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第31話 王国の非難
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魔王城から追放されたリディアが、行く当てもなく闇を彷徨っていた頃。
人間たちの拠点であるルクス王国の王城では、重苦しい空気が玉座の間を支配していた。
円卓を囲むのは、国王アルベール・フォン・ルクスと、その下に連なる大臣たち、そして騎士団の最高幹部たち。その末席に、勇者アルフレッドと、彼の補佐として聖女イリーナが座っていた。
議題は、長引く魔王軍との戦いの今後の展望。しかし、その実態は、勇者アルフレッドに対する査問会に近いものだった。
「――以上が、これまでの戦況報告です」
騎士団長が硬い声で報告を終えると、宰相を務める老練な公爵が、待っていましたとばかりに口を開いた。その声は、ねっとりとした響きを持っていた。
「戦況が芳しくない原因は、明らかですな。勇者アルフレッド様の、不可解な御振る舞いにあると、私は考えます」
その言葉を皮切りに、今まで沈黙を守っていた大臣たちが次々とアルフレッドへの非難を口にし始めた。
「然り。グレンデル平原では、圧倒的優勢にありながら、敵将である『煉獄の魔女』を前にして謎の膠着状態に陥り、結果、敵の撤退を許した」
「黒の森の奇襲戦では、魔女の魔法が暴走したという絶好の機会がありながら、何故か彼女を仕留めずに見逃している」
「竜の顎渓谷に至っては、言語道断! 敵である魔女を庇い、御自らが負傷されたとか。その結果、味方の中から出た奇襲部隊を罰することもせず、みすみす取り逃がしたと聞いておりますぞ!」
次々と挙げられるアルフレッドの「失態」。そのどれもが、客観的な事実に基づいていた。王国側から見れば、彼の行動は手心を加えているとしか思えないものばかりだ。
アルフレッドは、その非難の嵐を、ただ黙って受け止めていた。彼の隣で、イリーナは唇を噛み締め、悔しさに拳を握りしめる。彼の真意を知っているのは、この場ではパーティーの仲間たちだけ。しかし、聖剣の力が見せる魂の輝きなどという話は、この現実主義者たちの前では戯言として一蹴されるだけだろう。
「極めつけは、中立地帯での一件です」
宰相が、追い打ちをかけるように言った。「原因不明の事故とはいえ、結果として勇者様は魔女と二人きりで行動し、生還された。この一連の出来事から、巷ではどのような噂が流れているか、勇者様はご存知ですかな?」
宰相は、アルフレッドの返事を待たずに、侮蔑の色を隠さずに続けた。
「曰く、『勇者様は、敵である煉獄の魔女に誑かされている』、と。民衆や兵士たちの間に、そのような不穏な噂が広まっているのです。人類の希望であるはずの勇者が、敵の女幹部に骨抜きにされている。これが、どれほど士気に関わる問題か、お分かりのはず」
その言葉は、決定的な一撃だった。
玉座の間が、ざわめきに包まれる。
アルフレッドは、それでも黙して語らなかった。彼がここで何を言っても、それはただの言い訳にしかならないことを、誰よりも理解していたからだ。
これまで沈黙を守っていた国王アルベールが、重々しく口を開いた。その声は、威厳に満ち、そして深い失望を滲ませていた。
「アルフレッド」
父からの呼びかけに、アルフレッドはゆっくりと顔を上げた。
「弁明があるのなら、聞こう」
その声には、王としての厳しさだけでなく、息子を信じたいと願う、父としての僅かな期待が込められていた。
アルフレッドは、一度だけイリーナの方を見た。彼女は、心配そうに小さく首を振っている。ここで真実を話しても、事態は悪化するだけだと、その瞳が訴えていた。
アルフレッドは、意を決して立ち上がった。
「弁明は、ございません。全ては、私の不徳の致すところです」
彼は、全ての非難を認めたのだ。
その答えに、国王の顔が苦渋に歪む。期待は、裏切られた。
「そうか……」
国王は、低く呟いた。「ならば、問う。お前は、王太子として、そして聖剣に選ばれた勇者として、自らの立場をどう考えている。私情を挟み、敵に情けをかけることが、お前の言う正義なのか」
「……いいえ」
「ならば何故だ! なぜ、あの魔女に固執する! お前の軽率な行動が、兵士たちの命を危険に晒し、この王国にどれほどの混乱を招いているか、分からぬお前ではあるまい!」
国王の怒声が、玉座の間に響き渡った。
それは、正論だった。アルフレッドの行動は、結果として多くの兵士を危険に晒し、戦況を停滞させている。彼の掲げる理想は、まだ誰にも理解されない、独りよがりの正義でしかなかった。
アルフレッドは、反論できなかった。
