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第73話 この世界の理
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下水道の闇の中、光が降臨した。
アルフレッドの存在そのものが、この絶望的な空間の空気を一変させた。彼の全身から放たれる聖なるオーラは、異形の怪物が発する冒涜的な邪気を、まるで太陽が霧を払うかのように打ち消していく。
「――待たせたね、僕のお姫様」
その声は、どこまでも優しく、そして何よりも頼もしかった。
私の心を満たしていた恐怖と絶望が、彼の笑顔一つで、嘘のように溶けていく。
しかし、感傷に浸っている暇はなかった。
異形の怪物は、突如として現れた絶対的な光の存在に、本能的な恐怖と、そしてそれ以上に強い捕食の欲求を覚えていた。その無数の目が、一斉にアルフレッドに向けられる。
「アルフレッド、気をつけて!」
私は叫んだ。「そいつは、魔力を喰うわ! 私の炎も、エルザの魔法も、全て吸収して力に変えてしまう!」
「なるほど。厄介な相手だ」
アルフレッドは、冷静に頷いた。しかし、その瞳には一切の動揺もない。彼は、傷つき倒れているダリウスと騎士たちを一瞥すると、その瞳に静かな怒りの炎を宿した。
「僕の仲間を、そして僕のリディアを傷つけた罪。その身で償ってもらうぞ」
彼は、言葉と共に地を蹴った。
その動きは、もはや神速。人間の目では捉えることのできない速度で、怪物の懐へと潜り込む。
聖剣が、閃光となって煌めいた。
「聖光十字斬(ホーリークロス)!」
十字に迸った光の斬撃が、怪物の不定形の肉体を、寸断する。
黒い体液が噴き出し、怪物が苦悶の咆哮を上げた。
「やったか!?」
生き残っていた騎士が、希望の声を上げる。
しかし、私たちは見てしまった。
切り裂かれた傷口から、アルフレッドの聖なる光の粒子が、怪物の中へと吸い込まれていくのを。そして、その光を糧とするかのように、傷口が凄まじい速度で再生していくのを。
「……嘘でしょ」
エルザが、絶望の声を漏らした。「聖剣の力さえも、喰うというの……!?」
「いや、違う!」
アルフレッドは、怪物から距離を取りながら叫んだ。「完全に吸収しているわけじゃない! こいつは、僕の光に焼かれながら、同時にそれを喰らっている! まるで、毒を喰らってでも、飢えを満たそうとする獣だ!」
彼は、この一瞬の攻防で、敵の異常な性質を完全に見抜いていた。
この怪物は、この世界のあらゆるエネルギーを、良性悪性問わず、ただ喰らうことしか知らない、純粋な捕食者なのだ。
その時、私の脳裏に、レヴィから見せられた、あの魔導書の記述が稲妻のように閃いた。
『”外”からの侵食が、既に始まっている』
「……アルフレッド!」
私は叫んだ。「そいつは、魔物じゃない! この世界の生き物ですらないのかもしれないわ! ザルディアスが遺した資料にあった、『外なる神』の、尖兵……!」
私の言葉に、アルフレッドの目が、カッと見開かれた。
全てのピースが、繋がった。
魔王さえも恐れた、世界の理の外側にいる存在。それが、今、目の前にいるこの怪物なのだ。
「……なるほどな」
アルフレッドの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。「面白い。不足はない相手だ」
彼は、絶望するどころか、この未知なる強敵との戦いを、心の底から楽しんでいるかのようだった。
「みんな、聞こえるか!」
彼の声が、下水道全体に響き渡る。「こいつは、この世界のエネルギーを糧にしている! ならば、答えは一つだ!」
彼は、傷つきながらも必死で立ち上がろうとする仲間たちに、的確な指示を飛ばし始めた。
