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第16話 共闘と信頼
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裏路地の空気が、一変した。
先ほどまでのチンピラたちの威嚇とは質の違う、本物の殺気が肌を刺す。目の前に立つ男たちは、明らかに修羅場を潜り抜けてきた者たちの顔をしていた。この街の裏社会を牛耳る組織の、おそらくは中核を担う連中だろう。
「てめえら……うちのかわいい若い衆に、随分と派手なことしてくれたじゃねえか」
中心に立つ大柄な男が、指の骨を鳴らしながら低い声で言った。
アルフレッドは私を庇うように一歩前に出ると、冷静な声で返した。
「そちらこそ、女性一人に寄ってたかって、褒められた行いではないな。僕はただ、彼女を助けただけだ」
「助けた、だと? この街じゃあな、余計な正義感は身を滅ぼすだけだぜ、坊や」
男の目が、鋭く光る。
「この街で最近起きている行方不明事件。お前たち、何か知っているんじゃないか?」
アルフレッドの問いに、男の口元が下品に歪んだ。
「さあな。何のことだか。だが、お前がその件を嗅ぎ回る王国のお坊ちゃんだってことは、知ってるぜ」
やはり。彼はただの旅人ではなかった。この街の闇を調査するために、身分を隠して潜入していたのだ。そして、相手は彼の正体を知った上で、罠にかけようとしている。
状況は、最悪だった。
私の任務の接触時間は、刻一刻と迫っている。こんなところで、勇者のトラブルに巻き込まれている場合ではない。
しかし、私の足は縫い付けられたようにその場から動かなかった。
彼一人を、この数の手練れ相手に残して立ち去る。その選択が、なぜかできなかったのだ。
「問答無用だ! そこの女ごと、この路地の染みにしてやれ!」
幹部の男の号令と共に、戦闘が始まった。
今度の敵は、素人ではない。統率の取れた動きで、巧みに死角を突きながら襲いかかってくる。
「君は下がっていろ!」
アルフレッドが叫ぶ。彼は聖剣を抜かないまま、卓越した体術で攻撃を捌いていく。しかし、相手の数が多すぎる。しかも、彼らは私のことも同時に狙っていた。
「足手まといはごめんよ!」
私は彼の背後から襲いかかった男の腕を取り、関節を極めた。悲鳴を上げて崩れ落ちる男を盾に、次の攻撃を防ぐ。
「君……!」
驚くアルフレッドに、私は苛立たしげに言った。
「いいから、自分の前に集中しなさい! 背中は私が守る!」
「……ああ、分かった!」
彼は一瞬の逡巡の後、力強く頷いた。その瞳には、私に対する完全な信頼の色が浮かんでいた。
その瞳を見て、私の心臓がトクンと跳ねた。
再び、奇妙な共闘が始まる。
しかし、今度は先ほどとは練度が違った。私たちは互いの実力を認め合い、一つのユニットとして機能し始めていた。
アルフレッドが前方の敵を大きく薙ぎ払うように牽制する。その動きが生み出した僅かな隙を、私は見逃さない。懐に潜り込み、三人同時に急所を突いて動きを止める。
私が敵の短剣を奪い取って投げつければ、アルフレッドはそれを空中で蹴り飛ばし、軌道を変えて別の敵を怯ませる。
言葉はいらない。
視線だけで、呼吸だけで、互いの次の動きが手に取るように分かった。
彼の力強い動きと、私の素早い動き。その二つが組み合わさることで、一足す一が三にも四にもなるような、圧倒的な戦闘力が生まれていく。
敵であるはずの男の背中が、今は何よりも頼もしかった。
この背中を預けている限り、私は決して傷つかない。そんな根拠のない確信が、私の胸に芽生えていた。
「この化け物どもが……!」
次々と仲間が倒れていく様に、幹部の男が焦りの色を浮かべ始めた。彼は懐から、禍々しい紫色の光を放つ手のひらサイズの宝珠を取り出す。
「こうなれば、道連れだ!」
あれは、魔力を暴走させるための起爆装置。街中で使えば、この一帯が吹き飛ぶほどの破壊力を秘めた、禁制品の魔道具だ。
「まずい、街が!」
アルフレッドが叫ぶ。
私も、さすがに眉をひそめた。無関係な市民を巻き込む無差別な破壊は、私の主義に反する。それに、街が混乱すれば、私の本来の任務にも支障が出る。
やるしかない。
私は一瞬で状況を判断し、アルフレッドに叫んだ。
「あなた! 右手に見えるあの酒場の看板まで、一足で跳べる!?」
「何!? あそこまでか……? やってみせる!」
「私が奴の気を引くわ! あなたはその隙に、あの宝珠だけを叩き落として!」
私の的確すぎる指示に、アルフレッドは驚きながらも、すぐにその意図を理解した。彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。
