの位置を探る。胸部中心、ひときわ低温のエネルギー反応がある部分だ。だが、分厚い氷の装甲に守られている。

一方、レンは重力の獣と対峙していた。獣が放つ重力波が、レンの動きを鈍らせ、地面に縫い付けようとする。

「くっ…重い…! だが、この程度!」

レンは雄叫びを上げ、魔力剣に『星霜の秘文字』の力を流し込む。剣が淡い金色の光を放ち、周囲の重力場への抵抗力を増したかのように、彼の動きが僅かに軽くなる。そして、獣の歪んだ空間防御をこじ開けるように、渾身の斬撃を叩き込んだ!

「『魔剣解放・重破斬(じゅうはざん)』!」

重力そのものを断ち切るかのような一撃が、獣の黒曜石の装甲に深々と食い込み、火花を散らす。

セバスチャンは、時間のエレメンタルを相手に、予測不能な動きに翻弄されながらも、その卓越した剣技と風操作で互角以上に渡り合っていた。エレメンタルの時間跳躍を、彼は未来予測に近い感覚で読み切り、風の刃で的確にカウンターを入れる。

「神崎様! 氷の巨像のコアを破壊するには、外部装甲を一時的にでも無力化する必要があります! 高熱か、あるいは特定の周波数による共振破壊が有効かと!」

セバスチャンが、戦闘の合間に的確な助言をくれる。

(高熱…共振破壊…!)

俺は閃いた。『法則干渉ツール』を取り出し、氷の分子構造が最も共振しやすい周波数を計算する。そして、その周波数の超音波を、『状態保存』で増幅・指向性を持たせて氷の巨像に照射!

**キィィィィィン!!**

人間には聞こえない高周波が、巨像の体を内部から揺さぶり始める。氷の装甲に微細な亀裂が走り、耐久力が低下していく。

「今だ!」

俺は魔晶光線銃の出力を再び最大にし、胸部コアに向けて集中砲火!

共振破壊で脆くなった装甲が砕け散り、ついに内部のコアが露出する。そこへ、魔力エネルギーの杭が深々と突き刺さった!

**ゴオオオオオ……**

氷の巨像が断末魔のような咆哮を上げ、全身が砕け散り、氷の粒子となって消滅した。

「よし、一体撃破!」

だが、休む間はない。重力の獣と戦うレンが、徐々に押し込まれ始めていた。獣の重力操作は強力で、レンの体力と魔力を着実に削っていく。

「レン、援護する!」

俺は即座にレンの元へ駆けつけ、『法則操作』で獣の重力場に干渉し、その効果を一時的に中和・軽減させる。

「助かる、譲!」

重圧から解放されたレンは、再び魔力剣に力を込める。栞の回復魔法が彼を支え、ミナの放つ氷結魔法が獣の動きを僅かに鈍らせる。

「これで、終わりだ! 『星霜連牙(せいそうれんが)』!!」

レンの魔力剣が、無数の金色の光の牙となり、獣の装甲の隙間を縫うようにして、内部へと突き刺さった! 時間と空間を切り裂くかのような連撃が、獣のコアを完全に破壊する。

**グオオオオオ……**

重力の獣もまた、低い呻き声を残して崩れ落ち、砂埃と化した。

残るは、セバスチャンが相手をしている時間のエレメンタルのみ。だが、こいつが最も厄介だった。時間跳躍、過去からの攻撃、そして未来予測による回避。セバスチャンの剣技をもってしても、決定打を与えられずにいる。

「…どうする? あいつを捉える方法が…」

俺が思考を巡らせていると、栞が静かに口を開いた。

「…私に、考えがあります。譲さん、セバスチャンさん、レンさん。私の合図で、一斉に最大火力の攻撃を、あのエレメンタルの“未来位置”と思われる場所に叩き込んでください」
「未来位置に?」
「はい。私の『精神感応』と、譲さんから分けてもらった『クロノスの刻印』の力…その共鳴で、ほんの一瞬だけ、奴の未来の軌道を『観測』できるかもしれません」

栞の提案は、大胆で、そして危険な賭けだった。だが、彼女の瞳には、強い確信が宿っている。

「…分かった。栞、頼む」

俺は頷いた。レンも、セバスチャンも、異論はないようだ。

栞は目を閉じ、精神を集中させる。彼女の周囲に、淡い緑色の光と、金色の光の粒子が混じり合ったようなオーラが立ち昇る。彼女のエンパシースキルと、刻印の力が共鳴し、時空の奔流を探っているのだ。

数秒後。栞は目を見開き、叫んだ。

「…今です! 三秒後、座標X-10、Y-5、Z+20!」

俺、レン、セバスチャンは、同時に動いた。俺は魔晶光線銃の残弾全てを叩き込む。レンは最大威力の魔剣技を放つ。セバスチャンも、風の力を極限まで圧縮した刃を放つ。三つの異なる、しかし強力なエネルギーが、栞が示した未来座標の一点へと収束していく。

時間のエレメンタルは、その瞬間、まさにその座標へと時間跳躍を行おうとしていた。だが、未来位置で待ち受けていたのは、俺たちの予測された最大火力だった。

回避する時間も、防御する術もない。エレメンタルは、三つの強大なエネルギーの奔流に飲み込まれ、抵抗する間もなく、その存在ごと完全に消滅した。

「…………」

後に残ったのは、エネルギーの残滓と、完全な静寂だけだった。

三体の強力なガーディアン。俺たちは、それぞれの力を結集し、連携することで、ついにこれを打ち破ったのだ。

「…やった…やったんだ、俺たち…!」

レンが、歓喜の声を上げる。ミナも、泣きながら栞に抱きついている。セバスチャンも、静かに安堵の息をついていた。

俺は、消耗しきった体で、目の前にそびえ立つ黒い塔…『揺り籠』を見上げた。最後の門番は倒した。いよいよ、その内部へと足を踏み入れる時が来たのだ。

「行こう。全ての謎を解き明かし、そして、未来を取り戻すために」

俺は、仲間たちと共に、重々しい塔の入り口へと、最後の一歩を踏み出した。扉は、まるで俺たちを待っていたかのように、ゆっくりと、音もなく開き始めた。

その先に広がるのは、希望か、絶望か。世界の根源に関わる、最終決戦の幕が、今、上がろうとしていた。
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