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第25話 ガレスの忠告
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勇者との密会から数日、私はまるで夢遊病者のように日々を過ごしていた。
心は、あの夜の神殿に置き去りにされたままだ。彼の言葉、彼の眼差し、彼の温もりが、現実の感覚を麻痺させている。
『僕が必ず君を救い出す』
その誓いが、甘い呪いのように私を縛っていた。
魔王様への忠告心と、彼への想い。その二つの巨大な感情の間で、私の心は引き裂かれそうになりながらも、奇妙な均衡を保っていた。
しかし、そんな私の危うい平穏は、長くは続かなかった。
「リDIAAAA!!」
私の私室の扉が、三度、轟音と共に吹き飛んだ。
デジャヴにも似た光景。そこに立っていたのは、案の定、怒りの形相で肩を怒らせる「豪雷」のガレスだった。
「ガレス……。もう、私の部屋の扉は諦めた方がいいかもしれないわね」
私は疲れ切った声で、冗談とも本気ともつかない言葉を口にした。
しかし、今の彼にそんな軽口が通じるはずもない。彼はズカズカと部屋に入ってくると、私の両肩を掴み、その巨体で揺さぶった。
「お前! 何を考えているんだ!」
その剣幕は、今までで一番凄まじかった。彼の瞳には、純粋な怒りだけでなく、深い失望と、そして悲しみのような色さえ浮かんでいる。
「何のことかしら」
私は、必死で平静を装った。
「とぼけるな! あの勇者と、二人きりで会っていたそうじゃないか!」
その言葉に、私の心臓が凍りついた。
なぜ、知っている? あの密会は、誰にも見られていないはず。
私の動揺を読み取ったのだろう。ガレスは苦々しい表情で舌打ちをした。
「レヴィだ。あいつが、夜中に城を抜け出すお前の姿を見ていたらしい。ご丁寧に、行き先まで突き止めてやがった」
レヴィ。
あの男なら、やりかねない。彼はいつだって、全てを知っているかのように振る舞う。
「それで? お前は一体、あの害虫と何を話していたんだ。まさかとは思うが……奴の甘言に、本気で心を動かされたわけではあるまいな!」
彼の問いは、私の最も痛いところを正確に抉ってきた。
心を動かされた? そんな生易しいものではない。私の心は、もうほとんど彼に奪われてしまっている。
しかし、それをこの男に正直に話すことなど、できるはずがなかった。
ガレスは、私を妹のように思っている。彼の私に対する信頼を、私は裏切ってしまったのだ。
「……あなたには、関係ないわ」
私は、俯いたまま、そう答えるのが精一杯だった。
その答えが、彼の最後の理性を吹き飛ばした。
「関係なくないだろうが!」
ガレスの怒声が、部屋全体を震わせる。「俺は、お前の兄貴分だ! お前が間違った道に進もうとしているなら、力ずくで止めるのが俺の役目だろうが!」
彼は掴んでいた私の肩を離すと、やり場のない怒りをぶつけるように、部屋の壁を殴りつけた。分厚い石壁に、巨大な亀裂が入る。
「リディア……頼むから、目を覚ましてくれ」
壁に拳をめり込ませたまま、彼は絞り出すような声で言った。その声は、怒りよりも、むしろ懇願に近かった。
「あの勇者は、敵だ。お前と俺たちの、全てを奪おうとしている敵なんだ。あいつの優しい言葉も、親切な態度も、全てはお前を騙し、利用するための罠に決まってる」
「彼は、そんな人じゃないわ!」
私は、思わず叫んでいた。
しまった、と思ったが、もう遅い。私の口から飛び出したのは、彼を庇う言葉だった。
その言葉を聞いたガレスの顔から、血の気が引いていくのが分かった。彼はゆっくりとこちらを振り返る。その瞳には、信じられないものを見るかのような、絶望の色が浮かんでいた。
「……お前、本気で言っているのか」
「……」
私は、何も答えられなかった。
ガレスは、力なく壁から拳を抜いた。そして、まるで何歳も年を取ったかのような、疲れ切った顔で、深いため息をついた。
「……そうか。そこまで、惚れ込んじまったのか」