「分かった。君を信じる!」
その言葉が、私の胸に温かく響いた。
「せいぜい、楽しませてもらうわよ!」
私はマントを翻し、幹部の男に向かって単身突撃した。魔力は使えない。だが、私の動きは人間の動体視力を遥かに超えている。男は私の陽動に完全に気を取られ、アルフレッドの存在を意識の外へと追いやった。
その一瞬の隙。
「はあっ!」
アルフレッドが地面を強く蹴った。彼の体は鳥のように宙を舞い、建物の壁を蹴ってさらに加速する。そして、見事に酒場の看板の上に音もなく着地した。
「なっ!?」
幹部の男が気づいた時には、全てが遅かった。
アルフレッドは上空から急降下し、男が振りかざす宝珠を、聖なる光を纏った手刀で正確に弾き飛ばす。
宝珠は宙を舞い、私がそれを空中でキャッチした。すぐさま内部の術式に干渉し、その機能を完全に停止させる。
「……終わったわね」
私が呟くと同時に、路地の入り口から武装した衛兵たちがなだれ込んできた。おそらく、アルフレッドが事前に呼んでいたのだろう。裏組織の連中は、なすすべもなく取り押さえられていった。
嵐が、過ぎ去った。
混乱が収まった裏路地で、私とアルフレッドは向かい合っていた。
「……助かったよ。本当に、ありがとう」
彼は、心からの感謝を込めて、私に頭を下げた。
「君がいなければ、街は大変なことになっていた。君は、一体何者なんだ? ただの旅人じゃないことは、もう分かっている」
彼の真剣な問いに、私は答えることができなかった。
正体を明かすことは、できない。
「……ただの、通りすがりよ」
私はそれだけを言うと、彼に背を向けた。
黒猫亭との接触時間は、とうに過ぎてしまっている。今回の任務も、また失敗だ。
けれど、不思議と後悔はなかった。
「待って!」
彼が私の腕を掴もうとする。私はそれをひらりとかわし、人混みの中へと紛れ込もうとした。
「また、会えるかい?」
彼の声が、背後から追いかけてくる。
私は答えなかった。答える代わりに、ほんの少しだけ足を止め、そして再び歩き出す。
街の喧騒の中に消えていく私の背中を、彼がどんな顔で見つめていたのか。
それを確かめることはしなかった。
ただ、私の心の中には、確かな感触が残っていた。
敵である勇者と共に、街の危機を救ったという奇妙な達成感。
そして、彼に背中を預けた時に感じた、あの温かい感覚。
それは、私が生まれて初めて抱いた、敵に対する「信頼」という名の、小さな、しかし確かな感情の芽生えだった。
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「てめえら……うちのかわいい若い衆に、随分と派手なことしてくれたじゃねえか」
中心に立つ大柄な男が、指の骨を鳴らしながら低い声で言った。
アルフレッドは私を庇うように一歩前に出ると、冷静な声で返した。
「そちらこそ、女性一人に寄ってたかって、褒められた行いではないな。僕はただ、彼女を助けただけだ」
「助けた、だと? この街じゃあな、余計な正義感は身を滅ぼすだけだぜ、坊や」
男の目が、鋭く光る。
「この街で最近起きている行方不明事件。お前たち、何か知っているんじゃないか?」
アルフレッドの問いに、男の口元が下品に歪んだ。
「さあな。何のことだか。だが、お前がその件を嗅ぎ回る王国のお坊ちゃんだってことは、知ってるぜ」
やはり。彼はただの旅人ではなかった。この街の闇を調査するために、身分を隠して潜入していたのだ。そして、相手は彼の正体を知った上で、罠にかけようとしている。
状況は、最悪だった。
私の任務の接触時間は、刻一刻と迫っている。こんなところで、勇者のトラブルに巻き込まれている場合ではない。
しかし、私の足は縫い付けられたようにその場から動かなかった。
彼一人を、この数の手練れ相手に残して立ち去る。その選択が、なぜかできなかったのだ。
「問答無用だ! そこの女ごと、この路地の染みにしてやれ!」
幹部の男の号令と共に、戦闘が始まった。
今度の敵は、素人ではない。統率の取れた動きで、巧みに死角を突きながら襲いかかってくる。
「君は下がっていろ!」
アルフレッドが叫ぶ。彼は聖剣を抜かないまま、卓越した体術で攻撃を捌いていく。しかし、相手の数が多すぎる。しかも、彼らは私のことも同時に狙っていた。
「足手まといはごめんよ!」
私は彼の背後から襲いかかった男の腕を取り、関節を極めた。悲鳴を上げて崩れ落ちる男を盾に、次の攻撃を防ぐ。
「君……!」
驚くアルフレッドに、私は苛立たしげに言った。
