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第二十九話:噂の真相とカイザーの焦り
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《クラフトヘイム》の路地裏で繰り広げられた、僕たちとPKギルド《赤蠍団》との戦い。その一部始終は、誰か好事家のプレイヤーが、遠巻きに録画していたらしい。
翌日には、その動画が「【衝撃映像】ダンジョンを掘る男、今度はPKを”投石”で狩る!」という、何とも言えない扇情的なタイトルで、ETOの公式フォーラムにアップロードされていた。
動画は、瞬く間にサーバー中のプレイヤーの知るところとなった。
最初は、誰もがその内容を信じなかった。「またフェイク動画か」「どうせCG合成だろ」と。
しかし、動画の最後には、算を乱して逃走していく《赤蠍団》のリーダーの、情けない姿がはっきりと映っていた。悪名高い彼らの敗北は、この動画が真実であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
フォーラムのコメント欄は、炎上を通り越して、一種のお祭り騒ぎになっていた。
『地面に落とし穴とか蟻地獄とか、小学生の罠かよwww→マジで効いてて草』
『最後の投石器、あれCGじゃないのマジ? スキルで兵器作るとか、もう別ゲーだろ』
『赤蠍団ざまぁwww いつも偉そうにしてるから、いい気味だ!』
『てか、このリクって人、何者なの? 生産職じゃなかったの?』
『もはや職業:リクだろ』
僕の名前は、三度、サーバーに轟いた。
『ダンジョンブレイカー』、『反逆者』、そして、新たに『PKギルド殺し』。
僕の意図とは裏腹に、その二つ名は、どんどん物騒なものへとエスカレートしていく。もはや、僕がただの地質学者であることを信じる者など、誰もいないだろう。
そして、その報は、当然、依頼主である男の元へも届けられていた。
天空の城《アヴァロン》。
玉座の間で、カイザーは、ホログラムに映し出された例の動画を、無言で、そして繰り返し見ていた。
落とし穴。蟻地獄。そして、巨大な投石器。
彼が、リクの弱点を突くために用意したはずの市街戦という舞台は、リクによって、想像を絶する公開処刑場へと変えられていた。
彼の背後に控える幹部たちは、誰も口を開けない。玉座の間には、氷河期のような、冷たく重い沈黙だけが支配していた。
やがて、カイザーは、ゆっくりと再生を止めた。
「……面白い」
彼の口から漏れたのは、怒りの言葉ではなかった。それは、純粋な、そして底知れない、知的好奇心にも似た呟きだった。
「実に、面白い。この男は、俺の想像を、常に、完璧に、上回ってくる」
彼は、初めてリクと出会った、あの灼熱の渓谷を思い出していた。
あの時、彼はリクを、少し珍しいユニークスキルを持った、利用価値のある駒だと判断した。
だが、違った。
奴は、駒などではない。
奴は、カイザー自身と同じ、あるいはそれ以上に、この世界の理を理解し、それを自らのルールで塗り替えようとする、もう一人の「王」なのだ。
カイザーが、力とカリスマで世界を支配しようとする王ならば、リクは、知識と奇策で世界を支配しようとする、影の王。
その事実に気づいた瞬間、カイザーの心に、これまで感じたことのない、新たな感情が芽生えた。
それは、怒りではない。憎しみでもない。
――「渇望」。
欲しい。
あの男が欲しい。
あの男の知識、あの男の発想、あの男の、自分の常識をいともたやすく破壊していく、その存在そのものが、欲しくてたまらない。
彼を支配し、彼の全てを自分のものとし、彼の力を使って、この世界を、自分の理想通りに、完璧に作り変えたい。
その歪んだ独占欲は、もはや健全なライバル意識などではなかった。それは、恋にも似た、狂気的な執着の始まりだった。
「カイザー様……。次の、手は……」
幹部の一人が、おずおずと尋ねる。
「手、だと?」
カイザーは、ゆっくりと振り返った。その蒼い瞳には、もはや冷徹な王の光はなく、獲物を見つけた獣のような、ギラギラとした熱が宿っていた。
「決まっているだろう。これまでは、遊びに過ぎん。次からは、本気で、奴を『狩る』」
彼は、不気味なほど穏やかな声で、しかし、断固たる決意を込めて言った。
「奴が、泣いて、叫んで、俺に許しを乞うまで、徹底的に追い詰める。そして、最後には、俺の足元に跪かせ、その首に、所有の証である首輪をかけてやるのだ」
