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第15話 商業都市での再々遭遇
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レヴィの言葉は、私の心に深く突き刺さったままだった。
破滅への第一歩。その言葉が、頭から離れない。アルフレッドのことを考えるたびに、私は魔王様を裏切っているような罪悪感に苛まれた。
このままではいけない。この迷いを断ち切らなければ。
私は自らを追い込むように、新たな任務に志願した。
任務内容は、人間でありながら魔王軍に与し、様々な物資や情報を横流ししている裏組織との接触。場所は、人間領と魔王領の境界に位置する商業都市アークライト。ここは法も秩序も緩く、様々な種族や出自の者たちが入り乱れる灰色の街だ。潜入するには、うってつけの場所だった。
「今度こそ、任務だけに集中する」
アークライトへ向かう道中、私は何度も自分にそう言い聞かせた。あの男のことなど、もう考えない。私は魔王軍四天王。与えられた任務を、冷徹に遂行するだけ。それ以外の感情は、全て不要なのだ。
アークライトの街は、私の想像以上に混沌としていた。
王都ルクシオンのような華やかさはないが、猥雑な活気に満ちている。石畳の道には、出所の怪しい品物を並べた露店がひしめき合い、屈強な傭兵や胡散臭い商人たちが大声で言葉を交わしていた。空気には、香辛料と酒と、そして微かな血の匂いが混じり合っている。
私は再び魔力を消し、フード付きの旅人のマントを深く被った。これなら、私の赤い瞳も簡単には見えないだろう。裏組織との接触場所は、街の奥まった場所にある「黒猫亭」という名の酒場。私は人混みを避けながら、慎重に目的地へと向かった。
酒場へ続く裏路地に入った、その時だった。
道の先から現れた、柄の悪い男たち数人が私の行く手を塞いだ。皆一様に下卑た笑みを浮かべ、値踏みするような視線を私に送ってくる。
「よう、お嬢ちゃん。一人かい?」
「こんな薄汚い路地に、可愛い子猫ちゃんが何の用だ?」
地元のチンピラだろう。私の身なりを見て、金品を奪おうという魂胆か、あるいはもっと別の目的か。どちらにせよ、面倒なことに変わりはない。
「……道を、開けてくださる?」
私はできるだけ感情を殺し、低い声で言った。
しかし、彼らは私の警告をせせら笑うだけだった。
「威勢のいい子猫ちゃんだな。気に入ったぜ」
「少し、俺たちと遊ぼうじゃねえか」
男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
私は溜息をついた。魔力を使えば、彼らなど一瞬で塵にできる。しかし、潜入任務中だ。目立つ行動は極力避けたい。体術だけで、静かに終わらせるしかない。
私がマントの下で拳を握りしめた、その瞬間。
「そこまでだ」
凛とした、しかしどこか聞き覚えのある声が、路地に響いた。
私とチンピラたちの間に、まるで風のように一人の男が割って入る。
「女性が嫌がっているだろう。見苦しい真似はやめるんだな」
その背中。その声。その気配。
間違えるはずがない。
なぜ。
なぜ、あなたまで、こんな場所にいるの。
男はゆっくりと振り返った。
鎧姿ではない。王都で見た私服とも違う。動きやすさを重視した、旅人風の軽装。しかし、その輝く金髪と、澄み切った空色の瞳は、私の記憶に焼き付いて離れない、あの男のものだった。
勇者、アルフレッド。
私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
彼は私の顔を見て、僅かに目を見開いた。
「君は……!」
まずい。気づかれた。王都で会った娘だと。
いや、それどころか、私の正体まで見抜かれたかもしれない。
しかし、彼の口から出た言葉は、私の予想とは全く違うものだった。
「また会ったね、お嬢さん。どうやら僕たちは、よほど縁があるらしい」
彼はにっこりと、再会を喜ぶかのように微笑んだ。
どうやら、彼は私を「祭りで出会った、よくトラブルに巻き込まれるお嬢さん」として認識しているらしい。最悪の状況は免れたが、これもまた別の意味で最悪の状況だった。
「なんだテメェ、ヒーロー気取りか?」
チンピラの一人が、アルフレッドに凄んだ。
