追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ

文字の大きさ
91 / 100

第91話:エリスの目覚め、失われた記憶の扉

しおりを挟む
季節は再び巡り、アーク領には豊かな実りの秋が訪れていた。アーク砦は完全に機能し、領地は安定した発展を続けている。王国からの大規模な調査団(討伐軍)派遣の動きは、王都での「黒い船」騒動や内部対立の影響で遅延しているらしく、辺境には束の間の、しかし張り詰めた静けさが続いていた。

俺は領主としての執務――農業指導、技術開発の監督、近隣村との交渉、そして防衛体制の維持――に追われる傍ら、時間を見つけては眠り続けるエリスの元を訪れ、語りかけを続けていた。彼女の指が微かに動いたあの日から、俺の中には確かな希望が灯っていたのだ。

その日も、俺はエリスが眠る部屋で、最近解読が進んだ石版の内容を読み聞かせていた。それは、アストラル研究所が観測していたという、謎の「来訪者」に関する記述だった。

「…『来訪者』の飛翔体は、我々の文明の物理法則を無視するかのような機動を見せた。材質も解析不能。彼らは星の海から来たのか、あるいは異なる次元からの干渉なのか…我々は彼らとの接触を試みたが、一切の応答はなかった。彼らの目的は不明だが、その出現は、我々の研究…特に第3ゲート計画に、何らかの影響を与えている可能性が…」

俺がそこまで読み上げた時だった。

これまで穏やかな寝息を立てているだけだったエリスの体が、ピクリと微かに震えた。そして、固く閉じられていたその瞼が、ゆっくりと、本当にゆっくりと、動き始めたのだ。

「エリス…!?」

俺は息を呑んだ。隣でエリスの髪を梳いていたシルフィも、様子を見に来ていたレナも、驚きに目を見開いて、固唾を飲んで見守っている。

長い、数千年にも及ぶ眠りから覚めるかのように、エリスのまつ毛が震え、そしてついに、その瑠璃色の瞳が完全に開かれた。深い湖の底のような、どこまでも澄んだ青。そこには、長い眠りから覚めたばかりの深い戸惑いと、そして、遥かな時を見つめてきたかのような、不思議な叡智の光が宿っていた。

彼女は、ゆっくりと体を起こした。まだ力が入らないのか、その動きはか弱い。そして、きょろきょろと周囲を見回した。見慣れない部屋、見慣れない衣服(シルフィが用意したものだ)、そして、見慣れない俺たちの顔。

「……ここは……?」
掠れた、しかし凛とした声が、静かな部屋に響いた。

「エリス! 目が覚めたんだね!」シルフィが、涙ぐみながら駆け寄ろうとする。
「おい! 大丈夫か!?」レナも心配そうに声をかける。

だが、エリスは依然として混乱している様子で、俺たちを警戒するように見つめている。
「あなたたちは…誰…? 私は…どうしてここに…?」

「エリス、落ち着いて。俺たちは敵じゃない」俺は、以前と同じように、穏やかに語りかけた。「俺はカイト。君をあの遺跡で見つけ、保護したんだ。君は、とても長い間、眠っていたんだよ」

「長い間…眠って…?」エリスは自分の手を見つめ、記憶を探るように眉をひそめる。「私は…エリス…それは、分かる…でも、それだけ…それ以外、何も…思い出せない…」
彼女の声は、不安と心細さで震えていた。数千年の眠りは、彼女から名前以外のほとんど全ての記憶を奪い去ってしまったらしい。

「思い出せない…私が誰なのか、どうして眠っていたのか…何も…分からない…ごめんなさい…」
大きな瑠璃色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。シルフィが慌てて駆け寄り、優しくその背中を撫でた。

俺も、彼女の記憶喪失という現実に心を痛めた。覚醒すれば、遺跡の謎が一気に解明されるかもしれないと期待していたが、現実はそう甘くはなかった。

しかし、その時、エリスは涙を拭いながら、まっすぐに俺の顔を見つめてきた。そして、おずおずと、しかし確かな口調で言ったのだ。
「でも……」
「?」
「あなただけは…カイト、あなただけは…なぜか、とても懐かしい気がするんです。初めて会ったはずなのに…ずっと前から知っているような…。そして、信じられる、って…心の奥で、そう声がするんです…」
彼女は、そう言うと、無意識のうちに、俺の手にそっと自分の手を重ねてきた。その手は少し冷たかったが、確かな温もりが伝わってきた。

(俺に…懐かしい感じ…? やはり、俺のスキルと何か関係が…?)

