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第十話 猪突猛進と地盤沈下
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ミモリさんと別れた後、僕は一人、アルトス・ゲートの街に戻っていた。
初めてのフレンド。初めての「ありがとう」。沼沢地帯での出来事は、僕の心に確かな温もりを残していた。フレンドリストに灯る『ミモリ』の名を見るたびに、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
(まあ、これで調査に集中できる)
僕は頭を切り替えるように、軽くかぶりを振った。感傷に浸っている暇はない。この世界には、僕がまだ解き明かしていない大地が無限に広がっているのだ。
街の図書館で、僕はエリュシオン・テラ全土の地理に関する文献を読み漁っていた。もちろん、プレイヤーが編集した攻略情報ではない。この世界の歴史や伝承として記録されている、いわばNPCたちが編纂した書物だ。そこには、地質学的なヒントが隠されていることが多々ある。
「『灼熱の渓谷』では、年に一度、大地が裂けて炎の川が出現する……ほう、間欠泉か、あるいはマグマだまりの活動周期を示唆しているのか。面白い」
「『風鳴りの砂漠』に点在する巨大な奇岩群は、古代の巨人が積み上げたものと伝えられる……いや、これは硬い岩盤が風化侵食から取り残された、キノコ岩(マッシュルームロック)だろうな」
書物の内容から、この世界の地形の成り立ちを推測していく作業は、僕にとって至福の時間だった。次に訪れるべきフィールドの候補を、頭の中でリストアップしていく。
僕が書物に没頭していた、その時だった。
ガシッ!
突如、巨大な手に肩を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには、僕の倍はあろうかという巨体の男が、ニカッと歯を見せて笑っていた。見覚えがある。あの沼沢の入り口で、ミモリさんを迎えに来ていた、熊のようなタンク職の男だ。
「よぉ! あんたがリクだな! やっと見つけたぜ!」
地響きのような大声が、静かな図書館に響き渡る。周囲の利用者たちが、一斉にこちらに注目した。しまった、完全に油断していた。
「人違いでは……」
「とぼけんなって! ミモリから聞いたぜ。『黒曜鋼のつるはしを背負った、不思議な魔法を使う、物静かな感じの人』ってな! あんたしかいねえだろ!」
男は僕の背中にあるつるはしを、巨大な指でバンバンと叩いた。ミモリさん、特徴を伝えすぎだ。それに「物静かな感じ」というよりは、ただのコミュ障なのだが。
「俺はゴードン! ミモリのパーティーでタンクをやってる! あの時は、うちの姫を助けてくれて、本当にありがとな!」
ゴードンと名乗った男は、僕の肩を掴んだまま、ガクンガクンと力強く揺さぶった。彼のSTR値は、間違いなく僕の数十倍はあるだろう。肩が外れそうだ。
「いえ、大したことは……。それより、ここ図書館なので、もう少し静かに」
「おっと、そうだったな! 悪ぃ悪ぃ!」
ゴードンは悪びれもせずに言うと、僕の腕を掴んだまま、ずんずんと外へ歩き出した。抵抗しようにも、体格差がありすぎて、まるで大型犬に引きずられる子猫のようだった。
街の広場まで引きずり出された僕は、ようやく解放された。
「それで、何の御用でしょうか」
僕は少し疲れた声で尋ねた。できれば、早く一人になって調査計画の続きを立てたい。
「ミモリから聞いたんだが、あんた、地面をドカンと陥没させて、モンスターをまとめて生き埋めにしたんだってな! しかも、泥の川に橋までかけたって! すげえじゃねえか!」
ゴードンは、心の底から感心したように、目を輝かせている。その瞳は、ミモリさんの純粋な尊敬とはまた違う、強者に対する少年のような憧れに満ちていた。
「理屈はよくわかんねえが、とにかくすげえことだけはわかる! 俺、あんたの力が気に入った!」
「はあ……」
