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第14話:初めての買い物
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砦での生活が数日過ぎた。私の体調はすっかり回復し、ベッドで寝てばかりいるのも退屈に感じられるようになっていた。マーサが持ってきてくれた刺繍道具でハンカチに花の模様を刺したり、ギルバート様が貸してくれた難解な軍事史を読んだりして過ごしていたが、やはり外の空気が恋しくなる。
そんなある日、私はマーサに手伝ってもらいながら、追放された時に着ていたワンピースを洗っていた。泥と雨で汚れきったそれは、何度洗っても元の色には戻りそうにない。おまけに、森を彷徨ったせいで生地はあちこちが擦り切れ、もはやぼろ布同然だった。
「まあ、ひどい状態ですわね」
マーサが眉をひそめて言う。
「これでは、もう着ることはできませんわ」
彼女の言う通りだった。今の私には、このボロボロのワンピースと、借り物の寝間着しか着るものがない。部屋から一歩も出ないのならそれでもいい。しかし、いつまでもこの部屋に引きこもっているわけにもいかないだろう。
「申し訳ありません。何から何まで、ご迷惑をおかけして…」
私が俯くと、マーサは優しく私の肩を叩いた。
「リリアンナ様がお気になさることではございません。全ては、あの方にお任せすればよいのです」
その言葉の意味を、私はすぐ後に知ることになった。
その日の午後、ギルバート様が部屋を訪れた。いつものように私の顔色を確かめた後、彼の視線は私が畳んでいるボロボロのワンピースに向けられた。彼の眉間に、すっと深い皺が刻まれる。
「…それは、お前が着ていた服か」
「は、はい。ですが、もう着られそうにないので…」
私が言い淀むと、彼は何かをこらえるように深く息をついた。
「なぜ、言わない」
静かだが、その声には抑えきれない怒りのようなものが滲んでいた。
「え…?」
「服がないのなら、なぜすぐにそう言わなかった。まさか、ずっとこの寝間着で過ごさせるつもりだったのか、俺は」
彼の言葉は、私ではなく彼自身を責めているようだった。
「も、申し訳ありません!そこまでお気遣いいただくわけにはいかないと…!」
私が慌てて謝ると、彼は苛立たしげに首を横に振った。
「謝るな。俺が気づくべきだった。配慮が足りなかった」
彼はしばらく黙り込んだ後、決然とした口調で私に告げた。
「支度をしろ。町へ行くぞ」
「えっ?」
「服を買いに行く。お前に必要なものを、全て揃える」
あまりに突然の提案に、私は言葉を失った。
「と、とんでもないです!そんな、お金のかかることを…!私は、この寝間着で十分です!」
私は必死に首を横に振った。これ以上、彼に甘えるわけにはいかない。罪人である私が、新しい服など買ってもらう資格はないのだ。
私の頑なな拒絶に、ギルバート様の表情がさらに険しくなる。
「寝間着で砦の中をうろつく気か。シュヴァルツ辺境伯領の風紀が乱れる」
ぶっきらぼうな言い方だったが、それが私を気遣っての言葉であることは分かっていた。
それでも私が首を縦に振らないのを見て、そばで控えていたマーサが助け舟を出してくれた。
「リリアンナ様。ここは、閣下のご厚意を素直にお受けなさいませ。お嬢様が綺麗なお召し物をお召しになることは、私どもにとっても喜びなのですよ」
マーサの優しい言葉に、私の抵抗は少し弱まった。
ギルバート様は、そんな私の心を見透かしたように、最後の一押しとばかりに言った。
「これは俺の決定だ。異論は認めない」
彼の金の瞳が、まっすぐに私を見つめている。その瞳には、私の返事を待つ気など毛頭ない、絶対的な意志が宿っていた。
もう、断ることはできなかった。
「…分かり、ました」
私がようやく頷くと、彼は満足そうに短く息をついた。
「明日の朝、出発する。遅れるな」
そう言うと、彼は私の返事を待たずに部屋を出ていこうとする。
「あの、ギルバート様!」
私が呼び止めると、彼は扉の前で足を止めた。
「護衛は、どうなさるのですか?」
町へ行くのなら、当然騎士が数名付き添うのだろう。そう思っての質問だった。
すると彼は、何を当たり前のことを聞くのだ、という顔でこちらを振り返った。
「俺が行く」
そのあまりにも当然のような一言に、私は息を呑んだ。
辺境伯である彼が、自ら私の買い物に付き添うと?