理由は分からない。だが、彼女が俺に対して、特別な親近感と信頼感を抱いているのは確かなようだ。それは、今後の関係において、大きな意味を持つかもしれない。

「そうか…。ありがとう、エリス。俺も、君を信じている」俺は、彼女の手を優しく握り返した。

エリスが完全に目覚めた。それは、アーク領にとって、そして俺たちの物語にとって、計り知れないほど大きな出来事だった。失われた記憶という大きな謎を抱えながらも、彼女はこれから、この領地で新たな生活を始めることになる。

シルフィとレナも、記憶のないエリスを、まるで新しい妹を迎えるかのように、温かく、そして少しぎこちなく受け入れようとしていた。保護者と被保護者という関係から、より複雑で、より深い、四人の新たな関係性が、今、始まろうとしている。

エリスの覚醒は、遺跡の謎解明への大きな一歩となるだろう。だが、同時に、彼女自身の存在が、領地に、そして世界に、どのような波紋を投げかけるのか、それはまだ誰にも予測できない。

俺は、目の前で少しずつ落ち着きを取り戻していく古代の少女を見つめながら、決意を新たにする。彼女を守り、失われた記憶を取り戻す手助けをする。そして、彼女と共に、この辺境の未来を切り開いていくのだと。

第五章のクライマックスへ向けて、物語は再び、大きく加速し始めていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

A級パーティーを追放された黒魔導士、拾ってくれた低級パーティーを成功へと導く~この男、魔力は極小だが戦闘勘が異次元の鋭さだった~

名無し
ファンタジー
「モンド、ここから消えろ。てめえはもうパーティーに必要ねえ!」 「……え? ゴート、理由だけでも聴かせてくれ」 「黒魔導士のくせに魔力がゴミクズだからだ!」 「確かに俺の魔力はゴミ同然だが、その分を戦闘勘の鋭さで補ってきたつもりだ。それで何度も助けてやったことを忘れたのか……?」 「うるせえ、とっとと消えろ! あと、お前について悪い噂も流しておいてやったからな。役立たずの寄生虫ってよ!」 「くっ……」  問答無用でA級パーティーを追放されてしまったモンド。  彼は極小の魔力しか持たない黒魔導士だったが、持ち前の戦闘勘によってパーティーを支えてきた。しかし、地味であるがゆえに貢献を認められることは最後までなかった。  さらに悪い噂を流されたことで、冒険者としての道を諦めかけたモンドだったが、悪評高い最下級パーティーに拾われ、彼らを成功に導くことで自分の居場所や高い名声を得るようになっていく。 「魔力は低かったが、あの動きは只者ではなかった! 寄生虫なんて呼ばれてたのが信じられん……」 「地味に見えるけど、やってることはどう考えても尋常じゃなかった。こんな達人を追放するとかありえねえだろ……」 「方向性は意外ですが、これほどまでに優れた黒魔導士がいるとは……」  拾われたパーティーでその高い能力を絶賛されるモンド。  これは、様々な事情を抱える低級パーティーを、最高の戦闘勘を持つモンドが成功に導いていく物語である……。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

外れスキル【削除&復元】が実は最強でした~色んなものを消して相手に押し付けたり自分のものにしたりする能力を得た少年の成り上がり~

名無し
ファンタジー
 突如パーティーから追放されてしまった主人公のカイン。彼のスキルは【削除&復元】といって、荷物係しかできない無能だと思われていたのだ。独りぼっちとなったカインは、ギルドで仲間を募るも意地悪な男にバカにされてしまうが、それがきっかけで頭痛や相手のスキルさえも削除できる力があると知る。カインは一流冒険者として名を馳せるという夢をかなえるべく、色んなものを削除、復元して自分ものにしていき、またたく間に最強の冒険者へと駆け上がっていくのだった……。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト
ファンタジー
平民令嬢セリア・アルノートは、聖女召喚の儀式に巻き込まれ異世界へと呼ばれる。 しかし魔力ゼロと判定された彼女は、元婚約者にも見捨てられ、理由も告げられぬまま夜の森へ追放された。 行き場を失った境界の森で、セリアは妖精ルゥシェと出会い、「生きたいか」という問いに答えた瞬間、対等な妖精契約を結ぶ。 人間に捨てられた少女は、妖精に選ばれたことで、世界の均衡を揺るがす存在となっていく。

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

名無し
ファンタジー
回復術師ピッケルは、20歳の誕生日、パーティーリーダーの部屋に呼び出されると追放を言い渡された。みぐるみを剥がされ、泣く泣く部屋をあとにするピッケル。しかし、この時点では仲間はもちろん本人さえも知らなかった。ピッケルの回復術師としての能力は、想像を遥かに超えるものだと。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

処理中です...