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第十話 死闘への渇望
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オークの集落を後にした俺の足取りは、決して軽いものではなかった。
オークジェネラル・グルバッシュ。確かに、ゴブリンリーダーなどとは比べ物にならない強敵だった。その膂力は脅威であり、戦斧の一撃はかすめれば致命傷になっただろう。
確かな手応えはあった。戦術を組み立て、相手の隙を突き、全力を以て叩き潰す。その過程には、ほんのわずかな興奮もあった。
だが、それだけだ。
魂が震えるような感覚は、ついぞ訪れなかった。死の淵を覗き込み、生きる実感を得るような極限状態には程遠い。
あれは「戦闘」ではあっても「死闘」ではなかった。
俺の渇きは、満たされるどころか、より一層激しくなっている。まるで、乾いた砂漠に一滴の水を垂らしたかのように。
森を抜け、街道に戻る。
夕暮れの赤い光が、俺の影を長く伸ばしていた。
俺は歩きながら、自らの内なる力について考えていた。スキル【闘神】。格上と戦うことで真価を発揮する、俺だけの力。
だが、発動しない。
ゴブリンリーダーも、オークジェネラルも、このスキルは「格下」だと判断した。
俺の基準が狂っているのか、それとも、この世界の底が浅いのか。
このままでは駄目だ。
Eランク、Dランクの依頼を地道にこなしたところで、俺が求める領域には永遠に辿り着けないだろう。ゴブリンを百匹狩ろうが、オークを十体倒そうが、それはただの作業でしかなく、俺を本当の意味で強くはしない。
焦りが、胸の内側を静かに焼いていた。
スタートニアの街に戻った頃には、日は完全に落ちていた。
俺はまっすぐギルドへ向かった。扉を開けると、昨日と同じように酒と喧騒が俺を出迎える。
俺の姿を認めた冒険者たちが、一瞬動きを止めた。
特に、俺がオーク討伐の依頼を単独で受けたことを知っている者たちは、生きて帰ってきた俺を見て、驚愕の表情を浮かべている。
俺はそんな視線を意に介さず、カウンターへと進んだ。
例の受付嬢が、俺の姿を見て目を丸くする。
「ジ、ジンさん! ご無事だったのですね! よかった……」
彼女は心底安堵したように胸を撫で下ろした。
俺は無言で、麻袋からオークジェネラルの巨大な耳を取り出し、カウンターの上に置いた。
それは、ゴブリンの耳とは比較にならないほどの大きさと、禍々しい存在感を放っている。
ドサッ、という鈍い音。
その音に、ギルド中の視線がカウンターへと集中した。
「そ、それは……まさか……」
受付嬢の声が震える。
近くで酒を飲んでいたベテラン冒...
...冒険者が、グラスを片手に立ち上がった。
「おい、嘘だろ……オークジェネラルの耳じゃねえか……」
その一言が、静寂を破る号砲となった。
「マジかよ!」「一人でジェネラルを狩ったっていうのか!」「馬鹿な、あれはBランクパーティでも苦戦する相手だぞ!」
昨日を遥かに上回る衝撃と喧騒が、ギルドを飲み込んでいく。
俺はただ、黙って立っていた。
この程度のことで騒ぐのか。この街のレベルは、所詮こんなものなのか。
失望にも似た感情が、胸をよぎる。
すぐに、カウンターの奥からバルガスが現れた。
彼はジェネラルの耳を一瞥し、そして俺の顔を、まるで何かを見透かすようにじっと見つめた。
「……怪我一つない、か。小僧、お前、一体何者だ」
その問いには答えず、俺は逆に問い返した。
「これが、この街で受けられる一番強い依頼か」
俺の言葉に、バルガスはわずかに眉をひそめた。
彼は周囲の喧騒を手で制し、静かになったギルドで俺と向き合う。
「お前、満足していないのか。オークジェネラルを単独で討伐するという、普通なら一生自慢できるほどの功績を上げながら」
「満足? 何にだ」
俺は心底不思議に思って聞き返した。
「あれはただの猪突猛進な豚だ。少し力が強いだけのな。あんなもので満足できるなら、わざわざ村を出てなどいない」
俺の言葉に、ギルド内が再び凍りついた。
オークジェネラルを、ただの豚と断じる。それは、彼らの常識を遥かに超えた冒涜であり、理解不能な傲慢さだった。
だが、バルガスだけは違った。
彼は怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに俺を見つめていた。その目に宿るのは、ある種の納得と、そして憐憫の色だった。
「……そうか。お前の渇きは、そういう類のものか」
バルガスは深く息を吐くと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「強さを求めすぎた者は、時に人ならざる領域に足を踏み入れる。お前は、そちら側の人間なのかもしれんな」
彼はカウンターに肘をつき、低い声で言った。
「ジン。お前ほどの腕があれば、この街で王様のように暮らすこともできるだろう。だが、お前はそれを望んではいない。違うか」