「そこで、頼みがある! 俺たちと一緒に来てくれ!」
頼む、というよりは、ほとんど命令に近い口調だった。彼は有無を言わさず、僕をどこかへ連れていくつもりらしい。
「俺たちのパーティー、今、とあるダンジョンの攻略で手こずっててな。どうしても倒せないヤツがいるんだ。あんたのその不思議な力なら、何とかなるかもしれねえ!」
パーティー。ダンジョン攻略。それは、僕が最も避けてきたものだ。
「すみませんが、僕は単独での調査を専門としていますので」
「まあ、そう言うなよ! 一回だけでいい! 報酬は弾む! な、頼むよ!」
ゴードンは巨大な体躯を折り曲げ、僕に頭を下げてきた。明朗快活で、裏表がなく、そして恐ろしく強引。プロット通りの人物像だ。この男の頼みを断り切るのは、骨が折れそうだった。
それに……正直なところ、少しだけ興味が湧いていた。
僕のこの力が、戦闘のプロである彼らのようなプレイヤーたちを相手に、どこまで通用するのか。彼らが手こずる敵とは、一体どんな相手なのか。地質学者としての好奇心が、わずかに頭をもたげた。
「……一回だけ、ですよ」
僕がため息混じりにそう言うと、ゴードンは「よっしゃあ!」と快哉を叫び、再び僕の肩を力強く叩いた。
僕がゴードンに連れてこられたのは、《アルトス・ゲート》の西に位置する岩山地帯だった。その中腹に、《石巨人の採掘場》と呼ばれるダンジョンの入り口がある。
「問題のヤツは、このダンジョンの最奥にいるんだ。名前は『ガーディアン・ゴーレム』。とにかく、クソ硬くてな。俺のパーティーの総攻撃を叩き込んでも、傷一つつけられねえ」
ダンジョン内部は、かつて誰かが鉱石を掘っていた採掘場の跡らしく、壁にはつるはしの跡が無数に残っていた。道中、いくつかのモンスターに遭遇したが、その全てをゴードンが一人で引き受け、巨大なタワーシールドで完璧に防ぎきっていた。その姿は、まさに鉄壁の要塞だ。
「俺の自慢の防御力でも、あのゴーレムのパンチは一発でHPが半分吹っ飛ぶ。だから、俺が攻撃を引きつけている間に、アタッカーが全力で攻撃するんだが……」
話しながら進むうちに、僕らは広大な円形の空間にたどり着いた。空間の中央には、一体の巨人が鎮座していた。高さは七メートルほど。全身が、光沢のある灰色の岩石でできており、関節部分からは青白い光が漏れている。あれが、ガーディアン・ゴーレムか。
「よう、また来たぜ、石ころ野郎!」
ゴードンが挑発すると、ゴーレムはギギギ、という音を立てて立ち上がり、その巨大な瞳(のように見える宝石)を僕らに向けた。
「ミモリたちには、外で待機してもらってる。俺が合図するまで、入ってくるなっつってな。あんたの力を、じっくり見せてもらおうじゃねえか!」
ゴードンはそう言うと、タワーシールドを構え、雄叫びを上げてゴーレムに突進していった。まさに猪突猛進。
ドゴォォン!
ゴーレムが振り下ろした巨大な拳を、ゴードンがシールドで受け止める。凄まじい衝撃波が巻き起こり、ダンジョン全体が揺れた。ゴードンのHPが一気に半分近くまで削られるが、彼は怯むことなく、その場に踏みとどまっている。さすが、サーバー屈指のタンク。その防御力は本物だ。
だが、やはり攻撃は通らないらしい。後衛に控えていたアタッカー役のプレイヤーたちが、矢や魔法を雨のように浴びせかけるが、全てゴーレムの岩の体に弾かれ、カキン、という軽い音を立てるだけだ。
「くそっ、やっぱり硬え!」
ゴードンが悔しそうに叫ぶ。完全に膠着状態だった。
僕は、その戦いを冷静に観察していた。そして、いつものように、僕だけの調査を開始する。
「スキル、《鑑定Lv.2》」
対象は、ガーディアン・ゴーレムそのもの。
【名称】:ガーディアン・ゴーレム
【種別】:魔法生物(コンストラクト)
【構成物質】:閃緑岩(せんりょくがん)
【動力源】:魔力結晶(コア)
【詳細】:古代の魔術師が、採掘場を守護するために作り出した自律型の石巨人。閃緑岩でできた身体は極めて高い物理・魔法耐性を誇る。動力源である胸のコアを破壊しない限り、無限に再生する。
「閃緑岩……なるほどな」