リディアの魂の純粋さを、どう説明すれば伝わるというのか。彼女を救うことが、世界を救うことに繋がると、どうすれば信じてもらえるというのか。
彼の信じる真実は、あまりにも孤独だった。
「……申し訳、ございません」
彼が言えたのは、その一言だけだった。
その答えに、国王は深く、深く失望したようだった。彼は玉座に深く身を沈めると、疲れ切った声で裁定を下した。
「勇者アルフレッドに、謹慎を命ずる」
その言葉に、アルフレッドだけでなく、イリーナも息を呑んだ。
「次の作戦会議への出席は認めん。しばらくの間、王城の一室にて頭を冷やし、自らの立場と責務をよく省みるがよい。よいな」
「……御意」
それは、事実上の戦線離脱命令だった。
勇者という最大の戦力を、自ら封じるという苦渋の決断。それほどまでに、王国の首脳部はアルフレッドの行動を危険視していたのだ。
会議は、それで終わりを告げた。
大臣たちが、勝利したかのような顔で退出していく。アルフレッドは誰とも視線を合わせることなく、静かに玉座の間を後にした。
その背中を、イリーナはたまらない気持ちで見送ることしかできなかった。
彼の信じる道は、こんなにも険しく、そして孤独なものだったのか。
◇
謹慎を命じられたアルフレッドは、王城の一角にある自室のバルコニーに立っていた。
眼下には、彼が守るべき王都の美しい夜景が広がっている。しかし、その光景は、今の彼の心には届かなかった。
父の言葉が、脳裏で反響する。
王太子としての責務。勇者としての使命。
それらと、リディアを救いたいという想い。その二つは、決して両立しないものなのだろうか。
彼は、自分の無力さを痛感していた。
彼女を救うと誓ったのに、今の自分は、城から一歩も出ることさえ許されない。彼女が今、どこで、何をしているのかを知る術もない。
古代遺跡で別れた時の、彼女の顔が忘れられない。
敵意ではなく、戸惑いと、そして微かな信頼の色を浮かべていた、あの赤い瞳。
彼女の心は、確かに変わり始めていた。あと一押しがあれば、彼女は魔王の呪縛から解き放たれるかもしれない。その大事な時に、自分は何もできない。
「リディア……」
彼の唇から、無意識に彼女の名前が漏れた。
「君は今、どこにいるんだ……?」
その声は、夜の風に溶けて消えた。
勇者は、人間たちの社会から孤立し、その力を封じられた。
魔女は、魔族の社会から追放され、帰る場所を失った。
光と闇、それぞれの場所で孤独になった二人の運命が、再び交錯するのは、まだ少しだけ先の話。
そして、その再会が、世界を揺るがす巨大な陰謀の幕開けとなることを、まだ誰も知らなかった。
人間たちの拠点であるルクス王国の王城では、重苦しい空気が玉座の間を支配していた。
円卓を囲むのは、国王アルベール・フォン・ルクスと、その下に連なる大臣たち、そして騎士団の最高幹部たち。その末席に、勇者アルフレッドと、彼の補佐として聖女イリーナが座っていた。
議題は、長引く魔王軍との戦いの今後の展望。しかし、その実態は、勇者アルフレッドに対する査問会に近いものだった。
「――以上が、これまでの戦況報告です」
騎士団長が硬い声で報告を終えると、宰相を務める老練な公爵が、待っていましたとばかりに口を開いた。その声は、ねっとりとした響きを持っていた。
「戦況が芳しくない原因は、明らかですな。勇者アルフレッド様の、不可解な御振る舞いにあると、私は考えます」
その言葉を皮切りに、今まで沈黙を守っていた大臣たちが次々とアルフレッドへの非難を口にし始めた。
「然り。グレンデル平原では、圧倒的優勢にありながら、敵将である『煉獄の魔女』を前にして謎の膠着状態に陥り、結果、敵の撤退を許した」
「黒の森の奇襲戦では、魔女の魔法が暴走したという絶好の機会がありながら、何故か彼女を仕留めずに見逃している」
「竜の顎渓谷に至っては、言語道断! 敵である魔女を庇い、御自らが負傷されたとか。その結果、味方の中から出た奇襲部隊を罰することもせず、みすみす取り逃がしたと聞いておりますぞ!」
次々と挙げられるアルフレッドの「失態」。そのどれもが、客観的な事実に基づいていた。王国側から見れば、彼の行動は手心を加えているとしか思えないものばかりだ。
アルフレッドは、その非難の嵐を、ただ黙って受け止めていた。彼の隣で、イリーナは唇を噛み締め、悔しさに拳を握りしめる。彼の真意を知っているのは、この場ではパーティーの仲間たちだけ。しかし、聖剣の力が見せる魂の輝きなどという話は、この現実主義者たちの前では戯言として一蹴されるだけだろう。
「極めつけは、中立地帯での一件です」
宰相が、追い打ちをかけるように言った。「原因不明の事故とはいえ、結果として勇者様は魔女と二人きりで行動し、生還された。この一連の出来事から、巷ではどのような噂が流れているか、勇者様はご存知ですかな?」
