この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第10話 玲の悩み相談

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九条雅の意外な一面を見てしまってから、俺の頭の中は奇妙な考えで満たされていた。玲、葵、そして九条。湊もそうかもしれない。この学園の生徒たちは、それぞれが「男」という仮面を被り、本来の自分を押し殺して生きている。それは一体、どれほど窮屈で、息苦しいことなのだろうか。

特に、一番身近にいる玲のことは、どうしても気になってしまう。彼女は完璧な王子様を演じている。成績優秀、品行方正。その振る舞いに、誰もが憧れの眼差しを向ける。だが、その裏側で彼女がどれほどの努力と我慢を重ねているのかを知っているのは、この学園で俺だけだ。毎朝、俺が手伝わなければ巻くことのできないサラシ。時折漏らす、苦しげな息遣い。それらを見るたびに、俺の胸はちくりと痛んだ。

最近、玲の様子が少しおかしいことに気づいた。
授業中、ぼんやりと窓の外を眺めていることが増えた。俺が声をかけると、はっとしたように我に返る。部屋にいる時も、分厚い専門書を開いたまま、じっと一点を見つめて考え込んでいることがあった。そして、俺がいないと思っているのか、深くて長いため息を何度もついている。

何か悩みがあるのは明らかだった。だが、俺からそれを聞くのは躊躇われた。彼女のプライベートに踏み込みすぎる気がしたし、何より彼女自身が、俺に話したくないことかもしれない。俺は、彼女が口を開いてくれるのを待つことにした。

その夜。課題のレポートを終わらせた俺が、ベッドで伸びをしていると、ソファに座って本を読んでいた玲が、静かに本を閉じた。そして、何かを決意したような顔で俺の方を向く。
「祐樹」
「ん? どうした?」
「……少し、いいか」
その声は、いつもより少しだけ硬い。俺はベッドから上半身を起こし、彼女に向き直った。「もちろん」と頷くと、玲は少しだけ視線を泳がせた後、おずおずと口を開いた。

「どうすれば……もっと、男らしくなれるだろうか」

予想外の質問に、俺は一瞬言葉を失った。
「男らしく……って、玲はもう十分、周りからは完璧な王子様に見えてると思うけど」
「形だけだ」
玲は、俺の言葉を遮るように、きっぱりと言った。
「僕の振る舞いは、どこか中性的すぎる。五十嵐や……九条のように、圧倒的な『雄』としての存在感がない」
彼女の口から葵や九条の名前が出たことに、少しだけ驚いた。玲は、彼らのことを意識していたのか。

「五十嵐は、いるだけで周りを明るくする太陽のような力強さがある。九条は、寡黙だが揺るぎない芯の強さを感じる。それに比べて僕は……ただ、綺麗に振る舞っているだけだ。男として見られているのか、不安になる時がある」

玲は、自分の両手を見つめながら、ぽつりぽつりと悩みを打ち明けてくれた。声のトーンはこれでいいのか。歩き方は不自然じゃないか。笑い方は、もっと豪快にした方がいいのか。彼女が、そんな細かいことまで気に病んでいたなんて、俺は全く気づいていなかった。

「このままでは、いつかメッキが剥がれてしまうんじゃないかと……怖いんだ」
か細い声でそう言った玲の瞳は、不安に揺れていた。完璧な王子様の仮面の下で、彼女はずっと一人で戦っていたのだ。俺は、そんな彼女の孤独と健気さに、胸が締め付けられる思いだった。

俺はベッドから降りると、玲が座るソファの前にゆっくりとしゃがみこんだ。そして、不安げに揺れる彼女の紫色の瞳を、まっすぐに見つめる。

「玲」
俺は、できるだけ優しい声で彼女の名前を呼んだ。
「無理に、男らしくなろうとしなくていいんじゃないか」
「……え?」
「葵には葵の、九条には九条の良さがある。それと同じで、玲には玲の良さがあるだろ」

俺は、自分の気持ちを正直に言葉にした。
「玲は、いつも冷静で、頭が良くて、周りのことをよく見てる。それに、すごく優しい。俺が授業で困ってたら、いつも助けてくれるじゃないか」
俺の言葉に、玲の瞳がわずかに見開かれる。
「それに、時々見せる弱いところも……俺は、人間らしくていいと思う。完璧じゃないから、支えてあげたいって思う。……そういうの全部含めて、玲の魅力だよ」

言ってしまってから、少し恥ずかしくなった。男の俺が、男装している女の子に向かって「魅力的だ」なんて、なんだかおかしい。だが、これは俺の本心だった。

「だから、他の誰かになろうとしなくていい。玲は、今の玲のままで、十分すぎるくらい魅力的だよ」

俺がそう言い切ると、玲は虚を突かれたように、しばらくの間、瞬きもせずに俺を見つめていた。そして、次の瞬間。彼女の白い頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。

「…………馬鹿」

玲は、ぼそりとそれだけ呟くと、ぷいっと顔を背けてしまった。その耳まで真っ赤に染まっている。
「……そういうことを、平気で言うな。……勘違い、するだろ」
蚊の鳴くような声で、彼女はそう言った。その声は、怒っているというよりは、照れくささと、そしてほんの少しの嬉しさが混じっているように聞こえた。

俺は立ち上がると、照れ隠しに自分の頭をガシガシと掻いた。
「いや、俺は本気でそう思っただけだから」
「……うるさい」
背を向けたままの玲の肩が、小さく震えている。

しばらく、部屋には気まずいような、それでいて甘いような、不思議な沈黙が流れた。やがて、玲が小さな声で呟く。
「……ありがとう、祐樹」
「ん?」
「少し、楽になった。……君に話して、よかった」
振り返った彼女の表情は、まだ少し赤みが残っていたが、その瞳には先ほどまでの不安の色はなく、澄んだ光が戻っていた。そして、はにかむように、小さく微笑んだ。

その笑顔は、俺が今まで見たどんな玲の笑顔よりも、ずっとずっと可愛らしくて。俺は、自分の心臓が大きく音を立てるのを感じながら、ただ彼女から目を離すことができなかった。
完璧な王子様でも、無理に男らしく振る舞う姿でもない。ただの橘玲としての、素直な笑顔。それこそが、彼女の一番の魅力なのかもしれない。
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