不人気職【地質学者】で始めたら、ダンジョン構造を改変できる唯一のプレイヤーになっていた件。~掘って埋めて、ダンジョンごとボスを圧殺します~

夏見ナイ

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第四十八話:時が止まった大渓谷

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 僕たちが目指した場所は、大陸中央山脈の奥深く、地図上ではただの行き止まりと記された、巨大な断崖絶壁だった。天を突くようにそびえ立つ、垂直な岩壁。それは、数億年という途方もない時間をかけて、二つの大陸プレートが衝突し、隆起したことで生まれた、大地の巨大な「傷跡」だ。

「……リク、本当にここで合ってるのか?」
 ゴードンが、目の前に立ちはだかる絶壁を見上げながら、半信半疑の声を上げた。
「どこにも、道なんて見当たらねえぞ。ただの、壁じゃねえか」
「そうですね……。ここから先に進めるようには、とても見えません」
 ミモリさんも、不安そうに周囲を見回している。

 彼らの言う通り、ここには道などない。洞窟の入り口も、隠された扉もない。あるのは、ただ、圧倒的なスケールの岩盤だけだ。
 だが、僕の地質学者としての直感と、これまでの情報分析は、確信を持って告げていた。入り口は、ここにある、と。

「道は、目に見えるものだけではありません」
 僕は、二人にそう言うと、新しいつるはし【ジオ・ブレイカー】を構えた。その強化された鑑定機能は、岩盤の物理的な特性だけでなく、そこに流れる微弱な魔力や、空間の歪みまでをも捉えることができる。

 僕は、絶壁に沿ってゆっくりと歩きながら、鑑定の網を広げていく。
 プレートの衝突によって生まれた、この巨大な断層。その莫大なエネルギーは、岩石を砕き、山脈を隆起させるだけでなく、時として、時空そのものに、微細な「亀裂」を生み出すことがある。僕が探しているのは、その亀裂――物理法則が、わずかに乱れた、特異点だ。

「……あった」

 数分後。僕は、何の特徴もない、ただの岩壁の前で立ち止まった。
 僕の視界には、他の二人には見えないであろう、空間の歪みが、陽炎のように揺らめいて見えていた。まるで、割れたガラスの向こう側を覗いているかのような、奇妙な感覚。
 ここが、伝説への入り口だ。

「ゴードンさん、ミモリさん、下がっていてください。少し、道をこじ開けます」
 僕は、その空間の歪みの中心点に、つるはしの先端を合わせると、スキルを発動した。
「【地形編集】――《破壊》!」

 ただし、僕が破壊しようとしたのは、岩盤ではない。この「空間の亀裂」そのものだ。
 僕のスキルに呼応し、つるはしの先端から放たれた力が、空間の歪みに吸い込まれていく。すると、何もないはずの空間に、バリバリ、というガラスが割れるような音が響き渡り、黒い亀裂が走った。
 そして、その亀裂は、まるでジッパーが開かれるかのように、左右に広がり、向こう側にある、全く別の景色を覗かせた。

「なっ……! 空間が、割れた!?」
 ゴードンが、信じられないものを見る目で、その光景に絶句している。

 亀裂の向こう側から、僕たちが知るエリュシオン・テラとは、全く異質の空気が、流れ込んできた。それは、植物の青々しい匂いと、原始の海の潮の香りが混じり合った、濃厚な生命の匂いだった。
「行きましょう。この先が、『時が止まった大渓谷』です」

 僕たちは、意を決して、その時空の裂け目へと、身を投じた。

 全身を、奇妙な圧迫感が包み込む。そして、次の瞬間。
 僕たちは、完全に、別の世界に立っていた。

「……なんだ、ここは」

 ゴードンが、呆然と呟いた。
 目の前に広がっていたのは、緑、緑、緑。生命力に満ち溢れた、原初の緑の世界だった。
 空は、現代よりも酸素濃度が高いのか、どこか黄色みがかっており、陽光は、粘性を帯びた蜂蜜のように、世界に降り注いでいる。
 地面からは、ビルほどの高さはあろうかという、巨大なシダ植物や、トクサの仲間が、天を突くように生い茂っている。
 そして、僕たちの頭上を、ゆらり、ゆらりと、奇妙な生き物が漂っていた。それは、硬い甲殻を持つ、ヘルメットのような形をした、三葉虫。本来なら海底を這うはずの生物が、ここでは、まるでクラゲのように、空を泳いでいた。

 近くの川を覗き込めば、体長二メートルを超える、巨大なウミサソリが、悠然と歩いている。
 ここは、ファンタジーの世界ではない。
 僕たちが知る、地球の、遥か古の姿。古生代の生態系が、そのままの形で、完全に保存された、奇跡の場所だった。

「す……すごい……」

 僕の口から、感嘆のため息が漏れた。
 僕は、もはや、仲間たちのことなど忘れて、その場に駆け出し、地面に剥き出しになった地層に、むしゃぶりつくように触れた。
「この粘板岩の層……! 見ろ、アノマロカリスの化石だ! しかも、軟体部まで完璧に保存されている! まさに、バージェス頁岩動物群そのものではないか!」

 僕は、子供のようにはしゃぎ、歓喜の声を上げた。
 鑑定スキルを発動するまでもない。この地層は、約五億年前の、カンブリア紀のものだ。生命が、爆発的な進化を遂げた、始まりの時代。
 僕は、地質学者として、夢にまで見た「生きた化石の世界」に、完全に没頭していた。

「リクの奴、完全にスイッチが入っちまったな」
「ふふ、本当に嬉しそうですね。まるで、宝物庫を見つけた子供みたいです」
 ゴードンとミモリさんは、僕の奇行に呆れながらも、その純粋な喜びに、温かい視線を向けてくれていた。

 僕は、何時間も、何日も、この渓谷を歩き続けた。
 カンブリア紀の地層の上には、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀……と、教科書通りに、完璧な整合性をもって、新しい時代の地層が、何キロにもわたって積み重なっている。
 その全てが、当時の生態系や環境を、驚異的な解像度で、再現していた。

 僕は、この光景を創り出した、この世界の地形生成AIの存在に、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
 これは、ただのゲームの背景ではない。
 異常なまでの、学術的なこだわり。執念とすら呼べる、完璧な再現性。
 まるで、開発者は、本物の地球の歴史を、その目で見てきたかのような……。

(あるいは、この世界のAIは、本当に、地球の地質データを、どこかから『コピー』してきたのではないか?)

 そんな、荒唐無稽な考えが、僕の頭をよぎった。
 そして、その時だった。
 僕は、この完璧すぎる世界の風景の中に、ほんの、ほんのわずかな「ノイズ」が混じっていることに、気づいた。
 それは、まだ言語化できない、胸のざわめきのような、小さな違和感。

 完璧な絵画に、一点だけ、描かれるはずのない、異質な色が混じっているような感覚。

「……何かが、おかしい」

 僕は、立ち止まった。
 この、完璧に構築された、古生代の世界。
 その、調和の中に、たった一つだけ、あってはならない「何か」が、紛れ込んでいる。

 その違和感の正体を突き止めるべく、僕は、さらに渓谷の奥深くへと、足を向けた。
 仲間たちも、僕のただならぬ様子を察し、黙って後についてきてくれる。
 僕たちは、まだ知らない。
 この先に待つ発見が、僕たちを、この世界の、最も深く、そして、最も危険な真実へと、導くことになるということを。
 最大の謎へと繋がる、最後の調査が、今、本格的に始まろうとしていた。
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