「何か問題でも?」
「い、いえ!滅相もございません!」
私は慌てて頭を下げた。彼が去った後も、私の心臓はしばらくドキドキと鳴り続けていた。
彼と二人で、町へ。
もちろん、マーサも一緒だろう。それでも、彼と二人きりで砦の外に出かけるのは初めてだった。
緊張と、申し訳なさと、そしてほんの少しの、淡い期待。様々な感情が入り混じり、私の胸を騒がせる。
明日、一体どんな一日になるのだろう。
私は窓の外に広がる雄大な景色を眺めながら、来るべき未来に思いを馳せるのだった。
そんなある日、私はマーサに手伝ってもらいながら、追放された時に着ていたワンピースを洗っていた。泥と雨で汚れきったそれは、何度洗っても元の色には戻りそうにない。おまけに、森を彷徨ったせいで生地はあちこちが擦り切れ、もはやぼろ布同然だった。
「まあ、ひどい状態ですわね」
マーサが眉をひそめて言う。
「これでは、もう着ることはできませんわ」
彼女の言う通りだった。今の私には、このボロボロのワンピースと、借り物の寝間着しか着るものがない。部屋から一歩も出ないのならそれでもいい。しかし、いつまでもこの部屋に引きこもっているわけにもいかないだろう。
「申し訳ありません。何から何まで、ご迷惑をおかけして…」
私が俯くと、マーサは優しく私の肩を叩いた。
「リリアンナ様がお気になさることではございません。全ては、あの方にお任せすればよいのです」
その言葉の意味を、私はすぐ後に知ることになった。
その日の午後、ギルバート様が部屋を訪れた。いつものように私の顔色を確かめた後、彼の視線は私が畳んでいるボロボロのワンピースに向けられた。彼の眉間に、すっと深い皺が刻まれる。
「…それは、お前が着ていた服か」
「は、はい。ですが、もう着られそうにないので…」
私が言い淀むと、彼は何かをこらえるように深く息をついた。
「なぜ、言わない」
静かだが、その声には抑えきれない怒りのようなものが滲んでいた。
「え…?」
「服がないのなら、なぜすぐにそう言わなかった。まさか、ずっとこの寝間着で過ごさせるつもりだったのか、俺は」
彼の言葉は、私ではなく彼自身を責めているようだった。
「も、申し訳ありません!そこまでお気遣いいただくわけにはいかないと…!」
私が慌てて謝ると、彼は苛立たしげに首を横に振った。
「謝るな。俺が気づくべきだった。配慮が足りなかった」
彼はしばらく黙り込んだ後、決然とした口調で私に告げた。
「支度をしろ。町へ行くぞ」
「えっ?」
「服を買いに行く。お前に必要なものを、全て揃える」
あまりに突然の提案に、私は言葉を失った。
「と、とんでもないです!そんな、お金のかかることを…!私は、この寝間着で十分です!」
私は必死に首を横に振った。これ以上、彼に甘えるわけにはいかない。罪人である私が、新しい服など買ってもらう資格はないのだ。
私の頑なな拒絶に、ギルバート様の表情がさらに険しくなる。
「寝間着で砦の中をうろつく気か。シュヴァルツ辺境伯領の風紀が乱れる」
ぶっきらぼうな言い方だったが、それが私を気遣っての言葉であることは分かっていた。
それでも私が首を縦に振らないのを見て、そばで控えていたマーサが助け舟を出してくれた。
「リリアンナ様。ここは、閣下のご厚意を素直にお受けなさいませ。お嬢様が綺麗なお召し物をお召しになることは、私どもにとっても喜びなのですよ」
マーサの優しい言葉に、私の抵抗は少し弱まった。
ギルバート様は、そんな私の心を見透かしたように、最後の一押しとばかりに言った。
「これは俺の決定だ。異論は認めない」
彼の金の瞳が、まっすぐに私を見つめている。その瞳には、私の返事を待つ気など毛頭ない、絶対的な意志が宿っていた。
もう、断ることはできなかった。
「…分かり、ました」
私がようやく頷くと、彼は満足そうに短く息をついた。
「明日の朝、出発する。遅れるな」
そう言うと、彼は私の返事を待たずに部屋を出ていこうとする。
「あの、ギルバート様!」
私が呼び止めると、彼は扉の前で足を止めた。
「護衛は、どうなさるのですか?」
町へ行くのなら、当然騎士が数名付き添うのだろう。そう思っての質問だった。
すると彼は、何を当たり前のことを聞くのだ、という顔でこちらを振り返った。
「俺が行く」
そのあまりにも当然のような一言に、私は息を呑んだ。
辺境伯である彼が、自ら私の買い物に付き添うと?
「何か問題でも?」
「い、いえ!滅相もございません!」
私は慌てて頭を下げた。彼が去った後も、私の心臓はしばらくドキドキと鳴り続けていた。
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緊張と、申し訳なさと、そしてほんの少しの、淡い期待。様々な感情が入り混じり、私の胸を騒がせる。
明日、一体どんな一日になるのだろう。
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