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第17話 勇者パーティーの苦悩
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勇者アルフレッドが滞在する拠点に戻ってきたのは、深夜のことだった。
私は心配で一睡もできず、作戦室で彼の帰りを待ち続けていた。扉が開き、少しだけ服を汚した彼の姿が見えた時、安堵と共に激しい怒りが込み上げてくる。
「アルフレッド! あなた、今までどこをほっつき歩いていたのですか!」
私は思わず立ち上がり、声を荒らげた。
商業都市アークライトで起きている不審な事件。その調査に向かうと言って、彼は護衛もつけずに単独で拠点を出て行った。王太子であり、人類の希望である勇者が取るべき行動ではない。
「やあ、イリーナ。待っていてくれたのかい。すまない、少し手間取ってしまってね」
彼は私の怒りを柳に風と受け流し、悪びれもなく笑った。その顔には疲労の色も見えず、むしろ何か大きなことを成し遂げたかのような、清々しい満足感さえ漂っている。
「手間取った、ではありません! 何かあったらどうするおつもりでしたの!? あなたの身は、あなた一人のものではないのですよ!」
「分かっているよ。心配してくれてありがとう」
彼はそう言うと、私の頭を子供にするようにぽんぽんと軽く叩いた。その仕草に、私の怒りは行き場を失ってしまう。彼はいつだってこうだ。私の心配を、純粋な好意として受け止め、そして決して真剣には取り合わない。
「それで? 調査の結果はどうだったのですか」
私は溜息をつき、話題を切り替えた。彼が無事だったのだから、今はそれでよしとするしかない。
「ああ、それがすごかったんだ!」
アルフレッドの目が、途端に少年のようにキラキラと輝き出した。
「やはり、街の裏組織が事件の黒幕だった。僕は彼らのアジトを突き止め、首謀者を捕らえて衛兵に引き渡してきたよ。これで、街の平和も少しは保たれるだろう」
「……あなた一人で、組織を壊滅させたと?」
私は呆れて物も言えない。彼の実力からすれば造作もないことだろうが、その無茶苦茶な行動には頭が痛くなる。
「いや、一人じゃなかったんだ」
「え?」
「素晴らしい協力者がいてね。彼女がいなければ、もっと危険なことになっていたかもしれない」
彼の口から「彼女」という言葉が出た瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。
まさか。
あの魔女のことではないでしょうね。
「彼女……とは、どなたですの?」
私は警戒しながら尋ねた。
すると、アルフレッドは少し頬を赤らめ、それはもう楽しそうに語り始めたのだ。
「それが、僕にも分からないんだ。フードを深く被った、ミステリアスな旅の女性でね。チンピラに絡まれているところを助けたのがきっかけだったんだが、彼女の戦闘技術は本当に見事だった。僕と背中合わせで戦った時の、あの息の合った連携は忘れられない。まるで、ずっと共に戦ってきたかのように、互いの動きが手に取るように分かったんだ」
彼の言葉は、熱を帯びていた。
それは、私や他のパーティーの仲間について語る時とは明らかに違う種類の熱。新しい、興味深い何かに出会った時の、純粋な興奮と喜び。
私の胸の奥が、ずきりと痛んだ。
リディア。
あの煉獄の魔女に心を奪われたかと思えば、今度はどこの馬の骨とも知れない旅の女ですって? あなたの心は、一体どうなっているのですか。
「……そうですか。それは、よかったですね」
私は精一杯の皮肉を込めて言った。しかし、恋に浮かれるこの男には、そんなもの通じるはずもなかった。
「ああ! 本当に素晴らしかった! 彼女は聡明で、状況判断も的確だった。僕が何をすべきか、言葉にしなくても理解してくれていた。最後に名前を聞こうとしたんだが、あっという間に人混みに消えてしまってね……。ああ、もう一度会って、ゆっくり話がしたいものだよ」
うっとりと語る彼の横顔を見ていると、私の心の中に黒い感情が渦巻いていくのが分かった。
嫉妬。
それは、敵であるはずの魔女リディアに向けられたものとは、また少し違う種類の、生々しい感情だった。リディアは、少なくともその強さも立場も分かっている。だが、今彼が語る女は、正体不明だ。それが、余計に私の心を掻き乱した。
「アルフレッド」
私は、自分でも驚くほど冷たい声で、彼の名を呼んだ。
「あなたは、一体誰のことが好きなのですか」
私の問いに、アルフレッドはきょとんとした顔でこちらを向いた。
「何を言っているんだい、イリーナ。決まっているだろう?」
彼は、当たり前のことを聞かれた、というように、少しも迷うことなく答えた。
