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第四十五話:王への回答
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カイザーは、自らが築いた天空の城《アヴァロン》の玉座から、一つの報告を待っていた。
エリュシオン・ダイナミクスに圧力をかけ、リクのユニークスキル【地形編集】に、複数の強力な制約を課してから、数日が経過している。
彼が設定させたナーフ内容は、こうだ。
一、システムの「安定地盤」判定を受けた岩盤へのスキル行使を、完全に無効化する。
二、スキル発動に必要なMP消費量を、一律で1.5倍に増加させる。
三、スキルのクールタイムを、一律で2倍に延長する。
それは、リクの生命線とも言える地形操作能力を、根幹から奪うための、完璧な包囲網のはずだった。もはや、あの男に、派手な地形変動は起こせない。戦闘におけるアドバンテージは、完全に失われた。
カイザーの脳裏には、自分の力を奪われ、なすすべもなくモンスターに蹂躙されるリクの、無様な姿が、ありありと浮かんでいた。
「……そろそろ、心が折れた頃合いか」
彼は、最後の仕上げとして、ギルドの精鋭で構成された、一つの偵察部隊を派遣することを決めた。
目的は、弱体化されたリクの無力さを、その目で確認し、カイザーに報告すること。そして、もし可能であれば、彼を精神的に、さらに追い詰めることだ。
「目標は、クラフトヘイム南西に広がる、『黒鉄(くろがね)の岩盤地帯』だ。諜報部隊の情報によれば、リクは、近々、その地域の調査に向かう可能性が高い」
カイザーは、部隊長に命じた。
「その岩盤地帯は、この世界で最も硬く、そして安定した地盤の一つだ。運営によって、最高レベルの『安定地盤』判定が下されている。奴のスキルは、絶対に、発動しない」
「はっ」
「奴を、その岩盤地帯のど真ん中へと、巧みに誘い込め。そして、我々の力を、改めて見せつけてやれ。奴が、いかに無力で、矮小な存在であるかを、骨の髄まで思い知らせてやるのだ」
カイザーの歪んだ愉悦に満ちた命令を受け、偵察部隊は、静かに出撃していった。
数日後。僕は、ゴードン、ミモリさんと共に、カイザーの思惑通り、《黒鉄の岩盤地帯》に足を踏み入れていた。
ここは、その名の通り、鉄鉱石を豊富に含んだ、黒く、そして重々しい岩盤が、どこまでも広がる不毛の大地だ。
「うわー、なんだか、息が詰まりそうな場所だな」
ゴードンが、周囲を見渡して言う。
「ええ。地質学的には、『鉄鉱層(Banded Iron Formation)』と呼ばれる、約25億年前の、先カンブリア時代に形成された、非常に古い地層です。当時の海水中の鉄イオンが、シアノバクテリアの光合成によって放出された酸素と反応し、酸化鉄として海底に沈殿してできたものですね」
「リク、また専門用語ばっかりだぞ……」
「リクさん、本当に楽しそうですね」
僕の瞳は、地質学者としての純粋な好奇心で、輝いていた。
そして、この場所こそ、僕が編み出した、新たなスキルの運用法を試す、最高の実験場であることを、僕は知っていた。
僕たちが、岩盤地帯の中央にさしかかった時だった。
「――来たな、反逆者」
周囲の岩陰から、十数名のプレイヤーが姿を現した。全員が、《絶対王権》の紋章が刻まれた、最高級の装備に身を包んでいる。カイザーが放った、偵察部隊だ。
彼らは、僕たちを、完全に包囲していた。
「リク! お前さんの得意な地形操作とやらは、この『黒鉄の岩盤』の前では、赤子の戯言に等しい! 我々のカイザー様に逆らった愚かさを、ここで後悔するがいい!」
部隊長らしき男が、勝ち誇ったように叫ぶ。
彼らの顔には、絶対的な勝利への確信が浮かんでいた。この、システムによって守られた、最強の硬度を誇る大地の上で、僕たちがなすすべもないことを、彼らは信じて疑っていない。
「くそっ、囲まれたぞ!」
ゴードンが、盾を構える。
だが、僕は、彼を手で制した。