「当たり前だ」
「ならば教えてやろう。この世界は、お前が思っているよりずっと広く、そして深い。このスタートニアなぞ、大陸の辺境にあるただの中継地点にすぎん。王都へ行け。魔境と呼ばれるダンジョンへ行け。そこには、お前が求める『本物』がいるかもしれん」
王都。魔境。ダンジョン。
その言葉は、俺の渇いた心に染み渡った。
そうだ。俺が戦うべき場所は、こんな田舎町ではない。
「……だが、今のままのお前では、いずれ死ぬぞ」
バルガスは釘を刺すように言った。
「お前は強い。だが、経験が足りなすぎる。本当の死線というものを、まだ知らない。焦るな。力を過信するな。一歩ずつ、着実に上ってこい」
それは、元Sランク冒険者からの、真摯な忠告だった。
俺は黙ってその言葉を受け止めた。
バルガスは受付嬢に顎で合図する。
「こいつのランクをDに上げろ。報酬も規定の最高額で払ってやれ。これだけの獲物だ、文句を言う奴はいないだろう」
再びの特例昇格。
だが、俺の心はもはやランクなどにはなかった。
俺の意識は、バルガスの言った「本物」たちがいるであろう、まだ見ぬ場所へと飛んでいた。
大量の金貨が詰まった袋を受け取り、俺はギルドを後にした。
背中に突き刺さる畏怖の視線が、心地よかった。
その夜、俺は宿の部屋で一人、己のステータスを開いていた。
【名前】ジン
【レベル】9
【称号】森の主殺し、オークスレイヤー
【体力】580/580
【魔力】150/150
【筋力】265
【耐久】241
【敏捷】255
【器用】130
【魔力】65
【スキル】
・ユニークスキル:【闘神】
・コモンスキル:なし
オークジェネラルとの戦いで、レベルもステータスも大幅に上昇していた。
確かに、俺は強くなっている。物理的には。
だが、心の中心にある渇きは、少しも癒えていない。むしろ、強くなればなるほど、より強い刺激を求めて、その渇きは増していくようだった。
このままではいけない。
現状を打破する、何かが必要だ。
ただ依頼をこなすだけではない、何か。
俺は窓の外に広がる、満天の星空を見上げた。
あの星々の下に、俺の魂を燃やし尽くしてくれるほどの強敵は、本当にいるのだろうか。
会いたい。戦いたい。
その一心だけが、俺を突き動かす原動力だった。
俺はまだ知らない。
その渇望が、新たな出会いを引き寄せようとしていることを。
そして、その出会いが、俺の孤独な戦いを根底から変えていくことになるということを。
今はただ、次なる戦場を求め、俺は静かに牙を研ぎ続けるだけだった。
オークジェネラル・グルバッシュ。確かに、ゴブリンリーダーなどとは比べ物にならない強敵だった。その膂力は脅威であり、戦斧の一撃はかすめれば致命傷になっただろう。
確かな手応えはあった。戦術を組み立て、相手の隙を突き、全力を以て叩き潰す。その過程には、ほんのわずかな興奮もあった。
だが、それだけだ。
魂が震えるような感覚は、ついぞ訪れなかった。死の淵を覗き込み、生きる実感を得るような極限状態には程遠い。
あれは「戦闘」ではあっても「死闘」ではなかった。
俺の渇きは、満たされるどころか、より一層激しくなっている。まるで、乾いた砂漠に一滴の水を垂らしたかのように。
森を抜け、街道に戻る。
夕暮れの赤い光が、俺の影を長く伸ばしていた。
俺は歩きながら、自らの内なる力について考えていた。スキル【闘神】。格上と戦うことで真価を発揮する、俺だけの力。
だが、発動しない。
ゴブリンリーダーも、オークジェネラルも、このスキルは「格下」だと判断した。
俺の基準が狂っているのか、それとも、この世界の底が浅いのか。
このままでは駄目だ。
Eランク、Dランクの依頼を地道にこなしたところで、俺が求める領域には永遠に辿り着けないだろう。ゴブリンを百匹狩ろうが、オークを十体倒そうが、それはただの作業でしかなく、俺を本当の意味で強くはしない。
焦りが、胸の内側を静かに焼いていた。
スタートニアの街に戻った頃には、日は完全に落ちていた。
俺はまっすぐギルドへ向かった。扉を開けると、昨日と同じように酒と喧騒が俺を出迎える。
俺の姿を認めた冒険者たちが、一瞬動きを止めた。
特に、俺がオーク討伐の依頼を単独で受けたことを知っている者たちは、生きて帰ってきた俺を見て、驚愕の表情を浮かべている。
俺はそんな視線を意に介さず、カウンターへと進んだ。
例の受付嬢が、俺の姿を見て目を丸くする。
「ジ、ジンさん! ご無事だったのですね! よかった……」
彼女は心底安堵したように胸を撫で下ろした。
俺は無言で、麻袋からオークジェネラルの巨大な耳を取り出し、カウンターの上に置いた。
それは、ゴブリンの耳とは比較にならないほどの大きさと、禍々しい存在感を放っている。
ドサッ、という鈍い音。
その音に、ギルド中の視線がカウンターへと集中した。
「そ、それは……まさか……」
受付嬢の声が震える。
近くで酒を飲んでいたベテラン冒...