その言葉は、非難というよりも、諦めに近かった。
彼は、私の心がもう、後戻りできない場所まで来てしまっていることを、悟ってしまったのだ。
「分かった。もう、何も言わん」
彼は、静かに言った。「お前が自分で気づくまで、俺は待つ。だが、これだけは覚えておけ」
彼は私の前に立つと、その大きな手で、私の頭を優しく撫でた。それは、昔、私が訓練で失敗して泣いていた時に、彼がしてくれたのと同じ仕草だった。
「これ以上、あの勇者と関わるな。お前のためにならん」
その声は、いつになく真剣で、そして重かった。
「あいつといるお前は、お前じゃない。ただの、恋にうつつを抜かす、愚かな女だ。そんなお前を、俺は見たくない。そして、そんなお前の姿は、いずれ必ずお前自身を破滅させる」
「……」
「魔王様は、まだお前に機会を与えてくださっている。今ならまだ、間に合う。頼む、リディア。元の、俺たちが誇りに思っていた『煉獄の魔女』に戻ってくれ」
その言葉は、兄が妹の身を案じる、心からの忠告だった。
彼の不器用な優しさが、私の胸に痛いほど突き刺さる。
私は、彼を裏切った。
彼だけではない。私に居場所を与えてくださった魔王様も。そして、私を信じてくれていた、全ての魔族たちをも。
その罪の重さに、私は言葉を失い、ただ俯くことしかできなかった。
ガレスは、それ以上何も言わなかった。
ただ、悲しげな瞳で私を一度だけ見つめると、静かに部屋を出て行った。吹き飛んだ扉の残骸が、彼の寂しい背中を見送っていた。
一人残された部屋で、私はその場にへたり込んだ。
彼の最後の言葉が、私の頭の中で何度も反響する。
『お前のためにならん』
『いずれ必ずお前自身を破滅させる』
分かっている。
彼が言っていることは、全て正しい。
この恋は、禁断の果実だ。甘く、魅力的で、しかし一度口にすれば、二度と楽園には戻れない。
私は、もう戻れないのだ。
アルフレッドを知る前の、迷いのなかった自分には。
ガレスの忠告は、私の心に重い楔を打ち込んだ。
それでも、私の心はアルフレッドを求め続けている。
この矛盾を抱えたまま、私はどこへ向かえばいいのか。
光と闇の狭間で揺れる私の魂は、出口のない迷宮を、ただ一人で彷徨い続けていた。
心は、あの夜の神殿に置き去りにされたままだ。彼の言葉、彼の眼差し、彼の温もりが、現実の感覚を麻痺させている。
『僕が必ず君を救い出す』
その誓いが、甘い呪いのように私を縛っていた。
魔王様への忠告心と、彼への想い。その二つの巨大な感情の間で、私の心は引き裂かれそうになりながらも、奇妙な均衡を保っていた。
しかし、そんな私の危うい平穏は、長くは続かなかった。
「リDIAAAA!!」
私の私室の扉が、三度、轟音と共に吹き飛んだ。
デジャヴにも似た光景。そこに立っていたのは、案の定、怒りの形相で肩を怒らせる「豪雷」のガレスだった。
「ガレス……。もう、私の部屋の扉は諦めた方がいいかもしれないわね」
私は疲れ切った声で、冗談とも本気ともつかない言葉を口にした。
しかし、今の彼にそんな軽口が通じるはずもない。彼はズカズカと部屋に入ってくると、私の両肩を掴み、その巨体で揺さぶった。
「お前! 何を考えているんだ!」
その剣幕は、今までで一番凄まじかった。彼の瞳には、純粋な怒りだけでなく、深い失望と、そして悲しみのような色さえ浮かんでいる。
「何のことかしら」
私は、必死で平静を装った。
「とぼけるな! あの勇者と、二人きりで会っていたそうじゃないか!」
その言葉に、私の心臓が凍りついた。
なぜ、知っている? あの密会は、誰にも見られていないはず。
私の動揺を読み取ったのだろう。ガレスは苦々しい表情で舌打ちをした。
「レヴィだ。あいつが、夜中に城を抜け出すお前の姿を見ていたらしい。ご丁寧に、行き先まで突き止めてやがった」
レヴィ。
あの男なら、やりかねない。彼はいつだって、全てを知っているかのように振る舞う。
「それで? お前は一体、あの害虫と何を話していたんだ。まさかとは思うが……奴の甘言に、本気で心を動かされたわけではあるまいな!」