閃緑岩は、花崗岩に似ているが、石英をほとんど含まず、代わりに角閃石や輝石といった有色鉱物を多く含む深成岩だ。緻密で粘り強く、非常に硬い。物理攻撃が効かないのも頷ける。
次に、僕はゴーレムが立っている足元、そしてこの空間全体の地盤を《鑑定》した。
壁や天井は、ゴーレムと同じく硬い閃緑岩でできている。これでは、僕の得意な落盤戦術は使えない。《掘削》でトンネルを掘るのも、MP消費が激しすぎて現実的ではないだろう。
だが、僕は見逃さなかった。
この空間の床は、一枚岩ではない。複数の巨大な岩盤が、パズルのように組み合わさってできている。そして、その岩盤と岩盤の隙間、つまり「節理(せつり)」の部分は、他の部分に比べて、わずかに強度が低い。
そして、最も重要な発見は、ゴーレムの足元だった。
彼が立っているその場所の真下、地下数メートルの位置に、細いが確かな「地下水脈」が存在していることを、僕の《鑑定》スキルが捉えていた。
「……ゴードンさん!」
僕は、シールドを構えて奮闘する彼に叫んだ。
「そのゴーレムを、あと三メートル、僕のほうへ誘導できますか!」
「あぁ!? 何だって!? よくわかんねえが、やってやるぜ!」
ゴードンは、僕の意図を全く理解していないようだったが、それでも僕の指示を信じ、巧みにシールドを使いながら、ゆっくりと後退を始めた。ゴーレムは、獲物を追うように、一歩、また一歩とゴードンに釣られて移動してくる。
そして、ゴーレムが僕の指定したポイント――地下水脈の真上に立った瞬間。
僕は、右手を地面にかざした。
「ユニークスキル【地形編集】――《破壊》!」
僕が狙ったのは、ゴーレムではない。ゴーレムが立つ、足元の岩盤そのものだ。節理に沿ってスキルを発動し、構造的な弱点を突く。
その瞬間、ゴッ、という鈍い音と共に、ゴーレムの立っていた巨大な岩盤が、バランスを崩して大きく傾いた。
「グオッ!?」
ゴーレムは、突然の足場の消失に体勢を崩し、巨体を大きくよろめかせる。
だが、僕の狙いはそれだけではなかった。
破壊された岩盤の亀裂から、圧縮されていた地下水が、凄まじい勢いで噴き出したのだ。
ブシャァァァ!
高圧の水流が、まるで巨大なウォーターカッターのように、体勢を崩したゴーレムの足元を直撃した。閃緑岩は硬いが、水圧には弱い。ましてや、不安定な体勢ではひとたまりもない。
「グオオオオォ!?」
ゴーレムは、自重を支えきれず、派手な水しぶきを上げてその場に転倒した。頑丈な岩の身体が、床に叩きつけられる。
そして、その衝撃で、胸部に埋め込まれていた動力源のコアが、むき出しになった。
「今です! コアを狙って!」
僕が叫ぶと、後方で待機していたアタッカーたちが、一斉にそこへ集中攻撃を浴びせた。
青白い光を放っていたコアに亀裂が走り、やがて、甲高い音を立てて砕け散った。
すると、あれほど強固だったゴーレムの身体は、光を失ってただの石くれへと変わり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
静寂が、再び訪れる。
あっけにとられていたゴードンと他のプレイヤーたちは、やがて我に返ると、僕のほうを信じられないものを見る目で振り返った。
「……おいおい、マジかよ」
ゴードンは、巨大な水たまりと化した地面と、ゴーレムの残骸を交互に見ながら、呟いた。
「殴っても斬ってもビクともしなかったヤツを……地面ごとひっくり返して、水責めにする、だと……?」
彼の目には、もはや憧れや感心ではなく、畏怖の色が浮かんでいた。
「リク、だったか」
ゴードンは、ゆっくりと僕に近づくと、その巨大な両手で、僕の両肩をがっしりと掴んだ。
「理屈はやっぱり、さっぱりわからん! だが、お前がとんでもなくヤバい奴だってことだけは、よーくわかった!」
そして彼は、満面の笑みで、叫んだ。
「決めた! お前、俺たちのパーティーに入れ! いや、入れ! これから、俺と、ミモリと、お前で、最強のパーティーを作るんだ!」
その言葉は、もはや勧誘ではなかった。それは、僕の新たな冒険の始まりを告げる、決定事項の宣告だった。
初めてのフレンド。初めての「ありがとう」。沼沢地帯での出来事は、僕の心に確かな温もりを残していた。フレンドリストに灯る『ミモリ』の名を見るたびに、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
(まあ、これで調査に集中できる)
僕は頭を切り替えるように、軽くかぶりを振った。感傷に浸っている暇はない。この世界には、僕がまだ解き明かしていない大地が無限に広がっているのだ。
街の図書館で、僕はエリュシオン・テラ全土の地理に関する文献を読み漁っていた。もちろん、プレイヤーが編集した攻略情報ではない。この世界の歴史や伝承として記録されている、いわばNPCたちが編纂した書物だ。そこには、地質学的なヒントが隠されていることが多々ある。
「『灼熱の渓谷』では、年に一度、大地が裂けて炎の川が出現する……ほう、間欠泉か、あるいはマグマだまりの活動周期を示唆しているのか。面白い」
「『風鳴りの砂漠』に点在する巨大な奇岩群は、古代の巨人が積み上げたものと伝えられる……いや、これは硬い岩盤が風化侵食から取り残された、キノコ岩(マッシュルームロック)だろうな」
書物の内容から、この世界の地形の成り立ちを推測していく作業は、僕にとって至福の時間だった。次に訪れるべきフィールドの候補を、頭の中でリストアップしていく。
僕が書物に没頭していた、その時だった。
ガシッ!
突如、巨大な手に肩を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには、僕の倍はあろうかという巨体の男が、ニカッと歯を見せて笑っていた。見覚えがある。あの沼沢の入り口で、ミモリさんを迎えに来ていた、熊のようなタンク職の男だ。
「よぉ! あんたがリクだな! やっと見つけたぜ!」
地響きのような大声が、静かな図書館に響き渡る。周囲の利用者たちが、一斉にこちらに注目した。しまった、完全に油断していた。
「人違いでは……」
「とぼけんなって! ミモリから聞いたぜ。『黒曜鋼のつるはしを背負った、不思議な魔法を使う、物静かな感じの人』ってな! あんたしかいねえだろ!」
男は僕の背中にあるつるはしを、巨大な指でバンバンと叩いた。ミモリさん、特徴を伝えすぎだ。それに「物静かな感じ」というよりは、ただのコミュ障なのだが。
「俺はゴードン! ミモリのパーティーでタンクをやってる! あの時は、うちの姫を助けてくれて、本当にありがとな!」
ゴードンと名乗った男は、僕の肩を掴んだまま、ガクンガクンと力強く揺さぶった。彼のSTR値は、間違いなく僕の数十倍はあるだろう。肩が外れそうだ。
「いえ、大したことは……。それより、ここ図書館なので、もう少し静かに」
「おっと、そうだったな! 悪ぃ悪ぃ!」
ゴードンは悪びれもせずに言うと、僕の腕を掴んだまま、ずんずんと外へ歩き出した。抵抗しようにも、体格差がありすぎて、まるで大型犬に引きずられる子猫のようだった。
街の広場まで引きずり出された僕は、ようやく解放された。
「それで、何の御用でしょうか」
僕は少し疲れた声で尋ねた。できれば、早く一人になって調査計画の続きを立てたい。
「ミモリから聞いたんだが、あんた、地面をドカンと陥没させて、モンスターをまとめて生き埋めにしたんだってな! しかも、泥の川に橋までかけたって! すげえじゃねえか!」
ゴードンは、心の底から感心したように、目を輝かせている。その瞳は、ミモリさんの純粋な尊敬とはまた違う、強者に対する少年のような憧れに満ちていた。
「理屈はよくわかんねえが、とにかくすげえことだけはわかる! 俺、あんたの力が気に入った!」
「はあ……」
「そこで、頼みがある! 俺たちと一緒に来てくれ!」
頼む、というよりは、ほとんど命令に近い口調だった。彼は有無を言わさず、僕をどこかへ連れていくつもりらしい。
「俺たちのパーティー、今、とあるダンジョンの攻略で手こずっててな。どうしても倒せないヤツがいるんだ。あんたのその不思議な力なら、何とかなるかもしれねえ!」
パーティー。ダンジョン攻略。それは、僕が最も避けてきたものだ。
「すみませんが、僕は単独での調査を専門としていますので」
「まあ、そう言うなよ! 一回だけでいい! 報酬は弾む! な、頼むよ!」
ゴードンは巨大な体躯を折り曲げ、僕に頭を下げてきた。明朗快活で、裏表がなく、そして恐ろしく強引。プロット通りの人物像だ。この男の頼みを断り切るのは、骨が折れそうだった。
それに……正直なところ、少しだけ興味が湧いていた。
僕のこの力が、戦闘のプロである彼らのようなプレイヤーたちを相手に、どこまで通用するのか。彼らが手こずる敵とは、一体どんな相手なのか。地質学者としての好奇心が、わずかに頭をもたげた。
「……一回だけ、ですよ」
僕がため息混じりにそう言うと、ゴードンは「よっしゃあ!」と快哉を叫び、再び僕の肩を力強く叩いた。
僕がゴードンに連れてこられたのは、《アルトス・ゲート》の西に位置する岩山地帯だった。その中腹に、《石巨人の採掘場》と呼ばれるダンジョンの入り口がある。
「問題のヤツは、このダンジョンの最奥にいるんだ。名前は『ガーディアン・ゴーレム』。とにかく、クソ硬くてな。俺のパーティーの総攻撃を叩き込んでも、傷一つつけられねえ」
ダンジョン内部は、かつて誰かが鉱石を掘っていた採掘場の跡らしく、壁にはつるはしの跡が無数に残っていた。道中、いくつかのモンスターに遭遇したが、その全てをゴードンが一人で引き受け、巨大なタワーシールドで完璧に防ぎきっていた。その姿は、まさに鉄壁の要塞だ。
「俺の自慢の防御力でも、あのゴーレムのパンチは一発でHPが半分吹っ飛ぶ。だから、俺が攻撃を引きつけている間に、アタッカーが全力で攻撃するんだが……」
話しながら進むうちに、僕らは広大な円形の空間にたどり着いた。空間の中央には、一体の巨人が鎮座していた。高さは七メートルほど。全身が、光沢のある灰色の岩石でできており、関節部分からは青白い光が漏れている。あれが、ガーディアン・ゴーレムか。
「よう、また来たぜ、石ころ野郎!」
ゴードンが挑発すると、ゴーレムはギギギ、という音を立てて立ち上がり、その巨大な瞳(のように見える宝石)を僕らに向けた。
「ミモリたちには、外で待機してもらってる。俺が合図するまで、入ってくるなっつってな。あんたの力を、じっくり見せてもらおうじゃねえか!」
ゴードンはそう言うと、タワーシールドを構え、雄叫びを上げてゴーレムに突進していった。まさに猪突猛進。
ドゴォォン!
ゴーレムが振り下ろした巨大な拳を、ゴードンがシールドで受け止める。凄まじい衝撃波が巻き起こり、ダンジョン全体が揺れた。ゴードンのHPが一気に半分近くまで削られるが、彼は怯むことなく、その場に踏みとどまっている。さすが、サーバー屈指のタンク。その防御力は本物だ。
だが、やはり攻撃は通らないらしい。後衛に控えていたアタッカー役のプレイヤーたちが、矢や魔法を雨のように浴びせかけるが、全てゴーレムの岩の体に弾かれ、カキン、という軽い音を立てるだけだ。
「くそっ、やっぱり硬え!」
ゴードンが悔しそうに叫ぶ。完全に膠着状態だった。
僕は、その戦いを冷静に観察していた。そして、いつものように、僕だけの調査を開始する。
「スキル、《鑑定Lv.2》」
対象は、ガーディアン・ゴーレムそのもの。
【名称】:ガーディアン・ゴーレム
【種別】:魔法生物(コンストラクト)
【構成物質】:閃緑岩(せんりょくがん)
【動力源】:魔力結晶(コア)
【詳細】:古代の魔術師が、採掘場を守護するために作り出した自律型の石巨人。閃緑岩でできた身体は極めて高い物理・魔法耐性を誇る。動力源である胸のコアを破壊しない限り、無限に再生する。
「閃緑岩……なるほどな」
閃緑岩は、花崗岩に似ているが、石英をほとんど含まず、代わりに角閃石や輝石といった有色鉱物を多く含む深成岩だ。緻密で粘り強く、非常に硬い。物理攻撃が効かないのも頷ける。
次に、僕はゴーレムが立っている足元、そしてこの空間全体の地盤を《鑑定》した。
