私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第98話 北への旅路、王子の孤独

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嘆きの氷原への旅は過酷を極めた。
世界連合の精鋭たちで構成された先遣隊は、竜鳥を乗り継ぎ一路北を目指す。眼下に広がる景色は緑豊かな王国領から、徐々に荒涼としたツンドラ地帯へとその姿を変えていった。空気は日に日に冷たくなり、兵士たちの吐く息も白く凍る。

私はアルフレッドと共に、旗艦となる竜鳥に乗っていた。
彼の隣には参謀としてエルザが控え、空の護衛はダリウス率いる竜騎士団が固めている。魔族からはレヴィが自ら選抜した影の暗殺部隊が同行していた。かつての敵と味方が、今は一つの目的のために翼を並べて飛んでいる。

しかし、私の心は晴れなかった。
王城に残してきた息子のこと。
彼を守るために施した封印。それは本当に正しい選択だったのだろうか。
夜ごと私は悪夢にうなされた。ガレスが私を責める夢だ。『どうして、何も教えてくれなかったの』と、その赤い瞳で悲しげに私を見つめるのだ。

その私の不安は、皮肉にも現実のものとなりつつあった。



王都ルクシオン。
ガレスは朝、目覚めた瞬間に自らの異変に気づいた。
体の中に常に渦巻いていたはずの、あの熱い力の奔流が綺麗さっぱり消え失せている。まるで自分の体の一部をごっそりと奪われてしまったかのような、酷い喪失感。

そして、父と母の姿が城のどこにもなかった。
侍女たちに尋ねても、「急なご公務でしばらく留守にされます」と曖昧な答えが返ってくるだけ。誰も本当のことを教えてはくれない。

彼は子供ながらに全てを察していた。
北の空の、あの不吉な光。
自分が夜ごと見ていた悪夢。
そして両親の突然の旅立ち。
その全てが無関係ではないと。

(僕は……捨てられたのか……?)

子供らしい、しかしあまりにも悲しい誤解が彼の心を支配し始めた。
自分の内にあった、あの強大すぎる力。それを父も母も恐れていたのではないか。だからその力を封印し、自分を置いてどこかへ行ってしまったのではないか。

孤独感が彼の心を冷たく凍らせていく。
彼は訓練場へと向かった。
木剣を握り、何度も、何度も振るう。しかし、かつてのように剣に光や闇のオーラが宿ることは二度となかった。
彼はただの、少しだけ身体能力の高い普通の少年になってしまったのだ。

「……くそっ!」

彼は木剣を地面に叩きつけた。
悔しい。そして何よりも、怖い。
自分だけが何も知らされず、仲間外れにされている。その事実が十二歳の少年のプライドを深く、深く傷つけた。

その夜。
彼は再びあの夢を見た。
黒い砂の荒野。しかし、いつも聞こえてきていたはずのあの呼び声が聞こえない。
私が施した封印が、虚無の王の囁きを確かに遮断していたのだ。

だが、それが逆に彼の心の闇をさらに深くした。
声は聞こえない。しかし彼は知ってしまったのだ。自分の中に何か特別な力が眠っていることを。そして、その力が自分を呼ぶ「誰か」と繋がっていることを。

(……もっと、力が欲しい)

彼の心に黒い渇望が芽生えた。
父や母に置いていかれないための。
自分だけが知らない世界の真実にたどり着くための。
純粋で、そして危険な力への渇望。

彼は夢の中で歩き始めた。
呼び声が聞こえる方角へと、ただひたすらに。
やがて彼の目の前に、一つの巨大な黒い影が姿を現した。
それは今まで夢で見たことのない、圧倒的な存在感を放っていた。

『……お前が、我を呼んだか。小さき、我が王よ』

その声は囁き声とは違う。
威厳に満ち、そしてどこか慈愛にさえ満ちた古の支配者の声。

『お前の母の封印は我らの声を遮った。だが、お前自身の渇望が我をここに呼び寄せたのだ』

「……あなたは、誰だ」
ガレスは恐怖を感じながらも問いかけた。

『我は、お前の半身。お前が真の王となるための導き手だ。さあ、恐れることはない。お前の内なる闇を受け入れるのだ。さすれば、お前は父をも超える絶対的な力をその手にすることになるだろう』

その声は悪魔の囁きのように甘かった。
孤独と焦燥に苛まれていた彼の心に、それは抗いがたい誘惑となって染み渡っていく。

彼はゆっくりとその黒い影へと手を伸ばしていた。
彼が自らの意思で古の闇と契約を交わそうとした、その瞬間。

「―――ガレス!」

夢の中に凛とした、しかし温かい声が響いた。
ハッと我に返ると、彼の目の前には聖女イリーナが心配そうな顔で立っていた。
彼女はガレスの異変を察知し、彼の夢の中に自らの精神を送り込んできたのだ。

「イリーナおば様……!」

「その声に耳を貸してはなりません!」
彼女の体から聖なる光が溢れ出し、黒い影を牽制する。「それはあなたを闇に引きずり込もうとする邪悪な誘惑です!」

『……邪魔を、するか。光の巫女よ』
黒い影が不機嫌そうに呟いた。『だが、もう遅い。種は蒔かれた。この子の渇望は、いずれお前たちの光さえも飲み込む深淵となるだろう』

そう言うと黒い影はすっと闇の中へと消えていった。

ガレスは夢から覚めた。
目の前には自分の手を固く握り、涙を浮かべているイリーナの姿があった。

「……夢じゃなかったのか」

「ええ」
彼女は静かに、しかし厳しく言った。「ガレス。あなたに全てを話す時が来たようです。あなたが背負わなければならない、本当の運命について」

彼女は覚悟を決めた。
アルフレッドとリディアが息子を想うあまり隠した真実。
しかし、その沈黙こそが彼を危険な道へと誘っている。ならば真実を告げ、彼自身に自らの運命と向き合わせるしか道はない。

イリーナは、その夜ガレスに世界の危機と彼に宿る力の本当の意味を語り始めた。
それは一人の少年が大人になるための、最初の、そして最も過酷な試練の始まりだった。

一方、北の空を飛ぶ私たちはまだ知らない。
私たちが守ろうとした息子が、既に自らの足でその過酷な運命の渦の中へと足を踏み入れようとしていることを。
そして、その彼の決断がやがて私たちの戦局を大きく左右することになるということを。
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