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第二十六話:PKギルド《赤蠍団》の強襲
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リク工房。
僕たちの新たな拠点は、《クラフトヘイム》の職人たちの総力を結集して作られただけあって、想像を絶するほど快適な空間だった。一階は、バルカンが提供してくれた最新式の炉や工具が並ぶ作業スペース。二階は、僕の専門書や地質図を収めるための巨大な書棚と、大きなテーブルが置かれた研究室兼作戦司令室になっている。
「いやー、自分の家ってのはいいもんだな!」
ゴードンは、ソファにどっかりと腰を下ろし、満足げに部屋を見回している。
「リクさん、見てください! キッチンもすごく広いです! これで、お料理の腕も磨けちゃいますね!」
ミモリさんは、目を輝かせながらキッチンでエプロンをつけている。僕とゴードンは、その言葉に一瞬だけ顔を見合わせ、心の中で静かに戦慄した。この工房に、新たな脅威が生まれようとしている。
僕は、そんな二人を横目に、二階の研究室で新しいつるはし【ジオ・ブレイカー】の手入れをしていた。その柄に刻まれた緻密な紋様、ピック部分に秘められた灼炎石の熱。それは、僕の知識とバルカンの技術が生み出した、最高の芸術品だった。
工房を得たことで、僕たちの活動は、これまで以上に幅広く、そして深くなっていくはずだ。
――しかし、僕たちが手に入れた平穏は、長くは続かなかった。
その頃、《絶対王権》のギルド本拠地《アヴァロン》では、カイザーが玉座で静かに報告を受けていた。彼の前に跪くのは、諜報部隊の長だ。
「――以上が、《クラフトヘイム》におけるリクたちの動向です」
「……鉱脈防衛戦を、土石流で、だと?」
カイザーの声は、静かだったが、その底には地殻変動の前触れのような、不気味な圧力が込められていた。
「我々が用意したモンスターの軍勢を、天災そのものを引き起こして殲滅。そして、その功績を手土産に、バルカンをはじめとする生産ギルドの連中を、完全に手懐けた、か」
報告を聞き終えたカイザーは、ゆっくりと立ち上がった。彼の背後にある巨大な窓からは、彼が支配するはずのエリュシオン・テラの世界が見下ろせる。だが今、その景色の中に、彼の支配を拒絶し、独自の勢力圏を築きつつある、忌々しい「染み」が見えていた。
「面白い。実に、面白い。俺が与える試練を、ことごとく想像の上を行く形で乗り越えていく。奴は、もはや単なる希少な駒ではない。俺の支配体制を脅かす、明確な『癌』だ」
彼の独白に、諜報部隊の長は、ただ黙って頭を垂れるのみだった。
「もはや、間接的な妨害では意味をなさん。奴の心を折るには、奴が最も信頼し、拠り所としているものを、直接叩き潰す必要がある」
カイザーの蒼い瞳が、冷酷な光を宿す。
「奴にとって、それは何だ? 知識か? 仲間か? いや、違う。奴の自信の根源は、『自分の能力が、あらゆる困難を解決できる』という、その万能感そのものだ」
彼は、指を鳴らした。
「ならば、その幻想を、完膚なきまでに破壊してやろう。対人戦闘のプロフェッショナルを呼べ。あの、汚れた仕事を専門とする連中を」
カイザーの口から紡がれた名前に、諜報部隊の長は、わずかに顔をこわばらせた。
「――PKギルド、《赤蠍団(レッドスコルピオン)》に、依頼を出せ。ターゲットは、リク、ゴードン、ミモリの三人。手段は問わん。奴らを叩き潰し、その無力さを、サーバー中の笑いものにしてやれ、と」
「……御意に」
その日の夕暮れ。
僕たち三人は、バルカンに依頼された素材の納品を終え、工房への帰り道を歩いていた。クラフトヘイムの街は、夕焼けに染まり、家路につく職人たちの活気で満ちている。
「いやー、バルカンのおっさん、すっかりリクにベタ惚れだな!」
「リクさんの知識は、本当にすごいですから!」
「そんなことありませんよ。僕の知識も、それを形にしてくれる職人さんたちがいて、初めて意味を持つんです」
そんな、他愛もない会話をしながら、僕たちは人通りの少ない、工房へと続く路地裏に入った。
その瞬間だった。
僕の、地質学者として鍛えられた危険察知能力が、けたたましく警鐘を鳴らした。空気の流れが、不自然に淀んでいる。周囲の物陰に、複数の気配。
「――二人とも、伏せて!」
僕が叫ぶのと、四方八方から、無数の矢や魔法が降り注いだのは、ほぼ同時だった。
シュンッ! という風切り音と共に、僕の頬を、毒々しい紫色の光を放つボルトが掠める。
「ぐっ!」
ゴードンが、即座に僕とミモリさんの前に立ち、新しい盾【イグニス・ウォール】を構えた。降り注ぐ攻撃の雨が、盾に当たって火花を散らす。
「奇襲か! 何者だ!」
路地裏の屋根の上や、物陰から、次々と人影が現れた。その数は、十数名。全員が、深紅のマフラーで顔を覆い、その装備には、不吉な黒い蠍の紋章が刻まれている。
「あれは……PKギルド、《赤蠍団》!」
ゴードンが、忌々しげにその名を呟いた。
「その通り。俺たちがお前らの最後の思い出になる、《赤蠍団》だ」
屋根の上から、リーダーと思わしき軽装の男が、僕たちを見下ろして言った。
「まさか、カイザー様直々の依頼が、こんなひよっこ共の暗殺とはな。拍子抜けだぜ」
「カイザーの差し金か!」
「おしゃべりはそこまでだ。野郎ども、やれ! あの脳筋タンクから先に崩すぞ!」
リーダーの号令一下、《赤蠍団》のメンバーたちが、一斉に襲いかかってきた。
彼らの動きは、これまで戦ってきたモンスターとは、全く次元が違った。対人戦闘(PvP)に特化した、無駄のない、殺意に満ちた動き。
二人のアサシンが、ステルススキルで姿を消し、ゴードンの背後を取ろうとする。
三人の魔法使いが、ゴードンの防御力を低下させる呪詛魔法を、詠唱し始めた。
そして、前衛の重戦士たちが、巧みな連携でゴードンの盾をこじ開けようと、波状攻撃を仕掛けてくる。
「くそっ、こいつら、連携がうめえ!」
ゴードンは、さすがの防御力で持ちこたえているが、その巨体はじりじりと後退を余儀なくされている。彼の守りが崩れれば、後衛にいる僕とミモリさんは、一瞬で蹂躙されるだろう。
「リクさん、ゴードンさん!」
ミモリさんは、必死に回復魔法を飛ばし、ゴードンのHPを支えている。
絶体絶命の状況。カイザーが送り込んできた、対人戦闘のプロ集団。彼らは、僕が最も苦手とする、予測不能な人間の動きで、僕たちを追い詰めていく。
リーダーの男が、屋根の上から嘲笑う。
「どうした、反逆者様よぉ! お前さんの得意な、地形とやらは、この平坦な路地裏じゃ、何の役にも立たねえんじゃねえか?」
彼の言う通りだった。ここは、ダンジョンでも、広大なフィールドでもない。ただの石畳の道。僕のスキルが最も活かしにくい、最悪の戦場。
カイザーは、僕の能力を分析し、その上で、この場所を僕たちの墓場として選んだのだ。
万策尽きたか。
ゴードンの盾が、ついに重戦士の連携攻撃によって、大きく弾かれた。がら空きになった胴体に、アサシンの毒の刃が突き立てられようとする。
だが、その瞬間。
僕は、静かに、そして不敵に、笑っていた。
「――平坦? いいえ、違いますよ」
僕の目には、この石畳の路地裏が、全く別のものに見えていた。
石畳の下にある、土の層。その下を走る、下水道の空洞。建物の基礎が、地盤に与えている応力分布。
僕にとって、この戦場は、無限の可能性を秘めた、粘土細工の箱庭に過ぎなかった。
「僕のテリトリーへ、ようこそ」
僕は、右手を、静かに地面へと触れさせた。
PK殺しの地質学者による、一方的な蹂躙劇。その幕が、今、静かに上がろうとしていた。
僕たちの新たな拠点は、《クラフトヘイム》の職人たちの総力を結集して作られただけあって、想像を絶するほど快適な空間だった。一階は、バルカンが提供してくれた最新式の炉や工具が並ぶ作業スペース。二階は、僕の専門書や地質図を収めるための巨大な書棚と、大きなテーブルが置かれた研究室兼作戦司令室になっている。
「いやー、自分の家ってのはいいもんだな!」
ゴードンは、ソファにどっかりと腰を下ろし、満足げに部屋を見回している。
「リクさん、見てください! キッチンもすごく広いです! これで、お料理の腕も磨けちゃいますね!」
ミモリさんは、目を輝かせながらキッチンでエプロンをつけている。僕とゴードンは、その言葉に一瞬だけ顔を見合わせ、心の中で静かに戦慄した。この工房に、新たな脅威が生まれようとしている。
僕は、そんな二人を横目に、二階の研究室で新しいつるはし【ジオ・ブレイカー】の手入れをしていた。その柄に刻まれた緻密な紋様、ピック部分に秘められた灼炎石の熱。それは、僕の知識とバルカンの技術が生み出した、最高の芸術品だった。
工房を得たことで、僕たちの活動は、これまで以上に幅広く、そして深くなっていくはずだ。
――しかし、僕たちが手に入れた平穏は、長くは続かなかった。
その頃、《絶対王権》のギルド本拠地《アヴァロン》では、カイザーが玉座で静かに報告を受けていた。彼の前に跪くのは、諜報部隊の長だ。
「――以上が、《クラフトヘイム》におけるリクたちの動向です」
「……鉱脈防衛戦を、土石流で、だと?」
カイザーの声は、静かだったが、その底には地殻変動の前触れのような、不気味な圧力が込められていた。
「我々が用意したモンスターの軍勢を、天災そのものを引き起こして殲滅。そして、その功績を手土産に、バルカンをはじめとする生産ギルドの連中を、完全に手懐けた、か」
報告を聞き終えたカイザーは、ゆっくりと立ち上がった。彼の背後にある巨大な窓からは、彼が支配するはずのエリュシオン・テラの世界が見下ろせる。だが今、その景色の中に、彼の支配を拒絶し、独自の勢力圏を築きつつある、忌々しい「染み」が見えていた。
「面白い。実に、面白い。俺が与える試練を、ことごとく想像の上を行く形で乗り越えていく。奴は、もはや単なる希少な駒ではない。俺の支配体制を脅かす、明確な『癌』だ」
彼の独白に、諜報部隊の長は、ただ黙って頭を垂れるのみだった。
「もはや、間接的な妨害では意味をなさん。奴の心を折るには、奴が最も信頼し、拠り所としているものを、直接叩き潰す必要がある」
カイザーの蒼い瞳が、冷酷な光を宿す。
「奴にとって、それは何だ? 知識か? 仲間か? いや、違う。奴の自信の根源は、『自分の能力が、あらゆる困難を解決できる』という、その万能感そのものだ」
彼は、指を鳴らした。
「ならば、その幻想を、完膚なきまでに破壊してやろう。対人戦闘のプロフェッショナルを呼べ。あの、汚れた仕事を専門とする連中を」
カイザーの口から紡がれた名前に、諜報部隊の長は、わずかに顔をこわばらせた。
「――PKギルド、《赤蠍団(レッドスコルピオン)》に、依頼を出せ。ターゲットは、リク、ゴードン、ミモリの三人。手段は問わん。奴らを叩き潰し、その無力さを、サーバー中の笑いものにしてやれ、と」
「……御意に」
その日の夕暮れ。
僕たち三人は、バルカンに依頼された素材の納品を終え、工房への帰り道を歩いていた。クラフトヘイムの街は、夕焼けに染まり、家路につく職人たちの活気で満ちている。
「いやー、バルカンのおっさん、すっかりリクにベタ惚れだな!」
「リクさんの知識は、本当にすごいですから!」
「そんなことありませんよ。僕の知識も、それを形にしてくれる職人さんたちがいて、初めて意味を持つんです」
そんな、他愛もない会話をしながら、僕たちは人通りの少ない、工房へと続く路地裏に入った。
その瞬間だった。
僕の、地質学者として鍛えられた危険察知能力が、けたたましく警鐘を鳴らした。空気の流れが、不自然に淀んでいる。周囲の物陰に、複数の気配。
「――二人とも、伏せて!」
僕が叫ぶのと、四方八方から、無数の矢や魔法が降り注いだのは、ほぼ同時だった。
シュンッ! という風切り音と共に、僕の頬を、毒々しい紫色の光を放つボルトが掠める。
「ぐっ!」
ゴードンが、即座に僕とミモリさんの前に立ち、新しい盾【イグニス・ウォール】を構えた。降り注ぐ攻撃の雨が、盾に当たって火花を散らす。
「奇襲か! 何者だ!」
路地裏の屋根の上や、物陰から、次々と人影が現れた。その数は、十数名。全員が、深紅のマフラーで顔を覆い、その装備には、不吉な黒い蠍の紋章が刻まれている。
「あれは……PKギルド、《赤蠍団》!」
ゴードンが、忌々しげにその名を呟いた。
「その通り。俺たちがお前らの最後の思い出になる、《赤蠍団》だ」
屋根の上から、リーダーと思わしき軽装の男が、僕たちを見下ろして言った。
「まさか、カイザー様直々の依頼が、こんなひよっこ共の暗殺とはな。拍子抜けだぜ」
「カイザーの差し金か!」
「おしゃべりはそこまでだ。野郎ども、やれ! あの脳筋タンクから先に崩すぞ!」
リーダーの号令一下、《赤蠍団》のメンバーたちが、一斉に襲いかかってきた。
彼らの動きは、これまで戦ってきたモンスターとは、全く次元が違った。対人戦闘(PvP)に特化した、無駄のない、殺意に満ちた動き。
二人のアサシンが、ステルススキルで姿を消し、ゴードンの背後を取ろうとする。
三人の魔法使いが、ゴードンの防御力を低下させる呪詛魔法を、詠唱し始めた。
そして、前衛の重戦士たちが、巧みな連携でゴードンの盾をこじ開けようと、波状攻撃を仕掛けてくる。
「くそっ、こいつら、連携がうめえ!」
ゴードンは、さすがの防御力で持ちこたえているが、その巨体はじりじりと後退を余儀なくされている。彼の守りが崩れれば、後衛にいる僕とミモリさんは、一瞬で蹂躙されるだろう。
「リクさん、ゴードンさん!」
ミモリさんは、必死に回復魔法を飛ばし、ゴードンのHPを支えている。
絶体絶命の状況。カイザーが送り込んできた、対人戦闘のプロ集団。彼らは、僕が最も苦手とする、予測不能な人間の動きで、僕たちを追い詰めていく。
リーダーの男が、屋根の上から嘲笑う。
「どうした、反逆者様よぉ! お前さんの得意な、地形とやらは、この平坦な路地裏じゃ、何の役にも立たねえんじゃねえか?」
彼の言う通りだった。ここは、ダンジョンでも、広大なフィールドでもない。ただの石畳の道。僕のスキルが最も活かしにくい、最悪の戦場。
カイザーは、僕の能力を分析し、その上で、この場所を僕たちの墓場として選んだのだ。
万策尽きたか。
ゴードンの盾が、ついに重戦士の連携攻撃によって、大きく弾かれた。がら空きになった胴体に、アサシンの毒の刃が突き立てられようとする。
だが、その瞬間。
僕は、静かに、そして不敵に、笑っていた。
「――平坦? いいえ、違いますよ」
僕の目には、この石畳の路地裏が、全く別のものに見えていた。
石畳の下にある、土の層。その下を走る、下水道の空洞。建物の基礎が、地盤に与えている応力分布。
僕にとって、この戦場は、無限の可能性を秘めた、粘土細工の箱庭に過ぎなかった。
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