...冒険者が、グラスを片手に立ち上がった。
「おい、嘘だろ……オークジェネラルの耳じゃねえか……」
その一言が、静寂を破る号砲となった。
「マジかよ!」「一人でジェネラルを狩ったっていうのか!」「馬鹿な、あれはBランクパーティでも苦戦する相手だぞ!」
昨日を遥かに上回る衝撃と喧騒が、ギルドを飲み込んでいく。
俺はただ、黙って立っていた。
この程度のことで騒ぐのか。この街のレベルは、所詮こんなものなのか。
失望にも似た感情が、胸をよぎる。
すぐに、カウンターの奥からバルガスが現れた。
彼はジェネラルの耳を一瞥し、そして俺の顔を、まるで何かを見透かすようにじっと見つめた。
「……怪我一つない、か。小僧、お前、一体何者だ」
その問いには答えず、俺は逆に問い返した。
「これが、この街で受けられる一番強い依頼か」
俺の言葉に、バルガスはわずかに眉をひそめた。
彼は周囲の喧騒を手で制し、静かになったギルドで俺と向き合う。
「お前、満足していないのか。オークジェネラルを単独で討伐するという、普通なら一生自慢できるほどの功績を上げながら」
「満足? 何にだ」
俺は心底不思議に思って聞き返した。
「あれはただの猪突猛進な豚だ。少し力が強いだけのな。あんなもので満足できるなら、わざわざ村を出てなどいない」
俺の言葉に、ギルド内が再び凍りついた。
オークジェネラルを、ただの豚と断じる。それは、彼らの常識を遥かに超えた冒涜であり、理解不能な傲慢さだった。
だが、バルガスだけは違った。
彼は怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに俺を見つめていた。その目に宿るのは、ある種の納得と、そして憐憫の色だった。
「……そうか。お前の渇きは、そういう類のものか」
バルガスは深く息を吐くと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「強さを求めすぎた者は、時に人ならざる領域に足を踏み入れる。お前は、そちら側の人間なのかもしれんな」
彼はカウンターに肘をつき、低い声で言った。
「ジン。お前ほどの腕があれば、この街で王様のように暮らすこともできるだろう。だが、お前はそれを望んではいない。違うか」
「当たり前だ」
「ならば教えてやろう。この世界は、お前が思っているよりずっと広く、そして深い。このスタートニアなぞ、大陸の辺境にあるただの中継地点にすぎん。王都へ行け。魔境と呼ばれるダンジョンへ行け。そこには、お前が求める『本物』がいるかもしれん」
王都。魔境。ダンジョン。
その言葉は、俺の渇いた心に染み渡った。
そうだ。俺が戦うべき場所は、こんな田舎町ではない。
「……だが、今のままのお前では、いずれ死ぬぞ」
バルガスは釘を刺すように言った。
「お前は強い。だが、経験が足りなすぎる。本当の死線というものを、まだ知らない。焦るな。力を過信するな。一歩ずつ、着実に上ってこい」
それは、元Sランク冒険者からの、真摯な忠告だった。
俺は黙ってその言葉を受け止めた。
バルガスは受付嬢に顎で合図する。
「こいつのランクをDに上げろ。報酬も規定の最高額で払ってやれ。これだけの獲物だ、文句を言う奴はいないだろう」
再びの特例昇格。
だが、俺の心はもはやランクなどにはなかった。
俺の意識は、バルガスの言った「本物」たちがいるであろう、まだ見ぬ場所へと飛んでいた。
大量の金貨が詰まった袋を受け取り、俺はギルドを後にした。
背中に突き刺さる畏怖の視線が、心地よかった。
その夜、俺は宿の部屋で一人、己のステータスを開いていた。
【名前】ジン
【レベル】9
【称号】森の主殺し、オークスレイヤー
【体力】580/580
【魔力】150/150
【筋力】265
【耐久】241
【敏捷】255
【器用】130
【魔力】65
【スキル】
・ユニークスキル:【闘神】
・コモンスキル:なし
オークジェネラルとの戦いで、レベルもステータスも大幅に上昇していた。
確かに、俺は強くなっている。物理的には。
だが、心の中心にある渇きは、少しも癒えていない。むしろ、強くなればなるほど、より強い刺激を求めて、その渇きは増していくようだった。
このままではいけない。
現状を打破する、何かが必要だ。
ただ依頼をこなすだけではない、何か。
俺は窓の外に広がる、満天の星空を見上げた。
あの星々の下に、俺の魂を燃やし尽くしてくれるほどの強敵は、本当にいるのだろうか。
会いたい。戦いたい。
その一心だけが、俺を突き動かす原動力だった。
俺はまだ知らない。
その渇望が、新たな出会いを引き寄せようとしていることを。
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