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第二十三話 騎士団とのいざこざ
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「紅蓮の牙」を撃退した一件は、俺たちが思っていた以上の速さで王都の冒険者たちの間に広まった。
『闘神旅団』。辺境から来た、正体不明の実力者パーティ。
俺たちの名は、畏怖と好奇の混じった噂となって、ギルドの酒場を駆け巡った。
だが、そんな周囲の評価など俺にはどうでもよかった。
あれから数日、俺たちは王都での活動基盤を整えることに時間を費やした。
ガロウは馴染みの鍛冶屋を見つけて新しい大盾を注文し、リリアナは魔法の触媒となる希少な宝石を求めて専門店を巡る。
俺はと言えば、一人で街を歩き回り、ひたすら強者の気配を探っていた。
確かに、この街には強い奴がいる。騎士団の詰所やギルド本部、あるいは貴族街の奥深くから、時折ぞくりとするような気配を感じることがあった。
だが、彼らは表に出てこない。俺が戦いを望んだところで、そう簡単に実現するものではない。
俺の渇きは、未だ満たされる気配がなかった。
その日、俺たちは王都で最も大きな市場「太陽の市場」を訪れていた。
ありとあらゆる品物が並び、様々な種族が入り乱れる喧騒は、それだけで一つのエンターテイメントだった。
「うおっ、見てみろよジン! ミスリル製のダガーだぜ! すげえ切れ味だろうな!」
ガロウが、目を輝かせて武具の露店を覗き込んでいる。
「まあ、ジン様。あちらの織物、とても美しいですわ。エルフの国のものとはまた違う趣が……」
リリアナも、珍しい品々に心を奪われているようだった。
俺は、そんな二人から少し離れて腕を組み、市場を行き交う人々を眺めていた。
誰もが平和な日常を謳歌している。この光景は、俺にとって退屈そのものだった。
早く戦いたい。その焦燥感だけが、俺の中で燻り続けていた。
その時だった。
市場の喧騒から少し外れた路地裏から、甲高い怒声と、何かを罵るような声が聞こえてきた。
ガロウの獣人の耳が、ぴくりと動く。
「……ん? なんだか揉めてるみてえだな」
彼は興味を引かれたように、路地裏の方へ顔を向けた。
俺は「放っておけ。面倒事はごめんだ」と制したが、ガロウはすでに歩き出していた。
リリアナも心配そうな顔で、その後に続く。仕方なく、俺も舌打ちをしながら後を追った。
路地裏では、予想通りの光景が繰り広げられていた。
絹の服を派手に着飾った、いかにもな貴族の若者が、みすぼらしい身なりの少女に因縁をつけている。少女が運んでいたらしい果物の籠がひっくり返り、泥水に汚れたリンゴが転がっていた。
「おい、平民! 貴様のせいで私の高価な靴が汚れたではないか! どうしてくれる!」
貴族の若者は、実際には少しも汚れていない靴を指さし、ヒステリックに叫んでいた。
少女は、ただ怯えて震えているだけだ。
貴族の後ろには、揃いの鎧を纏った二人の騎士が、つまらなそうにその様子を眺めている。
「おいおい、あんまり弱い者いじめをするんじゃねえぞ、坊ちゃん」
ガロウが、腕を組みながらその間に割って入った。
その巨躯と威圧感に、貴族の若者は一瞬怯んだが、すぐに怒りで顔を赤くした。
「な、なんだ貴様は! ただの獣人ふぜいが、この私に口答えするか! この方がどなたか分かっているのか!」
護衛の騎士の一人が、前に出てガロウを睨みつける。
「知るかよ。俺の目には、ガキをいじめてるただのクソ野郎にしか見えねえがな」
ガロウの挑発に、騎士の顔色が変わった。
「……その言葉、後悔させてやる。王都騎士団の名誉にかけて」
騎士が、腰の剣に手をかける。
面倒なことになった。俺は壁に寄りかかったまま、深くため息をついた。
だが、その騎士が剣を抜いた瞬間、俺の目がわずかに細められた。
その抜き身の剣筋、構え。ただのチンピラではない。相応の訓練を積んだ、本物の戦士だ。
「やれ! そいつを叩きのめせ!」
貴族の号令と共に、二人の騎士が同時にガロウへと襲いかかった。