「僕が愛しているのは、リディアただ一人だよ」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、一点の曇りもなかった。
私の嫉妬心など、まるで児戯であるかのように吹き飛ばしてしまうほどの、絶対的な確信に満ちていた。
「今日の彼女は、あくまで素晴らしい協力者だ。僕が守るべき世界には、あんなにも強く、気高い魂を持った人がいる。それを再認識できただけでも、大きな収穫だった。リディアを魔王の呪縛から解き放った暁には、きっと彼女も、あんな風に自由に、自分の意思で戦えるようになるはずなんだ」
彼は全てを、リディアに繋げて考えていた。彼の世界は、もう彼女を中心に回っている。
その事実を改めて突きつけられ、私は言葉を失った。
嫉妬など、馬鹿馬鹿しい。彼の心には、もう誰も入り込む隙間などないのだ。
それならば、私のこの胸の痛みは、なんなのだろう。
ああ、そうか。
私は、嫉妬しているだけではないのだ。
心配なのだ。心の底から。このどうしようもなくお人好しで、真っ直ぐすぎる幼馴染が、破滅の道へと突き進んでいるように見えて、たまらなく不安なのだ。
敵である魔女を愛し、救い出す。
それは、言うほど簡単なことではない。彼は勇者で、王太子だ。その立場が、彼の恋心を許さないだろう。世界が、彼らを祝福するはずがない。
いずれ、彼は大きな決断を迫られることになる。
愛か、使命か。
その時、彼はどちらを選ぶのだろう。どちらを選んだとしても、彼が深く傷つくのは目に見えている。
「……分かりました。もう、何も言いません」
私は、諦めたように息を吐いた。
そして、聖女としてではなく、ただ一人の幼馴染として、彼に告げた。
「でも、これだけは覚えておいてください。もし、あなたが本当に道を踏み外しそうになった時は……私が、あなたを止めます。たとえ、あなたに憎まれようとも」
私の真剣な言葉に、アルフレッドは少しだけ驚いた顔をした。しかし、すぐにいつもの優しい笑顔に戻る。
「ありがとう、イリーナ。君は、最高の友人だよ」
その言葉が、また私の胸を締め付けた。
彼が部屋を出て行った後、私は一人、作戦室の窓辺に立った。月明かりが、静かに床を照らしている。私はそっと胸の前で手を組み、祈りを捧げた。
どうか、あの愚直なまでに真っ直ぐな彼を、神よ、お守りください。
彼の選ぶ道が、血と涙に濡れることのないように。
そして、彼の愛が、世界を滅ぼす引き金にならないように。
その祈りが、果たして天に届くのか。
その答えを、まだ知る由もなかった。
私は心配で一睡もできず、作戦室で彼の帰りを待ち続けていた。扉が開き、少しだけ服を汚した彼の姿が見えた時、安堵と共に激しい怒りが込み上げてくる。
「アルフレッド! あなた、今までどこをほっつき歩いていたのですか!」
私は思わず立ち上がり、声を荒らげた。
商業都市アークライトで起きている不審な事件。その調査に向かうと言って、彼は護衛もつけずに単独で拠点を出て行った。王太子であり、人類の希望である勇者が取るべき行動ではない。
「やあ、イリーナ。待っていてくれたのかい。すまない、少し手間取ってしまってね」
彼は私の怒りを柳に風と受け流し、悪びれもなく笑った。その顔には疲労の色も見えず、むしろ何か大きなことを成し遂げたかのような、清々しい満足感さえ漂っている。
「手間取った、ではありません! 何かあったらどうするおつもりでしたの!? あなたの身は、あなた一人のものではないのですよ!」
「分かっているよ。心配してくれてありがとう」
彼はそう言うと、私の頭を子供にするようにぽんぽんと軽く叩いた。その仕草に、私の怒りは行き場を失ってしまう。彼はいつだってこうだ。私の心配を、純粋な好意として受け止め、そして決して真剣には取り合わない。
「それで? 調査の結果はどうだったのですか」
私は溜息をつき、話題を切り替えた。彼が無事だったのだから、今はそれでよしとするしかない。
「ああ、それがすごかったんだ!」
アルフレッドの目が、途端に少年のようにキラキラと輝き出した。
「やはり、街の裏組織が事件の黒幕だった。僕は彼らのアジトを突き止め、首謀者を捕らえて衛兵に引き渡してきたよ。これで、街の平和も少しは保たれるだろう」
「……あなた一人で、組織を壊滅させたと?」
私は呆れて物も言えない。彼の実力からすれば造作もないことだろうが、その無茶苦茶な行動には頭が痛くなる。
「いや、一人じゃなかったんだ」
「え?」
「素晴らしい協力者がいてね。彼女がいなければ、もっと危険なことになっていたかもしれない」
彼の口から「彼女」という言葉が出た瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。