「……」
「近々、大規模なサーバーイベントが告知されるはずだ。舞台は、古代文明の遺跡が眠る、『天空の浮遊島群』。そこが、奴との最初の全面対決の場となる。総力を挙げろ。何があっても、奴を、そして奴の仲間たちを、俺の前に引きずり出せ」
カイザーの心は、もはや、リクという存在で満たされていた。
彼のプライド、彼の支配欲、彼の全てが、たった一人の地質学者を屈服させるという、一点に収束していく。
絶対王者の焦りは、やがて、彼自身をも破滅へと導く、危険な狂気へと変貌を遂げようとしていた。
一方、そんなカイザーの内心の変化など知る由もない僕は、工房で、新たな調査計画に胸を躍らせていた。
PKギルドを返り討ちにしたことで、《クラフトヘイム》の職人たちからの信頼は、絶対的なものとなっていた。彼らの協力のおかげで、僕の研究環境は、日に日に充実していく。
「リクさん、運営から、新しいお知らせが来ていますよ!」
ミモリさんが、公式のアナウンスを僕に見せてくれた。
そこには、カイザーが予見した通り、次回の大型サーバーイベントの告知が大々的に掲載されていた。
【サーバーイベント予告:『天空の遺跡』! 古代文明の謎を解き明かし、天空の秘宝を手に入れろ!】
告知に添えられたイメージ画像には、大小さまざまな島が、雲海に浮かぶ幻想的な光景が描かれていた。
ゴードンは、「浮遊島!? すげえ! 冒険の匂いがプンプンするぜ!」と、興奮を隠せないでいる。
だが、僕の目は、全く別の部分に釘付けになっていた。
浮遊島。重力に逆らって、空に浮かぶ巨大な岩塊。
地質学者として、こんなに心惹かれるテーマはない。
「……ありえない」
僕は、呟いた。
「地質学の法則を、完全に無視している。一体、どんなエネルギーが、この巨大な質量を支えているんだ? 島の内部構造は? そもそも、この島々は、どこから来たんだ?」
僕のノートに記された、この世界の謎。その中でも、最大級の謎が、今、僕の目の前に提示されていた。
そこが、《絶対王権》との決戦の舞台になることなど、この時の僕の頭には、もはやなかった。
僕の心は、ただ純粋に、地質学者としての探求心に燃え上がっていた。
「行きましょう。その、『天空の遺跡』へ」
僕は、決意を込めて言った。
僕の知らない、大地の声。それを聞くために。そして、この世界の、さらなる深淵を、覗き込むために。
僕たちの次なる旅立ちが、静かに決まった瞬間だった。
翌日には、その動画が「【衝撃映像】ダンジョンを掘る男、今度はPKを”投石”で狩る!」という、何とも言えない扇情的なタイトルで、ETOの公式フォーラムにアップロードされていた。
動画は、瞬く間にサーバー中のプレイヤーの知るところとなった。
最初は、誰もがその内容を信じなかった。「またフェイク動画か」「どうせCG合成だろ」と。
しかし、動画の最後には、算を乱して逃走していく《赤蠍団》のリーダーの、情けない姿がはっきりと映っていた。悪名高い彼らの敗北は、この動画が真実であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
フォーラムのコメント欄は、炎上を通り越して、一種のお祭り騒ぎになっていた。
『地面に落とし穴とか蟻地獄とか、小学生の罠かよwww→マジで効いてて草』
『最後の投石器、あれCGじゃないのマジ? スキルで兵器作るとか、もう別ゲーだろ』
『赤蠍団ざまぁwww いつも偉そうにしてるから、いい気味だ!』
『てか、このリクって人、何者なの? 生産職じゃなかったの?』
『もはや職業:リクだろ』
僕の名前は、三度、サーバーに轟いた。
『ダンジョンブレイカー』、『反逆者』、そして、新たに『PKギルド殺し』。
僕の意図とは裏腹に、その二つ名は、どんどん物騒なものへとエスカレートしていく。もはや、僕がただの地質学者であることを信じる者など、誰もいないだろう。
そして、その報は、当然、依頼主である男の元へも届けられていた。
天空の城《アヴァロン》。
玉座の間で、カイザーは、ホログラムに映し出された例の動画を、無言で、そして繰り返し見ていた。
落とし穴。蟻地獄。そして、巨大な投石器。
彼が、リクの弱点を突くために用意したはずの市街戦という舞台は、リクによって、想像を絶する公開処刑場へと変えられていた。
彼の背後に控える幹部たちは、誰も口を開けない。玉座の間には、氷河期のような、冷たく重い沈黙だけが支配していた。
