隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

文字の大きさ
21 / 97

第21話 夏の予兆、あるいは嵐を呼ぶ少女

しおりを挟む
雪城冬花への恋心を自覚してから、俺の世界は少しだけ色鮮やかになった気がする。
今までモノクロだった日常に、淡い色が塗り重ねられていくような、そんな感覚。隣に座る彼女の横顔を盗み見るたびに、教科書をめくる白い指先に目を奪われるたびに、俺の心臓は律儀に、そして甘やかに音を立てる。
この感情の名前を知ってしまった俺は、もはや以前の俺ではいられなかった。

朝の登校風景も、微妙に変化した。
家の前で待つ彼女の姿を見るだけで、胸が高鳴る。
「おはよう、雪城さん」
「おはようございます、優斗さん」
交わされる挨拶は今までと同じ。だが、その言葉に込められた熱量は、全く違うものになっていた。俺は、彼女に気づかれないように、必死で平静を装う。
だが、彼女は鋭かった。
「どうかなさいましたか? 心拍数が、平常時よりも15%ほど上昇していますが」
「気のせいだ!」
慌てて誤魔化す俺を見て、彼女は小さく首を傾げる。その仕草一つにすら、俺の心拍数はさらに跳ね上がるのだから、もはやどうしようもない。

教室での関係も、少しずつだが変わってきていた。
俺たちは、相変わらず公の場では必要最低限の会話しかしない。だが、休み時間に交わされるノートの切れ端での筆談は、以前よりも頻度を増していた。
『今日の授業、少し眠そうでしたね。昨夜、また夜更かしをしましたか?』
『うるさい。お前のスタンプ爆撃のせいだろ』
『光栄です。あなたの夜を支配できて』
そんな、他愛のないやり取り。クールな彼女が描く、へたくそなペンギンのイラスト。その全てが、俺と彼女だけの秘密を積み重ねていくようで、くすぐったくて、たまらなく嬉しかった。
周囲のクラスメイトたちも、俺たちの関係を『公然の秘密』として受け入れ始めている。時折、好奇の視線を向けられることはあるが、以前のような敵意や嫉妬は薄れていた。
平穏。
そう、彼女が俺の日常を侵食し始めた頃には考えられなかった、穏やかな時間が流れていた。
このまま、何も変わらずに、ゆっくりと彼女との距離を縮めていけたら。そんな淡い期待を、俺は抱き始めていた。

だが、そんな俺の甘い考えは、ある日のホームルームで、唐突に終わりを告げた。

「えー、連絡事項だ。来月、恒例の校内球技大会が行われることになった」
担任のタナチューの気の抜けた一言に、教室が一気に沸き立った。
「よっしゃー!」
「今年はなんの種目だろうな?」
「バスケがいい!」「いや、サッカーだろ!」
クラス中が、年に一度のビッグイベントに色めき立つ。俺も、こういう行事は嫌いではない。陽平あたりと適当にチームを組んで、それなりに楽しむのがいつものパターンだ。
「種目は、クラス対抗の男女混合ドッジボールだそうだ。チーム分けは、今から決めるから、静かにしろー」
ドッジボールか。一番無難で、誰もが参加しやすい種目だ。
タナチューが黒板にクラス名簿を書き出し、チーム分けが始まった。くじ引きではなく、自主的にグループを作る形式らしい。
「優斗、俺らで組むぞ!」
早速、陽平が声をかけてくる。
「おう」
俺が頷くと、自然と数人の男子が集まってくる。いつもつるんでいる、気心の知れたメンバーだ。
俺はちらりと、隣の雪城さんに視線を送った。彼女は、クラスの喧騒などまるで意に介さず、静かに文庫本を読んでいる。彼女はどうするのだろうか。あの完璧な運動神経があれば、どのチームも欲しがるだろうが、彼女のあの性格だ。誰とも組まず、一人棄権する、なんてこともあり得るかもしれない。
もしそうなら、俺たちのチームに誘うべきか? いや、でも、俺から誘うなんて……。
俺が一人で葛藤している、その時だった。

「あの、相沢くん!」

不意に、明るく、鈴を転がすような声が俺の名前を呼んだ。
俺だけでなく、クラス中の視線が、その声の主へと一斉に集まる。
そこに立っていたのは、天宮夏帆(あまみや かほ)さんだった。
ウェーブのかかった栗色の髪をポニーテールに揺らし、大きな瞳はキラキラと輝いている。その屈託のない笑顔は、まるで太陽そのもの。誰にでも分け隔てなく優しく、明るい性格で、クラスの男子生徒からの人気を一身に集める、正真正銘のクラスのアイドルだ。
今まで、俺がまともに話したことなんて、一度もなかった。住む世界が違いすぎる。
そんな彼女が、なぜ俺に?
俺が混乱していると、天宮さんは少し頬を赤らめながら、にっこりと微笑んだ。

「よかったら、私と同じチームになってくれないかな?」

シン、と教室が静まり返った。
全ての音が消え、ただ、天宮さんの言葉だけが教室に響き渡る。
なんだ、これは。どういう状況だ?
クラスのアイドルが、なぜ俺を?
男子たちからは「嘘だろ!?」「なんで相沢が!?」という、嫉妬と驚愕の視線が突き刺さる。女子たちも「え、夏帆どうしたの?」と困惑している。陽平ですら、口をあんぐりと開けて固まっていた。
俺は、突然の出来事に頭が真っ白になり、何も言えずにただ彼女を見つめることしかできなかった。
「ダメ、かな……?」
俺が黙り込んでいるのを見て、天宮さんが不安そうに眉を下げる。その表情すら、庇護欲をそそるほどに可愛い。
「い、いや、ダメとかじゃなくて……なんで、俺?」
かろうじて絞り出した声は、ひどく間抜けに響いた。
すると、天宮さんは少し恥ずかしそうに指をいじりながら言った。
「だって、相沢くん、優しいから。それに、前に私が日直で重い荷物運んでた時、手伝ってくれたでしょ? あの時、すごく嬉しかったんだ」
そんなことがあっただろうか。俺の記憶には全くない。きっと、俺が無意識に、お人好しを発揮してしまっただけだろう。
だが、彼女はずっと覚えていてくれたらしい。
「だから、一緒のチームで頑張りたいなって。お願い!」
そう言って、彼女は俺の前で、ぱん、と可愛らしく両手を合わせた。
太陽のような笑顔。裏表のない、純粋な好意。
こんなものを真正面からぶつけられて、断れる男子高校生がいるだろうか。いや、いない。
俺は、その勢いに完全に気圧されてしまっていた。
「あ、ああ……うん。よろしく、お願いします……」
曖昧に頷いてしまった俺は、すぐに後悔することになる。

ふと、背筋に悪寒が走った。
尋常ではない、冷気。
俺は恐る恐る、その発生源である隣の席へと視線を向けた。
雪城冬花は、相変わらず文庫本に目を落としている。表情一つ変えず、静かに座っているだけだ。
だが、俺には分かった。
彼女の周りの空気だけが、明らかに凍てついている。気温が、物理的に数度下がったのではないかと錯覚するほどの、絶対零度のオーラ。
ページをめくる指先は、ぴくりとも動いていない。本を読んでいるフリをしているだけで、その意識は全て、俺と天宮さんのやり取りに集中している。
彼女の纏う、静かな、しかしマグマのように熱い怒りの気配を、俺の肌は敏感に感じ取っていた。

やばい。
これは、非常に、やばい。
地雷を踏んだ。それも、とびきり巨大なやつを。
天宮さんの明るさにタジタジになる俺と、それを絶対零度の視線で見つめる未来の嫁(自称)。
俺の平穏な日常に、夏の嵐が近づいている。
その嵐の中心で、俺はただ、冷や汗を流しながら立ち尽くすことしかできなかった。
こうして、俺と彼女の絆を試す、最初の試練の幕が、静かに上がったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった! ……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。 なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ! 秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。 「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」 クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない! 秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編2が完結しました!(2025.9.15)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺のモテない学園生活を妹と変えていく!? ―妹との二人三脚で俺はリア充になる!―

小春かぜね
恋愛
俺ではフツメンだと感じているが、スクールカースト底辺の生活を過ごしている。 俺の学園は恋愛行為に厳しい縛りは無いので、陽キャラたちは楽しい学園生活を過ごしているが、俺には女性の親友すらいない…… 異性との関係を強く望む学園(高校生)生活。 俺は彼女を作る為に、学年の女子生徒たちに好意の声掛けをするが、全く相手にされない上、余りにも声掛けをし過ぎたので、俺は要注意人物扱いされてしまう。 当然、幼なじみなんて俺には居ない…… 俺の身近な女性と言えば妹(虹心)はいるが、その妹からも俺は毛嫌いされている! 妹が俺を毛嫌いし始めたのは、有る日突然からで有ったが、俺にはその理由がとある出来事まで分からなかった……

俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。

甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。 平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは── 学園一の美少女・黒瀬葵。 なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。 冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。 最初はただの勘違いだったはずの関係。 けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。 ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、 焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...