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第四十四話:制約の解析と逆転の発想
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その日の夜、リク工房の研究室は、重い沈黙に包まれていた。
テーブルの中央には、僕のノートと、僕が持ち帰ったカルスト台地の岩石サンプルが置かれている。そして、それを囲むように、僕と、ゴードン、ミモリさんが、深刻な顔で向かい合っていた。
「……スキルが、弱体化させられた? それも、リクだけを狙い撃ちで?」
ゴードンが、信じられないといった様子で、低い声で尋ねた。僕が、フィールドで体験した一部始終と、カイザーによる運営への介入という推測を話した後だった。
「はい。おそらく、間違いありません。僕の【地形編集】は、今、大きな制約を受けています」
「そんな……! ひどすぎます! カイザーさんは、ゲームの外から、反則的な手を使ったっていうことですか!?」
ミモリさんが、憤りに声を震わせる。普段は温厚な彼女が、これほど感情を露わにするのは珍しい。
「ああ、卑怯極まりねえ! 正々堂々と戦って勝てねえからって、裏から手を回すなんて、王様のやることかよ!」
ゴードンが、テーブルを拳で叩き、怒りを爆発させた。工房全体が、彼の怒りでビリビリと震えるようだ。
「どうすりゃいいんだ、リク……。お前のそのすげえスキルがなけりゃ、俺たちは……」
彼の言葉が、途中で途切れた。僕たちのパーティーは、僕の地形操作能力を前提として、成り立っている。その力が制限されれば、僕たちの強みは、大きく削がれてしまう。
二人の顔に、不安と、焦りの色が浮かぶ。これから先、僕たちは、《絶対王権》の執拗な嫌がらせに、なすすべもなくやられてしまうのではないか。そんな絶望的な未来が、彼らの脳裏をよぎっているのだろう。
工房の空気は、鉛のように重い。
だが、そんな重圧の中心にいるはずの僕は、ただ一人、全く動じていなかった。
それどころか、僕の心は、久しく感じたことのない、純粋な学術的探求心と、知的挑戦への興奮で、燃え上がっていた。
「……面白い」
僕の口から、ぽつりと、呟きが漏れた。
「え?」
「面白いじゃないですか。彼らは、僕に、新しい『研究テーマ』を与えてくれたんですよ」
僕の、あまりにも場違いな反応に、ゴードンとミモリさんは、きょとんとした顔で僕を見つめている。
僕は、椅子から立ち上がると、壁一面に設置された巨大な黒板に向かった。そこには、僕がこれまで調査してきた、エリュシオン・テラ全土の地質図が、詳細に描かれている。
「見てください。僕が今日、スキル発動に失敗した、カルスト台地の石灰岩。そして、以前、スキルが問題なく使えた、別の地域の石灰岩。この二つのサンプルを、僕なりに分析してみました」
僕は、二つの岩石サンプルのデータを、黒板に書き出していく。
構成鉱物の純度、結晶の大きさ、不純物の含有率、形成された年代、そして、微細な亀裂(マイクロクラック)の密度……。
「一見すると、どちらもただの石灰岩です。ですが、ミクロレベルで見ると、その内部構造には、明確な違いがある。今日、僕が訪れた台地の石灰岩は、極めて安定した環境下で、長い時間をかけてゆっくりと再結晶化したため、内部構造に歪みが少なく、非常に均質なんです」
「……だから、スキルが効かなかった、ということか?」
「ええ。おそらく、運営……カイザーは、運営に対して、『一定以上の硬度、あるいは、安定性を持つ岩盤には、スキルが発動しないように』という、制約を設けさせたのでしょう」
それは、一見すると、僕の能力を封じる、完璧な制約のように思える。
だが、僕は、不敵に笑った。
「しかし、彼らは、根本的な間違いを犯している」
「間違い?」
「彼らは、地質学を、そして、この地球という星の複雑さを、何も理解していない。彼らは、『硬い』とか『安定している』という言葉を、非常に単純な、一次元的なパラメータでしか捉えていないんです」
