不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第十六話 邂逅、絶対王権

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 ラバチューブの暗闇の先から響いてくるのは、もはや単なる竜の咆哮ではなかった。それは、大規模な戦闘――戦争と呼んでも差し支えないほどの、凄まじいエネルギーの衝突が織りなす交響曲だった。

「……誰か、先に戦っているのか?」
 ゴードンが、タワーシールドを構え直し、険しい表情で呟いた。彼の巨体から、先ほどまでの陽気さは消え、歴戦の戦士としての緊張感が立ち昇っている。
「この音……この魔力の奔流……並のパーティーじゃない。まさか……」

「――《絶対王権》か」
 僕がその名を口にすると、ゴードンは「やはり、お前もそう思うか」と苦々しげに頷いた。

 《絶対王権(アブソリュート・モナーキー)》。
 ETOのサービス開始直後から、圧倒的な情報収集能力と組織力、そして何よりも純粋な戦闘力で、サーバーランキングのあらゆる部門を独占し続けている最大手ギルド。その名は、僕のようなソロプレイヤーにすら届いている。噂によれば、彼らはこの世界のあらゆるコンテンツを誰よりも早く制覇し、独占することに異常なまでの執念を燃やしているという。

「火竜のサーバー初討伐(ファーストキル)を狙っているんでしょうね」
 僕は冷静に分析する。彼らがここにいる理由は、それ以外に考えられない。
「どうする、ゴードンさん。引き返しますか? それとも、このまま進みますか?」
「決まってる。進むに決まってるだろ!」
 ゴードンは即答した。
「ここまで来て、みすみす手柄を譲ってやる義理はねえ。それに、あの《絶対王権》とやらが、どれほどのものか、この目で見ておきてえ」
「お二人とも、気をつけて……」
 ミモリさんは、不安そうな顔をしながらも、僕たちの覚悟を察して杖を握りしめた。

 僕たちは、音を立てないように慎重に、ラバチューブの出口へと向かった。
 出口は、溶岩湖に浮かぶ島の、巨大な岩の裂け目に繋がっていた。僕たちはその岩陰から、息を殺して外の光景を覗き見る。

 そして、僕たちは言葉を失った。

 眼前に広がっていたのは、まさに神話の一場面のような、壮絶な戦場だった。
 島の中心に君臨するのは、体長三十メートルはあろうかという、伝説の火竜。その全身は、まるで溶岩そのものでできたかのように深紅に輝き、翼の一振りは灼熱の突風を巻き起こす。口から吐き出されるブレスは、もはや炎ではなく、岩をも溶かすプラズマの奔流だ。

 そして、その絶対的な存在に、たった一つのギルドが挑んでいた。
 その数、およそ五十名。
 最前線には、ゴードンのような重装タンクたちが十数名並び、巨大な盾で鉄壁の防衛ラインを形成している。彼らの後方では、無数の魔法使いたちが、属性を考慮したであろう氷や水の魔法を雨のように降らせ、剣士や斧使いといったアタッカーたちが、竜の硬い鱗に果敢に斬りかかっていた。

 その全てが、完璧に統率されていた。一糸乱れぬ連携。無駄のない動き。誰一人として、パニックに陥る者はいない。まるで、一つの生命体のように、彼らは機能していた。

「……すげえ。これが、《絶対王権》か」
 ゴードンが、思わず感嘆の声を漏らした。彼の誇る防御力も、この組織的な戦術の前では、個人の力に過ぎないことを痛感させられる。

 そして、その軍勢の中心に、一人の男がいた。
 漆黒の装飾が施された白銀の鎧をまとい、右手には蒼い炎をまとった長剣、左手には魔法陣が刻まれた小盾を携えている。プラチナブロンドの髪をなびかせ、その顔立ちは神が作りたもうた彫刻のように整っていた。
 彼は、誰よりも深く竜の懐に踏み込みながら、戦場全体を把握し、的確な指示を飛ばしていた。

「第3タンク部隊、ヘイト上昇! ヒーラーはB班に集中!」
「メイジ部隊、詠唱中断! 次の溶岩弾に備え、マジックバリアを展開しろ!」
「レンジャー部隊、怯んだぞ! 右翼の傷口を狙え!」

 その声は、戦場の喧騒の中にあって、不思議なほど明瞭に響き渡る。その一言一句が、彼の仲間たちに絶対的な指針を与え、戦線を維持させていた。
 間違いない。彼こそが、《絶対王権》のギルドマスターにして、このサーバーの頂点に君臨する男。

 ――カイザー。

 彼が剣を振るえば、蒼い斬撃が竜の鱗を砕き、盾をかざせば、強力な防御魔法が仲間を守る。攻撃、防御、指揮。その全てを、超高レベルでこなしている。まさに、王(カイザー)の名にふさわしい、圧倒的なカリスマと実力だった。

