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第7話:辺境への道
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王都の喧騒が完全に背後に消え去ると、世界から音がなくなったかのような錯覚に陥った。
俺とシルヴィアを乗せた荷馬車は、ごつごつとした石畳の街道を北へ向かって進む。簡素な木の車輪が石を噛む不快な振動が、尻から全身へと伝わってきた。これが、罪人に与えられる旅の乗り物だった。
護衛という名目で同行している衛兵は二人。彼らは俺たちとは別の馬に乗り、数歩先を気だるそうに進んでいる。彼らの仕事は、俺が嘆きの荒野に到着するまで見届けること。ただそれだけだ。時折こちらを振り返るその目には、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいた。
「おい、罪人。水が欲しければ、頭を下げて頼んでみな」
「ははは、やめとけ。魔物への生贄に、綺麗な水をやる必要はねえよ」
下卑た会話が、風に乗って聞こえてくる。
俺は無視した。ここで彼らの挑発に乗るのは、時間の無駄だ。俺の視線は、馬車の揺れに合わせて動く革鞄に固定されていた。あの中には、俺の知識の全てが詰まっている。それさえあれば、他には何もいらない。
シルヴィアは、俺の隣で微動だにせず座っていた。その背筋は、揺れる馬車の上でもまっすぐに伸びている。彼女は時折、水筒を俺に差し出し、乾いたパンを半分にちぎって渡してくれた。その手つきは、屋敷にいた頃と何一つ変わらない。まるで、これから向かうのが死地ではなく、少し遠くの避暑地であるかのように。
「……すまないな」
俺がぽつりと呟くと、彼女は静かに首を横に振った。
「メイドとして、当然の仕事をしているまでです。アッシュ様は、どうぞお身体を休めてください」
彼女の変わらない態度が、ささくれ立った俺の心を少しだけ和らげてくれた。
旅が始まって三日が過ぎた。
街道沿いの景色は、徐々にその様相を変えていた。豊かな緑に覆われた丘陵地帯は姿を消し、ごつごつとした岩肌が目立つ荒涼とした土地が広がり始める。行き交う商人の姿もまばらになり、道の両脇には鬱蒼とした森が迫っていた。人気のない、寂しい道。盗賊が出るには、うってつけの場所だった。
衛兵たちの緊張感は、日に日に薄れていた。最初のうちは周囲を警戒していた彼らも、今では馬上で酒を飲み、大声でくだらない話をしている。追放される罪人が、わざわざ逃げ出すはずもない。そう高を括っているのだろう。
その油断が、命取りになる。
「……来ます」
不意に、シルヴィアが低い声で呟いた。彼女の目は、前方の森の奥深くを鋭く見据えている。
俺も視線を向けたが、木々のざわめき以外に何も感じない。だが、長年の付き合いで分かっていた。彼女の勘は、そこらの魔力探知よりよほど正確だ。
「何人くらいだ」
「十は超えています。練度は高くないようですが……殺気には慣れているようです」
盗賊か、あるいは食い詰めた傭兵崩れか。どちらにせよ、厄介な相手だった。
俺たちの会話を聞いていた衛兵の一人が、面倒くさそうに振り返った。
「なんだ、騒々しいぞ。腹でも減ったか?」
「敵です。森の中に、多数の武装した人間が潜んでいます」
シルヴィアが冷静に告げる。
その言葉を、衛兵は鼻で笑った。
「敵だと? はっ、お前ら罪人が怖気づいただけだろう。俺たちの姿が見えねえのか? 王国衛兵様だぞ。盗賊風情が、手出しできるわけが……」
彼が言い終わるよりも早く、ヒュッという風切り音と共に、一本の矢が飛来した。矢は衛兵の喉に深々と突き刺さり、彼は悲鳴を上げる間もなく馬から転がり落ちる。
事態を理解できないまま、もう一人の衛兵が呆然と仲間を見下ろした。その隙を、敵は見逃さない。森の中から飛び出してきた数人の男たちが、雄叫びを上げながら彼に襲いかかった。彼はろくに抵抗もできず、数秒後には馬上から引きずり下ろされ、物言わぬ骸と化した。
あっけない幕切れだった。王国の衛兵とは、この程度のものか。俺は内心でため息をついた。
森の中から、ぞろぞろと十数人の男たちが現れる。汚れた革鎧に、使い古された剣や斧。その目は、獲物を見つけた飢えた狼のように、ぎらぎらと輝いていた。
一際体格の良い、顔に傷のある男がリーダーなのだろう。彼は俺たちの荷馬車を値踏みするように見回し、やがてシルヴィアの姿に目を留めた。
「ほう、上玉の女がいるじゃねえか。こいつは儲けもんだ」
下卑た笑い声が、仲間たちから上がる。
「そこの女。無駄な抵抗はやめな。俺たちに大人しく従えば、少しは楽しませてやる。もちろん、そこの荷物と、その隣の男の命と引き換えだがな」
リーダー格の男が、唾を吐きながら言った。
シルヴィアが、すっと立ち上がる。その手には、いつの間にか抜き放たれた銀色の剣が握られていた。メイド服のスカートが、静かな風に揺れている。
「アッシュ様に害をなす者は、私がこの場で斬り捨てます」
その声は、氷のように冷たかった。
「へえ、威勢がいい。だがな、お嬢ちゃん。こっちは十人以上いるんだ。お前一人に、何ができる?」
男たちは、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。
絶体絶命の状況。だが、俺は落ち着いていた。魔力を失った俺に、直接的な戦闘力はない。だが、俺にはこの頭脳がある。
俺は、シルヴィアの背中に、誰にも聞こえないほどの小声で指示を出した。
「シルヴィア。正面の三人、同時に相手にするな。右へ二歩。馬車を盾にしろ」
シルヴィアは、俺の言葉に寸分の迷いもなく従った。彼女が右へ移動したことで、盗賊たちの正面に立つのは俺たちの荷馬車になった。これで、シルヴィアが一度に相手にする敵の数は、二、三人に絞られる。
「ちいっ、小賢しい真似を!」
リーダーの男が舌打ちし、部下に攻撃を命じた。
最初に飛び出してきたのは、斧を持った大男と、剣を持った痩せた男の二人。
「まずは右の斧使いから。あいつは見た目通り、力任せだ。懐に潜り込め」
俺の指示通り、シルヴィアは斧が振り下ろされるのを紙一重でかわし、一瞬で相手の懐へ滑り込んだ。彼女の剣が、閃光のように煌めく。
大男は、何が起きたか理解できないまま、腹から血を噴き出して崩れ落ちた。
返す刀で、シルヴィアはもう一人の男に向き直る。男は仲間の死に動揺し、動きが止まっていた。
「二人目は、心臓を狙え」
シルヴィアの剣は、吸い込まれるように男の胸を貫いた。悲鳴すら上げさせない、完璧な一撃だった。
二人を瞬殺したシルヴィアの姿に、残りの盗賊たちがたじろぐ。
「な、なんだこいつ……!」
「ば、化け物か……!」
「弓兵に注意しろ。森の中、十時の方向」
俺が警告するのと、森の中から矢が放たれるのはほぼ同時だった。
シルヴィアは、振り向きもせずに剣を一閃する。甲高い金属音と共に、飛来した矢が真っ二つになって地面に落ちた。
その神業に、盗賊たちの戦意は完全に砕け散った。
「ひいっ! 逃げろ!」
誰かが叫んだのを合図に、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
リーダーの男だけが、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……そんな、馬鹿な……」
シルヴィアが、ゆっくりと男に歩み寄る。その剣先から滴る血が、地面に小さな染みを作った。
「さて。貴方はどうしますか?」
その問いに、男は我に返ったように剣を投げ捨て、地面に両手をついた。
「ま、参った! 命だけは! どうか命だけはお助けください!」
見苦しい命乞いだった。さっきまでの威勢は、どこにもない。
俺は、荷馬車から静かに降り立った。
「一つ、聞かせろ。お前たち、なぜこんな街道筋で盗賊などをやっている。もっと儲かる場所はいくらでもあるだろう」
俺の問いに、男は怯えながら答えた。