左右からの挟撃。見事な連携だ。
だが、相手が悪すぎた。
「遅えんだよ!」
ガロウは、迫り来る二本の剣を、その両腕でいなすように受け止めた。
ガキン!という金属音。騎士たちの剣は、ガロウの鋼鉄のような腕に弾かれ、彼らは体勢を崩した。
ガロウは、その隙に拳を振り上げようとした。
だが、その拳は振り下ろされる前に、ぴたりと止まる。
「殺すなよ」
俺が、いつの間にかガロウの隣に立ち、その腕を掴んでいたからだ。
「……分かってるっての」
ガロウは、つまらなそうに呟いた。
俺は、体勢を立て直そうとする騎士たちの前に、ゆっくりと歩み出た。
「お前たち、悪くない腕だ。だが、俺たちの敵じゃない」
「なめるな!」
騎士の一人が、怒りに任せて斬りかかってくる。
俺はその剣を、右手の人差し指と中指の二本で、つまんで止めた。
「な……!?」
騎士の顔が、信じられないものを見たかのように歪む。
俺は、つまんだ剣を軽く捻った。
キィン、という甲高い音と共に、鋼鉄の剣が飴のようにねじ曲がる。
俺は、もう一人の騎士が振りかぶっていた剣の柄を、下から掌底で軽く打ち上げた。
騎士の手から離れた剣は、くるくると宙を舞い、俺の手に寸分の狂いもなく収まった。
俺は、その剣を逆手に持ち、柄の部分で騎士の鳩尾を軽く突く。
「ぐっ……!」
騎士は短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
一連の動きは、ほんの数秒。
貴族の若者は、目の前で起きた超常的な光景に、腰を抜かしてへたり込んでいた。
その顔は恐怖で真っ青だ。
「さて、どうする」
俺が、その貴族を見下ろした、その時だった。
「そこまでだ」
凛とした、それでいて重い声が、路地裏に響いた。
声のした方を見ると、一人の男が立っていた。
白銀の装飾が施された、美しい騎士鎧。腰に下げられた長剣は、それ自体が魔力を放っている。
短く刈り込まれた金の髪。鋭く、理知的な青い瞳。
その男の佇まいは、先ほどの護衛騎士たちとは次元が違っていた。
男の背後から、部下らしき騎士たちが数人現れ、瞬く間に俺たちを包囲した。
「アレクシス副団長!」
崩れ落ちていた騎士たちが、敬礼する。
副団長。
この男が、この王都騎士団のナンバーツーか。
俺は、初めてこの街で、心の底から「戦いたい」と思える相手に出会った。
その男の気配は、バルガスをも上回る。
アレクシスと呼ばれた男は、倒れている部下と、腰を抜かした貴族、そして俺たちを順に一瞥した。
その目は、一切の感情を排した、冷静な観察者の目だった。
「事情は、おおよそ理解した。ロラン坊ちゃま、あなたにも非があるようだ。騎士として、民間人に不当な圧力をかけるべきではない」
彼はまず、貴族の若者を静かに諌めた。
そして、次に俺たちへと向き直る。
「だが、理由がどうであれ、騎士団の者に剣を向け、暴行を加えた罪は重い。闘神旅団とやら、大人しく投降してもらおうか」
その言葉には、一切の交渉の余地もなかった。
それは、この街の秩序を司る者の、絶対的な宣言だった。
ガロウが、面白そうに口の端を吊り上げた。
「おいおい、俺たちは正当防衛だぜ。それを罪に問うってのか?」
「法を決めるのは、我々だ」
アレクシスの答えは、簡潔だった。
「抵抗は許さん。抵抗すれば、この場で斬り捨てる」
その瞬間、アレクシスの全身から、剣呑なオーラが放たれた。
それは、ガロウの獣性とも、俺の闘気とも違う。
極限まで鍛え上げられた、純粋な剣技のオーラ。
空気が、ガラスのように張り詰める。
俺は、知らず知らずのうちに、笑みを浮かべていた。
ああ、素晴らしい。
これだ。これこそが、俺が王都に求めていたものだ。
俺は一歩、前に出た。
「いいだろう。俺と戦え。俺がお前に勝ったら、こいつらの罪は見逃せ。俺が負けたら、この首、くれてやる」
俺の唐突な提案に、リリアナとガロウが息を呑んだ。
アレクシスは、初めてその冷静な表情をわずかに崩し、興味深そうに俺を見た。
「……ほう。面白いことを言う。貴様、自分が誰に何を言っているか、理解しているのか?」
「ああ」
俺は、静かに構えた。
