99 / 100
第99話 聖剣と魔剣
しおりを挟む
『大丈夫だ、リディア。僕は君を信じている。君がくれた光を信じている。だから、きっとこの闇に呑まれはしない』
アルフレッドの決意は、私の魂に直接響き渡った。
彼は魔剣を鞘から抜き放つ。
右手に、生命を育む聖剣の光。
左手に、魂を喰らう魔剣の闇。
二つの剣を構えた瞬間、アルフレッドの体が激しく痙攣した。
「ぐ……おおおおっ!」
相反する二つの絶対的な力が、彼の体を戦場として互いを滅ぼそうと荒れ狂う。聖剣の光は彼の肉体を癒やそうとし、魔剣の闇は彼の魂を喰らおうとする。その矛盾した力の奔流が、彼の存在そのものを内側から引き裂こうとしていた。
『アルフレッド!』
私は悲鳴を上げた。やはり無謀だったのだ。
『違う……!』
彼の苦悶に満ちた思念が返ってくる。『これを抑え込もうとするな……! リディア……君の力を貸してくれ!』
私は彼の意図を瞬時に理解した。
抑え込むのではない。調和させるのだ。
光と闇。その二つを対立するものではなく、一つのより大きな力へと昇華させる。
それは私たちの息子、ガレスがその身に宿す力。そして光の勇者と闇の魔女であった、私たち自身の在り方そのもの。
『ええ……! 私の全てを、あなたに!』
私は遠く離れた王城の書庫で意識を集中させた。
私の魂を彼と完全に同調させる。
私の内なる光と闇を、彼の魂の奔流を導くための道標とするのだ。
アルフレッドの体の中で荒れ狂っていた二つの力が、私の魂という調律師を得て、徐々にそのリズムを合わせ始めた。
反発し合っていた光と闇が、互いを認め、受け入れ、そして一つの巨大な渦となって溶け合っていく。
アルフレッドの体から凄まじいオーラが噴き上がった。
それは白でもなく、黒でもない。
夜明け前の最も深い空の色。星々の輝きを内包した、深淵の銀色。
彼の瞳の色が変わる。
右目は太陽のように輝く金色に。
左目は月のように静かな紫色に。
神々しさと禍々しさ。その二つを同時に宿した、人ならざる王の姿がそこにあった。
「……これが」
彼は自らの掌を見下ろし、呟いた。「僕と君の力……」
彼は顔を上げた。
その視線の先には、未だ無限に湧き出てくるアビス・ウォーカーの軍勢。
しかし今の彼の目には、それはもはや脅威には映っていなかった。
「道を開けろ」
その声は静かだったが、絶対的な王の宣告だった。
彼は右手の聖剣と左手の魔剣を胸の前で交差させた。
そして、振り抜く。
「―――双覇・光闇絶衝(ツイン・ブリンガー)!」
放たれたのは斬撃ではなかった。
銀色の地平線。
光と闇が完璧に融合した絶対的な消滅の波が、嘆きの氷原全体を薙ぎ払った。
その波に触れたアビス・ウォーカーたちは、悲鳴を上げる間もなくその存在そのものが「無」に還っていく。喰らうことも再生することも許されない。世界の理とその外側の理、その両方から同時に存在を否定されたのだ。
銀色の光が通り過ぎた後、そこに広がっていたのは信じられないほどの静寂だった。
あれほど氷原を埋め尽くしていた魔物の軍勢が、黒水晶の塔へと続く一本道を残して綺麗さっぱり消滅していたのだ。
「……な……」
「なんだ、今のは……」
ダリウスもボルグ王も、そのあまりの光景に言葉を失っていた。
しかし、その奇跡の代償はあまりにも大きかった。
アルフレッドはその場に片膝をつき、激しく喘いでいた。口の端から血が流れている。二つの剣を同時に振るった両腕は、その強すぎる力に耐えきれず皮膚が裂け、血が滲んでいた。
「……はぁ……はぁ……」
魔剣の闇が弱った彼の魂を再び喰らおうと囁きかけてくる。
『もっと……力を……』
『駄目よ、アルフレッド! 意識を保って!』
私の魂の叫びが、かろうじて彼の理性を繋ぎ止めていた。
「道は……開かれた……」
アルフレッドは聖剣を杖のようにして、よろめきながら立ち上がった。「ダリウス! ボルグ王! 後は頼む!」
「陛下!」
「我ら突入部隊は、これより塔へ向かう!」
彼は仲間たちに最後の命令を下した。
ダリウスたちはその鬼気迫る姿に何も言えなかった。ただ、王の覚悟をその目に焼き付けるように力強く頷くことしかできない。
アルフレッドは、私、そしてレヴィとエリアーナ長老と共に、切り開かれた静寂の道へと足を踏み入れた。
向かうは漆黒の祭壇。
虚無の王が眠る世界の墓場。
彼の体は満身創痍だった。
魂もまた危険な闇の淵を彷徨っている。
しかしその足取りには一片の迷いもなかった。
愛する者たちの未来をこの手で掴み取る。
そのただ一つの誓いだけが、彼を突き動かしていた。
黒水晶の塔が巨大な墓標のように、彼らの目の前にその不気味な口を開けて待ち構えていた。
最後の戦いの舞台は整った。
しかし、そこに待つものが彼らの想像を絶するさらなる絶望である可能性を、彼らはまだ知らなかった。
