不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第二十二話:霧雨の湿原と「液状化」の罠

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 アルトス・ゲートを出発して数日。僕たちが進む街道の風景は、日に日にその様相を変えていった。緑豊かな平原は、次第に背の高い葦やシダが茂る湿地へと変わり、乾いていた空気は、肌にまとわりつくような湿気を帯び始める。空は常に灰色の雲に覆われ、やがて、冷たい霧のような雨が、しとしとと降り注ぎ始めた。

「うへえ……なんだかジメジメして、気分も滅入るな」
 ゴードンは、自慢の鋼の鎧が錆びるのを心配しているのか、ぶつくさ言いながら歩いている。
「リクさん、ここが《霧雨の湿原》ですか?」
「ええ、そのようです。皆さん、足元に気をつけて。この辺りの地盤は、非常に不安定です」

 僕たちは、目的のエリアである《霧雨の湿原》に足を踏み入れていた。ここは、高難易度エリアとして知られ、多くのプレイヤーがその劣悪な環境に音を上げて引き返すという。視界は霧雨で極端に悪く、地面はぬかるんでいて、一歩進むだけでも体力を消耗する。

 だが、僕にとっては、この場所こそが宝の山だった。
「素晴らしい……なんて見事な沖積低地だ」
 僕は、その場にしゃがみ込み、ぬかるんだ地面の土を指ですくった。きめが細かく、水分をたっぷりと含んだ砂質の土。これは、遥か昔、巨大な河川が運んできた土砂が、長い年月をかけて堆積してできた土地だ。

「リクさん、また始まりましたね……」
「リクの地質学者スイッチが入ったな。まあ、いつものことか」
 二人の呆れたような声を背中に受けながら、僕は早速、この湿原の地質調査を開始した。黒曜鋼のつるはしを地面に突き立て、地層の深さや構成物質を《鑑定》していく。僕のノートには、この湿原の地下構造が、みるみるうちに描き出されていった。

 そんな僕たちの様子を、遥か遠く、霧の向こうから監視している者たちがいた。
「目標、ポイントB-3に到達。作戦を開始する」
 《絶対王権》の斥候は、無機質な声でそう告げると、特殊なモンスター誘導用の笛を吹いた。その音色は、人間の耳にはほとんど聞こえない、超低周波の響きを持っていた。

 その音に、湿原の奥深くで眠っていた者たちが、反応した。
 湿原に生息する、巨大なトカゲの群れ。体長五メートル、全身が岩のような鱗で覆われた『サイズモ・リザード』。彼らは、その名の通り、地震(サイズモ)を発生させる能力を持つ、この湿原の生態系の頂点に君臨するモンスターだ。

 ズシン……ズシン……

 突如、地面から、規則正しい振動が伝わってきた。それは、徐々に、しかし確実に、僕たちの方へと近づいてくる。
「ん? なんだ、この揺れは?」
 ゴードンが、最初に異変に気づいた。
「地震……でしょうか?」
 ミモリさんが不安そうに言う。

 だが、僕は、この揺れがただの地震ではないことを、即座に見抜いていた。
「いえ、違います。これは……モンスターの足音です。それも、相当な数が、こちらに向かってきています」
 僕の言葉を裏付けるかのように、霧の向こうから、無数の巨大な影が姿を現した。その数、二十体以上。サイズモ・リザードの群れが、地響きを立てながら、一直線に僕たちへと突進してきていた。

「うおっ、マジかよ! なんで俺たちの場所がピンポイントでわかったんだ!?」
 ゴードンが、驚きと焦りの声を上げる。
「おそらく、誘導されたんです。《絶対王権》の仕業でしょう」
 僕は冷静に告げた。これは、カイザーが言っていた「試練」の一つに違いない。

 だが、僕が本当に警戒していたのは、リザードの群れそのものではなかった。
 僕が恐れていたのは、彼らが引き起こす「振動」と、この「砂質の地盤」が組み合わさった時に起こる、ある特定の現象だった。

「まずい……。このままでは、液状化が起きる」
「えきじょうか?」
「地面が、液体のように振る舞う現象です。水分を多く含んだ砂質の地盤は、地震のような強い振動を受けると、砂の粒子がバラバラになり、一時的に液体と同じ状態になる。そうなれば、僕たちは足場を失い、泥水の中に沈んでしまう」