「王都騎士団副団長、アレクシス。この街で、俺が戦うべき最初の相手だ」
一触即発。
王都の路地裏で、二つの強大な力が、今、激突しようとしていた。
『闘神旅団』。辺境から来た、正体不明の実力者パーティ。
俺たちの名は、畏怖と好奇の混じった噂となって、ギルドの酒場を駆け巡った。
だが、そんな周囲の評価など俺にはどうでもよかった。
あれから数日、俺たちは王都での活動基盤を整えることに時間を費やした。
ガロウは馴染みの鍛冶屋を見つけて新しい大盾を注文し、リリアナは魔法の触媒となる希少な宝石を求めて専門店を巡る。
俺はと言えば、一人で街を歩き回り、ひたすら強者の気配を探っていた。
確かに、この街には強い奴がいる。騎士団の詰所やギルド本部、あるいは貴族街の奥深くから、時折ぞくりとするような気配を感じることがあった。
だが、彼らは表に出てこない。俺が戦いを望んだところで、そう簡単に実現するものではない。
俺の渇きは、未だ満たされる気配がなかった。
その日、俺たちは王都で最も大きな市場「太陽の市場」を訪れていた。
ありとあらゆる品物が並び、様々な種族が入り乱れる喧騒は、それだけで一つのエンターテイメントだった。
「うおっ、見てみろよジン! ミスリル製のダガーだぜ! すげえ切れ味だろうな!」
ガロウが、目を輝かせて武具の露店を覗き込んでいる。
「まあ、ジン様。あちらの織物、とても美しいですわ。エルフの国のものとはまた違う趣が……」
リリアナも、珍しい品々に心を奪われているようだった。
俺は、そんな二人から少し離れて腕を組み、市場を行き交う人々を眺めていた。
誰もが平和な日常を謳歌している。この光景は、俺にとって退屈そのものだった。
早く戦いたい。その焦燥感だけが、俺の中で燻り続けていた。
その時だった。
市場の喧騒から少し外れた路地裏から、甲高い怒声と、何かを罵るような声が聞こえてきた。
ガロウの獣人の耳が、ぴくりと動く。
「……ん? なんだか揉めてるみてえだな」
彼は興味を引かれたように、路地裏の方へ顔を向けた。
俺は「放っておけ。面倒事はごめんだ」と制したが、ガロウはすでに歩き出していた。
リリアナも心配そうな顔で、その後に続く。仕方なく、俺も舌打ちをしながら後を追った。
路地裏では、予想通りの光景が繰り広げられていた。
絹の服を派手に着飾った、いかにもな貴族の若者が、みすぼらしい身なりの少女に因縁をつけている。少女が運んでいたらしい果物の籠がひっくり返り、泥水に汚れたリンゴが転がっていた。
「おい、平民! 貴様のせいで私の高価な靴が汚れたではないか! どうしてくれる!」
貴族の若者は、実際には少しも汚れていない靴を指さし、ヒステリックに叫んでいた。
少女は、ただ怯えて震えているだけだ。
貴族の後ろには、揃いの鎧を纏った二人の騎士が、つまらなそうにその様子を眺めている。
「おいおい、あんまり弱い者いじめをするんじゃねえぞ、坊ちゃん」
ガロウが、腕を組みながらその間に割って入った。
その巨躯と威圧感に、貴族の若者は一瞬怯んだが、すぐに怒りで顔を赤くした。
「な、なんだ貴様は! ただの獣人ふぜいが、この私に口答えするか! この方がどなたか分かっているのか!」
護衛の騎士の一人が、前に出てガロウを睨みつける。
「知るかよ。俺の目には、ガキをいじめてるただのクソ野郎にしか見えねえがな」
ガロウの挑発に、騎士の顔色が変わった。
「……その言葉、後悔させてやる。王都騎士団の名誉にかけて」
騎士が、腰の剣に手をかける。
面倒なことになった。俺は壁に寄りかかったまま、深くため息をついた。
だが、その騎士が剣を抜いた瞬間、俺の目がわずかに細められた。
その抜き身の剣筋、構え。ただのチンピラではない。相応の訓練を積んだ、本物の戦士だ。
「やれ! そいつを叩きのめせ!」
貴族の号令と共に、二人の騎士が同時にガロウへと襲いかかった。
左右からの挟撃。見事な連携だ。
だが、相手が悪すぎた。
「遅えんだよ!」
ガロウは、迫り来る二本の剣を、その両腕でいなすように受け止めた。
ガキン!という金属音。騎士たちの剣は、ガロウの鋼鉄のような腕に弾かれ、彼らは体勢を崩した。
