隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第22話 絶対零度の視線、あるいは二つの太陽と氷

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天宮夏帆さんの「お願い!」という一言が、まるでスターターピストルのように教室の空気を変えてしまった。
俺が曖昧に頷いたのを肯定と受け取った彼女は、「やったあ! よろしくね、相沢くん!」と、花が咲くような笑顔を見せた。その瞬間、クラスの男子生徒の半分から、怨嗟のため息と、俺に対する明確な殺意が放たれたのを肌で感じた。
「じゃあ、あと女子二人と、男子三人集めなきゃね! 私、声かけてくる!」
天宮さんはそう言うと、くるりと踵を返し、早速友人たちの元へと駆け寄っていった。その行動力、そのコミュ力。まさに太陽。俺のような日陰のきのことは、生態系の根本から違う生き物だ。
彼女が去った後、俺の周りには陽平を始めとする、いつものメンバーが呆然と立ち尽くしていた。
「……おい、優斗」
陽平が、まるで信じられないものを見るような目で俺に話しかけてくる。
「お前、いつの間に天宮さんまで攻略してたんだ? 未来の嫁がいるってのに、浮気か? この甲斐性なし!」
「違う! 攻略も浮気もしてない! 俺だって何がなんだか分かんないんだよ!」
「まあ、相沢の人畜無害そうなところが、逆に母性本能をくすぐったのかもな……」
別の友人が、妙に納得したように頷いている。人畜無害とは心外だが、今はそれに反論する気力もなかった。
なぜなら、俺の全神経は、ただ一点に集中していたからだ。
背後。隣の席。
そこから放たれる、物理法則を無視したかのような、圧倒的な冷気。
俺は、まるで錆びついたブリキ人形のように、ぎぎぎ、と音を立てて振り返った。

雪城冬花は、やはり、完璧なポーカーフェイスで文庫本を読んでいた。
表情は、動いていない。姿勢も、崩れていない。
だが、違う。何かが、決定的に違う。
彼女が手にしている文庫本のページが、ぴくりともめくれていない。さっきからずっと同じページを開いたままだ。
そして、その本を支える白い指先が、微かに、本当に微かに、震えている。
彼女の周りの空間だけが、まるで蜃気楼のように歪んでいるように見えるのは、きっと俺の気のせいではない。教室の喧騒も、タナチューの間の抜けた声も、彼女の聖域には届いていない。そこは、静寂と、氷点下の怒りだけで構成された、絶対不可侵の領域だった。
その領域の中心から放たれる、絶対零度の視線。それは俺を直接見てはいない。見てはいないのに、俺の全身の細胞が、その視線を敏感に感じ取って悲鳴を上げていた。
『なぜ、他の雌の誘いを受けたのですか』
『未来の私という存在がありながら、なぜ他の女と馴れ合うのですか』
『説明を求めます。言い訳は聞きません。未来のあなたが構築した幸福な家庭生活を、あなた自身が破壊するおつもりですか』
声にはなっていない。だが、俺の脳内には、彼女の冷たい詰問が、直接響いてくるようだった。

「ひゃー、こりゃやべえな」
いつの間にか隣に来ていた陽平が、俺の耳元で囁いた。
「おい、優斗。後ろ見てみろ。雪城さん、オーラが実体化しかけてるぞ。ドラゴンボールの世界かよ」
「見てるから言うな! どうしたらいいんだよ、これ!」
「知るか! お前が撒いた種だろ! 責任もって嵐の中で踊ってこい!」
この親友は、やはり頼りにならない。特等席でポップコーンでも食べる気満々だ。
俺がどうすることもできずに固まっていると、天宮さんが再び俺たちの元へやってきた。
「メンバー、決まったよ! このメンバーで頑張ろうね!」
彼女の周りには、クラスでも明るく人気のある男女が集まっている。その誰もが、俺を見て「なんで相沢が?」という顔をしていたが、太陽のような天宮さんの前では、それを口に出す者はいなかった。
「あ、そうだ! チームの士気を高めるために、円陣組まない?」
天宮さんの無邪気な提案に、チームメンバーたちは「おお、いいね!」と盛り上がる。
「さあ、相沢くんも!」
ぐいっ、と天宮さんに腕を引かれ、俺はなすすべもなく円陣の中心へと引きずり込まれた。
まずい。まずいまずいまずい。
背後の氷山が、いつ噴火してもおかしくない。いや、氷山は噴火しない。だが、今の彼女なら、あるいは。
「いくよー! チーム天宮、がんばるぞー!」
「「「おー!」」」
俺以外の全員が、元気よく拳を突き上げる。俺はただ、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
背後で、ピシッ、と何かが凍てつく音が聞こえた気がした。

ようやくホームルームが終わり、解放のチャイムが鳴り響く。
俺はすぐさま雪城さんの方を向いた。何か、何か言わなければ。弁明を。これは不可抗力だったのだと。
「あの、雪城さん、さっきのは――」
俺が口を開いたのと、彼女が立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
彼女は、俺の方を見ようともしなかった。
一言も、発さなかった。
ただ、いつもよりもコンマ数秒速い、滑るような動きで帰り支度を済ませると、カツン、とヒールを一度だけ鳴らし、足早に教室を出て行ってしまった。
その背中は、今まで見た中で、最も冷たく、最も雄弁に『怒り』を物語っていた。
後に残されたのは、彼女の残り香である、冷たくて甘い石鹸の匂いと、絶望に打ちひしがれる俺だけだった。

「……終わった」
俺は力なく、椅子に崩れ落ちた。
陽平が、同情するような、それでいて面白がるような顔で、俺の肩を叩いた。
「ドンマイ。まあ、今日の夜は長いぞ。スマホの通知、オフにしとくことだな。健闘を祈る」
その言葉は、まるで死刑宣告のように、俺の心に重く響いた。
天宮夏帆という、もう一つの太陽。その存在は、俺と雪城冬花という、いびつな惑星直列に、予測不能な重力異常をもたらした。
これから始まる球技大会の練習、そして本番。
俺は、二つの太陽と、絶対零度の氷河期の間で、生き延びることができるのだろうか。
答えは、誰にも分からなかった。ただ、これから始まる波乱の夏を予感させる、生暖かい風が、教室の窓から吹き込んできていた。
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