私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第5話 それぞれの報告

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魔王城の謁見の間は、氷のように冷たい静寂に包まれていた。磨き上げられた黒曜石の床に、自分の緊張した呼吸の音だけが反響する。私は玉座に座す主の前に深く跪き、屈辱的な報告を終えたところだった。

「……以上です。私の判断ミスにより、グレンデル平原の確保に失敗。軍に多大な損害を与えました。いかなる処分も、お受けいたします」

私は全ての責任を負う覚悟で、頭を垂れた。四天王の名を汚したのだ。降格、あるいはそれ以上の罰が下されても文句は言えない。

玉座の上の影が、微かに動いた。

「……よい」

地の底から響くような、静かな声。

「勇者の介入は想定外だった。お前のせいではない。下がれ」

予想外の言葉に、私は顔を上げることができなかった。叱責も、詰問もない。ただ、事実だけを受け止め、許された。魔王様の寛大なお心遣いが、逆に私の胸を締め付ける。

「……は。御身の温情に、感謝の念に堪えません」

私はそれだけを言うのが精一杯だった。謁見の間を退出する私の背中に、魔王様の視線が突き刺さるような気がしたが、振り返ることはできなかった。

勇者の奇行については、報告できなかった。
『敵の勇者に求婚され、混乱のあまり撤退しました』などと、どうして言えるだろうか。そんなことを口にすれば、それは私の失態というだけでなく、魔王様への侮辱に他ならない。

重い足取りで廊下を歩いていると、前方から二つの人影が近づいてきた。一人は、岩石を削り出したかのような巨躯の男。もう一人は、闇色の長衣を纏った痩身の男。

私と同じ、魔王軍四天王。

「リディアじゃないか。報告は済んだのか」

気さくに声をかけてきたのは、巨漢の男。「豪雷」の異名を持つガレスだ。剥き出しにされた腕の筋肉は鋼のように硬質で、その拳の一撃は城壁すら粉砕する。

「ガレス……レヴィも」

「やあ」

静かに会釈したのは、「深淵」のレヴィ。常に冷静沈着で、その頭脳から繰り出される策略は、数多の人間国家を内側から崩壊させてきた知将だ。

「聞かせてもらったぜ、グレンデルでのこと。勇者一人にやられたんだってな」

ガレスの言葉には、棘があった。彼は私を妹のように可愛がってくれているが、それとこれとは話が別だ。四天王としての誇りが、敗北を許さない。

「……ええ。その通りよ」

私が素直に認めると、ガレスは苛立たしげに壁を殴りつけた。分厚い石壁に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

「腑抜けやがって! お前ほどの魔法の使い手が、たかが人間一人に何を手こずってるんだ!」

「ガレス、よしたまえ。壁が可哀想だ」

レヴィがやれやれと肩をすくめる。彼の態度は、ガレスとは対照的にどこか面白がっているようにも見えた。

「で、実際どうだったんだい、噂の勇者は。相当な手練れだったんだろう?」

レヴィの問いに、私は言葉を詰まらせた。強い。それは間違いない。私の煉獄劫火を防ぎきったのだから。だが、それ以上に……。

「……強い、だけじゃないわ」

「ほう?」

レヴィの目が、興味深そうに細められた。ガレスも、私の煮え切らない態度に眉をひそめている。

私は観念して、重い口を開いた。

「あの男……戦場で、私に……」

「お前に?」

「……求婚、してきたのよ」

「「…………は?」」

ガレスとレヴィの声が、綺麗に重なった。二人とも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。ガレスの大きな口はあんぐりと開き、レヴィの常に余裕を浮かべた表情からは、初めて感情というものが抜け落ちていた。