「そ、それは……この先の土地を治めている貴族様が、法外な税を取り立てるもんで……。俺たちみてえな元農民は、こうするしか生きる道がなかったんでさ」
「……そうか」
また一つ、この国の腐敗の証拠を見つけてしまった。アルフレッドの治世の下で、民はここまで追い詰められているのか。
俺はシルヴィアに目配せした。
「殺すな。見逃してやれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。こいつらを殺しても、何も生まれん。それより、馬と金目のものを置いていかせろ。衛兵の死体も、こいつらに片付けさせろ」
俺の言葉に、男は何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 何でもします!」
彼らは、仲間と衛兵の死体を森の奥へと運び、馬と僅かな金貨を差し出した。そして、俺たちに背を向けて一目散に逃げていった。
後に残されたのは、静寂と、血の匂いだけだった。
シルヴィアは、剣に付着した血を慣れた手つきで拭うと、静かに鞘に納めた。
「アッシュ様。なぜ、あのような的確な指示を?」
彼女の瞳には、純粋な賞賛の色が浮かんでいる。
「お前が戦っている間、俺は見ていただけだ。敵の配置、武器、癖、そしてお前の実力。それらを計算すれば、最適解は自ずと導き出せる」
俺は事もなげに言ったが、シルヴィアは深く感銘を受けたようだった。
「……素晴らしい。アッシュ様は、魔力を失っても、何も変わらない。いえ、むしろ、以前よりもその知略は冴え渡っているようです。このシルヴィア、改めて貴方様にお仕えできることを誇りに思います」
彼女は、再びメイド騎士の顔に戻り、深く一礼した。
俺は少し照れくさくなり、そっぽを向く。
「当たり前のことをしたまでだ。それより、行くぞ。こんな場所で油を売っている時間はない」
俺は、盗賊が残していった馬の手綱を取る。これで、あの不快な荷馬車とはおさらばだ。
二人で馬に乗り、再び北を目指す。
この小さな戦いは、これからの戦いの予行演習に過ぎない。
だが、確信は得られた。
シルヴィアの剣と、俺の頭脳。この二つがあれば、俺たちはどんな逆境でも乗り越えていける。
嘆きの荒野は、もう目前だった。
俺とシルヴィアを乗せた荷馬車は、ごつごつとした石畳の街道を北へ向かって進む。簡素な木の車輪が石を噛む不快な振動が、尻から全身へと伝わってきた。これが、罪人に与えられる旅の乗り物だった。
護衛という名目で同行している衛兵は二人。彼らは俺たちとは別の馬に乗り、数歩先を気だるそうに進んでいる。彼らの仕事は、俺が嘆きの荒野に到着するまで見届けること。ただそれだけだ。時折こちらを振り返るその目には、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいた。
「おい、罪人。水が欲しければ、頭を下げて頼んでみな」
「ははは、やめとけ。魔物への生贄に、綺麗な水をやる必要はねえよ」
下卑た会話が、風に乗って聞こえてくる。
俺は無視した。ここで彼らの挑発に乗るのは、時間の無駄だ。俺の視線は、馬車の揺れに合わせて動く革鞄に固定されていた。あの中には、俺の知識の全てが詰まっている。それさえあれば、他には何もいらない。
シルヴィアは、俺の隣で微動だにせず座っていた。その背筋は、揺れる馬車の上でもまっすぐに伸びている。彼女は時折、水筒を俺に差し出し、乾いたパンを半分にちぎって渡してくれた。その手つきは、屋敷にいた頃と何一つ変わらない。まるで、これから向かうのが死地ではなく、少し遠くの避暑地であるかのように。
「……すまないな」
俺がぽつりと呟くと、彼女は静かに首を横に振った。
「メイドとして、当然の仕事をしているまでです。アッシュ様は、どうぞお身体を休めてください」
彼女の変わらない態度が、ささくれ立った俺の心を少しだけ和らげてくれた。
旅が始まって三日が過ぎた。
街道沿いの景色は、徐々にその様相を変えていた。豊かな緑に覆われた丘陵地帯は姿を消し、ごつごつとした岩肌が目立つ荒涼とした土地が広がり始める。行き交う商人の姿もまばらになり、道の両脇には鬱蒼とした森が迫っていた。人気のない、寂しい道。盗賊が出るには、うってつけの場所だった。
衛兵たちの緊張感は、日に日に薄れていた。最初のうちは周囲を警戒していた彼らも、今では馬上で酒を飲み、大声でくだらない話をしている。追放される罪人が、わざわざ逃げ出すはずもない。そう高を括っているのだろう。
その油断が、命取りになる。
「……来ます」
不意に、シルヴィアが低い声で呟いた。彼女の目は、前方の森の奥深くを鋭く見据えている。
俺も視線を向けたが、木々のざわめき以外に何も感じない。だが、長年の付き合いで分かっていた。彼女の勘は、そこらの魔力探知よりよほど正確だ。
「何人くらいだ」
「十は超えています。練度は高くないようですが……殺気には慣れているようです」
盗賊か、あるいは食い詰めた傭兵崩れか。どちらにせよ、厄介な相手だった。
俺たちの会話を聞いていた衛兵の一人が、面倒くさそうに振り返った。
「なんだ、騒々しいぞ。腹でも減ったか?」
「敵です。森の中に、多数の武装した人間が潜んでいます」
シルヴィアが冷静に告げる。
その言葉を、衛兵は鼻で笑った。
「敵だと? はっ、お前ら罪人が怖気づいただけだろう。俺たちの姿が見えねえのか? 王国衛兵様だぞ。盗賊風情が、手出しできるわけが……」
彼が言い終わるよりも早く、ヒュッという風切り音と共に、一本の矢が飛来した。矢は衛兵の喉に深々と突き刺さり、彼は悲鳴を上げる間もなく馬から転がり落ちる。
事態を理解できないまま、もう一人の衛兵が呆然と仲間を見下ろした。その隙を、敵は見逃さない。森の中から飛び出してきた数人の男たちが、雄叫びを上げながら彼に襲いかかった。彼はろくに抵抗もできず、数秒後には馬上から引きずり下ろされ、物言わぬ骸と化した。
あっけない幕切れだった。王国の衛兵とは、この程度のものか。俺は内心でため息をついた。
森の中から、ぞろぞろと十数人の男たちが現れる。汚れた革鎧に、使い古された剣や斧。その目は、獲物を見つけた飢えた狼のように、ぎらぎらと輝いていた。
一際体格の良い、顔に傷のある男がリーダーなのだろう。彼は俺たちの荷馬車を値踏みするように見回し、やがてシルヴィアの姿に目を留めた。
「ほう、上玉の女がいるじゃねえか。こいつは儲けもんだ」
下卑た笑い声が、仲間たちから上がる。
「そこの女。無駄な抵抗はやめな。俺たちに大人しく従えば、少しは楽しませてやる。もちろん、そこの荷物と、その隣の男の命と引き換えだがな」
リーダー格の男が、唾を吐きながら言った。
シルヴィアが、すっと立ち上がる。その手には、いつの間にか抜き放たれた銀色の剣が握られていた。メイド服のスカートが、静かな風に揺れている。
「アッシュ様に害をなす者は、私がこの場で斬り捨てます」
その声は、氷のように冷たかった。
「へえ、威勢がいい。だがな、お嬢ちゃん。こっちは十人以上いるんだ。お前一人に、何ができる?」
男たちは、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。
絶体絶命の状況。だが、俺は落ち着いていた。魔力を失った俺に、直接的な戦闘力はない。だが、俺にはこの頭脳がある。
俺は、シルヴィアの背中に、誰にも聞こえないほどの小声で指示を出した。
「シルヴィア。正面の三人、同時に相手にするな。右へ二歩。馬車を盾にしろ」
シルヴィアは、俺の言葉に寸分の迷いもなく従った。彼女が右へ移動したことで、盗賊たちの正面に立つのは俺たちの荷馬車になった。これで、シルヴィアが一度に相手にする敵の数は、二、三人に絞られる。
「ちいっ、小賢しい真似を!」
リーダーの男が舌打ちし、部下に攻撃を命じた。
最初に飛び出してきたのは、斧を持った大男と、剣を持った痩せた男の二人。
「まずは右の斧使いから。あいつは見た目通り、力任せだ。懐に潜り込め」
俺の指示通り、シルヴィアは斧が振り下ろされるのを紙一重でかわし、一瞬で相手の懐へ滑り込んだ。彼女の剣が、閃光のように煌めく。