「こいつは俺たちが見つけたんだ。横からしゃしゃり出てくんじゃねえよ」
「僕はただ、困っている人を助けたいだけさ」
アルフレッドは穏やかに言った。しかし、その瞳の奥には、悪を許さない強い光が宿っている。
「彼女から離れろ。さもなくば、力ずくで排除する」
その言葉が、チンピラたちの怒りを買った。
「上等だ! やっちまえ!」
男たちが、一斉にアルフレッドに襲いかかった。一人は錆びたナイフを抜き放っている。
私は息を呑んだ。しかし、アルフレッドは冷静だった。彼は聖剣を抜くこともなく、ただ流れるような体術だけで、チンピラたちの攻撃をいなしていく。
拳を捌き、蹴りを避け、ナイフを素手で受け止める。その動きには一切の無駄がなく、まるで舞いを踊っているかのように美しい。彼は相手を傷つけすぎないよう、絶妙に手加減しながら、一人、また一人と無力化していった。
強い。
聖剣の力だけではない。純粋な武術の腕も、一流のそれだ。
私は、彼の新たな一面を目の当たりにして、思わず見惚れてしまっていた。
しかし、チンピラたちはしつこかった。
倒されても倒されても立ち上がり、あろうことか口笛を吹いて仲間を呼び始めた。路地の奥から、さらに多くのチンピラたちが現れる。その数は、十人を超えていた。
「ちっ、キリがないな」
アルフレッドが、初めて少しだけ面倒そうな顔をした。
私も同じ気持ちだった。このままでは、接触の時間に遅れてしまう。任務に支障が出るのだけは、避けなければ。
私は覚悟を決めた。
「……仕方ないわね」
私はフードを深く被り直し、アルフレッドの隣に並び立った。
「君は下がっていろ! 危ない!」
彼が私を庇うように前に出る。
「黙ってなさい。見ての通り、手が足りていないでしょう」
私は彼の制止を無視し、向かってくるチンピラの一人の鳩尾に、鋭い蹴りを叩き込んだ。男が「ぐえっ」という呻き声を上げて崩れ落ちる。
アルフレッドが、驚いたように目を見開いて私を見た。
「君、もしかして……心得があるのか?」
「少しだけね。自分の身くらい、自分で守れるわ」
私はそう言って、彼の背中側に回り込んだ。自然と、背中合わせの体勢になる。
敵である勇者と、背中を預け合う。
なんという皮肉。なんという悪夢。
しかし、不思議と不快ではなかった。彼の背中から伝わる体温が、なぜか私の心を落ち着かせた。
「……行くわよ」
「ああ、頼んだ!」
私たちは、同時に駆け出した。
アルフレッドが前方の敵を薙ぎ払い、私が後方と側面の敵を迎え撃つ。
彼は力強く、そして華麗に。私は素早く、そして的確に。
言葉を交わしたわけでもないのに、私たちの動きは奇妙なほどに噛み合っていた。彼が敵の体勢を崩し、私がそこに追撃を入れる。私が敵の攻撃を誘い、彼がその隙を突く。
まるで、ずっと昔から共に戦ってきたかのように、息の合った連携が生まれていく。
私たちは、いつの間にか戦いに没頭していた。敵同士であるという事実も忘れ、ただ目の前の敵を打ち倒すことだけに集中する。その共闘は、私の中に奇妙な高揚感と、そして今まで感じたことのない種類の信頼感を芽生えさせていた。
やがて、路地に立っているのは、私とアルフレッドの二人だけになった。チンピラたちは皆、地面に伸びて呻いている。
「……ふう。片付いたわね」
私は息を整えながら言った。
アルフレッドも、額の汗を拭いながら満足そうに頷く。
「大した腕前だったな、君は。ただの旅人じゃないだろう?」
彼の問いに、私の心臓が跳ねた。
まずい。調子に乗りすぎた。
私がどう言い訳をしようかと考えあぐねていると、路地の入り口に、新たな人影が現れた。今まで倒したチンピラたちとは、明らかに雰囲気が違う。体格も良く、その目つきには本物の殺気が宿っていた。
その集団の中心に立つ、ひときわ体格のいい男が、不機嫌そうに口を開く。
「てめえら……うちのかわいい若い衆に、随分と派手なことしてくれたじゃねえか」
その声には、チンピラとは格の違う凄みがあった。この街の裏社会を牛耳る、組織の幹部クラスだろう。
アルフレッドが、私を庇うように一歩前に出た。
「どうやら、一番面倒なのが出てきたみたいだね」
私は、天を仰ぎたくなった。
なぜ。なぜ、私はこの男といると、必ずろくでもないトラブルに巻き込まれてしまうのだろう。
接触の時間も、もう目前に迫っている。
