74 / 100
第74話 王都への帰還、そして新たな波紋
しおりを挟むフリューゲルでの死闘は街の英雄譚として、人々の間に瞬く間に広まった。
国王自らが未知の魔物を打ち払い、街を救った。その劇的なニュースはアルフレッドの名声をさらに高めると同時に、新たな憶測と不安の種を人々の心に植え付けた。
魔王は倒したはずなのに、なぜまだこれほどの脅威が存在するのか。
平和は本当に訪れたのだろうか。
私たちは重傷を負ったダリウスを連れ、急ぎ王都へと帰還した。
王城ではイリーナが万全の準備を整えて待っていてくれた。彼女の献身的な治癒魔法のおかげでダリウスの命は取り留められたが、全快にはしばらくの時間が必要だろう。
その夜、王城の作戦室にはアルフレッド、私、そしてイリーナとエルザの四人が集まっていた。
フリューゲルでの一件を改めて整理し、今後の対策を練るためだ。
「……『外なる神』、ですか」
エルザが深刻な顔で呟いた。「ザルディアスの遺した魔導書と今回の怪物の特性を考え合わせると、その仮説が最も信憑性が高いですわね。私たちの世界の理の外側から来た、侵食者……」
「問題は奴らが一体どれだけいるのか、そして何を目的としているのかだ」
アルフレッドが腕を組んで言った。その表情は国王としての威厳に満ち、しかし深い憂いを湛えている。「今回の個体は僕の聖剣の力で浄化できた。だが、あれが一体だけとは限らない。もしあれ以上の力を持つ個体や軍勢となって現れた場合、我々に対抗する術はあるのか」
「魔力を喰らうという特性が、何よりも厄介ですわね」
エルザが分析する。「私たちの文明は魔法というエネルギーに大きく依存しています。軍隊も、社会インフラも。もしその根幹を喰らう敵が現れれば、世界はあっという間に麻痺してしまうでしょう」
「唯一の対抗策は、聖剣の『浄化』の力……ということになりますか」
イリーナがアルフレッドの顔を心配そうに見つめた。「ですが、それはつまり全ての脅威にあなた一人が対処しなければならないということ。あなたの負担があまりにも大きすぎます」
彼女の言う通りだった。
それはあまりにも危うい、一本の綱の上を歩くようなものだ。
「……私にも、できることがあるはず」
私は静かに口を開いた。「私もあなたと同じ光の力を使えるわ。まだ不完全だけれど、訓練を積めばあなたの助けになれるかもしれない」
私の言葉に、アルフレッドは静かに首を振った。
「ありがとう、リディア。その気持ちは嬉しい。だが、君をこれ以上危険な戦いに巻き込むわけにはいかない」
「でも!」
「君には王妃として、もっと重要な役目があるんだ」
彼は私の手を優しく握りしめた。「僕が万が一の脅威に備えて動く間、この国を、そして人間と魔族の融和を守ってほしい。君にしかできないことだ」
その言葉は私を戦いから遠ざけようとする彼の優しさだった。
しかし同時に、私という存在を誰よりも信頼してくれている証でもあった。
私は悔しい気持ちを押し殺し、彼の言葉に頷くしかなかった。
その時、作戦室の扉が慌ただしくノックされた。
入ってきたのは宰相だった。その顔には焦りの色が浮かんでいる。
「陛下! 緊急のご報告が!」
「どうした」
「フリューゲルでの一件が諸外国に伝わりました! 各国から説明を求める使者が王都に殺到しております! そして……」
宰相はそこで一度言葉を切り、苦々しい表情で続けた。
「魔族領からもです。レヴィ殿が直々にこちらへ向かっていると……!」
その報せに、私たちは息を呑んだ。
事態は私たちが思っている以上の速さで、世界全体を巻き込む問題へと発展しようとしていた。
数日後。
王城の大広間には近隣諸国の王や使節、そして魔族の代表として訪れたレヴィが一堂に会していた。
緊急の国際会議が開かれたのだ。
議題はもちろんフリューゲルに出現した未知なる脅威について。
アルフレッドは玉座から集まった各国の代表たちに、ありのままの事実を語った。
魔王ザルディアスの真の目的。世界の理の綻び。そして、『外なる神』という未知なる侵略者の存在。
彼の語る内容はあまりにも衝撃的で荒唐無稽だった。
広間は懐疑と不安と、そして恐怖のどよめきに包まれた。
「信じられるか、そんな話!」
ある国の王が声を荒らげた。「魔王の戯言を真に受けろと申すのか!」
「あるいは、これはルクス王国が世界を手中に収めるための壮大な狂言なのではありますまいか?」
別の国の使者が猜疑に満ちた視線をアルフレッドに向ける。
平和になったはずの世界は、新たな脅威を前に再び疑心暗鬼に陥り始めていた。
人間たちはその脅威を魔族が新たに仕掛けた罠ではないかと疑い、魔族たちは人間たちが魔族を排除するための口実を作っているのではないかと警戒する。
ようやく築き始めた信頼関係が、音を立てて崩れ始めていた。
その混沌とした状況を、ただ一人冷静な瞳で見つめている男がいた。
レヴィだ。
彼は議論が紛糾し、誰もが互いを罵り始めたそのタイミングで静かに立ち上がった。
「……茶番はそこまでにしたまえ」
その声は静かだったが広間の隅々まで響き渡り、全ての雑音を制圧した。
全ての視線が彼一人に集まる。
「君たちが互いを疑い、責任をなすりつけ合っているこの無意味な時間にも、”それ”は我々の世界を蝕み続けている」
彼は集まった者たちを冷たい、しかし真理を突く瞳で見回した。
「信じる、信じない、ではない。脅威は既にそこに『在る』のだ。我々が今すべきことは過去の憎しみに囚われていがみ合うことか? いや、違うだろう」
彼は玉座に座るアルフレッドの方へと視線を向けた。
その瞳にはかつての好敵手への、そして今は共に世界を憂う共闘者への確かな信頼が宿っていた。
「種族の垣根を越え、手を取り合い、この未曾有の危機に立ち向かう。道はそれ以外にないと僕は思うがね。……違うかな、勇者王殿?」
彼の問いかけは、この会議の、そして世界の進むべき道を示す唯一の道標だった。
アルフレ...ッドは、その問いに力強く頷き返した。
「その通りだ、レヴィ殿」
二人の若き指導者の視線が固く交錯する。
人間と魔族。光と闇。
その二つが今、新たな脅威を前にして初めて完全に一つになろうとしていた。
しかし、人々の心に根付いた不信の闇はあまりにも深い。
彼らの理想がこの混沌とした世界に受け入れられるまでには、まだ多くの困難と、そして新たな犠牲が必要となることをこの時の彼らはまだ知らなかった。
平和な世界に投げ込まれた新たな波紋。
それはやがて世界全体を飲み込む巨大な津波の前兆に過ぎなかった。
0
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる