ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第九十六話 あなたのいない世界なんて

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世界は、救われた。
邪神は、消え去り、空は、青さを取り戻した。
けれど、私の腕の中の、カイザーは、冷たいままだった。
レオンとゼノヴィアが、心配そうに、私を見守っている。
「アリア……。もう、十分だ。君は、世界を、救ったんだ」
レオンが、優しい声で、語りかける。
だが、その言葉は、私の心には、届かなかった。
世界なんて、どうでもいい。
私が、欲しかったのは、こんな、結末じゃない。
私が、欲しかったのは、ただ一つ。
彼の、温もり。
彼の、笑顔。
彼と、共に、生きる、未来。
「……いや」
私は、か細い声で、呟いた。
「まだ、終わっていない」
私は、腕の中の、カイザーの、亡骸を、そっと、祭壇の上に、横たえた。
そして、その、冷たい、唇に、最後の、口づけを、落とす。
別れの、口づけではない。
誓いの、口づけ。
私は、ゆっくりと、立ち上がった。
そして、自分の、胸に、手を当てる。
とくん、とくん、と。
そこには、まだ、温かい、命が、宿っている。
この、命。
この、魂。
その、全てを、使って。
私は、最後の、奇跡を、起こす。
「アリア、何を……!?」
私の、異様な気配に、ゼノヴィアが、気づき、声を上げる。
私は、彼女たちを、振り返らなかった。
ただ、静かに、目を閉じる。
そして、私の、体の中に、まだ、わずかに、残っていた、創生の光を、再び、呼び覚ました。
だが、今度の光は、外へと、広がることはなかった。
それは、私の、体の中を、逆流し、私の、魂の、中心へと、集束していく。
「―――我が、命を、捧げます」
私は、静かに、祈った。
「我が、魂の、全てを、捧げます。だから、どうか……」
私の、体から、生命力が、急速に、失われていくのが、分かった。
髪の色が、輝きを失い、白く、染まっていく。
肌の、血の気が、引き、陶器のように、白くなっていく。
それでも、私は、やめなかった。
「どうか、この人に、もう一度、命の、灯火を」
あなたのいない、世界なんて。
そんなものに、生きている、意味は、ない。
ならば、この、命。
あなたのために、使って、終わる。
それこそが、私の、最高の、幸せ。
私の、体から、溢れ出した、虹色の、光の粒子が、カイザーの、亡骸へと、降り注いでいく。
それは、私の、命そのものの、輝きだった。
「やめろ、アリア! そんなことをすれば、君が……!」
レオンの、悲痛な叫び。
だが、もう、誰にも、私を、止めることは、できなかった。
私の、意識が、薄れ始める。
ああ、これで、終わりか。
でも、不思議と、悔いはなかった。
最後に、もう一度だけ、彼の、顔を、見たい。
私が、そう、願った、その時だった。
私の、左手の薬指。
そこに、はめられた、竜の鱗の指輪が、突如として、強い、強い、黒い光を、放ち始めたのだ。
「―――っ!?」
その光は、私の、命の光とは、全く違う、力強い、竜の、魔力の輝きだった。
黒い光は、私の、体から、命が、流れ出ていくのを、食い止めるように、私の、腕を、包み込む。
そして、同時に、祭壇の上に、横たわる、カイザーの、亡骸へと、流れ込んでいった。
それは、カイザーが、死の、間際に、この指輪に、遺した、最後の、力。
最後の、想い。
『君だけは、必ず守る』
その、誓いが、今、奇跡を、起こそうとしていた。
彼の、力が、私の、暴走を、食い止め。
私の、力が、彼の、失われた、命を、呼び覚ます。
光と、闇。
生と、死。
二つの、相反する、力が、互いを、求め、補い合い、一つの、完璧な、円環を、描いていく。
ドクン、と。
私の、腕の中で。
止まっていたはずの、心臓が、一度だけ、大きく、脈打った。
「……え?」
私は、信じられない、というように、彼の、胸に、手を当てる。
ドクン、ドクン、ドクン。
確かに、聞こえる。
力強く、そして、温かい、命の、鼓動が。
彼の、氷のように、冷たかった、肌に、血の気が、戻ってくる。
その、固く、閉ざされていた、瞼が、かすかに、震えた。
そして。
ゆっくりと、その、黄金の瞳が、私を、映し出した。
「……ア、リア……?」
その、声。
私が、聞きたくて、たまらなかった、その、愛おしい、声。
「……馬鹿な、ことを……するな……」
彼は、掠れた声で、そう言うと、その、まだ、力が入らない、腕で、私の、頬を、そっと、撫でた。
温かい。
「……カイザー、様……」
涙が、溢れてきた。
今度こそ、本物の、嬉し涙。
「カイザー様……! カイザー様……!」
私は、もう、何も言えずに、ただ、彼の、名前を、何度も、何度も、呼び続けた。
そして、彼の、胸に、顔をうずめて、子供のように、泣きじゃくった。
彼は、何も言わずに、ただ、その、大きな手で、私の頭を、優しく、優しく、撫で続けてくれた。
あなたのいない、世界なんて、いらない。
その、私の、身勝手な、願い。
それが、世界を、そして、何よりも、彼自身を、救ったのだと。
この時の、私には、まだ、知る由もなかった。
ただ、腕の中に、戻ってきた、この、温もりだけが、私の、全てだった。
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