私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第40話 絶望の勇者

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グレンデル平原に、夜の帳が下りていた。
しかし、その夜は星の輝きもなく、月も厚い雲に隠れて姿を見せない。まるで、この地で起きた悲劇を、天が嘆いているかのようだった。

破壊され尽くした大地の中央で、アルフレッドは一人、膝をついていた。
彼の体は、既に限界を超えていた。魔王ザルディアスによって打ち込まれた闇の棘は、聖剣の力をもってしても、完全には取り除けない。体の自由を奪われ、激痛が全身を苛んでいた。

だが、そんな肉体的な苦痛など、彼の心を支配する絶望に比べれば、些細なことに過ぎなかった。

目の前で、リディアが連れ去られていった。
魔王の、あの圧倒的な力の前に、自分は何もできなかった。
彼女を救い出すと誓ったのに、その腕に触れることさえできず、ただ無力に見送ることしかできなかった。

「リディア……ッ!」

彼の喉から、血を吐くような叫びが漏れた。
その声は、誰にも届くことなく、荒涼とした平原に虚しく響き渡る。

彼女が最後に浮かべた、あの絶望の表情。
自分に向けられた、助けを求めるような、あの瞳。
その全てが、彼の網膜に焼き付いて離れない。

彼女は、裏切り者として断罪された。
全ての罪を、一人で背負わされて。
そして、これから、死よりも辛い運命が待っていると、魔王は言った。

『我が大願の贄として、有効に活用させてもらう』

その言葉の意味は、まだ分からない。
しかし、それが彼女の魂を踏みにじる、恐ろしい何かであることだけは、確かだった。

「僕の、せいだ……」

アルフレッドの肩が、絶望に震えた。
僕が、彼女に会いたいなどと願ったから。
僕が、彼女をこの場所に呼び出してしまったから。
全ては、僕の軽率な行動が招いた、最悪の結果だった。

彼女は、僕を守ろうとしていたのかもしれない。
『二度と私に関わらないで』
あの冷たい言葉は、僕をこの運命から遠ざけるための、彼女なりの最後の優しさだったのかもしれない。

なのに、僕はその真意に気づけず、彼女を追い詰めてしまった。
そして、魔王の仕掛けた最悪の罠に、二人して嵌ってしまったのだ。

「う……あああああああっ!」

後悔と自責の念が、彼の心を容赦なく苛む。
勇者として、王太子として、そして何より、彼女を愛する一人の男として、自分はあまりにも無力だった。

彼は、地面に突き立てられた聖剣に、額を押し付けた。
冷たい鋼の感触が、かろうじて彼の理性を繋ぎ止めている。
聖剣は、主の絶望に呼応するように、その輝きを失い、ただの鉄の塊のように沈黙していた。

どれほどの時間が、経っただろうか。
夜の闇の中を、いくつかの灯りがこちらへ近づいてくるのが見えた。

「アルフレッド様!」
「ご無事ですか!」

それは、彼の異変を察知し、王城から駆けつけたイリーナたち、勇者パーティーの仲間だった。
彼らは、破壊され尽くした平原の惨状と、血塗れで膝をつくアルフレッドの姿を見て、言葉を失う。

「アルフレッド! 一体、何があったのですか!?」

イリーナが、悲痛な声を上げて駆け寄ってくる。
しかし、アルフレッドは顔を上げなかった。ただ、力なく首を振るだけだった。

「……彼女が」

彼の唇から、か細い声が漏れた。

「リディアが……連れて行かれた……僕の、目の前で……」

その言葉だけで、イリーナは全てを察した。
この惨状は、リディアの魔力が暴走した結果であること。
そして、その混乱の最中に、魔王本人が現れ、彼女を連れ去っていったということを。

「なんて……こと……」
イリーナは、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。

ダリウスとエルザも、厳しい表情で周囲を警戒しながら、アルフレッドの元へと集まる。
彼らは、リーダーの、今まで見たこともないような、打ちひしがれた姿に、かける言葉も見つからなかった。

「……戻りましょう、アルフレッド様」
やがて、ダリウスが静かに言った。「ここでこうしていても、何も始まりません。まずは、あなたの傷の手当てを」

しかし、アルフレッドは動かなかった。
その瞳は、虚ろなまま、リディアが消えた闇の空を、ただ見つめ続けていた。

「……意味が、ない」

彼は、呟いた。
「彼女がいない世界で、僕が勇者である意味など、どこにもない。僕が守るべき光は、もう、どこにも……」

その言葉は、彼の心が完全に折れてしまったことを示していた。
人類の希望と謳われた勇者の輝きが、今、まさに消えかかろうとしている。

「しっかりなさい、アルフレッド!」

イリーナが、彼の両肩を掴み、強く揺さぶった。
「あなたが諦めて、どうするのですか! あなたが諦めたら、彼女は本当に救われないのですよ!」

その言葉に、アルフレッドの虚ろな瞳が、僅かに揺れた。

「まだ、終わってはいません! 彼女は、まだ生きているはずです! あなたが救い出すと誓った、彼女の魂は、まだ、あなたを待っているはずです!」

イリーナの必死の叫びが、暗闇に木霊する。
それは、聖女としての祈りであり、そして、一人の友としての、魂からの叱咤激励だった。

アルフレッドの瞳に、ほんの僅かな光が戻った。
そうだ。まだ、終わっていない。
彼女は、まだ生きている。魔王城のどこかで、苦しんでいる。

僕が、諦めるわけにはいかない。
僕が彼女を救わなければ、一体誰が救えるというのだ。

「……ああ」

彼は、絞り出すような声で、答えた。
「君の、言う通りだ……」

彼は、聖剣を杖のようにして、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。
その体はボロボロで、今にも崩れ落ちそうだった。
しかし、その瞳には、絶望の淵から這い上がってきた者だけが持つ、鬼気迫るほどの、凄まじい決意の光が宿り始めていた。

「僕は、まだ……戦える」

その一言は、地獄の底から響くような、静かで、そして恐ろしいほどの響きを持っていた。

絶望は、彼を殺さなかった。
それは、彼の魂を一度砕き、そして、より硬く、より鋭く、鍛え上げたのだ。

愛する者を奪われた勇者は、もはやただの光の御子ではない。
復讐と、奪還の炎をその身に宿した、怒れる神へと変貌を遂げようとしていた。

その変貌が、これから世界に何をもたらすのか。
その答えを、今はまだ誰も知らなかった。
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