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第27話:リリアンナ様の料理教室
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私の作った雑炊は、砦の騎士たちの間で瞬く間に評判となった。
「あの白い粥、食ったか?」
「ああ。体が芯から温まる。まるで魔法のようだ」
「干し肉があんなに柔らかくなるなんて、信じられん」
廊下を歩いていると、騎士たちのそんな会話が聞こえてくる。彼らは私を見つけると、以前のような戸惑いの表情ではなく、どこか敬意と期待の入り混じった眼差しを向けてくれるようになった。中には、ぎこちない笑顔で会釈してくれる者まで現れた。
厨房での私の立場も、劇的に変化していた。
料理長のゲルハルトは、あれ以来、私に対して直接何かを言うことはなくなった。しかし、私が厨房に立つと、それとなく一番良い場所を空けてくれたり、新鮮な食材を私の調理台に黙って置いていったりするようになった。それが、彼の不器用なやり方で私を認めたという証なのだろう。
他の料理人たちも、もう私を無視することはなかった。それどころか、興味津々な様子で私の手元を覗き込み、質問してくるようになった。
「リリアンナ様、なぜタマネギをそんなに長く炒めるのですか?」
「そうすることで、タマネギの甘みを最大限に引き出すことができるのです。焦がさないように、弱火でじっくりと、がコツですよ」
「このハーブは、どんな効果があるのでしょう?」
「これはローズマリーですね。お肉の臭みを消して、爽やかな香りを加えてくれます。記憶力を高める効果もあると言われていますよ」
私の説明に、彼らは目を輝かせながら頷く。
「なるほど…!」
「勉強になります!」
彼らは、料理が嫌いなわけではなかったのだ。ただ、その楽しさや奥深さを知る機会がなかっただけ。私の前世の知識は、彼らにとって新鮮な驚きに満ちていた。
いつしか、私が厨房に立つ時間は、ささやかな料理教室のような様相を呈していた。
「今日は、保存食を作ってみましょう。この辺りでも、夏になればベリーの類が採れると聞きました」
私はゲルハルトに頼んで用意してもらった、貴重な干しベリーを手に取った。
「これを砂糖と一緒に煮詰めれば、美味しいジャムになります。パンに塗れば、味気ない食事がずっと楽しくなりますし、お湯で溶けば体を温める飲み物にもなりますよ」
私は手本を見せながら、ジャム作りの手順を説明していく。アクを丁寧に取り除くこと。焦げ付かないように、絶えず木べらで混ぜ続けること。料理人たちは、真剣な表情で私の言葉に耳を傾け、その手つきを食い入るように見つめていた。
次に私が教えたのは、ピクルスだった。
「カブやタマネギを、お酢とハーブ、それから少しのお砂糖で漬け込みます。こうすることで、野菜を長期間保存できますし、お肉料理の付け合わせにすれば、口の中がさっぱりします」
「お酢…ですか。あんな酸っぱいものを…」
料理人の一人が、訝しげな顔をする。
「ふふふ。火を通してお砂糖を加えることで、酸味がまろやかになるんですよ。出来上がりが楽しみですね」
厨房は、以前の殺伐とした空気が嘘のように、活気と笑顔で満ちていた。料理人たちは、新しい知識を得る喜びに目を輝かせている。指示された作業をこなすだけだった彼らが、自ら「こうすればもっと美味しくなるのでは?」と意見を出し合うようにさえなっていた。
ゲルハルトは、そんな厨房の変化を、少し離れた場所から腕を組んで見ていた。その表情は相変わらず厳めしい。けれど、その口元が、ほんのわずかに綻んでいるのを、私は見逃さなかった。
出来上がったベリージャムを塗った黒パンを、皆で試食した時のことだ。
「うまい!」
「パンが、パンじゃないみたいだ!」
「甘いものは、力が湧いてくるな!」
屈強な男たちが、まるで子供のようにはしゃいでいる。その光景が、私には何よりも嬉しかった。
私の活動は、厨房の中だけにとどまらなかった。
マーサを通じて、砦の食糧庫を見せてもらった。そこには、大量の穀物や豆類、干し肉が整然と積まれてはいたが、その管理方法は古く、効率的とは言えなかった。
「マーサ。食材は種類ごとに分けて、古いものから使えるように配置を変えませんか?それから、湿気を防ぐために、床にすのこを敷きましょう。虫除けの効果があるハーブを置くのもいいかもしれません」
私の提案に、マーサは感心したように目を丸くした。
「まあ、リリアンナ様は物事にお詳しいのですね。ぜひ、そのようにいたしましょう」
私のささやかな知識が、この砦の役に立っている。その実感が、私の心を確かな自信で満たしていった。
もはや、私をただの居候のお嬢様だと見る者はいなかった。
厨房の料理人たちは、私のことを敬意を込めて「先生」と呼ぶようになっていた。騎士たちは、私の姿を見かけると、明るい声で「リリアンナ様、今日の飯も最高でした!」と声をかけてくれる。
私は、このシュヴァルツ砦で、自分の居場所を、自分の手で作り出していた。