宰相は、アルフレッドの返事を待たずに、侮蔑の色を隠さずに続けた。
「曰く、『勇者様は、敵である煉獄の魔女に誑かされている』、と。民衆や兵士たちの間に、そのような不穏な噂が広まっているのです。人類の希望であるはずの勇者が、敵の女幹部に骨抜きにされている。これが、どれほど士気に関わる問題か、お分かりのはず」
その言葉は、決定的な一撃だった。
玉座の間が、ざわめきに包まれる。
アルフレッドは、それでも黙して語らなかった。彼がここで何を言っても、それはただの言い訳にしかならないことを、誰よりも理解していたからだ。
これまで沈黙を守っていた国王アルベールが、重々しく口を開いた。その声は、威厳に満ち、そして深い失望を滲ませていた。
「アルフレッド」
父からの呼びかけに、アルフレッドはゆっくりと顔を上げた。
「弁明があるのなら、聞こう」
その声には、王としての厳しさだけでなく、息子を信じたいと願う、父としての僅かな期待が込められていた。
アルフレッドは、一度だけイリーナの方を見た。彼女は、心配そうに小さく首を振っている。ここで真実を話しても、事態は悪化するだけだと、その瞳が訴えていた。
アルフレッドは、意を決して立ち上がった。
「弁明は、ございません。全ては、私の不徳の致すところです」
彼は、全ての非難を認めたのだ。
その答えに、国王の顔が苦渋に歪む。期待は、裏切られた。
「そうか……」
国王は、低く呟いた。「ならば、問う。お前は、王太子として、そして聖剣に選ばれた勇者として、自らの立場をどう考えている。私情を挟み、敵に情けをかけることが、お前の言う正義なのか」
「……いいえ」
「ならば何故だ! なぜ、あの魔女に固執する! お前の軽率な行動が、兵士たちの命を危険に晒し、この王国にどれほどの混乱を招いているか、分からぬお前ではあるまい!」
国王の怒声が、玉座の間に響き渡った。
それは、正論だった。アルフレッドの行動は、結果として多くの兵士を危険に晒し、戦況を停滞させている。彼の掲げる理想は、まだ誰にも理解されない、独りよがりの正義でしかなかった。
アルフレッドは、反論できなかった。
リディアの魂の純粋さを、どう説明すれば伝わるというのか。彼女を救うことが、世界を救うことに繋がると、どうすれば信じてもらえるというのか。
彼の信じる真実は、あまりにも孤独だった。
「……申し訳、ございません」
彼が言えたのは、その一言だけだった。
その答えに、国王は深く、深く失望したようだった。彼は玉座に深く身を沈めると、疲れ切った声で裁定を下した。
「勇者アルフレッドに、謹慎を命ずる」
その言葉に、アルフレッドだけでなく、イリーナも息を呑んだ。
「次の作戦会議への出席は認めん。しばらくの間、王城の一室にて頭を冷やし、自らの立場と責務をよく省みるがよい。よいな」
「……御意」
それは、事実上の戦線離脱命令だった。
勇者という最大の戦力を、自ら封じるという苦渋の決断。それほどまでに、王国の首脳部はアルフレッドの行動を危険視していたのだ。
会議は、それで終わりを告げた。
大臣たちが、勝利したかのような顔で退出していく。アルフレッドは誰とも視線を合わせることなく、静かに玉座の間を後にした。
その背中を、イリーナはたまらない気持ちで見送ることしかできなかった。
彼の信じる道は、こんなにも険しく、そして孤独なものだったのか。
◇
謹慎を命じられたアルフレッドは、王城の一角にある自室のバルコニーに立っていた。
眼下には、彼が守るべき王都の美しい夜景が広がっている。しかし、その光景は、今の彼の心には届かなかった。
父の言葉が、脳裏で反響する。
王太子としての責務。勇者としての使命。
それらと、リディアを救いたいという想い。その二つは、決して両立しないものなのだろうか。
彼は、自分の無力さを痛感していた。
彼女を救うと誓ったのに、今の自分は、城から一歩も出ることさえ許されない。彼女が今、どこで、何をしているのかを知る術もない。
古代遺跡で別れた時の、彼女の顔が忘れられない。
敵意ではなく、戸惑いと、そして微かな信頼の色を浮かべていた、あの赤い瞳。
彼女の心は、確かに変わり始めていた。あと一押しがあれば、彼女は魔王の呪縛から解き放たれるかもしれない。その大事な時に、自分は何もできない。
「リディア……」
彼の唇から、無意識に彼女の名前が漏れた。
「君は今、どこにいるんだ……?」
その声は、夜の風に溶けて消えた。
勇者は、人間たちの社会から孤立し、その力を封じられた。
魔女は、魔族の社会から追放され、帰る場所を失った。
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