不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第四十七話:嵐の前の調査行

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 リク工房の研究室は、静かな熱気に満ちていた。
 壁一面に貼られた巨大なマップ。その中央には、僕たちが集めた断片的な情報から再構築された、《アヴァロン》の不鮮明な構造図が描かれている。テーブルの上には、古代文明に関する文献の写しや、岩石の分析データ、そして、無数の計算式が書きなぐられた羊皮紙が、山のように積み上がっていた。

「ダメだ……。やっぱり、どうしても計算が合わない」

 僕は、頭をかきむしりながら、唸った。
 《アヴァロン》の質量、推定される材質の密度、そして、観測される高度から、その巨体を空に浮かばせるために必要なエネルギー量を算出する。だが、その数値は、現代のエリュシオン・テラで確認されている、いかなる魔法技術の理論値をも、遥かに上回ってしまうのだ。

「どうしたんだよ、リク。また難しい顔して」
 工房のメンテナンスを手伝っていたゴードンが、僕の横から巨大な図面を覗き込んだ。
「この、城の真ん中にある、でっけえ石みてえなのが、動力源なんだろ?」
「ええ。おそらくは。ですが、問題は、その『浮遊原理』そのものが、全くのブラックボックスだということです」

 僕は、チョークで、図面の上に大きくクエスチョンマークを描いた。
「この城を浮かばせている力は、現代の魔法工学とは、明らかに異質のものです。もっと古い、法則そのものが違う、ロストテクノロジー。僕たちの知識の外側にある、未知の物理法則が、そこには働いている」

 カイザーの支配の象徴、《アヴァロン》。その心臓部は、僕たちの理解が及ばない、古代の謎に包まれていた。この謎を解き明かせない限り、僕たちの「城落とし」計画は、ただの絵に描いた餅に過ぎない。

「古代の、謎……」
 紅茶を運んできたミモリさんが、心配そうに呟いた。
「そんな昔のこと、今からじゃ、調べようがないんじゃ……」
「いいえ、手はあります」
 僕は、きっぱりと首を横に振った。
「失われた技術のヒントは、いつだって、それが生まれた『場所』に眠っているものです。僕たちが探すべきは、書物ではない。この世界の、最も古い『地層』です」

 その日から、僕の情報収集は、新たな段階へと移行した。
 僕は、バルカンや《クラフトヘイム》の長老たちに、片っ端から聞き込みを行った。この世界に存在する、あらゆる「伝説」や「伝承」を集めるために。

「世界で、最も古い場所、じゃと?」
 バルカンは、僕の奇妙な質問に、白い髭を捻った。
「そんなもん、おとぎ話の中にしか、ありはせんよ。じゃが……そういや、βテストの時代から、まことしやかに囁かれとる、一つの噂があったのう」
「噂、ですか?」
「うむ。『時が止まった大渓谷』という場所の話じゃ。なんでも、そこは、世界の時間が始まった時の姿が、そのまま封印されとる、禁断の地らしい。世界の生成ログが、化石のように眠っとる、とかなんとか。じゃが、その入り口を見つけた者は、これまで一人もおらん。ただの、開発者が残した、フレーバーテキストじゃろうて」

 時が止まった、大渓谷。
 その言葉は、僕の心に、雷のような衝撃を与えた。
 世界の生成ログ。それは、このエリュシオン・テラという世界の、根本的な物理法則が、剥き出しのまま記録されている場所だということか。そこに行けば、《アヴァロン》を浮かばせる、失われた技術の謎が、解けるかもしれない。

 僕は、工房に戻ると、全ての文献を、その「大渓谷」というキーワードで、再検索し始めた。
 そして、いくつかの、これまで見過ごしていた、断片的な記述を、結びつけることに成功した。

 ――『古の地図に記された、巨大な“傷跡”』
 ――『賢者の書に残された、“時の淀み”に関する記述』
 ――『名もなき詩人が詠んだ、“三葉虫が泳ぐ谷”の詩』

 それらの情報を、僕は、自らが作り上げた、エリュシオン・テラ全土の地質図の上に、重ね合わせていく。
 そして、全ての線が、ただ一点を指し示した時、僕は、確信と共に、息を呑んだ。

 そこは、大陸中央山脈の、巨大な断崖絶壁。
 誰もが、ただの行き止まりだと信じて疑わない、巨大な岩壁の、さらに奥。
 地質学的に見れば、二つの巨大なプレートが衝突し、そのエネルギーで時空そのものが歪んでしまったとしても、おかしくはない、特異点。

「……見つけました」

 僕が、地図上の一点を指さして呟くと、ゴードンとミモリさんが、僕の顔を覗き込んだ。
「次の、調査地です」


 その夜。僕は、二人に向き直り、真剣な表情で、切り出した。
「ゴードンさん、ミモリさん。これから僕が向かおうとしている場所は、これまでのどの冒険よりも、危険な場所になるかもしれません」
 僕は、今回の調査が、単なる《アヴァロン》攻略のための情報収集ではないことを、正直に話した。

「そこは、もはやゲームの攻略とは、次元の違う場所です。この世界の、根源的な謎、システムの心臓部に、触れることになるかもしれない。どんな危険が待っているか、僕にも予測がつきません。デスペナルティだけでは済まない、何かがある可能性すら、否定できない」
 僕は、一呼吸置いて、続けた。
「これは、僕個人の、地質学者としての、探求心の問題でもあります。あなたたち二人を、僕のわがままに、付き合わせるわけにはいかない」

 だから、今回は、一人で行かせてほしい。
 そう、言おうとした、その時だった。

「水臭えこと、言うなよ」

 ゴードンが、僕の言葉を遮った。
 彼は、呆れたように、しかし、どこまでも真っ直ぐな目で、僕を見つめていた。
「俺たちが、なんでお前と一緒にいると思ってんだ? 安全な冒険がしたいからか? 違うだろ。お前が見る、その『誰も見たことのない景色』ってやつが、面白そうだからだよ。お前が、この世界の常識を、ひっくり返す瞬間を、隣で見ていてえからだ。危険? 上等じゃねえか。そのための、俺の盾だろうが」

「……ゴードンさん」

「私も、同じ気持ちです」
 ミモリさんが、優しく、しかし、強い意志を込めて、僕に微笑んだ。
「リクさんの見たい世界を、私も、一緒に見たいです。それに、リクさんを一人で行かせるなんて、心配で、私、夜も眠れませんから。ちゃんと、後ろから、私が守ります」

 二人の言葉に、僕の胸が、熱くなった。
 僕が、一人ではないこと。僕の探求を、心から理解し、支えてくれる仲間がいること。
 その事実が、僕に、何よりも強い力を与えてくれる。

「……ありがとうございます」
 僕の口から、素直な感謝の言葉がこぼれた。
「では、行きましょう。一緒に。この世界の、始まりの場所へ」

 僕たちは、顔を見合わせ、力強く頷きあった。
 カイザーとの、避けられない総力戦。その大きな嵐を前に、僕たち三人の絆は、かつてないほど、固く、そして強く、結ばれていた。

 翌朝。僕たち三人は、《クラフトヘイム》の仲間たちに見送られながら、工房を後にした。
 目指すは、地図の果て。誰も知らない、伝説の地。

 それは、王との決戦を前にした、最後の、そして、最も重要な調査行。
 僕たちの旅が、やがて、プレイヤーとAIという垣根を超え、この世界の真実の扉を開くことになる、壮大な冒険の序章であることを、僕たちはまだ、知る由もなかった。
 ただ、胸に宿る、揺るぎない探求心と、仲間への信頼だけを道しるべに、僕たちは、世界の謎へと繋がる、未知の荒野へと、その一歩を踏み出した。
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