不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第十話 猪突猛進と地盤沈下

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 ミモリさんと別れた後、僕は一人、アルトス・ゲートの街に戻っていた。
 初めてのフレンド。初めての「ありがとう」。沼沢地帯での出来事は、僕の心に確かな温もりを残していた。フレンドリストに灯る『ミモリ』の名を見るたびに、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。

(まあ、これで調査に集中できる)

 僕は頭を切り替えるように、軽くかぶりを振った。感傷に浸っている暇はない。この世界には、僕がまだ解き明かしていない大地が無限に広がっているのだ。
 街の図書館で、僕はエリュシオン・テラ全土の地理に関する文献を読み漁っていた。もちろん、プレイヤーが編集した攻略情報ではない。この世界の歴史や伝承として記録されている、いわばNPCたちが編纂した書物だ。そこには、地質学的なヒントが隠されていることが多々ある。

「『灼熱の渓谷』では、年に一度、大地が裂けて炎の川が出現する……ほう、間欠泉か、あるいはマグマだまりの活動周期を示唆しているのか。面白い」
「『風鳴りの砂漠』に点在する巨大な奇岩群は、古代の巨人が積み上げたものと伝えられる……いや、これは硬い岩盤が風化侵食から取り残された、キノコ岩(マッシュルームロック)だろうな」

 書物の内容から、この世界の地形の成り立ちを推測していく作業は、僕にとって至福の時間だった。次に訪れるべきフィールドの候補を、頭の中でリストアップしていく。

 僕が書物に没頭していた、その時だった。
 ガシッ!
 突如、巨大な手に肩を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには、僕の倍はあろうかという巨体の男が、ニカッと歯を見せて笑っていた。見覚えがある。あの沼沢の入り口で、ミモリさんを迎えに来ていた、熊のようなタンク職の男だ。

「よぉ! あんたがリクだな! やっと見つけたぜ!」

 地響きのような大声が、静かな図書館に響き渡る。周囲の利用者たちが、一斉にこちらに注目した。しまった、完全に油断していた。

「人違いでは……」
「とぼけんなって! ミモリから聞いたぜ。『黒曜鋼のつるはしを背負った、不思議な魔法を使う、物静かな感じの人』ってな! あんたしかいねえだろ!」

 男は僕の背中にあるつるはしを、巨大な指でバンバンと叩いた。ミモリさん、特徴を伝えすぎだ。それに「物静かな感じ」というよりは、ただのコミュ障なのだが。

「俺はゴードン! ミモリのパーティーでタンクをやってる! あの時は、うちの姫を助けてくれて、本当にありがとな!」
 ゴードンと名乗った男は、僕の肩を掴んだまま、ガクンガクンと力強く揺さぶった。彼のSTR値は、間違いなく僕の数十倍はあるだろう。肩が外れそうだ。

「いえ、大したことは……。それより、ここ図書館なので、もう少し静かに」
「おっと、そうだったな! 悪ぃ悪ぃ!」

 ゴードンは悪びれもせずに言うと、僕の腕を掴んだまま、ずんずんと外へ歩き出した。抵抗しようにも、体格差がありすぎて、まるで大型犬に引きずられる子猫のようだった。

 街の広場まで引きずり出された僕は、ようやく解放された。
「それで、何の御用でしょうか」
 僕は少し疲れた声で尋ねた。できれば、早く一人になって調査計画の続きを立てたい。

「ミモリから聞いたんだが、あんた、地面をドカンと陥没させて、モンスターをまとめて生き埋めにしたんだってな! しかも、泥の川に橋までかけたって! すげえじゃねえか!」
 ゴードンは、心の底から感心したように、目を輝かせている。その瞳は、ミモリさんの純粋な尊敬とはまた違う、強者に対する少年のような憧れに満ちていた。

「理屈はよくわかんねえが、とにかくすげえことだけはわかる! 俺、あんたの力が気に入った!」
「はあ……」
「そこで、頼みがある! 俺たちと一緒に来てくれ!」

 頼む、というよりは、ほとんど命令に近い口調だった。彼は有無を言わさず、僕をどこかへ連れていくつもりらしい。
「俺たちのパーティー、今、とあるダンジョンの攻略で手こずっててな。どうしても倒せないヤツがいるんだ。あんたのその不思議な力なら、何とかなるかもしれねえ!」