「エルザ! 奴の周囲の空間を、限定的にでいい! 魔法のエネルギーが届かないよう、断絶結界を展開しろ!」
「ダリウス! 最後の力で、奴の中心にある核らしき部分を狙え! 一瞬でいい、動きを止めるんだ!」
そして、彼は私の方を振り返った。その瞳には、絶対的な信頼が宿っている。
「リディア! 君の力を貸してくれ! 君の中に宿る、僕と同じ光の力。それを、攻撃のためではなく、ただ純粋な『浄化』の概念として、この聖剣に付与してほしい!」
彼の意図を、私は瞬時に理解した。
この怪物が、この世界の理の外側にいるのなら。
この世界の理そのものである、「浄化」という概念そのものを、直接叩き込む。
それは、毒をもって毒を制す、あまりにも大胆で、危険な賭けだった。
「……分かったわ!」
私たちは、最後の希望に、全てを懸けた。
「やってやりますわ……!」
エルザが、最後の魔力を振り絞り、杖を地面に突き立てる。怪物の周囲の空間が、ガラスのように歪み、魔力の流れが一時的に遮断された。
「おおおおおっ!」
ダリウスが、渾身の力を込めて長剣を投擲する。槍のように飛んだ剣は、見事、怪物の中心で脈打つ核のような部分に突き刺さり、その動きを一瞬だけ、完全に停止させた。
そして、私とアルフレッド。
私は、彼が差し出した聖剣の刀身に、そっと手を触れた。
私の魂の奥底にある、彼からもらった温かい光。それを、ただひたすらに、純粋な祈りとして、剣に注ぎ込んでいく。
攻撃の意思はない。ただ、歪んだものを、あるべき姿に還す。その、世界の理だけを。
聖剣が、今までにない、どこまでも透明で、そして優しい輝きを放ち始めた。
「喰らうがいい」
アルフレッドは、静かに、しかし神の宣告のように言った。「僕たちの世界の、理を!」
彼は、光り輝く聖剣を、動きの止まった怪物の核へと、突き立てた。
その瞬間、怪物の体から、甲高い、耳を劈くような断末魔の叫びが上がった。
それは、痛みによるものではない。自らが理解できない、異質の概念を、無理やり流し込まれたことによる、存在そのものの悲鳴だった。
怪物の体は、喰らうことも、再生することもできず、内側から光の粒子となって崩壊していく。
世界の理に拒絶された異物は、その存在を維持できなくなったのだ。
「そして、無に還れ」
アルフレッドの言葉を最後に、異形の怪物は、完全に光の中へと溶けて消えた。
後に残されたのは、静寂と、元の薄暗い下水道だけ。
「……終わった」
私は、その場にへたり込んだ。全身から、力が抜けていく。
アルフレッドは、聖剣を鞘に納めると、真っ直ぐに私の元へと駆け寄ってきた。
そして、私を、強く、強く抱きしめた。
「……無事で、よかった」
彼の声が、震えていた。国王としての威厳も、勇者としての気迫も、今はどこにもない。ただ、愛する人の無事を、心から喜ぶ、一人の男の声だった。
「あなたこそ……無茶を、して」
私もまた、彼の背中に腕を回した。
しかし、安堵の時間は短かった。
ダリウスの容態が、深刻だったのだ。脇腹の傷は深く、イリーナの不在が悔やまれる。
「急いで、地上へ! 治療を!」
私たちは、生き残った騎士たちに肩を貸し、急いでこの不気味な下水道を後にした。
地上へ出た私たちを待っていたのは、フリューゲルの衛兵隊と、そして、騒ぎを聞きつけて集まってきた、大勢の野次馬たちだった。
血塗れの騎士団長、傷ついた王妃、そして、その中心に立つ、光り輝く聖剣を手にした国王。
その異様な光景に、誰もが言葉を失っていた。
アルフレッドは、群衆を前にして、静かに告げた。
「事件は、解決した。だが、戦いは、まだ終わってはいない」
彼の瞳は、フリューゲルの街の、その向こう側。
この世界の、見えない綻びを、既に見据えていた。
魔王という分かりやすい悪が消え去った世界に、静かに忍び寄る、新たな混沌の影。
平和な時代は、あまりにも早く、次なる試練の時を迎えようとしていた。
