不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第四話 始まりの洞窟と不整合面

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 始まりの街《アルトス・ゲート》の周辺フィールドを、僕はもう庭のように歩き回れるようになっていた。

 僕の革のノートには、この一帯の地質図が克明に記されている。グレイロック山脈から流れ出す河川によって形成された扇状地。その末端に広がる湿地帯。太古の火山活動の名残である凝灰岩の露頭。それらの情報を基に作成したモンスターのハザードマップは完璧に機能し、ここ数日、僕は一度も死ぬことなく調査を続けられるようになっていた。

 スキルレベルが2に上がった《鑑定》と《測量》は、僕に更なる知見をもたらしてくれた。岩石の風化度合い、地層の微細な傾斜、鉱物結晶の大きさ。それらのデータは、この大地が辿ってきた歴史を、より雄弁に物語ってくれる。僕の知識欲は満たされる一方だったが、同時に、新たな渇望も生まれていた。

 地表の調査は、もうほとんどやり尽くしてしまった。次なるフロンティアはどこか。僕が知りたいのは、この大地の「内部」だ。

 そんな折、街の酒場で他のプレイヤーたちが交わす会話が、僕の耳に飛び込んできた。

「《始まりの洞窟》、もうクリアしたか? 5階層のコボルドリーダーが結構強くてさ」
「ああ、あそこの宝箱からレアな斧が出たぜ! パーティー組んで周回するのがうまいよな」
「でも、最下層のボスはまだ誰も倒せてないらしいぞ。10階層もあるって噂だし、初心者が行くには深すぎるよ」

 《始まりの洞窟》。
 アルトス・ゲートから北東に歩いた先にある、このゲームで最初のダンジョンだ。多くのプレイヤーが、レベリングとアイテム収集のために日夜潜っているらしい。

 ダンジョン。洞窟。その言葉は、僕の心を強く惹きつけた。
 洞窟とは、大地の内部構造が剥き出しになった、いわば天然のボーリングコアだ。地表からはうかがい知ることのできない、地下の地質を直接観察できる絶好の機会。しかも、何階層にもわたって地下深くまで続いているという。これは、行くしかない。

 僕の目的は、もちろんボス討伐でも宝探しでもない。純粋な地質調査だ。

 意を決した僕は、ノートとつるはしを携え、一路《始まりの洞窟》へと向かった。洞窟の入り口は、巨大な岩山に開いた不気味な大穴だった。周囲には、これから突入しようとするパーティーや、消耗して戻ってきたプレイヤーたちが集まり、一種の野営地のようになっている。

 レベル1の僕が一人で現れたことに、彼らはすぐに気づいた。

「おいおい、一人か? しかもその装備……レベル1だろ?」
「無謀すぎるって。あそこの最初のゴブリンでも、今のあんたじゃ瞬殺されるぞ」
「あ、こいつ、街で有名な『地縛霊』じゃん。どうせすぐ死んで戻ってくるんだから、放っとけよ」

 もはや聞き慣れた揶揄の言葉。僕は軽く会釈だけすると、彼らの視線を背中に受けながら、躊躇なく洞窟の中へと足を踏み入れた。

 洞窟内部は、ひんやりと湿った空気に満ちていた。壁からは水滴が滴り落ち、ぽちゃん、ぽちゃんと不規則な音を立てている。道は一本道ではなく、複雑に入り組んでいた。

「なるほど……これは、石灰岩地帯に形成された、典型的な鍾乳洞だな」

 壁面を《鑑定》すると、やはり「石灰岩」と表示された。この洞窟は、遥か昔、雨水や地下水が石灰岩の主成分である炭酸カルシウムを少しずつ溶かすことによって形成された、いわゆるカルスト地形の一種なのだ。

 僕は壁のスケッチをしながら、慎重に奥へと進んでいく。前方から、ギャア、というモンスターの断末魔と、金属音が響いてきた。他のプレイヤーが戦闘中らしい。僕はすぐさま近くの岩陰に身を潜め、息を殺した。

 ハザードマップで培ったモンスター避けの技術が、ここでも活きる。僕はモンスターの気配を敏感に察知し、彼らの視界に入らないよう、壁伝いに、影から影へと移動する。他のプレイヤーたちがモンスターを狩ってくれるおかげで、彼らが通り過ぎた後は、一時的に安全な道が開ける。まるで、巨大な捕食者の後をついていく小動物のようだ。

 そうやって、僕は誰にも気づかれず、戦闘も一度も行うことなく、洞窟の深部へと進んでいった。壁には、天井から垂れ下がる鍾乳石や、地面から筍のように伸びる石筍が、幻想的な風景を作り出している。僕はその一つ一つを鑑定し、その成長速度や成分の違いをノートに記録していった。まるで、自分だけの博物館を探検しているような気分だった。

 やがて、僕は洞窟の3階層あたりで、奇妙な行き止まりに突き当たった。
 そこでは、レベル10前後のプレイヤーで構成されたパーティーが、壁の前で首を捻っていた。

「おかしいな。マップだと、この先にも道が続いてるはずなんだが」
「完全に行き止まりじゃないか。バグか?」
「いや、ここの壁、なんか他と色が違うぞ」

 彼らが言う通り、その壁は他のツルツルした石灰岩の壁とは異なり、ざらついた赤茶色の泥岩や砂岩が、ぐにゃりと歪んだ奇妙な模様を描いていた。

 パーティーのリーダーらしき剣士が、試しに剣で壁を叩いてみる。ガキン、と硬い音が響くだけで、傷一つ付かない。
「駄目だ、硬すぎる。やっぱり行き止まりだ。戻って別のルートを探そう」
 彼らはそう結論付けると、がっかりした様子で踵を返し、去っていった。

 彼らの姿が見えなくなるのを待って、僕は岩陰から姿を現し、問題の壁へと近づいた。そして、その壁を見た瞬間、僕は息を呑んだ。

「これは……!」

 僕の目に映っていたのは、単なる行き止まりの壁ではなかった。それは、地質学を学ぶ者であれば、誰もが教科書で目にする、極めて重要な地質構造。

「――不整合面だ」

 呟きは、興奮に震えていた。
 不整合面。それは、異なる時代に形成された二つの地層が、直接接している境界のことを指す。
 僕の目の前の壁は、下半分が水平に堆積した古い石灰岩層、上半分が、その石灰岩層を斜めに切り込むように堆積した、新しい赤茶色の砂岩・泥岩層で構成されていた。

 これは、この大地が経験した、壮大なドラマの証拠だ。

 まず、古い石灰岩の層が、海底で静かに堆積した。
 次に、地殻変動によってその地層は隆起し、地上に姿を現す。
 隆起した大地は、長い年月の間、雨や風によって侵食され、削られていく。
 その後、再び地盤が沈降し、今度はその上に、川から運ばれてきた砂や泥が、新たな地層として堆積した。

 つまり、この一枚の壁には、地層が形成され、隆起し、侵食され、そして再び沈降するという、途方もない時間の流れと、ダイナミックな地殻変動の歴史が刻み込まれているのだ。そして、この古い地層と新しい地層の境界、すなわち「不整合面」は、多くの場合、地質学的に見て非常に不安定な、構造的な弱点となりやすい。

 僕は震える指で、その境界線に触れた。そして、スキルを発動する。
「《鑑定Lv.2》!」

【名称】:傾斜不整合面
【種別】:地質構造
【概要】:下位の傾斜した古期地層(石灰岩)と、上位の水平な新期地層(砂岩・泥岩)が接する境界面。
【詳細】:両地層の堆積には、約500万年以上の時間的隔たり(ハイエイタス)が存在する。境界付近の岩盤は、繰り返しの地殻変動と風化作用の影響により、著しく強度が低下している。特に、赤茶色の砂岩層との接触部は極めて脆弱。

「……強度が低下……極めて、脆弱」

 鑑定結果に表示された言葉を、僕は反芻する。
 さっきのプレイヤーたちは、剣で叩いてもびくともしないと言っていた。それは当然だ。彼らが叩いたのは、硬い石灰岩の部分だったからだ。だが、この境界部分なら? この、500万年の時を経て脆くなった、地層の弱点ならば?

 ゴクリ、と喉が鳴った。
 もし、この壁を壊すことができたなら?

 この先には、何がある?
 他のプレイヤーたちが諦めて引き返した、未知の領域。それは、ダンジョンの隠し通路か、あるいは、本来のルートを大幅に短縮するショートカットか。

 僕の地質学者としての本能が、そしてゲーマーとしての好奇心が、激しく鼓動していた。
 これは、試してみる価値がある。いや、試さなければならない。

 僕は腰から、相棒とも言うべき「ボロボロのつるはし」を抜き放った。ひんやりとした鉄の感触が、手のひらに心地よい。
 狙うは、石灰岩と砂岩の境界線。鑑定によって示された、最も脆弱な一点だ。

 他のプレイヤーがモンスターを倒すために振るう剣や魔法ではない。
 大地そのものの構造を読み解き、その弱点を突く。
 これこそが、【地質学者】だけの戦い方なのかもしれない。

 僕は深く息を吸い込み、つるはしを大きく振りかぶった。この一振りが、僕の、そしてこの世界の常識を、大きく変えることになるかもしれない。
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