やがて、静寂を破ったのはレヴィの乾いた笑い声だった。

「は、はは……! 求婚? 戦場で? あの勇者は、君に?」

「……笑いごとじゃないわ」

「いや、これは傑作だ! まさかそんな隠し玉があったとは。人間もなかなか面白いことを考える」

レヴィが腹を抱えて笑う横で、ガレスは徐々に顔を赤黒く変化させていく。その額には青筋が浮かび、全身から凄まじい闘気が立ち上り始めた。

「……き、貴様……」

ガレスの低い声が、廊下に響く。

「よくも……俺の可愛いリディアに……な、なな、なれなれしく……!」

次の瞬間、彼の絶叫が魔王城を揺るがした。

「あの害虫はどこだあああ! 俺が今すぐ叩き潰してやる!」

「落ち着けガレス! 今、害虫はここにはいない!」

暴走する巨漢を、レヴィが慌てて羽交い締めにする。私はその光景を、ひどく消耗した頭でぼんやりと眺めていた。やはり、この話をするべきではなかった。

「リディアを誑かすとは、万死に値する! 次は俺が出る! あのイカれた勇者の脳天に、我が雷槌を叩き込んでくれるわ!」

ガレスの怒声を聞きながら、私は深く、深いため息をついた。



一方、その頃。人類最後の拠点、グラン砦。
魔王軍の撤退という予想外の勝利に、兵士たちは歓喜の声を上げていた。誰もが勇者アルフレッドの名を讃え、彼の起こした奇跡に熱狂していた。

その熱狂の中心から少し離れた作戦室で、聖女イリーナは静かに、しかし確実な怒気を込めて目の前の幼馴染を問い詰めていた。

「アルフレッド。一体、どういうおつもりですの」

彼女の声は、冬の湖面のように冷え切っていた。勇者パーティーの仲間である、寡黙な剣士や冷静な魔術師も、困惑した表情でアルフレッドを見守っている。

しかし、当の本人はどこ吹く風。それどころか、頬を微かに赤らめ、うっとりと宙を見つめていた。

「見たかい、イリーナ。彼女の気高い姿を。僕の魔法を防がれて悔しがる顔も、混乱して言葉を失う顔も、全てが愛らしかった……!」

「愛らしくありません!」

イリーナは机をバンと叩いた。

「あれは敵です! 人類を脅かす魔王軍の幹部! 何千もの兵士の命を奪った『煉獄の魔女』ですよ!? その相手に、戦場で求婚するなど……正気の沙汰とは思えません!」

常識人である彼女の悲痛な叫びも、恋に落ちた勇者には届かない。

「ああ、リディア……なんて素敵な響きなんだ。運命の人に出会ってしまったようだ」

「ですから、運命の人ではありません! 断じて!」

「いや、運命の人だよ。僕には分かる。聖剣がそう告げているんだ。彼女は、決して邪悪なだけの存在じゃない。その魂の奥底には、誰よりも気高く、美しい輝きが秘められている」

アルフレッドは、自分の胸に手を当てて真剣な顔で言った。その瞳は一点の曇りもなく、自分の言葉を心から信じているのが分かる。

「だから、僕は彼女を救い出す。魔王の呪縛から解き放ち、僕の隣で笑ってもらうんだ。そして、僕のお妃として迎える」

そのあまりにも壮大で、あまりにも現実離れした宣言に、イリーナはこめかみを押さえた。頭が痛い。昔から彼の突拍子のない行動には悩まされてきたが、今回のは桁が違う。

「……あなたのその、妙な確信はどこから来るんですの……」

「愛の力さ」

にっこりと、完璧な笑顔で言い放つアルフレッド。その爽やかさが、今はただ腹立たしい。

「はぁ……」

イリーナは、天井を仰いで深いため息をついた。パーティーの仲間たちも、諦めたように顔を見合わせている。もう、何を言っても無駄だ。この男が一度こうと決めたら、テコでも動かないことを、彼らは誰よりもよく知っていた。

「……分かりました。もう何も言いません」

イリーナは疲れ切った声で言った。

「ただし、あなたのその恋心(仮)のせいで、我々まで危険に巻き込むのだけは、絶対にやめてくださいね!」

「もちろんだとも! 僕はリディアも、そして君たちも、この世界の全てを守ってみせるさ!」

一点の曇りもない笑顔でそう断言する勇者を見て、イリーナは再び、そして誰よりも深いため息をつくしかなかった。

魔王軍も、勇者一行も、それぞれの形で大きな混乱の渦に巻き込まれていた。
その原因である二人が、次なる戦場で再び顔を合わせるまで、あと数日のことである。
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