アルフレッドの決意は、私の魂に直接響き渡った。
彼は魔剣を鞘から抜き放つ。
右手に、生命を育む聖剣の光。
左手に、魂を喰らう魔剣の闇。
二つの剣を構えた瞬間、アルフレッドの体が激しく痙攣した。
「ぐ……おおおおっ!」
相反する二つの絶対的な力が、彼の体を戦場として互いを滅ぼそうと荒れ狂う。聖剣の光は彼の肉体を癒やそうとし、魔剣の闇は彼の魂を喰らおうとする。その矛盾した力の奔流が、彼の存在そのものを内側から引き裂こうとしていた。
『アルフレッド!』
私は悲鳴を上げた。やはり無謀だったのだ。
『違う……!』
彼の苦悶に満ちた思念が返ってくる。『これを抑え込もうとするな……! リディア……君の力を貸してくれ!』
私は彼の意図を瞬時に理解した。
抑え込むのではない。調和させるのだ。
光と闇。その二つを対立するものではなく、一つのより大きな力へと昇華させる。
それは私たちの息子、ガレスがその身に宿す力。そして光の勇者と闇の魔女であった、私たち自身の在り方そのもの。
『ええ……! 私の全てを、あなたに!』
私は遠く離れた王城の書庫で意識を集中させた。
私の魂を彼と完全に同調させる。
私の内なる光と闇を、彼の魂の奔流を導くための道標とするのだ。
アルフレッドの体の中で荒れ狂っていた二つの力が、私の魂という調律師を得て、徐々にそのリズムを合わせ始めた。
反発し合っていた光と闇が、互いを認め、受け入れ、そして一つの巨大な渦となって溶け合っていく。
アルフレッドの体から凄まじいオーラが噴き上がった。
それは白でもなく、黒でもない。
夜明け前の最も深い空の色。星々の輝きを内包した、深淵の銀色。
彼の瞳の色が変わる。
右目は太陽のように輝く金色に。
左目は月のように静かな紫色に。
神々しさと禍々しさ。その二つを同時に宿した、人ならざる王の姿がそこにあった。
「……これが」
彼は自らの掌を見下ろし、呟いた。「僕と君の力……」
彼は顔を上げた。
その視線の先には、未だ無限に湧き出てくるアビス・ウォーカーの軍勢。
しかし今の彼の目には、それはもはや脅威には映っていなかった。
「道を開けろ」
その声は静かだったが、絶対的な王の宣告だった。
彼は右手の聖剣と左手の魔剣を胸の前で交差させた。
そして、振り抜く。
「―――双覇・光闇絶衝(ツイン・ブリンガー)!」
放たれたのは斬撃ではなかった。
銀色の地平線。
光と闇が完璧に融合した絶対的な消滅の波が、嘆きの氷原全体を薙ぎ払った。
その波に触れたアビス・ウォーカーたちは、悲鳴を上げる間もなくその存在そのものが「無」に還っていく。喰らうことも再生することも許されない。世界の理とその外側の理、その両方から同時に存在を否定されたのだ。
銀色の光が通り過ぎた後、そこに広がっていたのは信じられないほどの静寂だった。
あれほど氷原を埋め尽くしていた魔物の軍勢が、黒水晶の塔へと続く一本道を残して綺麗さっぱり消滅していたのだ。
「……な……」
「なんだ、今のは……」
ダリウスもボルグ王も、そのあまりの光景に言葉を失っていた。
しかし、その奇跡の代償はあまりにも大きかった。
アルフレッドはその場に片膝をつき、激しく喘いでいた。口の端から血が流れている。二つの剣を同時に振るった両腕は、その強すぎる力に耐えきれず皮膚が裂け、血が滲んでいた。
「……はぁ……はぁ……」
魔剣の闇が弱った彼の魂を再び喰らおうと囁きかけてくる。
『もっと……力を……』
『駄目よ、アルフレッド! 意識を保って!』
私の魂の叫びが、かろうじて彼の理性を繋ぎ止めていた。
「道は……開かれた……」
アルフレッドは聖剣を杖のようにして、よろめきながら立ち上がった。「ダリウス! ボルグ王! 後は頼む!」
「陛下!」
「我ら突入部隊は、これより塔へ向かう!」
彼は仲間たちに最後の命令を下した。
ダリウスたちはその鬼気迫る姿に何も言えなかった。ただ、王の覚悟をその目に焼き付けるように力強く頷くことしかできない。
アルフレッドは、私、そしてレヴィとエリアーナ長老と共に、切り開かれた静寂の道へと足を踏み入れた。
向かうは漆黒の祭壇。
虚無の王が眠る世界の墓場。
彼の体は満身創痍だった。
魂もまた危険な闇の淵を彷徨っている。
しかしその足取りには一片の迷いもなかった。
愛する者たちの未来をこの手で掴み取る。
そのただ一つの誓いだけが、彼を突き動かしていた。
黒水晶の塔が巨大な墓標のように、彼らの目の前にその不気味な口を開けて待ち構えていた。
最後の戦いの舞台は整った。
しかし、そこに待つものが彼らの想像を絶するさらなる絶望である可能性を、彼らはまだ知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる