私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第44話 愛か、王務か

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アルフレッドは、自室の扉に鍵をかけた。
父である国王に謹慎を命じられ、事実上の軟禁状態。しかし、彼の心はもはや、この小さな部屋の中に囚われてはいなかった。
レヴィから齎された真実。それは、彼の絶望を怒りへ、そして揺るぎない決意へと昇華させた。

リディアを、救い出す。
魔王の狂気じみた計画を、この手で阻止する。
そのためならば、いかなる障害も乗り越えてみせる。

しかし、障害はあまりにも大きかった。
国王は、彼の言葉に耳を貸さず、王国軍は総攻撃の準備を着々と進めている。彼が単独で行動しようとすれば、それは王命に背く裏切り行為と見なされ、最悪の場合、反逆者として追われる身となるだろう。

王太子としての責務。
それは、父の命令に従い、この国と民の安寧を第一に考えること。
しかし、彼の魂が叫んでいた。リディアを見捨て、魔王の計画を座して見ていることこそが、真の裏切りなのだと。

愛か、王務か。
彼は、究極の選択を迫られていた。

その夜、アルフレッドの部屋を、一人の人物が密かに訪れた。
国王アルベール。彼の父だった。
衛兵を下がらせ、人払いをした上で、彼はただ一人、息子の前に立った。

「……まだ、考えは変わらぬか」
国王の声は、固かった。その瞳には、王としての威厳と、そして息子を案じる父としての苦悩が、複雑に交錯している。

「変わりません」
アルフレッドは、まっすぐに父を見つめ返した。「私の信じる道は、ただ一つです」

その揺るぎない答えに、国王は深いため息をついた。
「お前は、分かっているのか。お前がやろうとしていることが、どれほどこの国を危険に晒すことになるのかを」

「危険を招くのは、魔王の計画を看過することです」

「その計画とやらが、真実だという保証がどこにある! 敵である魔族の言葉を、鵜呑みにしろと申すか!」
国王の語気が、荒くなる。「お前の心は、完全にあの魔女に支配されている。もはや、冷静な判断力を失っているのだ!」

「いいえ」
アルフレッドは、静かに首を振った。「私は、かつてないほど冷静です。そして、かつてないほど、自分が何をすべきかを、はっきりと理解しています」

彼は、父の前に一歩進み出た。
そして、今まで胸の奥に秘めていた、本当の想いを、静かに、しかし力強く語り始めた。

「父上。私は、王太子である前に、一人の人間です。そして、聖剣に選ばれた勇者です。私の使命は、ただ魔物を討伐し、領土を広げることではありません。この世界に生きる、全ての魂を、理不尽な暴力と絶望から守ること。そう、信じています」

彼の言葉には、不思議な力が宿っていた。それは、ただの理想論ではない。聖剣と共に歩み、世界の真理に触れた者だけが持つことができる、魂からの響き。

「リディアは……彼女は、その理不尽の、最大の犠牲者です。彼女は、誰よりも気高く、優しい魂を持ちながら、魔王によってその心を捻じ曲げられ、道具として利用されてきました。彼女の流した涙と苦しみを、見過ごすこと。それは、私が掲げる正義に反します」

国王は、息子の言葉に、ただ黙って耳を傾けていた。
その表情は、険しいままだったが、その瞳の奥に、僅かな動揺が走っているのを、アルフレッドは見逃さなかった。

「彼女一人を救うことが、私情だと思われるのでしたら、それでも構いません」
アルフレッドは、覚悟を決めたように、続けた。

「ですが、私は行きます。王太子としての責務を、そしてこの国の王位継承権を、全て捨ててでも、私は彼女を救いに行きます」

その言葉は、決定的な一撃だった。
国王の顔から、血の気が引いていく。
王位を、捨てる。
それは、アルフレッドが、この国の未来そのものを賭けて、自らの信じる道を選んだという、最終宣告に他ならなかった。

「……お前は」
国王の声が、震えていた。「お前は、本気で言っているのか。この国と、民を、捨てると言うのか」

「捨てるのではありません」
アルフレッドは、きっぱりと言い切った。「守るのです。私のやり方で。魔王の真の脅威から、この国と民、そして私が愛する人を、全て守るのです。そのためならば、私は、私の全てを賭ける覚悟です」

その瞳には、一点の曇りもなかった。
そこにあるのは、自らの運命を受け入れ、全てを背負うことを決めた、一人の男の、絶対的な覚悟。

国王は、言葉を失った。
目の前にいるのは、もはや自分の庇護下にある、未熟な息子ではなかった。
自らの足で立ち、自らの信じる正義のために、全てを投げ打つ覚悟を決めた、一人の王の姿がそこにあった。

長い、長い沈黙が、部屋を支配した。
やがて、国王は、まるで何歳も年を取ったかのように、深く、深く息を吐いた。

「……愚か者め」
その声は、怒りというよりも、深い諦観と、そしてほんの僅かな、誇らしさのような響きを持っていた。

「お前は、儂にではなく、お前自身の血に似たのだな。儂の父……お前の祖父もまた、正義のためならば、王冠さえも投げ打つ覚悟を持った、どうしようもない理想主義者だった」

国王は、窓の外の夜空を見上げた。
その瞳は、遠い過去を懐かしんでいるかのようだった。

「……好きにせよ」

ぽつり、と。
彼は、そう呟いた。

「え……?」
アルフレッドは、自分の耳を疑った。

「儂は、お前の行動を、認めん。国王として、断じてな。だが……」
国王は、ゆっくりとアルフレッドの方を振り返った。「父親として、息子の覚悟を、踏みにじることまではできん」

それは、許しではなかった。
黙認。
王としての立場と、父としての愛情。その狭間で、彼が出した、苦渋の結論。

「ただし、条件がある」
国王は、威厳のある声で言った。「生きて、帰ってこい。そして、お前の言う正義が、本当にこの世界を救うに値するものなのか、その身で証明してみせよ。それができぬのなら、お前はもはや、儂の息子ではない」

それは、父が息子に課した、あまりにも重く、そして愛情に満ちた試練だった。

「……はい」
アルフレッドは、深く、深く頭を下げた。「必ず。この御恩と、父上の言葉を胸に、必ずや全てを成し遂げ、生きて戻ることを、ここに誓います」

父と子の間にあった、長く、そして厚い壁が、静かに崩れ落ちた瞬間だった。

国王は、それ以上何も言わなかった。
ただ、息子の肩を、一度だけ強く叩くと、静かに部屋を出て行った。
その背中は、王としての威厳を保ちながらも、どこか寂しげに見えた。

一人残された部屋で、アルフレッドは、窓から差し込む月明かりを浴びていた。
父は、道を空けてくれた。
もう、迷いはない。

彼の胸に宿るのは、リディアへの愛だけではない。
民への責務、父への感謝、そして仲間たちとの絆。
その全てを背負い、彼はこれから、最も困難で、最も孤独な戦いへと、その身を投じるのだ。

愛か、王務か。
その答えは、どちらか一方を選ぶことではなかった。
その両方を、自らの力で掴み取ること。
それこそが、勇者アルフレッドが選んだ、唯一の道だった。
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