「いいから、自分の前に集中しなさい! 背中は私が守る!」
「……ああ、分かった!」
彼は一瞬の逡巡の後、力強く頷いた。その瞳には、私に対する完全な信頼の色が浮かんでいた。
その瞳を見て、私の心臓がトクンと跳ねた。
再び、奇妙な共闘が始まる。
しかし、今度は先ほどとは練度が違った。私たちは互いの実力を認め合い、一つのユニットとして機能し始めていた。
アルフレッドが前方の敵を大きく薙ぎ払うように牽制する。その動きが生み出した僅かな隙を、私は見逃さない。懐に潜り込み、三人同時に急所を突いて動きを止める。
私が敵の短剣を奪い取って投げつければ、アルフレッドはそれを空中で蹴り飛ばし、軌道を変えて別の敵を怯ませる。
言葉はいらない。
視線だけで、呼吸だけで、互いの次の動きが手に取るように分かった。
彼の力強い動きと、私の素早い動き。その二つが組み合わさることで、一足す一が三にも四にもなるような、圧倒的な戦闘力が生まれていく。
敵であるはずの男の背中が、今は何よりも頼もしかった。
この背中を預けている限り、私は決して傷つかない。そんな根拠のない確信が、私の胸に芽生えていた。
「この化け物どもが……!」
次々と仲間が倒れていく様に、幹部の男が焦りの色を浮かべ始めた。彼は懐から、禍々しい紫色の光を放つ手のひらサイズの宝珠を取り出す。
「こうなれば、道連れだ!」
あれは、魔力を暴走させるための起爆装置。街中で使えば、この一帯が吹き飛ぶほどの破壊力を秘めた、禁制品の魔道具だ。
「まずい、街が!」
アルフレッドが叫ぶ。
私も、さすがに眉をひそめた。無関係な市民を巻き込む無差別な破壊は、私の主義に反する。それに、街が混乱すれば、私の本来の任務にも支障が出る。
やるしかない。
私は一瞬で状況を判断し、アルフレッドに叫んだ。
「あなた! 右手に見えるあの酒場の看板まで、一足で跳べる!?」
「何!? あそこまでか……? やってみせる!」
「私が奴の気を引くわ! あなたはその隙に、あの宝珠だけを叩き落として!」
私の的確すぎる指示に、アルフレッドは驚きながらも、すぐにその意図を理解した。彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。
「分かった。君を信じる!」
その言葉が、私の胸に温かく響いた。
「せいぜい、楽しませてもらうわよ!」
私はマントを翻し、幹部の男に向かって単身突撃した。魔力は使えない。だが、私の動きは人間の動体視力を遥かに超えている。男は私の陽動に完全に気を取られ、アルフレッドの存在を意識の外へと追いやった。
その一瞬の隙。
「はあっ!」
アルフレッドが地面を強く蹴った。彼の体は鳥のように宙を舞い、建物の壁を蹴ってさらに加速する。そして、見事に酒場の看板の上に音もなく着地した。
「なっ!?」
幹部の男が気づいた時には、全てが遅かった。
アルフレッドは上空から急降下し、男が振りかざす宝珠を、聖なる光を纏った手刀で正確に弾き飛ばす。
宝珠は宙を舞い、私がそれを空中でキャッチした。すぐさま内部の術式に干渉し、その機能を完全に停止させる。
「……終わったわね」
私が呟くと同時に、路地の入り口から武装した衛兵たちがなだれ込んできた。おそらく、アルフレッドが事前に呼んでいたのだろう。裏組織の連中は、なすすべもなく取り押さえられていった。
嵐が、過ぎ去った。
混乱が収まった裏路地で、私とアルフレッドは向かい合っていた。
「……助かったよ。本当に、ありがとう」
彼は、心からの感謝を込めて、私に頭を下げた。
「君がいなければ、街は大変なことになっていた。君は、一体何者なんだ? ただの旅人じゃないことは、もう分かっている」
彼の真剣な問いに、私は答えることができなかった。
正体を明かすことは、できない。
「……ただの、通りすがりよ」
私はそれだけを言うと、彼に背を向けた。
黒猫亭との接触時間は、とうに過ぎてしまっている。今回の任務も、また失敗だ。
けれど、不思議と後悔はなかった。
「待って!」
彼が私の腕を掴もうとする。私はそれをひらりとかわし、人混みの中へと紛れ込もうとした。
「また、会えるかい?」
彼の声が、背後から追いかけてくる。
私は答えなかった。答える代わりに、ほんの少しだけ足を止め、そして再び歩き出す。
街の喧騒の中に消えていく私の背中を、彼がどんな顔で見つめていたのか。
それを確かめることはしなかった。
ただ、私の心の中には、確かな感触が残っていた。
敵である勇者と共に、街の危機を救ったという奇妙な達成感。
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