不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第九話 声なき声と、初めてのフレンド

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 僕とミモリさんは、濃い霧が立ち込める《腐蝕の沼沢》を、二人並んで歩いていた。僕が先導し、彼女が半歩後ろからついてくる。道中は、奇妙な静寂と、時折響く僕らの足音だけが支配していた。

「リクさんは、いつもお一人で冒険されているんですか?」

 沈黙を破ったのは、ミモリさんだった。彼女の声は、この陰鬱な沼の空気を和らげるような、不思議な力を持っている。

「ええ、まあ。調査が目的なので、一人のほうが都合がいいんです」
「調査、ですか……。もしかして、あの地面を固めたりする魔法の研究を?」
「……そんなところです」

 【地質学者】だとか【地形編集】だとか、説明が面倒だったので、僕は再び曖昧に頷いた。するとミモリさんは「やっぱり、すごい方なんですね…!」と、また尊敬の眼差しを向けてくる。その純粋な好意が、どうにも気恥ずかしい。

 しばらく進むと、僕らは行く手を阻まれた。幅が五メートルほどある、深い泥の川だ。流れは緩やかだが、底は深く、とても歩いて渡れそうにはない。毒々しい紫色の泡が、時折ぷつりと弾けている。

「うわぁ……。ここ、どうやって渡るんでしょう……」
 ミモリさんが不安そうに呟く。普通のプレイヤーなら、遠回りして橋を探すか、あるいは諦めて引き返す場面だろう。

 だが、僕にとっては、これもまた一つの調査対象でしかなかった。
 僕は泥の川の岸辺に膝をつき、対岸の地質を《鑑定》する。
(対岸の基盤岩は、こちら側と同じ花崗岩。十分な強度がある。よし、いけるな)

「少し下がっていてください」
「え?」
 僕はミモリさんを安全な場所まで下がらせると、泥の川に向かって右手をかざした。
「【地形編集】――《造成》!」

 僕のスキルに呼応し、泥の川の底から、ゆっくりと土砂がせり上がってきた。それはみるみるうちに形を成し、僕らの足元から対岸へと続く、頑丈な土の橋を形成した。魔法のように見えるが、やっていることは単純だ。川底に溜まった堆積物を、MPを消費して強制的に圧縮・隆起させているに過ぎない。

「は、橋が……! 何もないところから……!」
 ミモリさんは、口をあんぐりと開けて、目の前で起きた奇跡を見ていた。その反応は新鮮で、僕は少しだけ得意な気分になった。

「さあ、渡りましょう。あまり長くは持ちませんから」
「は、はい!」

 僕たちは、即席の土橋を渡って対岸へとたどり着いた。僕らが渡り終えるとほぼ同時に、橋は轟音と共に崩れ、再び元の泥の川へと戻っていった。

「すごい……すごいです、リクさん! まるで、大地がリクさんのために道を開けてくれているみたいです!」
 ミモリさんは、興奮冷めやらぬ様子で、自分のことのように喜んでいる。
 その言葉に、僕は思わず、いつもなら絶対に言わないようなことを口走っていた。

「大地は、いつだって声を発しているんですよ。ただ、ほとんどの人がその声に気づかないだけで」
「声、ですか?」
「ええ。例えば、この沼がなぜ危険なのか。それは、この土地が辿ってきた歴史が、そうさせている。どこが脆くて、どこが硬いのか。どこに水が溜まり、どこが乾いているのか。ちゃんと観察して、その声に耳を澄ませば、大地は僕らに危険な場所も、安全な道も教えてくれるんです」

 熱く語りすぎてしまっただろうか。研究室でのトラウマが蘇り、僕はハッとして口をつぐんだ。また、ドン引きされているかもしれない。

 だが、ミモリさんの反応は、僕の予想とは全く違っていた。
「素敵です……」
 彼女は、うっとりとした表情で、そう呟いた。
「声なき声に耳を澄ます……。なんだか、詩みたいですね。リクさんの魔法が、ただの破壊や創造じゃない理由が、わかった気がします。大地と、対話されているんですね」

 対話。その言葉は、僕の胸にすとんと落ちた。そうだ、僕がやっていることは、まさにそれだったのかもしれない。
 この人は、僕の専門分野の話を、引くどころか、美しいものとして受け止めてくれた。僕にとって、それは初めての経験だった。

「あ、あの! リクさん!」
 ミモリさんは何かを思い出したように、自分のアイテムポーチをごそごそと漁り始めた。
「お礼と言っては何ですが……これ、よかったら召し上がってください! 私の手作りなんです!」