 パーティー。ダンジョン攻略。それは、僕が最も避けてきたものだ。
「すみませんが、僕は単独での調査を専門としていますので」
「まあ、そう言うなよ! 一回だけでいい! 報酬は弾む! な、頼むよ!」

 ゴードンは巨大な体躯を折り曲げ、僕に頭を下げてきた。明朗快活で、裏表がなく、そして恐ろしく強引。プロット通りの人物像だ。この男の頼みを断り切るのは、骨が折れそうだった。

 それに……正直なところ、少しだけ興味が湧いていた。
 僕のこの力が、戦闘のプロである彼らのようなプレイヤーたちを相手に、どこまで通用するのか。彼らが手こずる敵とは、一体どんな相手なのか。地質学者としての好奇心が、わずかに頭をもたげた。

「……一回だけ、ですよ」
 僕がため息混じりにそう言うと、ゴードンは「よっしゃあ!」と快哉を叫び、再び僕の肩を力強く叩いた。

 僕がゴードンに連れてこられたのは、《アルトス・ゲート》の西に位置する岩山地帯だった。その中腹に、《石巨人の採掘場》と呼ばれるダンジョンの入り口がある。

「問題のヤツは、このダンジョンの最奥にいるんだ。名前は『ガーディアン・ゴーレム』。とにかく、クソ硬くてな。俺のパーティーの総攻撃を叩き込んでも、傷一つつけられねえ」

 ダンジョン内部は、かつて誰かが鉱石を掘っていた採掘場の跡らしく、壁にはつるはしの跡が無数に残っていた。道中、いくつかのモンスターに遭遇したが、その全てをゴードンが一人で引き受け、巨大なタワーシールドで完璧に防ぎきっていた。その姿は、まさに鉄壁の要塞だ。

「俺の自慢の防御力でも、あのゴーレムのパンチは一発でHPが半分吹っ飛ぶ。だから、俺が攻撃を引きつけている間に、アタッカーが全力で攻撃するんだが……」

 話しながら進むうちに、僕らは広大な円形の空間にたどり着いた。空間の中央には、一体の巨人が鎮座していた。高さは七メートルほど。全身が、光沢のある灰色の岩石でできており、関節部分からは青白い光が漏れている。あれが、ガーディアン・ゴーレムか。

「よう、また来たぜ、石ころ野郎!」
 ゴードンが挑発すると、ゴーレムはギギギ、という音を立てて立ち上がり、その巨大な瞳(のように見える宝石)を僕らに向けた。

「ミモリたちには、外で待機してもらってる。俺が合図するまで、入ってくるなっつってな。あんたの力を、じっくり見せてもらおうじゃねえか!」
 ゴードンはそう言うと、タワーシールドを構え、雄叫びを上げてゴーレムに突進していった。まさに猪突猛進。

 ドゴォォン!

 ゴーレムが振り下ろした巨大な拳を、ゴードンがシールドで受け止める。凄まじい衝撃波が巻き起こり、ダンジョン全体が揺れた。ゴードンのHPが一気に半分近くまで削られるが、彼は怯むことなく、その場に踏みとどまっている。さすが、サーバー屈指のタンク。その防御力は本物だ。

 だが、やはり攻撃は通らないらしい。後衛に控えていたアタッカー役のプレイヤーたちが、矢や魔法を雨のように浴びせかけるが、全てゴーレムの岩の体に弾かれ、カキン、という軽い音を立てるだけだ。

「くそっ、やっぱり硬え!」
 ゴードンが悔しそうに叫ぶ。完全に膠着状態だった。

 僕は、その戦いを冷静に観察していた。そして、いつものように、僕だけの調査を開始する。
「スキル、《鑑定Lv.2》」

 対象は、ガーディアン・ゴーレムそのもの。

【名称】:ガーディアン・ゴーレム
【種別】:魔法生物(コンストラクト)
【構成物質】:閃緑岩(せんりょくがん)
【動力源】:魔力結晶(コア)
【詳細】:古代の魔術師が、採掘場を守護するために作り出した自律型の石巨人。閃緑岩でできた身体は極めて高い物理・魔法耐性を誇る。動力源である胸のコアを破壊しない限り、無限に再生する。

「閃緑岩……なるほどな」
 閃緑岩は、花崗岩に似ているが、石英をほとんど含まず、代わりに角閃石や輝石といった有色鉱物を多く含む深成岩だ。緻密で粘り強く、非常に硬い。物理攻撃が効かないのも頷ける。

 次に、僕はゴーレムが立っている足元、そしてこの空間全体の地盤を《鑑定》した。
 壁や天井は、ゴーレムと同じく硬い閃緑岩でできている。これでは、僕の得意な落盤戦術は使えない。《掘削》でトンネルを掘るのも、MP消費が激しすぎて現実的ではないだろう。

 だが、僕は見逃さなかった。
 この空間の床は、一枚岩ではない。複数の巨大な岩盤が、パズルのように組み合わさってできている。そして、その岩盤と岩盤の隙間、つまり「節理(せつり)」の部分は、他の部分に比べて、わずかに強度が低い。

 そして、最も重要な発見は、ゴーレムの足元だった。
 彼が立っているその場所の真下、地下数メートルの位置に、細いが確かな「地下水脈」が存在していることを、僕の《鑑定》スキルが捉えていた。

「……ゴードンさん!」
 僕は、シールドを構えて奮闘する彼に叫んだ。
「そのゴーレムを、あと三メートル、僕のほうへ誘導できますか!」
「あぁ!? 何だって!? よくわかんねえが、やってやるぜ!」

 ゴードンは、僕の意図を全く理解していないようだったが、それでも僕の指示を信じ、巧みにシールドを使いながら、ゆっくりと後退を始めた。ゴーレムは、獲物を追うように、一歩、また一歩とゴードンに釣られて移動してくる。

 そして、ゴーレムが僕の指定したポイント――地下水脈の真上に立った瞬間。
 僕は、右手を地面にかざした。

「ユニークスキル【地形編集】――《破壊》!」

 僕が狙ったのは、ゴーレムではない。ゴーレムが立つ、足元の岩盤そのものだ。節理に沿ってスキルを発動し、構造的な弱点を突く。

 その瞬間、ゴッ、という鈍い音と共に、ゴーレムの立っていた巨大な岩盤が、バランスを崩して大きく傾いた。
「グオッ!?」
 ゴーレムは、突然の足場の消失に体勢を崩し、巨体を大きくよろめかせる。

 だが、僕の狙いはそれだけではなかった。
 破壊された岩盤の亀裂から、圧縮されていた地下水が、凄まじい勢いで噴き出したのだ。

 ブシャァァァ!

 高圧の水流が、まるで巨大なウォーターカッターのように、体勢を崩したゴーレムの足元を直撃した。閃緑岩は硬いが、水圧には弱い。ましてや、不安定な体勢ではひとたまりもない。

「グオオオオォ!?」
 ゴーレムは、自重を支えきれず、派手な水しぶきを上げてその場に転倒した。頑丈な岩の身体が、床に叩きつけられる。
 そして、その衝撃で、胸部に埋め込まれていた動力源のコアが、むき出しになった。

「今です! コアを狙って!」
 僕が叫ぶと、後方で待機していたアタッカーたちが、一斉にそこへ集中攻撃を浴びせた。
 青白い光を放っていたコアに亀裂が走り、やがて、甲高い音を立てて砕け散った。

 すると、あれほど強固だったゴーレムの身体は、光を失ってただの石くれへと変わり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 静寂が、再び訪れる。
 あっけにとられていたゴードンと他のプレイヤーたちは、やがて我に返ると、僕のほうを信じられないものを見る目で振り返った。

「……おいおい、マジかよ」
 ゴードンは、巨大な水たまりと化した地面と、ゴーレムの残骸を交互に見ながら、呟いた。
「殴っても斬ってもビクともしなかったヤツを……地面ごとひっくり返して、水責めにする、だと……?」

 彼の目には、もはや憧れや感心ではなく、畏怖の色が浮かんでいた。

「リク、だったか」
 ゴードンは、ゆっくりと僕に近づくと、その巨大な両手で、僕の両肩をがっしりと掴んだ。
「理屈はやっぱり、さっぱりわからん! だが、お前がとんでもなくヤバい奴だってことだけは、よーくわかった!」

 そして彼は、満面の笑みで、叫んだ。
「決めた! お前、俺たちのパーティーに入れ! いや、入れ! これから、俺と、ミモリと、お前で、最強のパーティーを作るんだ!」

 その言葉は、もはや勧誘ではなかった。それは、僕の新たな冒険の始まりを告げる、決定事項の宣告だった。
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