私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第14話 四天王「深淵」のレヴィ

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王都から逃げ帰った後、私は自室に引きこもっていた。
転移魔法で魔王城に戻ってはきたものの、任務失敗の報告をする気力も、誰かに顔を合わせる気力も湧いてこなかった。扉に鍵をかけ、ベッドに倒れ込み、ただひたすらに天井の模様を見つめる時間が過ぎていく。

しかし、目を閉じていても、開いていても、瞼の裏に焼き付いて離れない光景があった。
祭りの喧騒。繋がれた手の温もり。初めて味わう甘いお菓子。そして、私を見て息を呑んだ、彼の真剣な眼差し。

『笑うと、すごく……可愛いんだな』

その言葉が、呪いのように私の頭の中を支配していた。
思い出すだけで、顔が燃えるように熱くなる。心臓がうるさいくらいに脈打つ。ベッドの上で何度も身悶えし、枕に顔を埋めて意味のない叫び声を上げた。

可愛い、ですって?
この私を、煉獄の魔女と恐れられるこのリディア・ノワールを、捕まえて?
なんという屈辱。なんという侮辱。敵である私を、そんな言葉で油断させようという魂胆に違いない。そうだ、きっとそうだ。

そう結論づけようとするのに、心の奥底で小さな私が囁くのだ。
嬉しかったのだろう、と。

「~~~~っ! 違う!」

私は枕を壁に叩きつけた。
違う。断じて違う。嬉しいなどと思うはずがない。私は魔王軍四天王。あの男は、殺すべき敵。それ以上でも、それ以下でもない。

しかし、一度芽生えてしまった感情は、否定すればするほど根を深く張っていくようだった。

任務のことも、悩みの種だった。
結局、私は何一つ有益な情報を持ち帰ってはいない。それどころか、敵の総大将と密会し、心を乱され、挙句の果てに敵前逃亡にも等しい形で逃げ帰ってきた。これがバレれば、今度こそ許されないだろう。

どう報告すればいいのか。
嘘をつく? それは魔王様を欺くことになる。絶対にできない。
正直に話す? 『勇者に可愛いと言われ、混乱して帰ってきました』と? そんなこと、口が裂けても言えるはずがなかった。

「……どうすればいいのよ」

答えの出ない問いに、私は深いため息をついた。
このまま部屋に閉じこもっていても、事態は好転しない。意を決した私は、とりあえず当たり障りのない報告書を作成し、魔王様ではなく、四天王の執務を統括する部署へ提出しに行こうと、重い腰を上げた。

誰にも会わないように。
私はそう願いながら、そっと自室の扉を開けた。

「やあ、リディア。いいところであった」

扉を開けた瞬間、目の前に立っていた人物に、私の心臓は凍りついた。
闇色の長衣を優雅に着こなした、クールな美形の魔族。その細められた瞳は、まるで全てを見透かしているかのように、深い光を宿している。

四天王「深淵」のレヴィ。
今、一番会いたくない相手だった。

「レヴィ……。何か用?」

私は平静を装い、できるだけ素っ気なく尋ねた。

「いや、別に。ただ、君がずっと部屋に籠っているようだったからね。少し心配になって様子を見に来たのさ」

彼はそう言ったが、その口元には明らかに面白いものを見つけた子供のような笑みが浮かんでいる。心配など、微塵もしていないのは明らかだ。

「余計なお世話よ。私は別に……」

「王都への潜入任務、ご苦労だったね」

私の言葉を遮り、彼は本題に入ってきた。
「どうだった? 何か面白い情報は手に入ったかい? 例えば、勇者殿の意外な弱みとか」

彼の口から「勇者」という単語が出た瞬間、私の肩が僅かに震えた。その些細な反応を、この男が見逃すはずがない。

「……大した情報はなかったわ。建国祭のせいで警備が厳重で、思うように動けなかった」

私は用意していた言い訳を口にした。嘘ではない。警備が厳重だったのも、思うように動けなかったのも、事実だ。ただ、その理由が全く違うだけで。

「ふうん。警備が厳重、ね」

レヴィは私の言葉を吟味するように反芻した。そして、私の顔をじっと見つめてくる。その視線は、まるで私の心の内側を解剖しているかのようで、居心地が悪かった。

「それにしては、君の顔は情報収集に失敗した者の顔には見えないな」

「……何が言いたいのよ」

「いや、なに。むしろ、今まで見たことがないくらい、生き生きとした表情をしているように見えたものでね」

彼は私の周りをゆっくりと歩きながら、品定めするように私を観察する。

「まるで……そうだな。初めて知る感情に戸惑い、心をかき乱されている……そんな顔だ。まるで、初めて恋を知った乙女のようなね」

その言葉は、静かに、しかし正確に私の心の核を撃ち抜いた。

「なっ……!?」

私は絶句した。
恋? この私が? あの男に?

「何を、馬鹿なことを言っているの! ありえないわ!」

私は全身の血が逆流するような感覚に襲われながら、激しく否定した。しかし、その声は自分でも分かるほど上ずっている。顔が熱い。動揺を隠しきれていない。

私のその反応こそが、何よりの答えだった。
レヴィは満足そうに、くつくつと喉の奥で笑った。

「そう熱くなるなよ。ただの冗談じゃないか」

彼はそう言って肩をすくめたが、その瞳は全く笑っていなかった。

「あなたには関係ないことよ。私は私の任務を遂行するだけ」

私は精一杯の虚勢を張り、彼に背を向けた。これ以上、この男と話していると、全ての秘密を暴かれてしまいそうだ。

「そうかい。それならいいんだが」

私はその場を立ち去ろうと、一歩足を踏み出した。その背中に、レヴィの静かな声が投げかけられる。

「ただ、一つだけ言っておこうか」

私は足を止めた。振り返りはしない。

「あの勇者に会ってから、君は少し変わった」

その言葉は、ガレスも口にした言葉だった。だが、レヴィの言葉はもっと深く、私の核心に触れてくる。

「以前の君は、まるで精巧な人形のようだった。魔王様の命令を完璧にこなす、感情のない美しい兵器。だが、今の君は違う。迷い、戸惑い、そして……何かに焦がれている。人間らしくなった、とでも言うべきかな」

彼の言葉が、一つ一つ私の胸に突き刺さる。

「それは、いいことなのかな。それとも……魔王様への忠誠を誓った君にとっては、破滅への第一歩なのかな」

レヴィはそれだけを言うと、静かな足取りで去っていった。
一人残された私は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

変わった。
私が、変わってしまった。

それは、自分自身が一番よく分かっていたことだ。
アルフレッドに出会ってから、私の世界は色を持ち始めた。今まで知らなかった感情が、次々と芽生えていく。

それは、とても甘美で、心地よくて、そして……どうしようもなく、恐ろしいことだった。

レヴィの最後の問いかけが、私の頭の中で何度も反響する。
破滅への第一歩。

この感情は、魔王様への裏切りなのだろうか。
私を救ってくださった、唯一絶対の主に、私は背くことになるのだろうか。

アルフレッドの笑顔と、魔王様の影に覆われた玉座が、私の頭の中で交互に浮かび上がる。
光と闇。
その間で、私の心は引き裂かれそうになっていた。
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