 そう言って彼女が差し出したのは、数枚のクッキーだった。ただし、それは僕が知っているクッキーとは似ても似つかない代物だった。色は、まるで木炭。ところどころ、謎の緑色の斑点が浮いている。そして、形状は完璧な円ではなく、何かの衝撃で砕け散った古代の土器片のように、いびつに歪んでいた。

 僕は、その物体Xから放たれる、形容しがたい匂いに、思わず息を止めた。
「え、ええと……これは?」
「チョコチップクッキーです! 見た目はちょっと、その……焦げちゃいましたけど、愛情はたっぷり込めましたから!」
 えへへ、と彼女は屈託なく笑う。その笑顔と、手の中にある破壊的な物体のギャップが凄まじい。プロットにあった「料理スキルが壊滅的」というのは、こういうことだったのか。

 さすがにこれを口に入れる勇気はなかった。
「あ、ありがとうございます。ですが、今はあまりお腹が空いていなくて……。お気持ちだけ、ありがたく頂戴します」

 僕が丁重に断ると、ミモリさんは「そうですか……? 残念です……」と、子犬のようにしょんぼりと肩を落とした。その姿に、罪悪感がちくりと胸を刺す。

 そんなやり取りをしながら歩き続けること、さらに一時間。
 僕らの目の前に、ついに沼沢地帯の終わりを示す、見慣れた草原が広がった。濃い霧が晴れ、遠くにアルトス・ゲートの城壁が見える。

「着きましたね」
「はい……! 本当に、ありがとうございました!」
 ミモリさんは、心からの安堵の表情を浮かべ、改めて僕に深々と頭を下げた。
「リクさんがいなければ、私は今頃、あの沼の底でした。このご恩は、絶対に忘れません」

 そして、彼女は少し躊躇いながらも、意を決したように僕を見つめた。
「あの、もし、もしよろしければ……フレンド登録を、お願いできませんでしょうか? 必ず、このご恩はお返ししたいですし……それに、またリクさんと、お話がしたいです」

 フレンド登録。
 僕のステータスウィンドウにあるその項目は、これまでずっと空欄のままだった。必要性を感じなかったし、そもそも申請するような相手もいなかったからだ。
 一瞬、戸惑いがよぎる。誰かと繋がるということ。それは、僕がこれまで避けてきたことでもあった。

 だが、目の前で期待に満ちた瞳を向ける彼女を、無下にはできなかった。何より、僕自身が、彼女との繋がりを失いたくないと、そう感じていた。
「……わかりました。こちらこそ、お願いします」

 僕が承諾すると、ミモリさんは「本当ですか!?」と、花が咲くような笑顔を見せた。
 僕たちは互いのウィンドウを操作し、フレンド登録を完了させた。僕のリストに、初めて『ミモリ』という名前が灯る。それは、この広大なゲーム世界で得た、僕にとって初めての「絆」の証だった。

 その時、沼の入り口のほうから、地響きのような大声が聞こえてきた。
「ミモリー! 無事かーっ! 心配させやがってー!」

 声の主は、巨大なタワーシールドを背負った、熊のような大男だった。全身を鋼の鎧で固めた、典型的なタンク職だ。彼の隣には、他にも数人のプレイヤーの姿が見える。ミモリさんのはぐれた仲間たちだろう。

「あ、ゴードンさん!」
 ミモリさんが、安堵したように手を振る。
 人混みは、苦手だ。特に、あの脳筋タイプそうなタンクとは、まともに話せる気がしない。

「じゃあ、僕はここで」
 僕は、彼らがこちらに気づく前に、そっと身を引こうとした。
「あ、待ってください、リクさん!」
 ミモリさんは名残惜しそうに僕を呼び止めたが、僕の決意は固かった。
「仲間の方が心配していますよ。早く行ってあげてください」

 僕はそれだけ言うと、森の影に紛れるようにして、その場を後にした。
 背後で、ミモリさんが「また、必ずお会いしたいです!」と叫ぶ声が聞こえた気がした。

 一人になった僕は、フレンドリストに灯る『ミモリ』の名前を、しばらくの間、ただじっと見つめていた。
 自分の知識が、誰かを救い、感謝され、そして繋がりを生んだ。
 それは、現実世界の研究室では決して得られなかった、温かく、そして確かな手応えだった。この感覚は、悪くない。むしろ、心地よいとさえ思える。

 顔も知らない仲間たちに囲まれて、嬉しそうに笑う彼女の姿を思い浮かべながら、僕は静かにアルトス・ゲートへの帰路についた。
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