彼の問いは、私の最も痛いところを正確に抉ってきた。
心を動かされた? そんな生易しいものではない。私の心は、もうほとんど彼に奪われてしまっている。
しかし、それをこの男に正直に話すことなど、できるはずがなかった。
ガレスは、私を妹のように思っている。彼の私に対する信頼を、私は裏切ってしまったのだ。
「……あなたには、関係ないわ」
私は、俯いたまま、そう答えるのが精一杯だった。
その答えが、彼の最後の理性を吹き飛ばした。
「関係なくないだろうが!」
ガレスの怒声が、部屋全体を震わせる。「俺は、お前の兄貴分だ! お前が間違った道に進もうとしているなら、力ずくで止めるのが俺の役目だろうが!」
彼は掴んでいた私の肩を離すと、やり場のない怒りをぶつけるように、部屋の壁を殴りつけた。分厚い石壁に、巨大な亀裂が入る。
「リディア……頼むから、目を覚ましてくれ」
壁に拳をめり込ませたまま、彼は絞り出すような声で言った。その声は、怒りよりも、むしろ懇願に近かった。
「あの勇者は、敵だ。お前と俺たちの、全てを奪おうとしている敵なんだ。あいつの優しい言葉も、親切な態度も、全てはお前を騙し、利用するための罠に決まってる」
「彼は、そんな人じゃないわ!」
私は、思わず叫んでいた。
しまった、と思ったが、もう遅い。私の口から飛び出したのは、彼を庇う言葉だった。
その言葉を聞いたガレスの顔から、血の気が引いていくのが分かった。彼はゆっくりとこちらを振り返る。その瞳には、信じられないものを見るかのような、絶望の色が浮かんでいた。
「……お前、本気で言っているのか」
「……」
私は、何も答えられなかった。
ガレスは、力なく壁から拳を抜いた。そして、まるで何歳も年を取ったかのような、疲れ切った顔で、深いため息をついた。
「……そうか。そこまで、惚れ込んじまったのか」
その言葉は、非難というよりも、諦めに近かった。
彼は、私の心がもう、後戻りできない場所まで来てしまっていることを、悟ってしまったのだ。
「分かった。もう、何も言わん」
彼は、静かに言った。「お前が自分で気づくまで、俺は待つ。だが、これだけは覚えておけ」
彼は私の前に立つと、その大きな手で、私の頭を優しく撫でた。それは、昔、私が訓練で失敗して泣いていた時に、彼がしてくれたのと同じ仕草だった。
「これ以上、あの勇者と関わるな。お前のためにならん」
その声は、いつになく真剣で、そして重かった。
「あいつといるお前は、お前じゃない。ただの、恋にうつつを抜かす、愚かな女だ。そんなお前を、俺は見たくない。そして、そんなお前の姿は、いずれ必ずお前自身を破滅させる」
「……」
「魔王様は、まだお前に機会を与えてくださっている。今ならまだ、間に合う。頼む、リディア。元の、俺たちが誇りに思っていた『煉獄の魔女』に戻ってくれ」
その言葉は、兄が妹の身を案じる、心からの忠告だった。
彼の不器用な優しさが、私の胸に痛いほど突き刺さる。
私は、彼を裏切った。
彼だけではない。私に居場所を与えてくださった魔王様も。そして、私を信じてくれていた、全ての魔族たちをも。
その罪の重さに、私は言葉を失い、ただ俯くことしかできなかった。
ガレスは、それ以上何も言わなかった。
ただ、悲しげな瞳で私を一度だけ見つめると、静かに部屋を出て行った。吹き飛んだ扉の残骸が、彼の寂しい背中を見送っていた。
一人残された部屋で、私はその場にへたり込んだ。
彼の最後の言葉が、私の頭の中で何度も反響する。
『お前のためにならん』
『いずれ必ずお前自身を破滅させる』
分かっている。
彼が言っていることは、全て正しい。
この恋は、禁断の果実だ。甘く、魅力的で、しかし一度口にすれば、二度と楽園には戻れない。
私は、もう戻れないのだ。
アルフレッドを知る前の、迷いのなかった自分には。
ガレスの忠告は、私の心に重い楔を打ち込んだ。
それでも、私の心はアルフレッドを求め続けている。
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