49 / 100
第49話 出陣
しおりを挟む
夜明け前の、最も深い闇の中。
アルフレッドたち四人は、魔王城の城壁の下に広がる、巨大な地下水路の入り口に立っていた。
レヴィから渡された地図によれば、この水路こそが、城内へと通じる唯一の秘密の経路だ。
ゴウゴウと音を立てて流れる濁流は、魔王城から排出される汚水と、瘴気を帯びた地下水が混じり合ったものだろう。鼻を突く異臭と、肌を刺すような冷気が、彼らの行く手を阻むかのように吹き付けてくる。
「……ここから、入るのですね」
イリーナが、顔を顰めながら言った。聖女である彼女にとって、この不浄な場所は生理的な嫌悪感を催させる。
「文句を言っている暇はないわ」
エルザが、冷静に告げた。「王国軍の総攻撃が始まるまで、もう時間がない。陽動が始まる前に、我々は城の中心部近くまで到達している必要がある」
彼女の言う通りだった。
東の空が、微かに白み始めている。開戦の時は、刻一刻と迫っていた。
「よし、行こう」
アルフレッドが、決然とした声で言った。「ここからは、音を立てず、慎重に進む。ダリウスが先頭、僕がしんがりだ。イリーナとエルザは、その中間を」
彼の的確な指示に、仲間たちは無言で頷いた。
ダリウスが、音もなく水路の中へと足を踏み入れる。腰まで浸かる冷たい濁流に、彼の眉が僅かにひそめられたが、歩みを止めることはない。
後に続き、エルザ、イリーナ、そして最後にアルフレッドが水路へと入った。
聖剣の放つ微かな光だけが、彼らの進む道を照らし出す。
地下水路の中は、迷路のように入り組んでいた。
壁からは粘着質の苔が垂れ下がり、天井からは時折、得体の知れない生物が落下してくる。まさに、魔王城の腹の中。世界の闇が凝縮されたかのような場所だった。
彼らは、言葉を交わすことなく、ただ黙々と先へと進んだ。
ダリウスの卓越した索敵能力が、幾度となく彼らを危機から救った。水中に潜む魔物の気配をいち早く察知し、音もなく仕留める。巧妙に仕掛けられた罠の気配を読み取り、安全なルートを選択する。
エルザは、魔法によって周囲の魔力の流れを読み解き、地図の正確性を常に確認していた。時折現れる魔法的な障壁も、彼女の精密な術式解除によって、警報を作動させることなく無力化されていく。
イリーナは、神聖魔法によって、パーティー全体に加護を与え続けていた。瘴気による体力低下を防ぎ、仲間たちの精神を常に清浄に保つ。彼女の存在が、この過酷な環境下での精神的な支柱となっていた。
そして、アルフレッドは。
彼はしんがりとして、常に後方の警戒を怠らなかった。聖剣の輝きは、追手の接近を許さない絶対的な結界となっていた。彼のその揺るぎない存在感が、仲間たちに、前に進む勇気を与え続けていた。
どれほどの時間、進んだだろうか。
不意に、遠くから、地響きのような轟音が響いてきた。
それは、断続的に、そして徐々に大きくなっていく。
「……始まったな」
ダリウスが、低く呟いた。
王国軍の、総攻撃が始まったのだ。
地上では今頃、人間と魔族、双方の血が流れる、激しい戦いが繰り広げられているに違いない。
「急ごう」
アルフレッドが、声を低めて言った。「彼らが稼いでくれている時間を、無駄にはできない」
彼らの歩みが、僅かに速まる。
やがて、彼らは地図に記された、一つの鉄格子の前にたどり着いた。ここが、地下水路から城の最下層へと通じる、唯一の入り口だ。
「ここからは、本当の敵地だ。心してかかれ」
アルフレッドの言葉に、仲間たちは改めて気を引き締める。
ダリウスが、特殊な道具を使って、音もなく錠前を破壊する。錆びついた鉄格子が、軋みながらもゆっくりと開かれた。
その向こうには、上へと続く、薄暗い螺旋階段があった。
彼らは、一人、また一人と、階段へと足を踏み入れる。
水路の異臭とは違う、血と鉄と、そして魔物の獣臭が混じり合った、濃密な死の匂いが彼らを迎えた。
地上で繰り広げられる総力戦。
そして、城の心臓部を目指す、たった四人の潜入部隊。
二つの戦いが、今、同時に始まった。
どちらかが欠けても、勝利はない。
アルフレッドは、螺旋階段を登りながら、固く誓っていた。
仲間たちの犠牲を、そして地上で戦う兵士たちの命を、決して無駄にはしない。
必ず、リディアを救い出し、そして、この長く続いた戦いに、終止符を打つのだ。
彼の瞳に宿る決意の光は、魔王城の深い闇の中にあっても、少しもその輝きを失うことはなかった。
出陣の時は、来た。
勇者とその仲間たちは、ついに敵の本拠地、魔王城の内部へと、その第一歩を記した。
歴史に残ることのない、しかし、世界の運命を左右する、本当の戦いが、静かに、しかし確かに、幕を開けたのだった。