壁や天井は、ゴーレムと同じく硬い閃緑岩でできている。これでは、僕の得意な落盤戦術は使えない。《掘削》でトンネルを掘るのも、MP消費が激しすぎて現実的ではないだろう。
だが、僕は見逃さなかった。
この空間の床は、一枚岩ではない。複数の巨大な岩盤が、パズルのように組み合わさってできている。そして、その岩盤と岩盤の隙間、つまり「節理(せつり)」の部分は、他の部分に比べて、わずかに強度が低い。
そして、最も重要な発見は、ゴーレムの足元だった。
彼が立っているその場所の真下、地下数メートルの位置に、細いが確かな「地下水脈」が存在していることを、僕の《鑑定》スキルが捉えていた。
「……ゴードンさん!」
僕は、シールドを構えて奮闘する彼に叫んだ。
「そのゴーレムを、あと三メートル、僕のほうへ誘導できますか!」
「あぁ!? 何だって!? よくわかんねえが、やってやるぜ!」
ゴードンは、僕の意図を全く理解していないようだったが、それでも僕の指示を信じ、巧みにシールドを使いながら、ゆっくりと後退を始めた。ゴーレムは、獲物を追うように、一歩、また一歩とゴードンに釣られて移動してくる。
そして、ゴーレムが僕の指定したポイント――地下水脈の真上に立った瞬間。
僕は、右手を地面にかざした。
「ユニークスキル【地形編集】――《破壊》!」
僕が狙ったのは、ゴーレムではない。ゴーレムが立つ、足元の岩盤そのものだ。節理に沿ってスキルを発動し、構造的な弱点を突く。
その瞬間、ゴッ、という鈍い音と共に、ゴーレムの立っていた巨大な岩盤が、バランスを崩して大きく傾いた。
「グオッ!?」
ゴーレムは、突然の足場の消失に体勢を崩し、巨体を大きくよろめかせる。
だが、僕の狙いはそれだけではなかった。
破壊された岩盤の亀裂から、圧縮されていた地下水が、凄まじい勢いで噴き出したのだ。
ブシャァァァ!
高圧の水流が、まるで巨大なウォーターカッターのように、体勢を崩したゴーレムの足元を直撃した。閃緑岩は硬いが、水圧には弱い。ましてや、不安定な体勢ではひとたまりもない。
「グオオオオォ!?」
ゴーレムは、自重を支えきれず、派手な水しぶきを上げてその場に転倒した。頑丈な岩の身体が、床に叩きつけられる。
そして、その衝撃で、胸部に埋め込まれていた動力源のコアが、むき出しになった。
「今です! コアを狙って!」
僕が叫ぶと、後方で待機していたアタッカーたちが、一斉にそこへ集中攻撃を浴びせた。
青白い光を放っていたコアに亀裂が走り、やがて、甲高い音を立てて砕け散った。
すると、あれほど強固だったゴーレムの身体は、光を失ってただの石くれへと変わり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
静寂が、再び訪れる。
あっけにとられていたゴードンと他のプレイヤーたちは、やがて我に返ると、僕のほうを信じられないものを見る目で振り返った。
「……おいおい、マジかよ」
ゴードンは、巨大な水たまりと化した地面と、ゴーレムの残骸を交互に見ながら、呟いた。
「殴っても斬ってもビクともしなかったヤツを……地面ごとひっくり返して、水責めにする、だと……?」
彼の目には、もはや憧れや感心ではなく、畏怖の色が浮かんでいた。
「リク、だったか」
ゴードンは、ゆっくりと僕に近づくと、その巨大な両手で、僕の両肩をがっしりと掴んだ。
「理屈はやっぱり、さっぱりわからん! だが、お前がとんでもなくヤバい奴だってことだけは、よーくわかった!」
そして彼は、満面の笑みで、叫んだ。
「決めた! お前、俺たちのパーティーに入れ! いや、入れ! これから、俺と、ミモリと、お前で、最強のパーティーを作るんだ!」
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そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
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