「ゴードンさん、ミモリさん。少しだけ、時間をください」
「リク?」
僕は、包囲する敵には目もくれず、静かに、自分の足元の黒い岩盤に、手を触れた。
そして、新しいつるはし【ジオ・ブレイカー】の、強化された鑑定機能を発動させる。
僕の視界に、この岩盤の、詳細な物理データが流れ込んできた。
硬度、密度、弾性係数……そして、僕が求めていた、ただ一つの数値。
(……見つけた。この岩盤の、共振周波数は、ヘルツに換算して、約12.5Hz。非常に、低いな)
僕は、静かに立ち上がると、敵を見据えた。
「後悔、ですか。それは、どちらのセリフになるでしょうね」
僕は、不敵に微笑むと、ユニークスキルを発動させた。
「【地形編集】――《破壊》」
「無駄だ!」
部隊長が、嘲笑う。
「そのスキルは、ここでは使えないはずだ!」
彼の言う通り、僕のスキルは、岩盤を破壊するには至らなかった。
だが、僕の狙いは、破壊ではない。
僕は、MPの消費量を、意図的に、最小出力に抑え、そして、スキルを、ごく短時間で、発動と解除を繰り返した。
トン、トン、トン、トン……。
まるで、心臓の鼓動のように。
その周波数は、僕が先ほど特定した、12.5Hz。この岩盤が、最も効率よく「揺れる」ことができる、魔法の周波数だ。
最初は、何も起こらなかった。
だが、数秒後。
《絶対王権》のメンバーたちの足元が、カタカタと、微かに震え始めた。
「ん? なんだ、この揺れは?」
「地震か?」
彼らが、異変に気づいた時には、もう遅い。
微弱な揺れは、僕が振動を与え続けることで、増幅されていく。
カタカタという音は、やがて、ガタガタという激しい音に変わり、そして、ゴゴゴゴという、地鳴りのような轟音へと変化した。
「な、なんだこれは!? 地面が、まるで生き物のように……!」
彼らが立っている、広大な黒鉄の岩盤全体が、一つの巨大な共振板となって、激しく、そして、不規則に、揺れ始めたのだ。
立っていることすら、ままならない。彼らは、バランスを崩し、次々と地面に倒れ伏していく。
「馬鹿な……! スキルは、無効化されているはず……! なぜ、こんなことが……!」
部隊長が、絶望の声を上げる。
「言ったでしょう。あなた方は、この世界の理を、何も理解していない」
僕は、揺れの中心で、ただ一人、静かに立っていた。
「硬いものは、脆い。安定しているものは、一度バランスを崩せば、より激しく崩壊する。それが、自然の摂理です」
僕は、揺れによって、岩盤の内部に無数の亀裂が生じ、その強度が、限界まで低下していることを、確認した。
そして、僕は、とどめの一撃を放つ。
「――お返ししますよ、カイザーさん」
僕は、最後のMPを振り絞り、今度こそ、最大出力で、《破壊》スキルを発動させた。
共振によって、もはやボロボロになっていた岩盤は、その一撃に耐えきれなかった。
バキィィィィィン!
凄まじい破壊音と共に、僕たちを囲んでいた、半径百メートルもの黒鉄の岩盤が、ガラスのように、粉々に砕け散った。
そして、砕け散った岩盤は、その下にあった、巨大な地下空洞へと、雪崩を打って、崩落していったのだ。
「うわああああああ!」
「助けてくれえええ!」
《絶対王権》の偵察部隊は、なすすべもなく、自らが絶対の自信を持っていた大地と共に、暗い地の底へと、飲み込まれていった。
後に残されたのは、巨大なクレーターと、その縁に立つ、僕たち三人だけだった。
カイザーの元に、偵察部隊、全滅の報告が届いたのは、それから数分後のことだった。
報告を聞いた彼は、玉座の上で、ただ、絶句していた。
システムによる、絶対的なはずの介入。それすらも、リクという男の、底知れない知識の前では、全くの無力だった。
「……ありえない」
カイザーは、震える声で、呟いた。
彼の心に、初めて、自分の理解を超えた存在に対する、純粋な「恐怖」が、芽生えていた。
「もはや……奴を支配する方法は……一つしかない……」
彼は、立ち上がった。その瞳からは、もはや、知性も、愉悦も、消え失せていた。
そこにあるのは、ただ、目的のためには、いかなる手段も、いかなる暴力も、厭わないという、剥き出しの、獣のような光だけだった。
王は、最後の、そして、最も野蛮な手段へと、その舵を切ることを、決意した。
エリュシオン・ダイナミクスに圧力をかけ、リクのユニークスキル【地形編集】に、複数の強力な制約を課してから、数日が経過している。
彼が設定させたナーフ内容は、こうだ。
一、システムの「安定地盤」判定を受けた岩盤へのスキル行使を、完全に無効化する。
二、スキル発動に必要なMP消費量を、一律で1.5倍に増加させる。
三、スキルのクールタイムを、一律で2倍に延長する。
それは、リクの生命線とも言える地形操作能力を、根幹から奪うための、完璧な包囲網のはずだった。もはや、あの男に、派手な地形変動は起こせない。戦闘におけるアドバンテージは、完全に失われた。
カイザーの脳裏には、自分の力を奪われ、なすすべもなくモンスターに蹂躙されるリクの、無様な姿が、ありありと浮かんでいた。
「……そろそろ、心が折れた頃合いか」
彼は、最後の仕上げとして、ギルドの精鋭で構成された、一つの偵察部隊を派遣することを決めた。
目的は、弱体化されたリクの無力さを、その目で確認し、カイザーに報告すること。そして、もし可能であれば、彼を精神的に、さらに追い詰めることだ。
「目標は、クラフトヘイム南西に広がる、『黒鉄(くろがね)の岩盤地帯』だ。諜報部隊の情報によれば、リクは、近々、その地域の調査に向かう可能性が高い」
カイザーは、部隊長に命じた。
「その岩盤地帯は、この世界で最も硬く、そして安定した地盤の一つだ。運営によって、最高レベルの『安定地盤』判定が下されている。奴のスキルは、絶対に、発動しない」
「はっ」
「奴を、その岩盤地帯のど真ん中へと、巧みに誘い込め。そして、我々の力を、改めて見せつけてやれ。奴が、いかに無力で、矮小な存在であるかを、骨の髄まで思い知らせてやるのだ」
カイザーの歪んだ愉悦に満ちた命令を受け、偵察部隊は、静かに出撃していった。
数日後。僕は、ゴードン、ミモリさんと共に、カイザーの思惑通り、《黒鉄の岩盤地帯》に足を踏み入れていた。
ここは、その名の通り、鉄鉱石を豊富に含んだ、黒く、そして重々しい岩盤が、どこまでも広がる不毛の大地だ。
「うわー、なんだか、息が詰まりそうな場所だな」
ゴードンが、周囲を見渡して言う。
「ええ。地質学的には、『鉄鉱層(Banded Iron Formation)』と呼ばれる、約25億年前の、先カンブリア時代に形成された、非常に古い地層です。当時の海水中の鉄イオンが、シアノバクテリアの光合成によって放出された酸素と反応し、酸化鉄として海底に沈殿してできたものですね」
「リク、また専門用語ばっかりだぞ……」
「リクさん、本当に楽しそうですね」
僕の瞳は、地質学者としての純粋な好奇心で、輝いていた。
そして、この場所こそ、僕が編み出した、新たなスキルの運用法を試す、最高の実験場であることを、僕は知っていた。
僕たちが、岩盤地帯の中央にさしかかった時だった。
「――来たな、反逆者」
周囲の岩陰から、十数名のプレイヤーが姿を現した。全員が、《絶対王権》の紋章が刻まれた、最高級の装備に身を包んでいる。カイザーが放った、偵察部隊だ。
彼らは、僕たちを、完全に包囲していた。
「リク! お前さんの得意な地形操作とやらは、この『黒鉄の岩盤』の前では、赤子の戯言に等しい! 我々のカイザー様に逆らった愚かさを、ここで後悔するがいい!」
部隊長らしき男が、勝ち誇ったように叫ぶ。
彼らの顔には、絶対的な勝利への確信が浮かんでいた。この、システムによって守られた、最強の硬度を誇る大地の上で、僕たちがなすすべもないことを、彼らは信じて疑っていない。
「くそっ、囲まれたぞ!」
ゴードンが、盾を構える。
だが、僕は、彼を手で制した。
「ゴードンさん、ミモリさん。少しだけ、時間をください」
「リク?」
僕は、包囲する敵には目もくれず、静かに、自分の足元の黒い岩盤に、手を触れた。
そして、新しいつるはし【ジオ・ブレイカー】の、強化された鑑定機能を発動させる。
僕の視界に、この岩盤の、詳細な物理データが流れ込んできた。
硬度、密度、弾性係数……そして、僕が求めていた、ただ一つの数値。
(……見つけた。この岩盤の、共振周波数は、ヘルツに換算して、約12.5Hz。非常に、低いな)
僕は、静かに立ち上がると、敵を見据えた。
「後悔、ですか。それは、どちらのセリフになるでしょうね」
僕は、不敵に微笑むと、ユニークスキルを発動させた。
「【地形編集】――《破壊》」
「無駄だ!」
部隊長が、嘲笑う。
「そのスキルは、ここでは使えないはずだ!」
彼の言う通り、僕のスキルは、岩盤を破壊するには至らなかった。
だが、僕の狙いは、破壊ではない。
僕は、MPの消費量を、意図的に、最小出力に抑え、そして、スキルを、ごく短時間で、発動と解除を繰り返した。
トン、トン、トン、トン……。
まるで、心臓の鼓動のように。
その周波数は、僕が先ほど特定した、12.5Hz。この岩盤が、最も効率よく「揺れる」ことができる、魔法の周波数だ。
最初は、何も起こらなかった。
だが、数秒後。
《絶対王権》のメンバーたちの足元が、カタカタと、微かに震え始めた。
「ん? なんだ、この揺れは?」
「地震か?」
彼らが、異変に気づいた時には、もう遅い。
微弱な揺れは、僕が振動を与え続けることで、増幅されていく。
カタカタという音は、やがて、ガタガタという激しい音に変わり、そして、ゴゴゴゴという、地鳴りのような轟音へと変化した。
「な、なんだこれは!? 地面が、まるで生き物のように……!」
彼らが立っている、広大な黒鉄の岩盤全体が、一つの巨大な共振板となって、激しく、そして、不規則に、揺れ始めたのだ。
立っていることすら、ままならない。彼らは、バランスを崩し、次々と地面に倒れ伏していく。
「馬鹿な……! スキルは、無効化されているはず……! なぜ、こんなことが……!」
部隊長が、絶望の声を上げる。
「言ったでしょう。あなた方は、この世界の理を、何も理解していない」
僕は、揺れの中心で、ただ一人、静かに立っていた。
「硬いものは、脆い。安定しているものは、一度バランスを崩せば、より激しく崩壊する。それが、自然の摂理です」
僕は、揺れによって、岩盤の内部に無数の亀裂が生じ、その強度が、限界まで低下していることを、確認した。
そして、僕は、とどめの一撃を放つ。
「――お返ししますよ、カイザーさん」
僕は、最後のMPを振り絞り、今度こそ、最大出力で、《破壊》スキルを発動させた。
共振によって、もはやボロボロになっていた岩盤は、その一撃に耐えきれなかった。
バキィィィィィン!
凄まじい破壊音と共に、僕たちを囲んでいた、半径百メートルもの黒鉄の岩盤が、ガラスのように、粉々に砕け散った。
そして、砕け散った岩盤は、その下にあった、巨大な地下空洞へと、雪崩を打って、崩落していったのだ。
「うわああああああ!」
「助けてくれえええ!」
《絶対王権》の偵察部隊は、なすすべもなく、自らが絶対の自信を持っていた大地と共に、暗い地の底へと、飲み込まれていった。
後に残されたのは、巨大なクレーターと、その縁に立つ、僕たち三人だけだった。
カイザーの元に、偵察部隊、全滅の報告が届いたのは、それから数分後のことだった。
報告を聞いた彼は、玉座の上で、ただ、絶句していた。
システムによる、絶対的なはずの介入。それすらも、リクという男の、底知れない知識の前では、全くの無力だった。
「……ありえない」
カイザーは、震える声で、呟いた。
彼の心に、初めて、自分の理解を超えた存在に対する、純粋な「恐怖」が、芽生えていた。
「もはや……奴を支配する方法は……一つしかない……」
彼は、立ち上がった。その瞳からは、もはや、知性も、愉悦も、消え失せていた。
そこにあるのは、ただ、目的のためには、いかなる手段も、いかなる暴力も、厭わないという、剥き出しの、獣のような光だけだった。
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