そして、その戦いが、これまで以上に困難で、そして理不尽なものであることを、この時の私たちは、まだ本当の意味では、理解していなかった。
アルフレッドの存在そのものが、この絶望的な空間の空気を一変させた。彼の全身から放たれる聖なるオーラは、異形の怪物が発する冒涜的な邪気を、まるで太陽が霧を払うかのように打ち消していく。
「――待たせたね、僕のお姫様」
その声は、どこまでも優しく、そして何よりも頼もしかった。
私の心を満たしていた恐怖と絶望が、彼の笑顔一つで、嘘のように溶けていく。
しかし、感傷に浸っている暇はなかった。
異形の怪物は、突如として現れた絶対的な光の存在に、本能的な恐怖と、そしてそれ以上に強い捕食の欲求を覚えていた。その無数の目が、一斉にアルフレッドに向けられる。
「アルフレッド、気をつけて!」
私は叫んだ。「そいつは、魔力を喰うわ! 私の炎も、エルザの魔法も、全て吸収して力に変えてしまう!」
「なるほど。厄介な相手だ」
アルフレッドは、冷静に頷いた。しかし、その瞳には一切の動揺もない。彼は、傷つき倒れているダリウスと騎士たちを一瞥すると、その瞳に静かな怒りの炎を宿した。
「僕の仲間を、そして僕のリディアを傷つけた罪。その身で償ってもらうぞ」
彼は、言葉と共に地を蹴った。
その動きは、もはや神速。人間の目では捉えることのできない速度で、怪物の懐へと潜り込む。
聖剣が、閃光となって煌めいた。
「聖光十字斬(ホーリークロス)!」
十字に迸った光の斬撃が、怪物の不定形の肉体を、寸断する。
黒い体液が噴き出し、怪物が苦悶の咆哮を上げた。
「やったか!?」
生き残っていた騎士が、希望の声を上げる。
しかし、私たちは見てしまった。
切り裂かれた傷口から、アルフレッドの聖なる光の粒子が、怪物の中へと吸い込まれていくのを。そして、その光を糧とするかのように、傷口が凄まじい速度で再生していくのを。
「……嘘でしょ」
エルザが、絶望の声を漏らした。「聖剣の力さえも、喰うというの……!?」
「いや、違う!」
アルフレッドは、怪物から距離を取りながら叫んだ。「完全に吸収しているわけじゃない! こいつは、僕の光に焼かれながら、同時にそれを喰らっている! まるで、毒を喰らってでも、飢えを満たそうとする獣だ!」
彼は、この一瞬の攻防で、敵の異常な性質を完全に見抜いていた。
この怪物は、この世界のあらゆるエネルギーを、良性悪性問わず、ただ喰らうことしか知らない、純粋な捕食者なのだ。
その時、私の脳裏に、レヴィから見せられた、あの魔導書の記述が稲妻のように閃いた。
『”外”からの侵食が、既に始まっている』
「……アルフレッド!」
私は叫んだ。「そいつは、魔物じゃない! この世界の生き物ですらないのかもしれないわ! ザルディアスが遺した資料にあった、『外なる神』の、尖兵……!」
私の言葉に、アルフレッドの目が、カッと見開かれた。
全てのピースが、繋がった。
魔王さえも恐れた、世界の理の外側にいる存在。それが、今、目の前にいるこの怪物なのだ。
「……なるほどな」
アルフレッドの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。「面白い。不足はない相手だ」
彼は、絶望するどころか、この未知なる強敵との戦いを、心の底から楽しんでいるかのようだった。
「みんな、聞こえるか!」
彼の声が、下水道全体に響き渡る。「こいつは、この世界のエネルギーを糧にしている! ならば、答えは一つだ!」
彼は、傷つきながらも必死で立ち上がろうとする仲間たちに、的確な指示を飛ばし始めた。
「エルザ! 奴の周囲の空間を、限定的にでいい! 魔法のエネルギーが届かないよう、断絶結界を展開しろ!」
「ダリウス! 最後の力で、奴の中心にある核らしき部分を狙え! 一瞬でいい、動きを止めるんだ!」