アルフレッドたち四人は、魔王城の城壁の下に広がる、巨大な地下水路の入り口に立っていた。
レヴィから渡された地図によれば、この水路こそが、城内へと通じる唯一の秘密の経路だ。
ゴウゴウと音を立てて流れる濁流は、魔王城から排出される汚水と、瘴気を帯びた地下水が混じり合ったものだろう。鼻を突く異臭と、肌を刺すような冷気が、彼らの行く手を阻むかのように吹き付けてくる。
「……ここから、入るのですね」
イリーナが、顔を顰めながら言った。聖女である彼女にとって、この不浄な場所は生理的な嫌悪感を催させる。
「文句を言っている暇はないわ」
エルザが、冷静に告げた。「王国軍の総攻撃が始まるまで、もう時間がない。陽動が始まる前に、我々は城の中心部近くまで到達している必要がある」
彼女の言う通りだった。
東の空が、微かに白み始めている。開戦の時は、刻一刻と迫っていた。
「よし、行こう」
アルフレッドが、決然とした声で言った。「ここからは、音を立てず、慎重に進む。ダリウスが先頭、僕がしんがりだ。イリーナとエルザは、その中間を」
彼の的確な指示に、仲間たちは無言で頷いた。
ダリウスが、音もなく水路の中へと足を踏み入れる。腰まで浸かる冷たい濁流に、彼の眉が僅かにひそめられたが、歩みを止めることはない。
後に続き、エルザ、イリーナ、そして最後にアルフレッドが水路へと入った。
聖剣の放つ微かな光だけが、彼らの進む道を照らし出す。
地下水路の中は、迷路のように入り組んでいた。
壁からは粘着質の苔が垂れ下がり、天井からは時折、得体の知れない生物が落下してくる。まさに、魔王城の腹の中。世界の闇が凝縮されたかのような場所だった。
彼らは、言葉を交わすことなく、ただ黙々と先へと進んだ。
ダリウスの卓越した索敵能力が、幾度となく彼らを危機から救った。水中に潜む魔物の気配をいち早く察知し、音もなく仕留める。巧妙に仕掛けられた罠の気配を読み取り、安全なルートを選択する。
エルザは、魔法によって周囲の魔力の流れを読み解き、地図の正確性を常に確認していた。時折現れる魔法的な障壁も、彼女の精密な術式解除によって、警報を作動させることなく無力化されていく。
イリーナは、神聖魔法によって、パーティー全体に加護を与え続けていた。瘴気による体力低下を防ぎ、仲間たちの精神を常に清浄に保つ。彼女の存在が、この過酷な環境下での精神的な支柱となっていた。
そして、アルフレッドは。
彼はしんがりとして、常に後方の警戒を怠らなかった。聖剣の輝きは、追手の接近を許さない絶対的な結界となっていた。彼のその揺るぎない存在感が、仲間たちに、前に進む勇気を与え続けていた。
どれほどの時間、進んだだろうか。
不意に、遠くから、地響きのような轟音が響いてきた。
それは、断続的に、そして徐々に大きくなっていく。
「……始まったな」
ダリウスが、低く呟いた。
王国軍の、総攻撃が始まったのだ。
地上では今頃、人間と魔族、双方の血が流れる、激しい戦いが繰り広げられているに違いない。
「急ごう」
アルフレッドが、声を低めて言った。「彼らが稼いでくれている時間を、無駄にはできない」
彼らの歩みが、僅かに速まる。
やがて、彼らは地図に記された、一つの鉄格子の前にたどり着いた。ここが、地下水路から城の最下層へと通じる、唯一の入り口だ。
「ここからは、本当の敵地だ。心してかかれ」
アルフレッドの言葉に、仲間たちは改めて気を引き締める。
ダリウスが、特殊な道具を使って、音もなく錠前を破壊する。錆びついた鉄格子が、軋みながらもゆっくりと開かれた。
その向こうには、上へと続く、薄暗い螺旋階段があった。
彼らは、一人、また一人と、階段へと足を踏み入れる。
水路の異臭とは違う、血と鉄と、そして魔物の獣臭が混じり合った、濃密な死の匂いが彼らを迎えた。
地上で繰り広げられる総力戦。
そして、城の心臓部を目指す、たった四人の潜入部隊。
二つの戦いが、今、同時に始まった。
どちらかが欠けても、勝利はない。
アルフレッドは、螺旋階段を登りながら、固く誓っていた。
仲間たちの犠牲を、そして地上で戦う兵士たちの命を、決して無駄にはしない。
必ず、リディアを救い出し、そして、この長く続いた戦いに、終止符を打つのだ。
彼の瞳に宿る決意の光は、魔王城の深い闇の中にあっても、少しもその輝きを失うことはなかった。
出陣の時は、来た。
勇者とその仲間たちは、ついに敵の本拠地、魔王城の内部へと、その第一歩を記した。
歴史に残ることのない、しかし、世界の運命を左右する、本当の戦いが、静かに、しかし確かに、幕を開けたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる