不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第二十七話:「落とし穴」と「蟻地獄」

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「僕のテリトリーへ、ようこそ」

 僕が静かに呟いたその言葉を、《赤蠍団》のリーダーは、絶望的な状況に追い込まれた者の、虚しい強がりだと解釈しただろう。彼の口元が、嘲笑の形に歪むのが見えた。
 ゴードンの守りが、ついに崩されようとしている。そのがら空きになった胴体めがけて、ステルス状態から姿を現した二人のアサシンの毒刃が、必殺の軌道を描く。

 だが、その刃がゴードンに届くことは、永遠になかった。

 ズボッ。

 突如、アサシンたちの足元が、何の前触れもなく消失した。
「なっ!?」
「うわっ!?」
 二人のアサシンは、悲鳴を上げる間もなく、自分たちの立っていた石畳ごと、地の底へと吸い込まれていった。後に残されたのは、人が一人すっぽりと落ちる大きさの、深い、深い「落とし穴」だけだった。

「何が起きた!?」
 リーダーが、屋根の上から驚愕の声を上げる。
 僕は、地面に手を触れたまま、静かに答えた。
「この街の下には、古い下水道が網の目のように走っています。その天井は、長年の劣化で脆くなっている。少し、背中を押してあげただけですよ」

 【地形編集】――《破壊》。
 僕は、戦闘が始まった瞬間に、この路地裏一帯の地下構造を完全に《鑑定》し、把握していた。そして、敵の移動ルートを予測し、その進路上にある、最も脆弱なポイントを狙い撃ちにしたのだ。

「馬鹿な! テレポートで脱出を!」
 穴の底から、アサシンたちの焦った声が聞こえる。だが、僕はそれすらも読んでいた。
「無駄です。その穴、ただの穴じゃありませんから」
 僕がスキルで作り出した落とし穴の壁は、特殊な粘土質の層でコーティングされている。それは、テレポートのような空間転移系の魔法を阻害する特性を持っていた。これもまた、地質学の応用だ。

 突然の仲間の消失に、《赤蠍団》の連携に、一瞬の乱れが生じた。
 その隙を、ゴードンが見逃すはずがない。
「うおおお! 【イグニス・ウォール】!」
 体勢を立て直した彼は、盾に蓄積された熱エネルギーを解放した。灼熱の衝撃波が、前衛の重戦士たちを吹き飛ばす。

「ちぃっ、うろたえるな! 陣形を立て直せ!」
 リーダーが檄を飛ばすが、もはや僕の独壇場だった。
「あなたの足元も、危ないですよ」

 僕がそう呟くと、ゴードンを囲んでいた魔法使いたちの足元が、今度はすり鉢状に陥没し始めた。
「な、なんだこれは!? 足が、動かん!」
「砂が……! 俺たちを吸い込んでいく!」

 彼らの立っていた地面は、僕の《造成》スキルによって、流砂のような性質を持つ「蟻地獄」へと姿を変えていた。もがけばもがくほど、彼らは中心部へと引きずり込まれ、身動きを封じられていく。詠唱を必要とする魔法使いにとって、これは致命的な状況だった。

 前衛は吹き飛ばされ、後衛は無力化され、奇襲部隊は地の底。
 ほんの数十秒で、あれほど鉄壁に見えた《赤蠍団》の包囲網は、見るも無残に崩壊した。

「リク、すげえ! 地面が、お前の言うことなんでも聞くみたいじゃねえか!」
 ゴードンが、興奮したように叫ぶ。
「はい。大地は、嘘をつきませんから」

 僕は、冷静に戦況を見つめていた。
 カイザーの狙いは、僕が最も苦手とするはずの、平坦な市街地での対人戦に引きずり込むことだった。だが、彼は、致命的な勘違いをしていた。
 僕にとって、「平坦な場所」など、この世界には存在しないのだ。
 全ての地面には、歴史があり、構造があり、そして、必ず「弱点」がある。それを読み解くことができる僕の前では、どんなフィールドも、僕だけが設計図を知る、巨大なトラップダンジョンと化す。

「くそっ……! なんなんだ、こいつの能力は!?」
 屋根の上に立つリーダーは、もはや嘲笑を浮かべてはいなかった。その顔には、理解を超えた現象に対する、焦りと、わずかな恐怖が浮かんでいる。
「だが、地面にしか干渉できないのなら、まだやりようは……!」

 彼は、何かを決意したように、懐から一つのアイテムを取り出した。それは、鳥の羽をかたどった、魔法の装飾品。
「まだだ! 空から攻めれば、貴様の小細工など!」

 リーダーは、そのアイテムを使って、ふわりと宙に浮き上がった。
 それだけではない。彼の号令に応じ、生き残っていた数名の団員たちも、同様の飛行アイテムを使い、次々と空へと舞い上がった。

 彼らは、僕たちの上空で陣形を組み、その切っ先を、まっすぐに僕へと向けた。
「終わりだ、地質学者! 空の上からでは、貴様にできることは何もあるまい!」
 リーダーが、勝利を確信した声で叫ぶ。

 それは、的を射た判断だった。
 僕の【地形編集】スキルは、その名の通り、地面にしか効果を発揮しない。空中を自在に飛び回る敵に対しては、僕はあまりにも無力だ。ゴードンの盾も、上空からの攻撃には対処しきれない。ミモリさんの回復魔法だけでは、いずれ押し切られるだろう。

 まさに、僕の最大の弱点を突いた、完璧な戦術転換。
 ゴードンとミモリさんの顔に、緊張が走る。

 だが、そんな絶体絶命の状況で。
 僕は、空を見上げながら、ただ静かに、そして不敵に、微笑んでいた。

「空から……ですか」

 僕は、まるで、待ちわびていた獲物がついに姿を現した、とでも言うかのように、呟いた。
「残念ですが。僕のテリトリーは、大地だけだと思うと、大間違いですよ」

 僕は、右手を、今度は空ではなく、自らの足元の石畳へと、ゆっくりとかざした。
 彼らはまだ知らない。地質学とは、ただ地面を研究するだけの学問ではないことを。
 大地が生み出すもの全て――岩石も、鉱物も、そして、それらが織りなす力学の全てが、僕の専門分野なのだということを。

 空の支配者気取りの彼らに、僕は、大地からの、あまりにも原始的で、そして致命的な「ご挨拶」を、お見舞いしてやることにした。
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