僕は、黒板に、一つの数式を書き出した。
それは、岩石の破壊力学に関する、基礎的な方程式だった。
「岩石の『強度』というものは、単なる硬さだけで決まるものではありません。それは、圧力、温度、含水率、そして、加えられる力の『周波数』……様々な要因が複雑に絡み合った、多次元的なものなんです」
僕の言葉が、熱を帯びていく。それは、研究室で、教授や仲間たちをドン引きさせていた、あの時の熱量と同じだった。
だが、目の前の二人は、引いてはいなかった。彼らは、僕の言葉の意味を完全には理解できていないだろう。しかし、僕の瞳に宿る、絶対的な自信と、揺るぎない確信を、感じ取っていた。
「つまり、どういうことだってばよ、リク先生」
ゴードンが、真剣な顔で尋ねる。
「つまり、こういうことです」
僕は、黒板に、一つの概念図を描いた。
「彼らが作った『壁』には、無数の『穴』が開いている。彼らが設定したであろう、単純な制約のロジック。その裏側には、彼らが想定すらしていない、物理法則の抜け道が、無数に存在しているんです」
「例えば、『硬いから破壊できない』という制約。これは、一方向からの、単純な力に対してしか、有効ではありません。ですが、もし、その岩盤が持つ、固有の『共振周波数』に合わせて、ごく微弱な振動を、断続的に与え続けたら、どうなるか?」
「きょうしん、しゅうはすう?」
「全ての物質には、最も効率よく揺れることができる、特定の周波数があります。ブランコを、タイミングよく押してやれば、小さな力でも、どんどん揺れが大きくなっていくのと同じです。それと同じことを、岩盤に対して行うんです」
僕は、黒板に、新たなスキルの運用法を書き殴っていく。
MP消費量が大きい《破壊》スキルを、あえて最小出力で、特定の周波数に合わせて、断続的に発動させる。
そうすれば、MPの消費を最小限に抑えながら、岩盤全体に共振現象を引き起こし、内部から自己崩壊させることが可能になるかもしれない。
「あるいは、『安定しているから造成できない』という制約。これも、視点を変えれば、攻略可能です。安定しているということは、つまり、エネルギーを蓄積しやすいということ。例えば、スキルで局所的に超高温と超低温を繰り返し与え、岩盤内部に『熱応力』を発生させれば……」
次々と、僕の頭の中に、逆転の発想が、閃光のように生まれてくる。
制約が、あるからこそ、生まれる、新たな戦術。
運営が設定した、単純なゲームのルール。それを、地質学という、この宇宙の、より高次元な物理法則で、ハッキングする。
「……すごい」
ミモリさんが、うっとりとした表情で、僕の背中を見つめていた。
「リクさん……まるで、縛りプレイを楽しんでいる、みたいです……」
「へっ……なるほどな」
ゴードンは、僕の理論の1パーセントも理解していないだろう。だが、彼は、僕の言わんとすることの本質を、直感で掴んでいた。
「つまり、こうだろ? 敵が『この武器は使うな』って言ってきたから、『じゃあ、この武器で殴るんじゃなくて、ぶん投げてぶつけてやるぜ』ってことだろ?」
その、あまりにも脳筋な例えは、しかし、驚くほど的確に、僕の意図を言い表していた。
「……ええ。まあ、だいたい、そんなところです」
僕が頷くと、ゴードンは、ニカッと、太陽のように笑った。
「そうこなくっちゃな! やっぱり、俺たちのリクは、こうでなくっちゃ!」
二人の顔から、不安の色は、完全に消え去っていた。そこにあったのは、僕に対する、絶対的な信頼だけだった。
「カイザーは、僕に、枷をつけたつもりでしょう」
僕は、黒板に向き直り、静かに言った。
「ですが、それは、間違いです。これは、枷じゃない。僕の知識と創造性を、さらなる高みへと引き上げてくれる、最高の『翼』だ」
僕は、これから始まる、反撃の狼煙を、この工房から上げることを、静かに、しかし、固く決意した。
王が仕掛けた、理不尽なゲーム。
そのルールを、解析し、支配し、そして、利用し尽くしてやる。
地質学者としての、僕の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
テーブルの中央には、僕のノートと、僕が持ち帰ったカルスト台地の岩石サンプルが置かれている。そして、それを囲むように、僕と、ゴードン、ミモリさんが、深刻な顔で向かい合っていた。
「……スキルが、弱体化させられた? それも、リクだけを狙い撃ちで?」
ゴードンが、信じられないといった様子で、低い声で尋ねた。僕が、フィールドで体験した一部始終と、カイザーによる運営への介入という推測を話した後だった。
「はい。おそらく、間違いありません。僕の【地形編集】は、今、大きな制約を受けています」
「そんな……! ひどすぎます! カイザーさんは、ゲームの外から、反則的な手を使ったっていうことですか!?」
ミモリさんが、憤りに声を震わせる。普段は温厚な彼女が、これほど感情を露わにするのは珍しい。
「ああ、卑怯極まりねえ! 正々堂々と戦って勝てねえからって、裏から手を回すなんて、王様のやることかよ!」
ゴードンが、テーブルを拳で叩き、怒りを爆発させた。工房全体が、彼の怒りでビリビリと震えるようだ。
「どうすりゃいいんだ、リク……。お前のそのすげえスキルがなけりゃ、俺たちは……」
彼の言葉が、途中で途切れた。僕たちのパーティーは、僕の地形操作能力を前提として、成り立っている。その力が制限されれば、僕たちの強みは、大きく削がれてしまう。
二人の顔に、不安と、焦りの色が浮かぶ。これから先、僕たちは、《絶対王権》の執拗な嫌がらせに、なすすべもなくやられてしまうのではないか。そんな絶望的な未来が、彼らの脳裏をよぎっているのだろう。
工房の空気は、鉛のように重い。
だが、そんな重圧の中心にいるはずの僕は、ただ一人、全く動じていなかった。
それどころか、僕の心は、久しく感じたことのない、純粋な学術的探求心と、知的挑戦への興奮で、燃え上がっていた。
「……面白い」
僕の口から、ぽつりと、呟きが漏れた。
「え?」
「面白いじゃないですか。彼らは、僕に、新しい『研究テーマ』を与えてくれたんですよ」
僕の、あまりにも場違いな反応に、ゴードンとミモリさんは、きょとんとした顔で僕を見つめている。
僕は、椅子から立ち上がると、壁一面に設置された巨大な黒板に向かった。そこには、僕がこれまで調査してきた、エリュシオン・テラ全土の地質図が、詳細に描かれている。
「見てください。僕が今日、スキル発動に失敗した、カルスト台地の石灰岩。そして、以前、スキルが問題なく使えた、別の地域の石灰岩。この二つのサンプルを、僕なりに分析してみました」
僕は、二つの岩石サンプルのデータを、黒板に書き出していく。
構成鉱物の純度、結晶の大きさ、不純物の含有率、形成された年代、そして、微細な亀裂(マイクロクラック)の密度……。
「一見すると、どちらもただの石灰岩です。ですが、ミクロレベルで見ると、その内部構造には、明確な違いがある。今日、僕が訪れた台地の石灰岩は、極めて安定した環境下で、長い時間をかけてゆっくりと再結晶化したため、内部構造に歪みが少なく、非常に均質なんです」
「……だから、スキルが効かなかった、ということか?」
「ええ。おそらく、運営……カイザーは、運営に対して、『一定以上の硬度、あるいは、安定性を持つ岩盤には、スキルが発動しないように』という、制約を設けさせたのでしょう」
それは、一見すると、僕の能力を封じる、完璧な制約のように思える。
だが、僕は、不敵に笑った。
「しかし、彼らは、根本的な間違いを犯している」
「間違い?」
「彼らは、地質学を、そして、この地球という星の複雑さを、何も理解していない。彼らは、『硬い』とか『安定している』という言葉を、非常に単純な、一次元的なパラメータでしか捉えていないんです」