私の潜入任務は、一体どうなってしまうのか。
答えは、混沌とするこの街の闇の中だけが知っていた。
破滅への第一歩。その言葉が、頭から離れない。アルフレッドのことを考えるたびに、私は魔王様を裏切っているような罪悪感に苛まれた。
このままではいけない。この迷いを断ち切らなければ。
私は自らを追い込むように、新たな任務に志願した。
任務内容は、人間でありながら魔王軍に与し、様々な物資や情報を横流ししている裏組織との接触。場所は、人間領と魔王領の境界に位置する商業都市アークライト。ここは法も秩序も緩く、様々な種族や出自の者たちが入り乱れる灰色の街だ。潜入するには、うってつけの場所だった。
「今度こそ、任務だけに集中する」
アークライトへ向かう道中、私は何度も自分にそう言い聞かせた。あの男のことなど、もう考えない。私は魔王軍四天王。与えられた任務を、冷徹に遂行するだけ。それ以外の感情は、全て不要なのだ。
アークライトの街は、私の想像以上に混沌としていた。
王都ルクシオンのような華やかさはないが、猥雑な活気に満ちている。石畳の道には、出所の怪しい品物を並べた露店がひしめき合い、屈強な傭兵や胡散臭い商人たちが大声で言葉を交わしていた。空気には、香辛料と酒と、そして微かな血の匂いが混じり合っている。
私は再び魔力を消し、フード付きの旅人のマントを深く被った。これなら、私の赤い瞳も簡単には見えないだろう。裏組織との接触場所は、街の奥まった場所にある「黒猫亭」という名の酒場。私は人混みを避けながら、慎重に目的地へと向かった。
酒場へ続く裏路地に入った、その時だった。
道の先から現れた、柄の悪い男たち数人が私の行く手を塞いだ。皆一様に下卑た笑みを浮かべ、値踏みするような視線を私に送ってくる。
「よう、お嬢ちゃん。一人かい?」
「こんな薄汚い路地に、可愛い子猫ちゃんが何の用だ?」
地元のチンピラだろう。私の身なりを見て、金品を奪おうという魂胆か、あるいはもっと別の目的か。どちらにせよ、面倒なことに変わりはない。
「……道を、開けてくださる?」
私はできるだけ感情を殺し、低い声で言った。
しかし、彼らは私の警告をせせら笑うだけだった。
「威勢のいい子猫ちゃんだな。気に入ったぜ」
「少し、俺たちと遊ぼうじゃねえか」
男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
私は溜息をついた。魔力を使えば、彼らなど一瞬で塵にできる。しかし、潜入任務中だ。目立つ行動は極力避けたい。体術だけで、静かに終わらせるしかない。
私がマントの下で拳を握りしめた、その瞬間。
「そこまでだ」
凛とした、しかしどこか聞き覚えのある声が、路地に響いた。
私とチンピラたちの間に、まるで風のように一人の男が割って入る。
「女性が嫌がっているだろう。見苦しい真似はやめるんだな」
その背中。その声。その気配。
間違えるはずがない。
なぜ。
なぜ、あなたまで、こんな場所にいるの。
男はゆっくりと振り返った。
鎧姿ではない。王都で見た私服とも違う。動きやすさを重視した、旅人風の軽装。しかし、その輝く金髪と、澄み切った空色の瞳は、私の記憶に焼き付いて離れない、あの男のものだった。
勇者、アルフレッド。
私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
彼は私の顔を見て、僅かに目を見開いた。
「君は……!」
まずい。気づかれた。王都で会った娘だと。
いや、それどころか、私の正体まで見抜かれたかもしれない。
しかし、彼の口から出た言葉は、私の予想とは全く違うものだった。
「また会ったね、お嬢さん。どうやら僕たちは、よほど縁があるらしい」
彼はにっこりと、再会を喜ぶかのように微笑んだ。
どうやら、彼は私を「祭りで出会った、よくトラブルに巻き込まれるお嬢さん」として認識しているらしい。最悪の状況は免れたが、これもまた別の意味で最悪の状況だった。
「なんだテメェ、ヒーロー気取りか?」
チンピラの一人が、アルフレッドに凄んだ。
「こいつは俺たちが見つけたんだ。横からしゃしゃり出てくんじゃねえよ」
「僕はただ、困っている人を助けたいだけさ」
アルフレッドは穏やかに言った。しかし、その瞳の奥には、悪を許さない強い光が宿っている。