まさか。
あの魔女のことではないでしょうね。
「彼女……とは、どなたですの?」
私は警戒しながら尋ねた。
すると、アルフレッドは少し頬を赤らめ、それはもう楽しそうに語り始めたのだ。
「それが、僕にも分からないんだ。フードを深く被った、ミステリアスな旅の女性でね。チンピラに絡まれているところを助けたのがきっかけだったんだが、彼女の戦闘技術は本当に見事だった。僕と背中合わせで戦った時の、あの息の合った連携は忘れられない。まるで、ずっと共に戦ってきたかのように、互いの動きが手に取るように分かったんだ」
彼の言葉は、熱を帯びていた。
それは、私や他のパーティーの仲間について語る時とは明らかに違う種類の熱。新しい、興味深い何かに出会った時の、純粋な興奮と喜び。
私の胸の奥が、ずきりと痛んだ。
リディア。
あの煉獄の魔女に心を奪われたかと思えば、今度はどこの馬の骨とも知れない旅の女ですって? あなたの心は、一体どうなっているのですか。
「……そうですか。それは、よかったですね」
私は精一杯の皮肉を込めて言った。しかし、恋に浮かれるこの男には、そんなもの通じるはずもなかった。
「ああ! 本当に素晴らしかった! 彼女は聡明で、状況判断も的確だった。僕が何をすべきか、言葉にしなくても理解してくれていた。最後に名前を聞こうとしたんだが、あっという間に人混みに消えてしまってね……。ああ、もう一度会って、ゆっくり話がしたいものだよ」
うっとりと語る彼の横顔を見ていると、私の心の中に黒い感情が渦巻いていくのが分かった。
嫉妬。
それは、敵であるはずの魔女リディアに向けられたものとは、また少し違う種類の、生々しい感情だった。リディアは、少なくともその強さも立場も分かっている。だが、今彼が語る女は、正体不明だ。それが、余計に私の心を掻き乱した。
「アルフレッド」
私は、自分でも驚くほど冷たい声で、彼の名を呼んだ。
「あなたは、一体誰のことが好きなのですか」
私の問いに、アルフレッドはきょとんとした顔でこちらを向いた。
「何を言っているんだい、イリーナ。決まっているだろう?」
彼は、当たり前のことを聞かれた、というように、少しも迷うことなく答えた。
「僕が愛しているのは、リディアただ一人だよ」
その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、一点の曇りもなかった。
私の嫉妬心など、まるで児戯であるかのように吹き飛ばしてしまうほどの、絶対的な確信に満ちていた。
「今日の彼女は、あくまで素晴らしい協力者だ。僕が守るべき世界には、あんなにも強く、気高い魂を持った人がいる。それを再認識できただけでも、大きな収穫だった。リディアを魔王の呪縛から解き放った暁には、きっと彼女も、あんな風に自由に、自分の意思で戦えるようになるはずなんだ」
彼は全てを、リディアに繋げて考えていた。彼の世界は、もう彼女を中心に回っている。
その事実を改めて突きつけられ、私は言葉を失った。
嫉妬など、馬鹿馬鹿しい。彼の心には、もう誰も入り込む隙間などないのだ。
それならば、私のこの胸の痛みは、なんなのだろう。
ああ、そうか。
私は、嫉妬しているだけではないのだ。
心配なのだ。心の底から。このどうしようもなくお人好しで、真っ直ぐすぎる幼馴染が、破滅の道へと突き進んでいるように見えて、たまらなく不安なのだ。
敵である魔女を愛し、救い出す。
それは、言うほど簡単なことではない。彼は勇者で、王太子だ。その立場が、彼の恋心を許さないだろう。世界が、彼らを祝福するはずがない。
いずれ、彼は大きな決断を迫られることになる。
愛か、使命か。
その時、彼はどちらを選ぶのだろう。どちらを選んだとしても、彼が深く傷つくのは目に見えている。
「……分かりました。もう、何も言いません」
私は、諦めたように息を吐いた。
そして、聖女としてではなく、ただ一人の幼馴染として、彼に告げた。
「でも、これだけは覚えておいてください。もし、あなたが本当に道を踏み外しそうになった時は……私が、あなたを止めます。たとえ、あなたに憎まれようとも」
私の真剣な言葉に、アルフレッドは少しだけ驚いた顔をした。しかし、すぐにいつもの優しい笑顔に戻る。
「ありがとう、イリーナ。君は、最高の友人だよ」
その言葉が、また私の胸を締め付けた。
彼が部屋を出て行った後、私は一人、作戦室の窓辺に立った。月明かりが、静かに床を照らしている。私はそっと胸の前で手を組み、祈りを捧げた。
どうか、あの愚直なまでに真っ直ぐな彼を、神よ、お守りください。
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