 だが、そんな彼らをもってしても、火竜はあまりにも強大すぎた。
「グオオオオオオォォン!」
 火竜は咆哮すると、足元の溶岩湖から、巨大な溶岩の津波を巻き上げた。それは、数十メートルもの高さの壁となって、《絶対王権》の軍勢に襲いかかる。

「総員、最大防御!」
 カイザーの号令一下、プレイヤーたちは一斉に防御態勢をとる。凄まじい轟音と共に、溶岩の津波が彼らを飲み込んだ。数名のプレイヤーが耐えきれずに光の粒子となって消滅し、戦線は後退を余儀なくされる。

「くっ……消耗が激しすぎる……!」
 カイザーが、初めて苦々しげに呟いたのが聞こえた。
 戦いは、完全に膠着状態に陥っていた。彼らは火竜を倒せない。火竜もまた、彼らの鉄壁の守りを完全に崩すことはできない。ただ、時間と共に、《絶対王権》側が消耗していくのは明らかだった。

「……どう思う、リク」
 ゴードンが、僕に尋ねた。僕ならば、この状況を打開する何かを見つけられるのではないかと、期待しているのだろう。

 僕は、黙って戦況を分析していた。
 《絶対王権》の戦術は、確かに完璧だ。だが、それはあくまで「正攻法」の範囲内に過ぎない。彼らは、火竜を一体の強大なモンスターとして捉え、HPを削り切ることしか考えていない。

 だが、僕の目には、この戦場は全く違う様相で見えていた。
「カイザーの判断は、間違ってはいません。ですが、彼は二つのことを見落としている」
「見落とし、だと?」

「一つは、火竜のエネルギー源です」
 僕は、火竜が時折、足元の溶岩湖に前足を浸していることに気づいていた。
「ヤツは、あの溶岩湖そのものから、魔力と熱量を直接吸収している。だから、あれだけ強力な攻撃を連発しても、消耗する気配がない。あの湖と繋がっている限り、火竜は半ば無限に再生し続けます」

「なんだと!? ずるいじゃねえか!」
「そして、もう一つ」
 僕は、火竜が巣くう、この巨大な島の岩盤を《鑑定》した。その結果は、僕の予想を裏付けるものだった。
「この島は、一枚岩ではありません。複数の巨大な岩塊が、火山の粘性のあるマグマによって、かろうじて接着されているに過ぎない。特に、カイザーたちが今戦っているあの場所は、島の構造上、最も不安定なポイントです」

 無限のエネルギー源を持つ敵と、不安定な足場。
 彼らは、自分たちが圧倒的に不利な場所で、勝ち目のない消耗戦を強いられているのだ。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「戦う場所を変えさせるんです。あの不安定な足場から引き離し、エネルギー源である溶岩湖との接続を断つ。そうすれば、勝機が見えてきます」

 僕がそこまで説明した、その時だった。

「――そこにいるのは誰だ」

 凛として、それでいて氷のように冷たい声が、僕たちの背後から響いた。
 僕たちは、凍りついたように振り返る。

 いつの間に回り込んだのか。僕たちが隠れていた岩陰のすぐそばに、カイザーが立っていた。あれほどの激戦の最中に、彼は僕たちの存在に気づき、そして密かに接近していたのだ。
 彼の蒼い瞳が、僕たち三人を射抜く。その視線は、まるで値踏みをするかのように、僕たちの装備やレベルを品定めしていた。

「……なるほど。ゴードンとかいう、脳筋タンクと、回復しか能のない聖女様か。それに、なんだ、そのみすぼらしい格好の男は。ネズミが紛れ込んでいるとは思わなかったな」
 カイザーは、僕たちを一瞥すると、侮蔑の色も隠さずに言い放った。彼の目には、僕たちは取るに足らない、ただの雑魚にしか映っていないのだろう。

「てめえ、何だと!」
 ゴードンが激昂し、タワーシールドを構えようとする。

 だが、僕はそれを、静かに手で制した。
 カイザーの言う通りだ。僕たちは、彼の率いる軍勢に比べれば、あまりにも非力で、みすぼらしい。
 しかし、だからこそ、僕にしか見えないものがある。

 僕はフードを外し、カイザーの蒼い瞳を、まっすぐに見つめ返した。
「《絶対王権》の王、カイザー。あなたの戦い方は、実に合理的で、美しい。だが、致命的に間違っている」

 僕の静かな、しかし断定的な言葉に、カイザーの眉が、わずかにピクリと動いた。彼の完璧な表情筋が、初めて揺らいだ瞬間だった。
 彼の視線が、初めて僕という存在を、ただの「雑魚」ではなく、「何か」として認識し、その焦点を合わせた。

 このサーバーの頂点に立つ王と、不人気職【地質学者】。
 僕たちの、奇妙な邂逅だった。
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