ガロウは、その隙に拳を振り上げようとした。
だが、その拳は振り下ろされる前に、ぴたりと止まる。
「殺すなよ」
俺が、いつの間にかガロウの隣に立ち、その腕を掴んでいたからだ。
「……分かってるっての」
ガロウは、つまらなそうに呟いた。
俺は、体勢を立て直そうとする騎士たちの前に、ゆっくりと歩み出た。
「お前たち、悪くない腕だ。だが、俺たちの敵じゃない」
「なめるな!」
騎士の一人が、怒りに任せて斬りかかってくる。
俺はその剣を、右手の人差し指と中指の二本で、つまんで止めた。
「な……!?」
騎士の顔が、信じられないものを見たかのように歪む。
俺は、つまんだ剣を軽く捻った。
キィン、という甲高い音と共に、鋼鉄の剣が飴のようにねじ曲がる。
俺は、もう一人の騎士が振りかぶっていた剣の柄を、下から掌底で軽く打ち上げた。
騎士の手から離れた剣は、くるくると宙を舞い、俺の手に寸分の狂いもなく収まった。
俺は、その剣を逆手に持ち、柄の部分で騎士の鳩尾を軽く突く。
「ぐっ……!」
騎士は短い呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
一連の動きは、ほんの数秒。
貴族の若者は、目の前で起きた超常的な光景に、腰を抜かしてへたり込んでいた。
その顔は恐怖で真っ青だ。
「さて、どうする」
俺が、その貴族を見下ろした、その時だった。
「そこまでだ」
凛とした、それでいて重い声が、路地裏に響いた。
声のした方を見ると、一人の男が立っていた。
白銀の装飾が施された、美しい騎士鎧。腰に下げられた長剣は、それ自体が魔力を放っている。
短く刈り込まれた金の髪。鋭く、理知的な青い瞳。
その男の佇まいは、先ほどの護衛騎士たちとは次元が違っていた。
男の背後から、部下らしき騎士たちが数人現れ、瞬く間に俺たちを包囲した。
「アレクシス副団長!」
崩れ落ちていた騎士たちが、敬礼する。
副団長。
この男が、この王都騎士団のナンバーツーか。
俺は、初めてこの街で、心の底から「戦いたい」と思える相手に出会った。
その男の気配は、バルガスをも上回る。
アレクシスと呼ばれた男は、倒れている部下と、腰を抜かした貴族、そして俺たちを順に一瞥した。
その目は、一切の感情を排した、冷静な観察者の目だった。
「事情は、おおよそ理解した。ロラン坊ちゃま、あなたにも非があるようだ。騎士として、民間人に不当な圧力をかけるべきではない」
彼はまず、貴族の若者を静かに諌めた。
そして、次に俺たちへと向き直る。
「だが、理由がどうであれ、騎士団の者に剣を向け、暴行を加えた罪は重い。闘神旅団とやら、大人しく投降してもらおうか」
その言葉には、一切の交渉の余地もなかった。
それは、この街の秩序を司る者の、絶対的な宣言だった。
ガロウが、面白そうに口の端を吊り上げた。
「おいおい、俺たちは正当防衛だぜ。それを罪に問うってのか?」
「法を決めるのは、我々だ」
アレクシスの答えは、簡潔だった。
「抵抗は許さん。抵抗すれば、この場で斬り捨てる」
その瞬間、アレクシスの全身から、剣呑なオーラが放たれた。
それは、ガロウの獣性とも、俺の闘気とも違う。
極限まで鍛え上げられた、純粋な剣技のオーラ。
空気が、ガラスのように張り詰める。
俺は、知らず知らずのうちに、笑みを浮かべていた。
ああ、素晴らしい。
これだ。これこそが、俺が王都に求めていたものだ。
俺は一歩、前に出た。
「いいだろう。俺と戦え。俺がお前に勝ったら、こいつらの罪は見逃せ。俺が負けたら、この首、くれてやる」
俺の唐突な提案に、リリアナとガロウが息を呑んだ。
アレクシスは、初めてその冷静な表情をわずかに崩し、興味深そうに俺を見た。
「……ほう。面白いことを言う。貴様、自分が誰に何を言っているか、理解しているのか?」
「ああ」
俺は、静かに構えた。
「王都騎士団副団長、アレクシス。この街で、俺が戦うべき最初の相手だ」
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