 僕の説明の途中にも、地面の揺れはどんどん激しくなっていく。リザードたちの突進が、まさにその引き金になろうとしていた。
 カイザーの狙いは、僕たちをモンスターに倒させることではない。この湿原の地形そのものを利用して、僕たちを戦闘不能に陥らせ、その無力さを思い知らせることなのだ。実に、悪趣味で、そしてクレバーな作戦だった。

「どうすりゃいいんだよ、リク!」
「リクさん!」
 ゴードンとミモリさんの声が飛ぶ。彼らは、この絶望的な状況を打開できるのは、僕しかいないと信じている。

 普通のプレイヤーなら、ここでなすすべもなく、泥に沈んでいただろう。
 だが、僕は地質学者だ。液状化現象は、僕の専門分野の一つ。その発生メカニズムも、危険性も、そして、それを逆用する方法も、僕は熟知していた。

「……面白い。彼が仕掛けた罠なら、僕がその罠を、さらに利用させてもらいましょう」
 僕は、不敵な笑みを浮かべた。
「ゴードンさん、ミモリさん、僕のすぐ後ろに! 何があっても、そこから動かないでください!」

 僕は、二人の前に立つと、ユニークスキルを発動させた。
 対象は、僕たちが立っている、この足元だ。

「【地形編集】――《造成》!」
 僕がスキルを発動すると、僕たちの足元の地面だけが、周囲よりもわずかに隆起し、そして硬く締め固められた。地盤改良。地質学の知識を応用し、液状化が起きにくい、安定した地盤を即席で作り上げたのだ。

 そして、リザードの群れが、僕たちまであと数メートルの距離まで迫った、その瞬間。
 僕は、二度目のスキルを発動した。
 今度の対象は、僕たちの足元ではない。突進してくるリザードの群れ、その進路上にある、広範囲の地面だ。

「――あえて、揺らします。《破壊》!」

 僕がスキルで地面に意図的な振動を与えると、リザードたちが起こす振動と共鳴し、凄まじい規模の地盤振動が発生した。
 次の瞬間、僕が予測した通りの現象が起きた。

 グズグズグズ……!

 リザードの群れが踏みしめていた地面が、まるで沸騰したかのように泡立ち始め、一瞬にして、茶色く濁った「泥の海」へと姿を変えたのだ。
 液状化現象の発生。

「グギャアアア!?」

 勢いよく突進していたリザードたちは、突然足場を失い、為すすべもなく、自らが作り出した泥の海へと飲み込まれていった。あれほど強固だった岩の鱗も、巨大な体躯も、液体と化した地面の前では何の意味もなさない。
 彼らは、もがき、あがき、しかし、まるで底なし沼にはまったかのように、ゆっくりと、しかし確実に、地の底へと沈んでいく。

 ほんの数十秒後。
 あれほど脅威だったサイズモ・リザードの群れは、一匹残らず、泥水の中にその姿を消していた。後には、静かに波打つ、広大な泥の海だけが広がっている。
 僕たちが立っている、小さな島のような安定した足場を除いて。

「…………」
「…………」
 ゴードンも、ミモリさんも、目の前で起きたあまりにシュールな光景に、言葉を失っていた。戦いらしい戦いは、一切なかった。ただ、敵が勝手に地面に飲み込まれていっただけだ。

「……リク。お前、いったい、何をしたんだ……?」
 ゴードンが、ようやく絞り出した声は、震えていた。
「言ったでしょう。液状化です。敵の力を利用して、敵の足元だけを狙って、罠を発動させたんです」

 敵の策略を、逆手に取る。
 カイザーは、地形を利用して僕を絶望させようとした。だが、その地形を、僕以上に熟知している人間は、この世界には存在しない。

 霧の遥か向こうで、この光景を監視していたであろう《絶対王権》の斥候は、今頃、信じられないものを見たという報告を、慌てて上げていることだろう。

「さあ、行きましょう。道が少し、汚れてしまいましたからね」
 僕は、泥の海と化した湿原を見渡し、スキルで新たな固い土の道を造成しながら、何事もなかったかのように歩き始めた。
 王が仕掛けた最初の「試練」。それは、僕の知識と機転によって、あまりにもあっけなく、そして完璧に、打ち破られたのだった。
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