婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第24話:心を溶かす一皿

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翌朝、私は新しいワンピースの上に清潔なエプロンを締め、覚悟を決めて厨房へと向かった。扉を開けると、そこには案の定、凍てつくような空気が満ちていた。

料理長ゲルハルトは、私を一瞥すると、まるで存在しないかのように無視を決め込んだ。他の料理人たちも、彼の態度に倣っている。誰も私に話しかけず、視線さえ合わせようとしない。彼らは私を透明人間のように扱いながら、黙々と自分たちの仕事を進めていた。

昨夜のギルバート様の領主命令は絶対だ。彼らは私を追い出すことはできない。しかし、協力する義務もない。これは、彼らなりのささやかな抵抗なのだろう。

私は完全に孤立していた。誰かが親切に何かを教えてくれるわけではない。手伝ってくれる者もいない。与えられたのは、厨房の隅にある、使われなくなった古い調理台だけ。食材も、昨日の残りの干し肉や野菜が、無造作に置かれているだけだった。

だが、それで十分だった。
私はここで、自分の力を証明しなければならない。言葉ではなく、結果で。

私はまず、調理台を丁寧に拭き清め、自分の城を築くことから始めた。そして、用意されていた食材を手に取る。硬くなった黒パン。塩気の強い干し肉。カブとタマネギ。豆。それだけだった。

貴族令嬢のお遊び。彼らがそう思っているのが、背中に突き刺さる視線で分かる。ならば、その固定観念を、この手で打ち砕くまでだ。

私が作るのは、前世で風邪をひいた時に母が作ってくれた、体に優しい雑炊。この世界風に言えば、リゾットのようなものだろうか。騎士たちの疲れた体を、内側から温めて癒す一皿。

まず、干し肉を細かく、本当に細かく刻む。塩気が強いので、一度さっと湯通しして余分な塩分を抜いた。タマネギも丁寧にみじん切りにする。

鍋に少量の油をひき、タマネギを弱火でじっくりと炒め始めた。甘く、香ばしい香りが立ち上るまで、焦がさないように、根気よく。この手間が、料理の味を深くするのだ。

タマネギが飴色になったら、刻んだ干し肉を加えてさらに炒める。肉の旨味が油に溶け出し、厨房に食欲をそそる香りが広がり始めた。

その香りに、料理人たちの動きがわずかに止まった。彼らはこれまで、食材を大きな鍋に放り込んで、ただ煮込むことしかしてこなかった。こんな風に、食材の香りを引き出すという調理法を見たことがなかったのだろう。

次に、硬い黒パンを布巾に包み、麺棒で叩いて細かく砕く。米のないこの世界では、これが代用品だ。砕いたパンを鍋に加え、肉と野菜の旨味を吸わせるように炒め合わせる。

そして、別の鍋で柔らかく煮ておいた豆を、裏ごし器で丁寧こした。滑らかなポタージュ状になった豆のスープ。それを、パンを炒めている鍋に少しずつ加えていく。

じゅう、という音と共に、優しい湯気が立ち上った。厨房に満ちていたのは、これまでとは全く質の違う、まろやかで、滋味深い香りだった。それは武骨な男たちの嗅覚を、静かに、しかし確実に刺激していった。

「…なんだ、この匂いは」
誰かが、ぽつりと呟いた。

私は仕上げに、すりおろしたカブを加え、塩で味を調える。カブのほのかな甘みが、全体の味を優しくまとめてくれるはずだ。

コトコトと、鍋が穏やかな音を立てている。私はその間、ひたすら鍋の底が焦げ付かないよう、木べらで静かにかき混ぜ続けた。その姿には、もう気まぐれなお嬢様の遊びという雰囲気はなかった。料理と真摯に向き合う、一人の料理人の姿がそこにはあった。

遠巻きに見ていたゲルハルトの、腕組みをしたままの表情が、わずかに動いたように見えた。

やがて、とろりとした雑炊が完成した。私は白い陶器の椀にそれを盛り付け、彩りに備蓄されていた乾燥ハーブをほんの少しだけ振りかける。茶色一辺倒だった砦の料理にはない、ささやかな緑色。

私はその椀を手に持つと、一番近くにいた若い見習い料理人の前へと運んだ。彼はまだ十代半ばだろうか。私の突然の行動に、びくりと肩を震わせた。

「あの…もしよろしければ、味見をお願いできませんか?」
私はできるだけ優しく微笑みかけた。

彼はどうしていいか分からず、助けを求めるようにゲルハルトの方を見る。ゲルハルトは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いていたが、止めることもしなかった。

好奇心と、厨房に満ちた抗いがたい香りに負けたのだろう。見習いの少年は、おずおずとスプーンを受け取ると、雑炊をほんの少しだけすくって口に運んだ。

その瞬間、彼の鳶色の目が、これ以上ないというほど大きく見開かれた。

咀嚼するのも忘れ、彼は固まっている。そして、ごくり、と喉を鳴らした後、絞り出すような声で呟いた。

「う…うまい…」

その一言は、静かだったが、厨房の隅々まで響き渡った。
「なんだって?」
「あいつが、うまいと言ったぞ」

他の料理人たちが、ざわめき始める。
見習いの少年は、周囲の声など聞こえていないかのように、我を忘れて二口目、三口目と雑炊を口へと運んでいった。その表情は、驚きから、純粋な感動へと変わっていた。

凍てついていた厨房の空気に、私の作った一皿が、確かな亀裂を入れた瞬間だった。
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