僕は、黒板に、一つの数式を書き出した。
それは、岩石の破壊力学に関する、基礎的な方程式だった。
「岩石の『強度』というものは、単なる硬さだけで決まるものではありません。それは、圧力、温度、含水率、そして、加えられる力の『周波数』……様々な要因が複雑に絡み合った、多次元的なものなんです」
僕の言葉が、熱を帯びていく。それは、研究室で、教授や仲間たちをドン引きさせていた、あの時の熱量と同じだった。
だが、目の前の二人は、引いてはいなかった。彼らは、僕の言葉の意味を完全には理解できていないだろう。しかし、僕の瞳に宿る、絶対的な自信と、揺るぎない確信を、感じ取っていた。
「つまり、どういうことだってばよ、リク先生」
ゴードンが、真剣な顔で尋ねる。
「つまり、こういうことです」
僕は、黒板に、一つの概念図を描いた。
「彼らが作った『壁』には、無数の『穴』が開いている。彼らが設定したであろう、単純な制約のロジック。その裏側には、彼らが想定すらしていない、物理法則の抜け道が、無数に存在しているんです」
「例えば、『硬いから破壊できない』という制約。これは、一方向からの、単純な力に対してしか、有効ではありません。ですが、もし、その岩盤が持つ、固有の『共振周波数』に合わせて、ごく微弱な振動を、断続的に与え続けたら、どうなるか?」
「きょうしん、しゅうはすう?」
「全ての物質には、最も効率よく揺れることができる、特定の周波数があります。ブランコを、タイミングよく押してやれば、小さな力でも、どんどん揺れが大きくなっていくのと同じです。それと同じことを、岩盤に対して行うんです」
僕は、黒板に、新たなスキルの運用法を書き殴っていく。
MP消費量が大きい《破壊》スキルを、あえて最小出力で、特定の周波数に合わせて、断続的に発動させる。
そうすれば、MPの消費を最小限に抑えながら、岩盤全体に共振現象を引き起こし、内部から自己崩壊させることが可能になるかもしれない。
「あるいは、『安定しているから造成できない』という制約。これも、視点を変えれば、攻略可能です。安定しているということは、つまり、エネルギーを蓄積しやすいということ。例えば、スキルで局所的に超高温と超低温を繰り返し与え、岩盤内部に『熱応力』を発生させれば……」
次々と、僕の頭の中に、逆転の発想が、閃光のように生まれてくる。
制約が、あるからこそ、生まれる、新たな戦術。
運営が設定した、単純なゲームのルール。それを、地質学という、この宇宙の、より高次元な物理法則で、ハッキングする。
「……すごい」
ミモリさんが、うっとりとした表情で、僕の背中を見つめていた。
「リクさん……まるで、縛りプレイを楽しんでいる、みたいです……」
「へっ……なるほどな」
ゴードンは、僕の理論の1パーセントも理解していないだろう。だが、彼は、僕の言わんとすることの本質を、直感で掴んでいた。
「つまり、こうだろ? 敵が『この武器は使うな』って言ってきたから、『じゃあ、この武器で殴るんじゃなくて、ぶん投げてぶつけてやるぜ』ってことだろ?」
その、あまりにも脳筋な例えは、しかし、驚くほど的確に、僕の意図を言い表していた。
「……ええ。まあ、だいたい、そんなところです」
僕が頷くと、ゴードンは、ニカッと、太陽のように笑った。
「そうこなくっちゃな! やっぱり、俺たちのリクは、こうでなくっちゃ!」
二人の顔から、不安の色は、完全に消え去っていた。そこにあったのは、僕に対する、絶対的な信頼だけだった。
「カイザーは、僕に、枷をつけたつもりでしょう」
僕は、黒板に向き直り、静かに言った。
「ですが、それは、間違いです。これは、枷じゃない。僕の知識と創造性を、さらなる高みへと引き上げてくれる、最高の『翼』だ」
僕は、これから始まる、反撃の狼煙を、この工房から上げることを、静かに、しかし、固く決意した。
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