やがて、カイザーは、ゆっくりと再生を止めた。
「……面白い」
彼の口から漏れたのは、怒りの言葉ではなかった。それは、純粋な、そして底知れない、知的好奇心にも似た呟きだった。
「実に、面白い。この男は、俺の想像を、常に、完璧に、上回ってくる」
彼は、初めてリクと出会った、あの灼熱の渓谷を思い出していた。
あの時、彼はリクを、少し珍しいユニークスキルを持った、利用価値のある駒だと判断した。
だが、違った。
奴は、駒などではない。
奴は、カイザー自身と同じ、あるいはそれ以上に、この世界の理を理解し、それを自らのルールで塗り替えようとする、もう一人の「王」なのだ。
カイザーが、力とカリスマで世界を支配しようとする王ならば、リクは、知識と奇策で世界を支配しようとする、影の王。
その事実に気づいた瞬間、カイザーの心に、これまで感じたことのない、新たな感情が芽生えた。
それは、怒りではない。憎しみでもない。
――「渇望」。
欲しい。
あの男が欲しい。
あの男の知識、あの男の発想、あの男の、自分の常識をいともたやすく破壊していく、その存在そのものが、欲しくてたまらない。
彼を支配し、彼の全てを自分のものとし、彼の力を使って、この世界を、自分の理想通りに、完璧に作り変えたい。
その歪んだ独占欲は、もはや健全なライバル意識などではなかった。それは、恋にも似た、狂気的な執着の始まりだった。
「カイザー様……。次の、手は……」
幹部の一人が、おずおずと尋ねる。
「手、だと?」
カイザーは、ゆっくりと振り返った。その蒼い瞳には、もはや冷徹な王の光はなく、獲物を見つけた獣のような、ギラギラとした熱が宿っていた。
「決まっているだろう。これまでは、遊びに過ぎん。次からは、本気で、奴を『狩る』」
彼は、不気味なほど穏やかな声で、しかし、断固たる決意を込めて言った。
「奴が、泣いて、叫んで、俺に許しを乞うまで、徹底的に追い詰める。そして、最後には、俺の足元に跪かせ、その首に、所有の証である首輪をかけてやるのだ」
「……」
「近々、大規模なサーバーイベントが告知されるはずだ。舞台は、古代文明の遺跡が眠る、『天空の浮遊島群』。そこが、奴との最初の全面対決の場となる。総力を挙げろ。何があっても、奴を、そして奴の仲間たちを、俺の前に引きずり出せ」
カイザーの心は、もはや、リクという存在で満たされていた。
彼のプライド、彼の支配欲、彼の全てが、たった一人の地質学者を屈服させるという、一点に収束していく。
絶対王者の焦りは、やがて、彼自身をも破滅へと導く、危険な狂気へと変貌を遂げようとしていた。
一方、そんなカイザーの内心の変化など知る由もない僕は、工房で、新たな調査計画に胸を躍らせていた。
PKギルドを返り討ちにしたことで、《クラフトヘイム》の職人たちからの信頼は、絶対的なものとなっていた。彼らの協力のおかげで、僕の研究環境は、日に日に充実していく。
「リクさん、運営から、新しいお知らせが来ていますよ!」
ミモリさんが、公式のアナウンスを僕に見せてくれた。
そこには、カイザーが予見した通り、次回の大型サーバーイベントの告知が大々的に掲載されていた。
【サーバーイベント予告:『天空の遺跡』! 古代文明の謎を解き明かし、天空の秘宝を手に入れろ!】
告知に添えられたイメージ画像には、大小さまざまな島が、雲海に浮かぶ幻想的な光景が描かれていた。
ゴードンは、「浮遊島!? すげえ! 冒険の匂いがプンプンするぜ!」と、興奮を隠せないでいる。
だが、僕の目は、全く別の部分に釘付けになっていた。
浮遊島。重力に逆らって、空に浮かぶ巨大な岩塊。
地質学者として、こんなに心惹かれるテーマはない。
「……ありえない」
僕は、呟いた。
「地質学の法則を、完全に無視している。一体、どんなエネルギーが、この巨大な質量を支えているんだ? 島の内部構造は? そもそも、この島々は、どこから来たんだ?」
僕のノートに記された、この世界の謎。その中でも、最大級の謎が、今、僕の目の前に提示されていた。
そこが、《絶対王権》との決戦の舞台になることなど、この時の僕の頭には、もはやなかった。
僕の心は、ただ純粋に、地質学者としての探求心に燃え上がっていた。
「行きましょう。その、『天空の遺跡』へ」
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