私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第49話 出陣

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夜明け前の、最も深い闇の中。
アルフレッドたち四人は、魔王城の城壁の下に広がる、巨大な地下水路の入り口に立っていた。
レヴィから渡された地図によれば、この水路こそが、城内へと通じる唯一の秘密の経路だ。

ゴウゴウと音を立てて流れる濁流は、魔王城から排出される汚水と、瘴気を帯びた地下水が混じり合ったものだろう。鼻を突く異臭と、肌を刺すような冷気が、彼らの行く手を阻むかのように吹き付けてくる。

「……ここから、入るのですね」
イリーナが、顔を顰めながら言った。聖女である彼女にとって、この不浄な場所は生理的な嫌悪感を催させる。

「文句を言っている暇はないわ」
エルザが、冷静に告げた。「王国軍の総攻撃が始まるまで、もう時間がない。陽動が始まる前に、我々は城の中心部近くまで到達している必要がある」

彼女の言う通りだった。
東の空が、微かに白み始めている。開戦の時は、刻一刻と迫っていた。

「よし、行こう」
アルフレッドが、決然とした声で言った。「ここからは、音を立てず、慎重に進む。ダリウスが先頭、僕がしんがりだ。イリーナとエルザは、その中間を」

彼の的確な指示に、仲間たちは無言で頷いた。
ダリウスが、音もなく水路の中へと足を踏み入れる。腰まで浸かる冷たい濁流に、彼の眉が僅かにひそめられたが、歩みを止めることはない。

後に続き、エルザ、イリーナ、そして最後にアルフレッドが水路へと入った。
聖剣の放つ微かな光だけが、彼らの進む道を照らし出す。

地下水路の中は、迷路のように入り組んでいた。
壁からは粘着質の苔が垂れ下がり、天井からは時折、得体の知れない生物が落下してくる。まさに、魔王城の腹の中。世界の闇が凝縮されたかのような場所だった。

彼らは、言葉を交わすことなく、ただ黙々と先へと進んだ。
ダリウスの卓越した索敵能力が、幾度となく彼らを危機から救った。水中に潜む魔物の気配をいち早く察知し、音もなく仕留める。巧妙に仕掛けられた罠の気配を読み取り、安全なルートを選択する。

エルザは、魔法によって周囲の魔力の流れを読み解き、地図の正確性を常に確認していた。時折現れる魔法的な障壁も、彼女の精密な術式解除によって、警報を作動させることなく無力化されていく。

イリーナは、神聖魔法によって、パーティー全体に加護を与え続けていた。瘴気による体力低下を防ぎ、仲間たちの精神を常に清浄に保つ。彼女の存在が、この過酷な環境下での精神的な支柱となっていた。

そして、アルフレッドは。
彼はしんがりとして、常に後方の警戒を怠らなかった。聖剣の輝きは、追手の接近を許さない絶対的な結界となっていた。彼のその揺るぎない存在感が、仲間たちに、前に進む勇気を与え続けていた。

どれほどの時間、進んだだろうか。
不意に、遠くから、地響きのような轟音が響いてきた。
それは、断続的に、そして徐々に大きくなっていく。

「……始まったな」
ダリウスが、低く呟いた。

王国軍の、総攻撃が始まったのだ。
地上では今頃、人間と魔族、双方の血が流れる、激しい戦いが繰り広げられているに違いない。

「急ごう」
アルフレッドが、声を低めて言った。「彼らが稼いでくれている時間を、無駄にはできない」

彼らの歩みが、僅かに速まる。
やがて、彼らは地図に記された、一つの鉄格子の前にたどり着いた。ここが、地下水路から城の最下層へと通じる、唯一の入り口だ。

「ここからは、本当の敵地だ。心してかかれ」
アルフレッドの言葉に、仲間たちは改めて気を引き締める。

ダリウスが、特殊な道具を使って、音もなく錠前を破壊する。錆びついた鉄格子が、軋みながらもゆっくりと開かれた。
その向こうには、上へと続く、薄暗い螺旋階段があった。

彼らは、一人、また一人と、階段へと足を踏み入れる。
水路の異臭とは違う、血と鉄と、そして魔物の獣臭が混じり合った、濃密な死の匂いが彼らを迎えた。

地上で繰り広げられる総力戦。
そして、城の心臓部を目指す、たった四人の潜入部隊。

二つの戦いが、今、同時に始まった。
どちらかが欠けても、勝利はない。

アルフレッドは、螺旋階段を登りながら、固く誓っていた。
仲間たちの犠牲を、そして地上で戦う兵士たちの命を、決して無駄にはしない。
必ず、リディアを救い出し、そして、この長く続いた戦いに、終止符を打つのだ。

彼の瞳に宿る決意の光は、魔王城の深い闇の中にあっても、少しもその輝きを失うことはなかった。

出陣の時は、来た。
勇者とその仲間たちは、ついに敵の本拠地、魔王城の内部へと、その第一歩を記した。
歴史に残ることのない、しかし、世界の運命を左右する、本当の戦いが、静かに、しかし確かに、幕を開けたのだった。
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