私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

文字の大きさ
41 / 100

第41話 事件の真相

しおりを挟む
王城へと帰還したアルフレッドは、聖女イリーナの献身的な治癒魔法によって、一命を取り留めた。
魔王によって打ち込まれた闇の棘は彼の体を深く蝕んでいたが、聖剣の力とイリーナの神聖魔法が辛うじてその進行を食い止めている。しかし、肉体の傷以上に深刻だったのは、彼の心に刻まれた傷だった。

謹慎を命じられた西塔の一室。アルフレッドはベッドの上で、ただ虚空を見つめていた。その瞳には光がなく、まるで魂が抜け落ちた人形のようだ。食事にもほとんど手をつけず、誰が話しかけても、力なく頷くだけ。人類の希望と謳われた輝きは、完全に失われていた。

「このままでは……アルフレッドの心が死んでしまう」

作戦室に集まったイリーナ、ダリウス、エルザは、皆一様に暗い顔をしていた。
リーダーの不在と、その絶望的な状態。勇者パーティーは、今、結成以来最大の危機に直面していた。

「何か、手掛かりはないのでしょうか」
エルザが、静かに口を開いた。「あの平原で起きた魔力暴走。そして、魔王の出現。あまりにも、タイミングが良すぎます」

「同感だ」
ダリウスが、腕を組んで頷く。「まるで、全てが仕組まれていたかのようだ。リディアという魔女が、本当に自ら暴走したのか。俺には、疑問が残る」

その言葉に、イリーナはハッとした。
そうだ。私たちは、まだ何も諦めてはいけない。アルフレッドが立ち直るのを待っているだけでは、何も変わらない。私たちが、彼の代わりに真実を探し出すのだ。

「……調査しましょう」
イリーナは、決意を込めて言った。「あのグレンデル平原で、本当に何があったのか。全ての可能性を洗い出し、真実を突き止めるのです」

その日から、彼らの戦いが始まった。
エルザは、魔法師団の協力を得て、グレンデル平原に残された魔力の残滓を徹底的に分析した。膨大なデータを解析した結果、彼女は驚くべき結論にたどり着く。

「……間違いありません」
数日後、作戦室に集まった仲間たちに、彼女は興奮を隠せない様子で報告した。「あの魔力暴走は、リディア様が自発的に起こしたものではありません。平原全体に仕掛けられた巨大な古代術式によって、外部から強制的に引き起こされたものです。それも、光と闇、相反する二つの属性の魔力を触媒とする、極めて高度で悪質な罠でした」

「つまり、リディアは嵌められた、ということか」
ダリウスの低い声に、エルザは頷いた。

「はい。彼女とアルフレッド様が、あの場所に揃うことで発動するよう、あらかじめ設計されていたのです。これは、個人の力でどうにかなるものではありません。背後に、強大な知性と力を持った黒幕がいるはずです」

時を同じくして、ダリウスもまた、独自のルートで一つの情報を掴んでいた。
「魔王軍の内部から漏れてきた噂だ。例の『煉獄の魔女』は、勇者との内通の罪で、軍を追放されたらしい」

「追放?」
イリーナは眉をひそめた。「魔王の公式発表では、『自らの力に溺れて暴走した』ことになっているはずでは?」

「ああ。話が食い違う。情報が錯綜しているということは、魔王軍の内部でも、何らかの隠蔽工作が行われている証拠だ」

全てのピースが、一つの方向を示し始めていた。
リディアは、魔王の公式発表とは裏腹に、何者かの罠によって魔力を暴走させられ、その罪を着せられた上で、軍を追放された。
その黒幕として、最も可能性が高いのは……。

「……魔王、ザルディアス」
イリーナの唇から、その名が漏れた。

しかし、動機が分からない。なぜ、魔王は自らの最強戦力である四天王を、このような回りくどいやり方で排除する必要があったのか。

答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
その夜、アルフレッドは一人、自室のベッドの上で悪夢にうなされていた。
リディアが、闇に連れ去られていく光景。彼女の絶望に満ちた瞳。それが、何度も何度も繰り返される。

「リディア……!」
彼は、自らの叫び声で目を覚ました。
全身は、冷たい汗でぐっしょりと濡れている。窓の外は、静かな夜の闇に包まれていた。

「……また、この夢か」
彼は、力なく呟いた。
自責の念が、眠っている間さえ彼を苛む。

その時だった。
部屋の隅の、最も深い影が、僅かに揺らめいた。
そして、その影の中から、滑るように一人の男が姿を現す。
闇色の長衣を纏った、クールな美貌の魔族。

「……誰だ」
アルフレッドは、枕元の聖剣に手を伸ばしながら、鋭く問いかけた。傷ついているとはいえ、勇者の気配察知能力は衰えていない。

「お初にお目にかかる、勇者殿」
男は、優雅に一礼した。「私はレヴィ。君が愛してやまない女性の、元同僚さ」

四天王「深淵」のレヴィ。
その名を聞き、アルフレッドの全身に緊張が走った。なぜ、魔王軍の幹部が、こんな場所に。

「警戒しなくてもいい。君と事を構えに来たわけじゃない」
レヴィは、両手を広げて敵意がないことを示すと、面白そうな笑みを浮かべた。「むしろ、君にプレゼントを届けに来たんだ。君が、喉から手が出るほど欲しがっているであろう、『真実』という名のね」

レヴィは、まるで舞台俳優のように、芝居がかった口調で語り始めた。
グレンデル平原の罠が、魔王ザルディアス自らの手によって仕掛けられたものであること。
リディアが、幾度となく魔王の命令に背き、人間を助け、そしてアルフレッドを庇い続けたこと。
そして、その結果、彼女が魔王に見限られ、全てを失ったこと。

その言葉の一つ一つが、アルフレッドの心に深く突き刺さっていく。

「君との出会いが、彼女を変えた。そして、その変化が、彼女を破滅させたのさ」
レヴィは、残酷な事実を、淡々と告げた。「君が彼女を愛したせいで、彼女は全てを失った。滑稽な話だとは思わないかい?」

「……っ!」
アルフレッドは、唇を強く噛み締めた。
レヴィの言葉は、彼の罪悪感を的確に抉ってくる。しかし、同時に、彼の心の中に、別の感情が灯り始めていた。
彼女は、最後まで僕を裏切ってはいなかった。
それどころか、僕のために、全てを賭けて戦ってくれていたのだ。

「彼女は今、どこにいる」
アルフレッドは、震える声で尋ねた。

「魔王城の最深部。魔力の炉心と呼ばれる場所だ」
レヴィは、表情を変えずに答えた。「我が主の、狂気じみた計画の『贄』にされるためにね」

そして、レヴィは語った。魔王の真の目的。世界の破壊と再創造。そして、リディアが、その禁術を完成させるための、最初の生贄にされようとしていることを。

「……なんて、ことだ」

全てのピースが、はまった。
全ての謎が、解けた。
そして、残されたのは、想像を絶する、あまりにも残酷な真実だけだった。

「なぜ、それを僕に話す」

「言っただろう? 僕は、面白い見世物が好きなんだ」
レヴィは、肩をすくめた。「それに、魔王様の計画は、僕の美学に反する。世界が滅んでは、チェスも楽しめないからね。君が、我が主の計画を阻止してくれるというのなら、僕は喜んで協力しよう。これは、僕自身の目的のためでもある」

彼は、一枚の羊皮紙をアルフレッドに放り投げた。
そこには、魔王城の内部構造が、詳細に記されていた。

「さて、プレゼントは以上だ。君がこの真実を知って、絶望のまま朽ち果てるのか、それとも、愚かにも魔王に挑み、犬死にするのか。楽しみに見物させてもらうよ」

それだけを言うと、レヴィは再び影の中へと溶けるように消えていった。

一人残された部屋で、アルフレッドは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
絶望が、彼の全身を支配していた。
しかし、その絶望の底の、最も深い場所で、一つの感情が、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。

怒り。
リディアの気高い魂を踏みにじり、彼女を道具として弄んだ、魔王ザルディアスに対する、純粋で、そして底なしの怒り。

そして、その怒りは、やがて、揺るぎない一つの決意へと昇華された。

「……そうか」

彼は、力なく呟いた。
しかし、その瞳には、もはや絶望の色はなかった。
そこにあったのは、地獄の底から這い上がってきた者だけが宿すことができる、静かで、そして燃えるような光だった。

「僕が、間違っていた」
彼は、ベッドから立ち上がった。その足取りには、もう迷いはない。

「僕が救うべきは、君だけじゃなかったんだな、リディア」

彼は、窓の外に広がる王都の夜景を見つめた。
そして、その向こうにある、闇に閉ざされた魔王領を。

「君と、そして、君が愛したかもしれないこの世界。その全てを、僕は、この手で必ず救い出してみせる」

絶望の淵で、勇者は、本当の意味で覚醒した。
彼の戦いは、もはや個人的な恋のためではない。
愛する人と、その人が生きる世界、その全てを守るための、聖なる戦いへと、その意味を変えたのだ。

彼の瞳に宿った決意の光は、もはや誰にも消すことはできないだろう。
物語は、ついに、最終局面へと向けて、大きく動き出そうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます

鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。 そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。 そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。 ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。 「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」 聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。

処理中です...