私、魔王軍の四天王(紅一点)なんですが、敵であるはずの勇者が会うたびに口説いてきます

夏見ナイ

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第97話 目覚める古の闇

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北の空に灯った禍々しい紫色の光。
それはほんの一瞬の出来事だったが、世界の運命を左右する者たちに戦いの時代の再来を確信させるには十分な前兆だった。

「―――緊急招集!」

国王アルフレッドの名において、光の同盟改め「世界連合」の最高評議会が緊急に招集された。
王都ルクシオンには再び各種族の指導者たちが厳しい表情で集結する。
魔王レヴィ、ドワーフ王ボルグ、エルフの長老エリアーナ。かつてアルフレッドと共に世界を救った仲間たちも、それぞれの国の代表として円卓に着いていた。

会議の空気は最初から重かった。
エルザが魔力観測儀の示すデータをスクリーンに映し出す。
「北の果て……『嘆きの氷原』と呼ばれる古代の封印地帯。そこから強大にして未知のエネルギー反応が観測されました。これはアビス・ウォーカーのものとは全く異なる、この世界に根差した極めて古い『闇』の属性です」

その報告に、エルフの長老エリアーナが静かに目を伏せた。
「……ついに目覚めの時が来たか」

その言葉に全ての視線が彼女に集まる。
「長老。何かご存知なのですか」
アルフレッドが鋭く問いかけた。

エリアーナはゆっくりとエルフの族にのみ伝わる古の伝承を語り始めた。
それは神話の時代のさらにその前の、世界の創生期にまで遡る物語だった。

「世界がまだ若く光と闇が混じり合っていた頃。この世界には二つの原初の力が存在したと言われています。一つは生命を育む『大いなる光』。そしてもう一つは全てを無に帰す『深淵の闇』」
「その闇の化身こそが『虚無の王』と呼ばれた存在。彼はこの世界を自らが生まれた混沌の虚無へと還そうとしました。星々を喰らい、生命を啜り、世界そのものを内側から蝕む絶対的な破壊者」

その説明はアビス・ウォーカーと酷似していた。
しかし、エリアーナは首を振る。
「アビス・ウォーカーは『外』からの侵略者。しかし虚無の王は『内』なる脅威。この世界から生まれた世界の『死』そのものなのです」

「その虚無の王とやらはどうなったのだ」
ドワーフ王ボルグが唸るように尋ねた。

「当時の光の種族……神々の先駆けとなった者たちは総力を結集し、虚無の王を討伐しました。しかし、その魂を完全に滅ぼすことはできなかった。彼らは王の魂を無数の欠片へと砕き、その最大の欠片を世界の果て、嘆きの氷原の地下深くに封印したのです。二度と目覚めることのないように……」

広間が静まり返った。
誰もがその神話のような話の意味を理解していた。
北の空の光は、その永い封印が破られようとしている証なのだ。

「なぜ、今になって……」
アルフレッドが歯噛みした。

その問いに答えたのは意外な人物だった。
魔王レヴィだった。
「……心当たりがある」
彼は苦々しい表情で言った。「ザルディアスの遺した魔導書に僅かな記述があった。彼が執着していた『魂の錬成陣』。その本当の目的はアビス・ウォーカーを招き入れることではなかったのかもしれない。あれは……この世界の理を乱し、封印を弱めるための壮大な儀式だったのだ。そして……」

彼は一度言葉を切り、アルフレッドと、その隣に座る私の顔を真っ直ぐに見つめた。
「その封印を完全に解くための最後の『鍵』。それもまた記されていた」

「鍵……?」

「光と闇、その両方の血を継ぎ原初の力に最も近い魂を持つ者。……すなわち『契約の子』」

その言葉が雷鳴のように私の頭を打ち抜いた。
光と闇の血。原初の力。
それは私たちの息子、ガレスのことを示している。

私の顔から血の気が引いていくのが分かった。
アルフレッドもまた事態の深刻さを理解し、その顔を蒼白にさせていた。
ガレスが見ていたあの悪夢。
彼を呼ぶ謎の声。
全てが繋がった。

虚無の王は目覚めのために自らの後継者となるべき『器』を遠く離れた場所から呼び寄せていたのだ。
そして、その器に選ばれたのが私たちの愛する息子だった。

「……冗談ではないわ」
私の唇から震える声が漏れた。「あの子を……あの子を、そんなものにさせるものですか……!」
母としての本能が激しい怒りとなって私の心を燃え上がらせた。

「落ち着け、リディア」
アルフレッドが私の手を固く握り制した。しかし、その彼の手もまた僅かに震えていた。

会議は新たな局面を迎えた。
これはもはや世界の危機であると同時に、私たちの家族の危機でもあるのだ。

「嘆きの氷原へ、連合軍の精鋭を派遣する!」
アルフレッドは王として、そして父として決断を下した。「封印が完全に解かれる前にその元凶を叩く! そしてガレスをその呪われた宿命から必ず解き放ってみせる!」

彼の宣言に異を唱える者はいなかった。
ダリウスが、エルザが、そしてレヴィまでもが固い決意の表情で頷く。
かつて世界を救った英雄たちが今、再び一つの目的のために集結しようとしていた。



その夜。
私はガレスの寝室を訪れた。
彼は何も知らずに穏やかな寝息を立てている。その無垢な寝顔を見ていると胸が張り裂けそうになった。

この子を戦いに巻き込んではいけない。
絶対に。

私は彼の額にそっと手をかざした。
そして、私の持つ全ての母性と光と闇の力を込めて、一つの強力な「封印」を彼の魂に施した。
それは虚無の王の呼び声から彼を守るための守護の結界。
しかし、同時にそれは彼の持つ強大な力を一時的に眠らせてしまう苦渋の選択でもあった。

(ごめんね、ガレス……)
私は心の中で息子に謝った。(これはあなたを守るためなの。母さんの我儘を許して……)

眠る息子の頬に、私の涙が一筋こぼれ落ちた。

翌朝。
私はアルフレッドと共に旅の支度を整えていた。
私たちもまた先遣隊として嘆きの氷原へと向かうのだ。
王国のことはイリーナと、そして引退したはずの前王アルベールが留守を守ってくれることになった。

「ガレスには何も告げずに行くのか」
アルフレッドが辛そうに尋ねた。

「ええ」
私は頷いた。「あの子をこれ以上不安にさせたくない。これは私たち大人の戦いよ」

私たちは眠っている息子の部屋を、最後にもう一度だけ訪れた。
その寝顔に別れの口づけをそっと落とす。

「必ず帰ってくるからな」
アルフレッドが誓うように言った。

私たちは夜明け前の薄闇の中、王城を後にした。
向かうは北の果て、嘆きの氷原。
世界の存亡と、そして愛する息子の運命を賭けた、最後の、そして最も過酷な戦いが静かに幕を開けようとしていた。

しかし、私たちはまだ知らなかった。
私が施した封印が逆にガレスの心に深い孤独と闇への渇望を植え付けてしまう可能性を。
そして、私たちが北へ向かうことこそが虚無の王が仕組んだ壮大な罠の始まりであったことを。

運命の歯車はもはや誰にも止められない速度で回り始めていた。
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