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第二十話 王の渇望、学者の矜持
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「――貴様、俺のものになれ」
カイザーの言葉は、命令だった。
それは、対等なプレイヤー同士の勧誘などでは断じてない。王が、戦場で手に入れた類稀なる戦利品に対し、その所有権を宣言するかのような、傲岸不遜な響きを持っていた。
静まり返った洞窟の中で、その言葉だけが、奇妙なほどはっきりと僕の耳に届いた。
「てめえ……! 何様だ!」
僕が答えるより先に、隣にいたゴードンが怒声を上げた。彼はタワーシールドをカイザーに向け、その巨体から殺気にも似た闘気を放つ。
「リクは物じゃねえ! あんたの好きにはさせねえぞ!」
「黙れ、脳筋。これは、貴様らのような凡人に理解できる話ではない」
カイザーは、ゴードンを一瞥だにせず、その蒼い瞳で僕だけを射抜いていた。
「リク。貴様には、この世界の理を歪める、唯一無二の力がある。その力は、一個人が趣味で振るうにはあまりにも強大で、あまりにも価値がありすぎる。それは、正しく管理され、最も効率的に運用されるべきだ」
彼は、まるで世界の摂理を語るかのように、淡々と続ける。
「俺のギルド、《絶対王権》に入れ。ギルドの財産は、貴様が自由に使えるようにしよう。最高の装備、最高の情報、最高の地位。俺が持つ全てを与えてやる。その代わり、貴様のその力は、俺のためだけに、ギルドのためだけに使え。それが、貴様の力を最も輝かせる、唯一の方法だ」
最高の待遇。破格の条件。他のプレイヤーが聞けば、喉から手が出るほど欲しがるであろう、王からの直々のオファー。
だが、僕の心は、一片たりとも揺れなかった。
「お断りします」
僕の返事は、即答だった。
その言葉に、カイザーの完璧な表情が、初めて明確に凍りついた。彼の周囲にいた《絶対王権》のメンバーたちも、「こいつ、何を言っているんだ?」と、信じられないものを見る目で僕を見ている。
「……断る、だと? 貴様、俺が何を言っているのか、理解しているのか?」
カイザーの声に、温度が消える。それは、自分の意思が、それも自分より遥かに格下の存在によって否定されることなど、彼の人生の辞書には存在しなかったことを物語っていた。
「理解しています。その上で、お断りします」
僕は、静かに、しかしきっぱりと言い返した。
「僕の目的は、富でも、名声でも、地位でもありません。僕の目的は、この世界の成り立ちを、この大地に刻まれた歴史を、僕自身の目と手で解き明かすことです。あなたのギルドに入れば、その自由は奪われるでしょう。僕の探求心は、誰かに管理されるためにあるのではない」
それは、僕の、地質学者としての矜持だった。
僕の言葉は、彼の価値観とは根本的に相容れないものだったのだろう。カイザーの顔が、驚愕から、屈辱へ、そして、冷たい怒りへと変わっていく。
「……面白い。この俺の支配を、俺の施しを、拒絶するか。貴様のような男は、初めてだ」
彼の纏う空気が、変わった。それは、もはや僕を利用価値のある駒として見る目ではない。自分の思い通りにならない、異物を排除しようとする、捕食者の目だった。
「リクさん……」
ミモリさんが、心配そうに僕のローブを掴む。彼女は、カイザーが放つ危険なオーラを敏感に感じ取っているのだ。
「いいだろう。貴様の選択、尊重してやる」
カイザーは、フッと息を吐くと、意外にもあっさりと剣を収めた。だが、その瞳の奥の炎は、より一層暗く、そして深く燃え盛っていた。
「だが、覚えておけ。この世界において、俺の味方でない者は、全て俺の敵だ。貴様が今日、俺の手を取らなかったことを、骨の髄まで後悔させてやる。貴様のその矮小な探求心が、俺の支配の前では、いかに無力で、無価値であるかを、徹底的に教えてやる」
それは、明確な敵対宣言だった。
彼は、僕に最後の視線を投げかけると、踵を返し、ギルドメンバーたちに号令した。
「引き上げるぞ。こんな掃き溜めに、これ以上用はない」
《絶対王権》の軍勢は、まるで潮が引くように、静かに、そして統率された動きで、洞窟から去っていった。彼らが去った後には、討伐された火竜の亡骸と、不気味なほどの静寂だけが残された。
「……行っちまったな」
ゴードンが、吐き捨てるように言った。
「リク、本当に良かったのか? あいつらを敵に回すってことは、これからこのゲームで、まともに活動できなくなるかもしれねえんだぞ」
彼の言葉には、僕を案じる響きがこもっていた。
「構いません。僕は、僕のやり方を変えるつもりはありませんから」
「へっ、お前らしいぜ」
ゴードンは、僕の答えを聞くと、呆れたように笑った。
「まあ、何があっても、このゴードン様の盾が、お前を守ってやるよ!」
「私もです!」
ミモリさんも、力強く頷いた。
「リクさんの選択を、私は支持します。それに、お二人と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がしますから!」
二人の温かい言葉が、僕の心に染み渡る。
僕は、一人ではない。僕の知識を信じ、僕の選択を支えてくれる仲間がいる。それだけで、これから始まるであろう困難に、立ち向かう勇気が湧いてきた。
僕たちは、火竜のドロップアイテムと、僕が発見した灼炎石を分配すると、アルトス・ゲートへの長い帰路についた。
数日後、街に戻った僕たちを待っていたのは、新たな噂の嵐だった。
「ダンジョンを掘る男、今度は《絶対王権》の勧誘を蹴ったらしいぞ!」
「マジかよ! カイザーの誘いを断るなんて、命知らずにもほどがある!」
「もはや、ただの変わり者じゃねえ。巨大ギルドに牙を剥いた、反逆者だ!」
僕の名前は、もはや単なる伝説のプレイヤーとしてではなく、絶対王者に挑む、無謀な挑戦者として、プレイヤーたちの間で語られ始めていた。
僕は、街の喧騒から離れた路地裏で、空を見上げた。
これから僕を待つのは、平坦な道ではないだろう。巨大な権力という名の、圧倒的な逆風が吹き荒れるはずだ。
だが、僕の心は晴れやかだった。
隣には、頼もしい仲間たちがいる。そして、僕の足元には、僕だけがその声を聞くことができる、広大な大地が広がっている。
地質学者の覚醒は、終わった。
これから始まるのは、僕の知識と矜持を懸けた、この世界の王との、静かで、しかし壮大な地殻変動を巻き起こす戦いの物語だ。
カイザーの言葉は、命令だった。
それは、対等なプレイヤー同士の勧誘などでは断じてない。王が、戦場で手に入れた類稀なる戦利品に対し、その所有権を宣言するかのような、傲岸不遜な響きを持っていた。
静まり返った洞窟の中で、その言葉だけが、奇妙なほどはっきりと僕の耳に届いた。
「てめえ……! 何様だ!」
僕が答えるより先に、隣にいたゴードンが怒声を上げた。彼はタワーシールドをカイザーに向け、その巨体から殺気にも似た闘気を放つ。
「リクは物じゃねえ! あんたの好きにはさせねえぞ!」
「黙れ、脳筋。これは、貴様らのような凡人に理解できる話ではない」
カイザーは、ゴードンを一瞥だにせず、その蒼い瞳で僕だけを射抜いていた。
「リク。貴様には、この世界の理を歪める、唯一無二の力がある。その力は、一個人が趣味で振るうにはあまりにも強大で、あまりにも価値がありすぎる。それは、正しく管理され、最も効率的に運用されるべきだ」
彼は、まるで世界の摂理を語るかのように、淡々と続ける。
「俺のギルド、《絶対王権》に入れ。ギルドの財産は、貴様が自由に使えるようにしよう。最高の装備、最高の情報、最高の地位。俺が持つ全てを与えてやる。その代わり、貴様のその力は、俺のためだけに、ギルドのためだけに使え。それが、貴様の力を最も輝かせる、唯一の方法だ」
最高の待遇。破格の条件。他のプレイヤーが聞けば、喉から手が出るほど欲しがるであろう、王からの直々のオファー。
だが、僕の心は、一片たりとも揺れなかった。
「お断りします」
僕の返事は、即答だった。
その言葉に、カイザーの完璧な表情が、初めて明確に凍りついた。彼の周囲にいた《絶対王権》のメンバーたちも、「こいつ、何を言っているんだ?」と、信じられないものを見る目で僕を見ている。
「……断る、だと? 貴様、俺が何を言っているのか、理解しているのか?」
カイザーの声に、温度が消える。それは、自分の意思が、それも自分より遥かに格下の存在によって否定されることなど、彼の人生の辞書には存在しなかったことを物語っていた。
「理解しています。その上で、お断りします」
僕は、静かに、しかしきっぱりと言い返した。
「僕の目的は、富でも、名声でも、地位でもありません。僕の目的は、この世界の成り立ちを、この大地に刻まれた歴史を、僕自身の目と手で解き明かすことです。あなたのギルドに入れば、その自由は奪われるでしょう。僕の探求心は、誰かに管理されるためにあるのではない」
それは、僕の、地質学者としての矜持だった。
僕の言葉は、彼の価値観とは根本的に相容れないものだったのだろう。カイザーの顔が、驚愕から、屈辱へ、そして、冷たい怒りへと変わっていく。
「……面白い。この俺の支配を、俺の施しを、拒絶するか。貴様のような男は、初めてだ」
彼の纏う空気が、変わった。それは、もはや僕を利用価値のある駒として見る目ではない。自分の思い通りにならない、異物を排除しようとする、捕食者の目だった。
「リクさん……」
ミモリさんが、心配そうに僕のローブを掴む。彼女は、カイザーが放つ危険なオーラを敏感に感じ取っているのだ。
「いいだろう。貴様の選択、尊重してやる」
カイザーは、フッと息を吐くと、意外にもあっさりと剣を収めた。だが、その瞳の奥の炎は、より一層暗く、そして深く燃え盛っていた。
「だが、覚えておけ。この世界において、俺の味方でない者は、全て俺の敵だ。貴様が今日、俺の手を取らなかったことを、骨の髄まで後悔させてやる。貴様のその矮小な探求心が、俺の支配の前では、いかに無力で、無価値であるかを、徹底的に教えてやる」
それは、明確な敵対宣言だった。
彼は、僕に最後の視線を投げかけると、踵を返し、ギルドメンバーたちに号令した。
「引き上げるぞ。こんな掃き溜めに、これ以上用はない」
《絶対王権》の軍勢は、まるで潮が引くように、静かに、そして統率された動きで、洞窟から去っていった。彼らが去った後には、討伐された火竜の亡骸と、不気味なほどの静寂だけが残された。
「……行っちまったな」
ゴードンが、吐き捨てるように言った。
「リク、本当に良かったのか? あいつらを敵に回すってことは、これからこのゲームで、まともに活動できなくなるかもしれねえんだぞ」
彼の言葉には、僕を案じる響きがこもっていた。
「構いません。僕は、僕のやり方を変えるつもりはありませんから」
「へっ、お前らしいぜ」
ゴードンは、僕の答えを聞くと、呆れたように笑った。
「まあ、何があっても、このゴードン様の盾が、お前を守ってやるよ!」
「私もです!」
ミモリさんも、力強く頷いた。
「リクさんの選択を、私は支持します。それに、お二人と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がしますから!」
二人の温かい言葉が、僕の心に染み渡る。
僕は、一人ではない。僕の知識を信じ、僕の選択を支えてくれる仲間がいる。それだけで、これから始まるであろう困難に、立ち向かう勇気が湧いてきた。
僕たちは、火竜のドロップアイテムと、僕が発見した灼炎石を分配すると、アルトス・ゲートへの長い帰路についた。
数日後、街に戻った僕たちを待っていたのは、新たな噂の嵐だった。
「ダンジョンを掘る男、今度は《絶対王権》の勧誘を蹴ったらしいぞ!」
「マジかよ! カイザーの誘いを断るなんて、命知らずにもほどがある!」
「もはや、ただの変わり者じゃねえ。巨大ギルドに牙を剥いた、反逆者だ!」
僕の名前は、もはや単なる伝説のプレイヤーとしてではなく、絶対王者に挑む、無謀な挑戦者として、プレイヤーたちの間で語られ始めていた。
僕は、街の喧騒から離れた路地裏で、空を見上げた。
これから僕を待つのは、平坦な道ではないだろう。巨大な権力という名の、圧倒的な逆風が吹き荒れるはずだ。
だが、僕の心は晴れやかだった。
隣には、頼もしい仲間たちがいる。そして、僕の足元には、僕だけがその声を聞くことができる、広大な大地が広がっている。
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