「彼女から離れろ。さもなくば、力ずくで排除する」
その言葉が、チンピラたちの怒りを買った。
「上等だ! やっちまえ!」
男たちが、一斉にアルフレッドに襲いかかった。一人は錆びたナイフを抜き放っている。
私は息を呑んだ。しかし、アルフレッドは冷静だった。彼は聖剣を抜くこともなく、ただ流れるような体術だけで、チンピラたちの攻撃をいなしていく。
拳を捌き、蹴りを避け、ナイフを素手で受け止める。その動きには一切の無駄がなく、まるで舞いを踊っているかのように美しい。彼は相手を傷つけすぎないよう、絶妙に手加減しながら、一人、また一人と無力化していった。
強い。
聖剣の力だけではない。純粋な武術の腕も、一流のそれだ。
私は、彼の新たな一面を目の当たりにして、思わず見惚れてしまっていた。
しかし、チンピラたちはしつこかった。
倒されても倒されても立ち上がり、あろうことか口笛を吹いて仲間を呼び始めた。路地の奥から、さらに多くのチンピラたちが現れる。その数は、十人を超えていた。
「ちっ、キリがないな」
アルフレッドが、初めて少しだけ面倒そうな顔をした。
私も同じ気持ちだった。このままでは、接触の時間に遅れてしまう。任務に支障が出るのだけは、避けなければ。
私は覚悟を決めた。
「……仕方ないわね」
私はフードを深く被り直し、アルフレッドの隣に並び立った。
「君は下がっていろ! 危ない!」
彼が私を庇うように前に出る。
「黙ってなさい。見ての通り、手が足りていないでしょう」
私は彼の制止を無視し、向かってくるチンピラの一人の鳩尾に、鋭い蹴りを叩き込んだ。男が「ぐえっ」という呻き声を上げて崩れ落ちる。
アルフレッドが、驚いたように目を見開いて私を見た。
「君、もしかして……心得があるのか?」
「少しだけね。自分の身くらい、自分で守れるわ」
私はそう言って、彼の背中側に回り込んだ。自然と、背中合わせの体勢になる。
敵である勇者と、背中を預け合う。
なんという皮肉。なんという悪夢。
しかし、不思議と不快ではなかった。彼の背中から伝わる体温が、なぜか私の心を落ち着かせた。
「……行くわよ」
「ああ、頼んだ!」
私たちは、同時に駆け出した。
アルフレッドが前方の敵を薙ぎ払い、私が後方と側面の敵を迎え撃つ。
彼は力強く、そして華麗に。私は素早く、そして的確に。
言葉を交わしたわけでもないのに、私たちの動きは奇妙なほどに噛み合っていた。彼が敵の体勢を崩し、私がそこに追撃を入れる。私が敵の攻撃を誘い、彼がその隙を突く。
まるで、ずっと昔から共に戦ってきたかのように、息の合った連携が生まれていく。
私たちは、いつの間にか戦いに没頭していた。敵同士であるという事実も忘れ、ただ目の前の敵を打ち倒すことだけに集中する。その共闘は、私の中に奇妙な高揚感と、そして今まで感じたことのない種類の信頼感を芽生えさせていた。
やがて、路地に立っているのは、私とアルフレッドの二人だけになった。チンピラたちは皆、地面に伸びて呻いている。
「……ふう。片付いたわね」
私は息を整えながら言った。
アルフレッドも、額の汗を拭いながら満足そうに頷く。
「大した腕前だったな、君は。ただの旅人じゃないだろう?」
彼の問いに、私の心臓が跳ねた。
まずい。調子に乗りすぎた。
私がどう言い訳をしようかと考えあぐねていると、路地の入り口に、新たな人影が現れた。今まで倒したチンピラたちとは、明らかに雰囲気が違う。体格も良く、その目つきには本物の殺気が宿っていた。
その集団の中心に立つ、ひときわ体格のいい男が、不機嫌そうに口を開く。
「てめえら……うちのかわいい若い衆に、随分と派手なことしてくれたじゃねえか」
その声には、チンピラとは格の違う凄みがあった。この街の裏社会を牛耳る、組織の幹部クラスだろう。
アルフレッドが、私を庇うように一歩前に出た。
「どうやら、一番面倒なのが出てきたみたいだね」
私は、天を仰ぎたくなった。
なぜ。なぜ、私はこの男といると、必ずろくでもないトラブルに巻き込まれてしまうのだろう。
接触の時間も、もう目前に迫っている。
私の潜入任務は、一体どうなってしまうのか。
答えは、混沌とするこの街の闇の中だけが知っていた。
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