それは、誰かに与えられたものではない。私が、私自身の力で勝ち取った、確かな居場所だった。
「あの白い粥、食ったか?」
「ああ。体が芯から温まる。まるで魔法のようだ」
「干し肉があんなに柔らかくなるなんて、信じられん」
廊下を歩いていると、騎士たちのそんな会話が聞こえてくる。彼らは私を見つけると、以前のような戸惑いの表情ではなく、どこか敬意と期待の入り混じった眼差しを向けてくれるようになった。中には、ぎこちない笑顔で会釈してくれる者まで現れた。
厨房での私の立場も、劇的に変化していた。
料理長のゲルハルトは、あれ以来、私に対して直接何かを言うことはなくなった。しかし、私が厨房に立つと、それとなく一番良い場所を空けてくれたり、新鮮な食材を私の調理台に黙って置いていったりするようになった。それが、彼の不器用なやり方で私を認めたという証なのだろう。
他の料理人たちも、もう私を無視することはなかった。それどころか、興味津々な様子で私の手元を覗き込み、質問してくるようになった。
「リリアンナ様、なぜタマネギをそんなに長く炒めるのですか?」
「そうすることで、タマネギの甘みを最大限に引き出すことができるのです。焦がさないように、弱火でじっくりと、がコツですよ」
「このハーブは、どんな効果があるのでしょう?」
「これはローズマリーですね。お肉の臭みを消して、爽やかな香りを加えてくれます。記憶力を高める効果もあると言われていますよ」
私の説明に、彼らは目を輝かせながら頷く。
「なるほど…!」
「勉強になります!」
彼らは、料理が嫌いなわけではなかったのだ。ただ、その楽しさや奥深さを知る機会がなかっただけ。私の前世の知識は、彼らにとって新鮮な驚きに満ちていた。
いつしか、私が厨房に立つ時間は、ささやかな料理教室のような様相を呈していた。
「今日は、保存食を作ってみましょう。この辺りでも、夏になればベリーの類が採れると聞きました」
私はゲルハルトに頼んで用意してもらった、貴重な干しベリーを手に取った。
「これを砂糖と一緒に煮詰めれば、美味しいジャムになります。パンに塗れば、味気ない食事がずっと楽しくなりますし、お湯で溶けば体を温める飲み物にもなりますよ」
私は手本を見せながら、ジャム作りの手順を説明していく。アクを丁寧に取り除くこと。焦げ付かないように、絶えず木べらで混ぜ続けること。料理人たちは、真剣な表情で私の言葉に耳を傾け、その手つきを食い入るように見つめていた。
次に私が教えたのは、ピクルスだった。
「カブやタマネギを、お酢とハーブ、それから少しのお砂糖で漬け込みます。こうすることで、野菜を長期間保存できますし、お肉料理の付け合わせにすれば、口の中がさっぱりします」
「お酢…ですか。あんな酸っぱいものを…」
料理人の一人が、訝しげな顔をする。
「ふふふ。火を通してお砂糖を加えることで、酸味がまろやかになるんですよ。出来上がりが楽しみですね」
厨房は、以前の殺伐とした空気が嘘のように、活気と笑顔で満ちていた。料理人たちは、新しい知識を得る喜びに目を輝かせている。指示された作業をこなすだけだった彼らが、自ら「こうすればもっと美味しくなるのでは?」と意見を出し合うようにさえなっていた。
ゲルハルトは、そんな厨房の変化を、少し離れた場所から腕を組んで見ていた。その表情は相変わらず厳めしい。けれど、その口元が、ほんのわずかに綻んでいるのを、私は見逃さなかった。
出来上がったベリージャムを塗った黒パンを、皆で試食した時のことだ。
「うまい!」
「パンが、パンじゃないみたいだ!」
「甘いものは、力が湧いてくるな!」
屈強な男たちが、まるで子供のようにはしゃいでいる。その光景が、私には何よりも嬉しかった。
私の活動は、厨房の中だけにとどまらなかった。
マーサを通じて、砦の食糧庫を見せてもらった。そこには、大量の穀物や豆類、干し肉が整然と積まれてはいたが、その管理方法は古く、効率的とは言えなかった。
「マーサ。食材は種類ごとに分けて、古いものから使えるように配置を変えませんか?それから、湿気を防ぐために、床にすのこを敷きましょう。虫除けの効果があるハーブを置くのもいいかもしれません」
私の提案に、マーサは感心したように目を丸くした。
「まあ、リリアンナ様は物事にお詳しいのですね。ぜひ、そのようにいたしましょう」
私のささやかな知識が、この砦の役に立っている。その実感が、私の心を確かな自信で満たしていった。
もはや、私をただの居候のお嬢様だと見る者はいなかった。
厨房の料理人たちは、私のことを敬意を込めて「先生」と呼ぶようになっていた。騎士たちは、私の姿を見かけると、明るい声で「リリアンナ様、今日の飯も最高でした!」と声をかけてくれる。
私は、このシュヴァルツ砦で、自分の居場所を、自分の手で作り出していた。
それは、誰かに与えられたものではない。私が、私自身の力で勝ち取った、確かな居場所だった。
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