不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第二十一話 新たな旅立ちと王の視線

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 アルトス・ゲートの酒場《猪とエール亭》は、昼日中から活気に満ちていた。プレイヤーたちの陽気な笑い声、ジョッキがぶつかる音、吟遊詩人が奏でる陽気なメロディ。その全てが、この仮想世界の日常を彩っている。
 だが、その喧騒の中で、僕たちが座るテーブルの周囲だけは、どこか奇妙な空気が漂っていた。

「見ろよ、あれが『反逆者』リクの一党だぜ」
「隣にいるのが脳筋タンクのゴードンと、聖女ミモリか。たった三人で《絶対王権》にケンカを売るなんて、命知らずにも程がある」
「カイザー様が本気を出せば、一瞬で消されるだろうに。今のうちに顔を拝んでおくか」

 ひそひそと交わされる囁き声。好奇と、侮蔑と、そしてほんの少しの畏怖が入り混じった視線が、遠巻きに僕たちへと突き刺さる。火竜討伐と、それに続くカイザーからの勧誘拒否の一件から数週間。僕たちは、すっかりこのサーバーで最も有名な札付きのワルになってしまったらしい。

「反逆者、ねえ。大層な二つ名がついたもんだな!」
 僕の目の前で、ゴードンは巨大な肉塊にかぶりつきながら、豪快に笑い飛ばした。彼は、そんな周囲の噂など、全く意に介していない。
「いいじゃねえか、悪役ってのは強者の証だろ!」
「ゴードンさん、声が大きいです……」
 隣に座るミモリさんは、心配そうに眉を寄せ、僕の顔色をうかがっている。
 当の僕はというと、そんな周囲の喧騒などまるで耳に入っていないかのように、テーブルに広げたノートに没頭していた。僕の関心はただ一つ、次なる調査地の選定にあった。

「どうやら、この大陸のプレート構造は、大きく三つの地塊(テレイン)の衝突によって形成されている可能性が高い。特に、この中央山脈の南部……地質図の空白地帯だ。ここには、過去の海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際に、その一部が剥がれて大陸側にくっついた『付加体』が存在するはずだ。もしそうなら、そこにはメランジュ地形特有の、多様でカオスな地質が……」
「リク! また始まったぞ!」
「リクさん、目が据わってます……!」

 二人の声で、僕はハッと我に返った。いつの間にか、僕はまた自分の世界に没入していたらしい。
「すみません。それで、次の目的地ですが……」
 僕は咳払いを一つすると、地図上の一点を指さした。
「生産職の都《クラフトヘイム》へ向かうのはどうでしょう」
「クラフトヘイム? 確か、鍛冶師とか錬金術師とか、物作りの連中が集まってる街だったな。なんでまた、そんなところに?」
「二つ、理由があります。一つは、道中にある《霧雨の湿原》。あそこは、地質学的に非常に興味深い、未固結の堆積物が広範囲に分布している。僕の調査対象として、これ以上ない場所です」

 そして、僕はアイテムポーチから、淡い炎のように揺らめく石を取り出した。火竜討伐で手に入れた【灼炎石】だ。
「そして、もう一つの理由がこれです。この鉱石、おそらく既存のどんな金属よりも優れた特性を持っています。これを加工できる職人がいるとすれば、あらゆる技術が集まる《クラフトヘイム》しかありません。ゴードンさんの盾や、ミモリさんの杖も、もっと強化できるはずです」

「俺たちの装備もか!」
 ゴードンは、目を輝かせた。
「よし、決まりだ! クラフトヘイムとやらへ行こうぜ!」
「新しい街……なんだか、楽しみです!」
 ミモリさんも、嬉しそうに微笑んだ。こうして、僕たちの次の旅程は、あっさりと決定した。


 その頃、僕たちの知らない場所で、僕たちの運命を左右する会議が開かれていた。

 《絶対王権》のギルド本拠地――天空に浮かぶ白亜の城、《アヴァロン》。その最上階にある円卓の間で、ギルドマスターであるカイザーは、静かに玉座に腰掛けていた。
 彼の前には、ギルドの最高幹部たちがずらりと並び、一様に厳しい表情で口を開いていた。

「カイザー様。例の『リク』という男、放置しておくのは危険です。彼の持つ地形操作の力は、我々の戦術の根幹を揺るがしかねません。今すぐ、ギルドの総力を挙げて潰すべきです」
 武力をもって全てを制圧してきた、騎士団長がそう進言する。他の幹部たちも、それに同意するように頷いた。

 だが、カイザーは、ゆっくりと首を横に振った。
「それは、三流のやり方だ」
 彼の静かな一言で、間の空気が凍りつく。
「奴の力は、破壊すべきものではない。支配すべきものだ。だが、今の奴は、自らの力が持つ真の価値を理解していない。ダイヤモンドの原石を、ただの石ころだと思い込んでいる愚か者だ」

 カイザーは、玉座から立ち上がると、窓の外に広がるエリュシオン・テラの世界を見下ろした。
「ならば、教えてやる必要がある。我々の支配なくして、奴の力がいかに無力で、矮小なものであるかを。奴の信じる『探求の自由』とやらが、いかに脆く、儚いものであるかを」

 彼の蒼い瞳に、冷たい光が宿る。それは、怒りというよりも、歪んだ教育者のような、傲慢な愉悦の色だった。
「力で屈服させるな。奴の心を折れ。奴自らが、俺の足元に跪き、その力を差し出すように仕向けるのだ」

 カイザーは、振り返ると、諜報部隊の長に命じた。
「斥候を送れ。リクたちの行動を、24時間体制で監視しろ。決して気づかれるな。そして、奴らの行く先々で、ささやかな『試練』を与えてやれ。直接手を下すな。モンスターを誘導しろ。クエストの重要アイテムを隠せ。あらゆる手段で、奴らの行動を妨害し、孤立させろ。奴が、その地質学とやらで、どこまで抗えるか、じっくりと見物してやろうではないか」
「御意に」

 かくして、絶対王者による、一人の地質学者を屈服させるための、陰湿で執拗な作戦が、静かに始動した。


 翌日。僕たち三人は、新たな旅立ちの準備を整え、アルトス・ゲートの南門に立っていた。
「よし、行こうぜ! 新しい冒険の始まりだ!」
 ゴードンは、いつものように太陽のような笑顔で叫んだ。
「リクさん、ゴードンさん、道中、よろしくお願いしますね」
 ミモリさんは、期待に胸を膨らませて、にこやかに微笑む。

 僕もまた、これから始まる未知の地形との出会いに、心を高鳴らせていた。《霧雨の湿原》では、一体どんな大地の声が聞けるのだろうか。僕のノートの新たなページが、それを記されるのを待ちわびていた。

 僕たちは、まだ見ぬ生産職の都へと思いを馳せながら、陽光の下へと一歩を踏み出した。
 その、希望に満ちた僕たちの背中を、アルトス・ゲートの城壁の上から、複数の影が静かに見下ろしている。彼らの装備には、《絶対王権》の紋章が、鈍い光を放って刻まれていた。

 僕たちの旅路に、巨大な王の視線が、常に注がれ続けることになった。
 その視線が、やがて僕たちの冒険に、どのような影を落とすことになるのか。今はまだ、僕の地質学の知識でも、予測することはできなかった。
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