大男は、何が起きたか理解できないまま、腹から血を噴き出して崩れ落ちた。
返す刀で、シルヴィアはもう一人の男に向き直る。男は仲間の死に動揺し、動きが止まっていた。
「二人目は、心臓を狙え」
シルヴィアの剣は、吸い込まれるように男の胸を貫いた。悲鳴すら上げさせない、完璧な一撃だった。
二人を瞬殺したシルヴィアの姿に、残りの盗賊たちがたじろぐ。
「な、なんだこいつ……!」
「ば、化け物か……!」
「弓兵に注意しろ。森の中、十時の方向」
俺が警告するのと、森の中から矢が放たれるのはほぼ同時だった。
シルヴィアは、振り向きもせずに剣を一閃する。甲高い金属音と共に、飛来した矢が真っ二つになって地面に落ちた。
その神業に、盗賊たちの戦意は完全に砕け散った。
「ひいっ! 逃げろ!」
誰かが叫んだのを合図に、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
リーダーの男だけが、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……そんな、馬鹿な……」
シルヴィアが、ゆっくりと男に歩み寄る。その剣先から滴る血が、地面に小さな染みを作った。
「さて。貴方はどうしますか?」
その問いに、男は我に返ったように剣を投げ捨て、地面に両手をついた。
「ま、参った! 命だけは! どうか命だけはお助けください!」
見苦しい命乞いだった。さっきまでの威勢は、どこにもない。
俺は、荷馬車から静かに降り立った。
「一つ、聞かせろ。お前たち、なぜこんな街道筋で盗賊などをやっている。もっと儲かる場所はいくらでもあるだろう」
俺の問いに、男は怯えながら答えた。
「そ、それは……この先の土地を治めている貴族様が、法外な税を取り立てるもんで……。俺たちみてえな元農民は、こうするしか生きる道がなかったんでさ」
「……そうか」
また一つ、この国の腐敗の証拠を見つけてしまった。アルフレッドの治世の下で、民はここまで追い詰められているのか。
俺はシルヴィアに目配せした。
「殺すな。見逃してやれ」
「よろしいのですか?」
「ああ。こいつらを殺しても、何も生まれん。それより、馬と金目のものを置いていかせろ。衛兵の死体も、こいつらに片付けさせろ」
俺の言葉に、男は何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 何でもします!」
彼らは、仲間と衛兵の死体を森の奥へと運び、馬と僅かな金貨を差し出した。そして、俺たちに背を向けて一目散に逃げていった。
後に残されたのは、静寂と、血の匂いだけだった。
シルヴィアは、剣に付着した血を慣れた手つきで拭うと、静かに鞘に納めた。
「アッシュ様。なぜ、あのような的確な指示を?」
彼女の瞳には、純粋な賞賛の色が浮かんでいる。
「お前が戦っている間、俺は見ていただけだ。敵の配置、武器、癖、そしてお前の実力。それらを計算すれば、最適解は自ずと導き出せる」
俺は事もなげに言ったが、シルヴィアは深く感銘を受けたようだった。
「……素晴らしい。アッシュ様は、魔力を失っても、何も変わらない。いえ、むしろ、以前よりもその知略は冴え渡っているようです。このシルヴィア、改めて貴方様にお仕えできることを誇りに思います」
彼女は、再びメイド騎士の顔に戻り、深く一礼した。
俺は少し照れくさくなり、そっぽを向く。
「当たり前のことをしたまでだ。それより、行くぞ。こんな場所で油を売っている時間はない」
俺は、盗賊が残していった馬の手綱を取る。これで、あの不快な荷馬車とはおさらばだ。
二人で馬に乗り、再び北を目指す。
この小さな戦いは、これからの戦いの予行演習に過ぎない。
だが、確信は得られた。
シルヴィアの剣と、俺の頭脳。この二つがあれば、俺たちはどんな逆境でも乗り越えていける。
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