そして、彼は私の方を振り返った。その瞳には、絶対的な信頼が宿っている。
「リディア! 君の力を貸してくれ! 君の中に宿る、僕と同じ光の力。それを、攻撃のためではなく、ただ純粋な『浄化』の概念として、この聖剣に付与してほしい!」
彼の意図を、私は瞬時に理解した。
この怪物が、この世界の理の外側にいるのなら。
この世界の理そのものである、「浄化」という概念そのものを、直接叩き込む。
それは、毒をもって毒を制す、あまりにも大胆で、危険な賭けだった。
「……分かったわ!」
私たちは、最後の希望に、全てを懸けた。
「やってやりますわ……!」
エルザが、最後の魔力を振り絞り、杖を地面に突き立てる。怪物の周囲の空間が、ガラスのように歪み、魔力の流れが一時的に遮断された。
「おおおおおっ!」
ダリウスが、渾身の力を込めて長剣を投擲する。槍のように飛んだ剣は、見事、怪物の中心で脈打つ核のような部分に突き刺さり、その動きを一瞬だけ、完全に停止させた。
そして、私とアルフレッド。
私は、彼が差し出した聖剣の刀身に、そっと手を触れた。
私の魂の奥底にある、彼からもらった温かい光。それを、ただひたすらに、純粋な祈りとして、剣に注ぎ込んでいく。
攻撃の意思はない。ただ、歪んだものを、あるべき姿に還す。その、世界の理だけを。
聖剣が、今までにない、どこまでも透明で、そして優しい輝きを放ち始めた。
「喰らうがいい」
アルフレッドは、静かに、しかし神の宣告のように言った。「僕たちの世界の、理を!」
彼は、光り輝く聖剣を、動きの止まった怪物の核へと、突き立てた。
その瞬間、怪物の体から、甲高い、耳を劈くような断末魔の叫びが上がった。
それは、痛みによるものではない。自らが理解できない、異質の概念を、無理やり流し込まれたことによる、存在そのものの悲鳴だった。
怪物の体は、喰らうことも、再生することもできず、内側から光の粒子となって崩壊していく。
世界の理に拒絶された異物は、その存在を維持できなくなったのだ。
「そして、無に還れ」
アルフレッドの言葉を最後に、異形の怪物は、完全に光の中へと溶けて消えた。
後に残されたのは、静寂と、元の薄暗い下水道だけ。
「……終わった」
私は、その場にへたり込んだ。全身から、力が抜けていく。
アルフレッドは、聖剣を鞘に納めると、真っ直ぐに私の元へと駆け寄ってきた。
そして、私を、強く、強く抱きしめた。
「……無事で、よかった」
彼の声が、震えていた。国王としての威厳も、勇者としての気迫も、今はどこにもない。ただ、愛する人の無事を、心から喜ぶ、一人の男の声だった。
「あなたこそ……無茶を、して」
私もまた、彼の背中に腕を回した。
しかし、安堵の時間は短かった。
ダリウスの容態が、深刻だったのだ。脇腹の傷は深く、イリーナの不在が悔やまれる。
「急いで、地上へ! 治療を!」
私たちは、生き残った騎士たちに肩を貸し、急いでこの不気味な下水道を後にした。
地上へ出た私たちを待っていたのは、フリューゲルの衛兵隊と、そして、騒ぎを聞きつけて集まってきた、大勢の野次馬たちだった。
血塗れの騎士団長、傷ついた王妃、そして、その中心に立つ、光り輝く聖剣を手にした国王。
その異様な光景に、誰もが言葉を失っていた。
アルフレッドは、群衆を前にして、静かに告げた。
「事件は、解決した。だが、戦いは、まだ終わってはいない」
彼の瞳は、フリューゲルの街の、その向こう側。
この世界の、見えない綻びを、既に見据えていた。
魔王という分かりやすい悪が消え去った世界に、静かに忍び寄る、新たな混沌の影。
平和な時代は、あまりにも早く、次なる試練の時を迎えようとしていた。
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