不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第十七話 王へのプレゼンテーション

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「――致命的に、間違っている」

 僕が放った静かな、しかし刃のように鋭い言葉は、灼熱の空気を凍りつかせた。
 戦場の喧騒が、遠い世界の出来事のように感じられる。僕たちの周りだけが、真空地帯になったかのような、濃密な沈黙に支配されていた。

 ゴードンは息を呑み、ミモリさんは心配そうに僕のローブの裾を握りしめている。
 サーバーの絶対王者、カイザー。彼の、神が創りたもうたかのように完璧な顔貌が、初めて温度を失った。その蒼い瞳が、僕という存在の深淵を覗き込もうとするかのように、細められる。

「……面白いことを言う。この俺の戦術が、間違っている、だと?」
 カイザーの声は、静かだった。だが、その底には、地殻の奥深くで滾るマグマのような、絶対的な自信と、それを否定されたことへの侮辱が渦巻いていた。
「貴様、自分が誰に向かって口を利いているのか、理解しているのか? 俺は、この世界のあらゆる理を解き明かし、勝利を積み重ねてきた。貴様のような、名もなきネズミに説教される謂れはない」

「あなたの積み重ねてきた勝利が、偽りだとは言いません」
 僕は、彼の圧倒的な威圧感にも臆することなく、言葉を続けた。僕の後ろには、僕が踏みしめてきた大地と、積み重ねてきた知識がある。それが、僕の揺るぎない支えだった。
「ですが、あなたは目の前の敵しか見ていない。その敵を生み出し、支えている、この『戦場』そのものを見ていない」

 僕は、カイザーの背後で今も激しい攻防が繰り広げられている戦場を指さした。
「あなたは、なぜ火竜のHPが思うように減らないのか、本当に理解していますか?」
「……無限に近い自己再生能力を持っているからだろう。高位のモンスターにはよくある特性だ」
「では、そのエネルギーはどこから供給されている?」

 僕の問いに、カイザーは答えられなかった。彼の表情に、初めて明確な当惑の色が浮かぶ。
「答えは、あの溶岩湖です。火竜は、あの湖から直接エネルギーを吸収している。あなた方がどれだけダメージを与えても、ヤツは蛇口の開いたバスタブに水を注ぐように、失った力を補充し続ける。あなた方が戦っているのは、火竜一体ではない。あの広大な溶岩湖そのものが、あなた方の敵なんです」

「……何?」
「そして、もう一つ。あなた方が今立っているその足場。そこは、この島で最も脆く、不安定な場所だ。火竜の強力な攻撃の衝撃で、いつ大規模な地盤沈下や崩落が起きてもおかしくない。あなた方は、敵のホームグラウンドの、最も危険な場所で、勝ち目のない消耗戦を強いられている。それが、僕の言った『間違い』です」

 僕の説明が終わると、カイザーは数秒間、沈黙した。彼の頭脳が、僕の言葉を高速で分析し、その真偽を確かめているのがわかった。
 やがて、彼はフッと、鼻で笑った。

「戯言を。何の根拠があって、そんな与太話を信じろと言うのだ。貴様の、その汚れたノートにでも書いてあるのか?」
 彼は、僕が手にしていた革のノートを、ゴミでも見るかのような目で見下した。

「根拠なら、あります。僕の目と、知識と……そして、このスキルが」
「スキル?」
「百聞は一見にしかず、ですね。証明して見せましょう」

 僕は、カイザーの視線を真っ直ぐに受け止めながら、右手を、彼らの戦場から少し離れた、何もない岩壁に向けた。
「あの壁を見ていてください」

 僕は、鑑定で特定していた、別の不安定な岩盤の一点に意識を集中させた。
「【地形編集】――《破壊》」

 僕のMPがわずかに消費される。
 次の瞬間、僕が指さした岩壁が、何の前触れもなく、ズズズ……と音を立てて崩れ落ちた。それは、大規模なものではない。だが、外部からの物理的な衝撃なしに、岩盤が内側から崩壊するという異常な現象は、僕の言葉が単なるハッタリではないことを証明するには十分すぎた。

「なっ……!?」
 カイザーの目が、初めて驚愕に見開かれた。彼の背後で戦っていた《絶対王権》のメンバーたちも、何事かとこちらに視線を向けている。
「今のは……なんだ? 貴様、何をした?」

「言ったはずです。僕は、大地を識っている、と。そして、その理を、少しだけ捻じ曲げることができる」
 僕は、カイザーに向き直った。
「このまま戦いを続ければ、あなた方は敗北する。良くて、多大な犠牲を払って撤退。最悪の場合、足場ごと溶岩湖に飲まれて全滅です」
「……」
「ですが、僕には勝つための道筋が見えています」

 僕は、王へのプレゼンテーションを続けた。
「火竜を、あの溶岩湖から引き離すんです。エネルギーの供給を断ち、そして、もっと安定した場所――例えば、僕たちが今いる、このラバチューブの中に誘い込む。狭い場所なら、ヤツの巨体と翼はむしろ枷になる。そこでなら、あなた方の統率された攻撃力で、確実にヤツを仕留められる」

 僕の提案は、彼らの常識を根底から覆すものだった。ダンジョンの外にボスを誘い出すなど、普通のゲームでは考えられない発想だ。だが、このETOの世界は、僕の知識とスキルをもってすれば、それを可能にする。

 カイザーは、僕の顔と、僕が開いたラバチューブの入り口、そして遠くで戦う火竜とを、何度も見比べた。彼のプライドと、リーダーとしての合理性が、その頭の中で激しくせめぎ合っているのが見て取れた。名もなき雑魚の、突拍子もない作戦。しかし、現状を打開し、勝利をもたらす可能性を秘めた、唯一の作戦。

 長い、長い沈黙の後。
 彼は、深いため息をついた。それは、諦めとも、あるいは決断ともとれる、複雑な響きを持っていた。

「……面白い。貴様のような男が、野良に埋もれていたとはな」
 カイザーの口調から、先ほどまでの刺々しさが、少しだけ薄れていた。彼は僕を「ネズミ」ではなく、「利用価値のある駒」として、再評価したのだ。
「よかろう。貴様の作戦に乗ってやる。ただし、これは協力ではない。命令だ」

 彼の瞳に、再び王としての傲岸な光が戻る。
「貴様が、火竜をここまで誘導しろ。それが、貴様ら三人の役割だ。成功すれば、報酬として、火竜のドロップアイテムのいくつかを与えてやろう。だが、失敗すれば――」

 彼は、蒼炎をまとう剣の切っ先を、僕の喉元に突きつけた。
「――俺が、貴様らをこの溶岩に叩き落とす。いいな?」

「てめえ、リクに指図するな!」
 ゴードンが、僕とカイザーの間に割って入ろうとする。
 だが、僕は再び、それを手で制した。

「……結構です。その条件、飲みましょう」
 僕は、喉元の剣先をものともせず、静かに答えた。報酬はどうでもいい。僕の目的は、この世界の理を解き明かし、それを証明すること。この男に、僕の地質学の正しさを認めさせることだ。

 僕の返答に、カイザーは満足げに口の端を吊り上げた。
「話が早くて助かる。全軍に告ぐ!」
 彼は剣を収めると、戦場全体に響き渡る声で号令した。
「現刻より、作戦を変更する! 全員、一時撤退! あのラバチューブ入り口まで後退し、陣形を再編! 我々は、ここで、あの竜を迎え撃つ!」

 《絶対王権》のメンバーたちは、突然の命令に戸惑いながらも、一糸乱れぬ動きで撤退を開始した。その統率力は、やはり見事というほかない。

 やがて、戦場には、取り残された火竜と、僕たち三人だけが残された。
 カイザーは、ラバチューブの入り口で腕を組み、僕たちを見下ろしている。その目は「さあ、お手並み拝見といくか」と語っていた。

「リク、本当にいいのかよ。あんな奴の命令に従うなんて」
 ゴードンが、不満げに言う。
「いいんです。これも、調査の一環ですから」
 僕は、静かに答えた。

 眼前の火竜が、獲物がいなくなったことに気づき、苛立たしげな咆哮を上げた。その巨大な瞳が、新たな標的として、僕たち三人を捉える。

「さて、始めましょうか」
 僕は、僕の知識とスキルを信じてくれる二人の仲間と、僕の力を試そうとしている絶対王者の視線を背中に受けながら、この世界の神話に挑むべく、ゆっくりと一歩を踏み出した。
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