婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第28話:痩せた土地

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厨房での活動は、すっかり軌道に乗った。料理人たちは私の教えた新しい調理法を吸収し、今では自分たちで工夫を凝らした日替わりメニューを考え出すまでになっていた。騎士たちの食事の時間は、以前の無味乾燥なエネルギー補給の場から、活気と笑顔に満ちた談笑の場へと変わっていた。

その変化は、私にとって大きな喜びだった。しかし、同時に私は新たな課題に直面していた。

「リリアンナ先生。申し訳ありませんが、今週はもう新鮮なカブが…」
「乾燥ベリーの備蓄も、これで最後です」

食材の絶対的な不足。それが、私たちの前に立ちはだかる大きな壁だった。
この辺境の土地は痩せている。作物が育ちにくく、収穫量も少ない。冬が長く厳しいこともあり、ほとんどの食材を備蓄や保存食に頼らざるを得ないのが現状だった。

いくら調理法を工夫しても、元となる食材がなければ料理の幅は広がらない。もっと色々な種類の野菜があれば。新鮮な果物があれば。騎士たちの食卓は、もっと豊かになるはずなのに。

私の恩返しは、まだ道半ばなのだ。

その日、私は意を決してギルバート様のもとを訪れた。彼は執務室で、地図のようなものを広げて険しい顔をしている。領地の統治も、彼の重要な仕事の一つなのだろう。

「どうした。また厨房で何かあったか」
彼は私に気づくと、少しだけ表情を和らげてくれた。

「いえ、厨房のことではございません。一つ、お願いがありまして」
私はまっすぐに彼の目を見て言った。
「このシュヴァルツ領を、私の目で見てみたいのです。人々がどのような場所で暮らし、何を作って生きているのかを、知りたいのです」

私の突然の申し出に、彼の金の瞳がわずかに見開かれた。そして、すぐにその眉間に深い皺が刻まれる。
「領地は、砦の中のように安全ではない。何があるか分からん」

彼の声には、私の身を案じる響きがあった。また、彼の過保護が発動しかけている。
私は慌てて付け加えた。
「もちろん、ご迷惑にならないよう、護衛の方々と共に、安全な場所だけを回ります。どうか、お願いします。私は、この土地のことをもっと知りたいのです」

私の瞳に宿る真剣な光を、彼は見逃さなかった。しばらく黙って私を見つめていたが、やて諦めたように大きなため息をついた。
「…分かった。ハンスに命じて、万全の警護をつけさせる。決して一人で行動するな。いいな」
「はい!ありがとうございます、ギルバート様!」

許可を得た私は、翌日、副官のハンス殿と数名の騎士に護衛され、砦の麓に広がる農村地帯へと向かった。

馬車から降り立った私の目に映ったのは、想像以上に厳しい現実だった。
畑は、石ころだらけだった。土は乾燥してひび割れ、色は白っぽく、生命力に欠けている。そこに植えられているのは、まばらな麦と、ひょろひょろと育ったカブだけ。その葉の色も、どこか元気がないように見えた。

畑を耕していた農民たちが、私たちの姿に気づいて手を止めた。彼らは皆、痩せていて、その顔には深い皺が刻まれている。陽に焼けた肌は土の色に近く、その瞳には諦めと疲労の色が濃く浮かんでいた。彼らは騎士の姿に気づくと、恐れるようにそっと頭を下げるだけだった。笑顔は、どこにもない。

ハンス殿が、村の長老らしき老人のもとへ私を案内してくれた。
「リリアンナ様。こちらは、この村の長を務めるヨハンです」
「ご苦労様です、ヨハンさん」
私がにこやかに挨拶をすると、ヨハンと名乗った老人は驚いたように目を見開き、慌てて深く頭を下げた。貴族の、それも領主閣下のお客人が、自分のような農夫に直接話しかけるなど、初めての経験だったのだろう。

「この土地での暮らしは、大変ではありませんか?」
私が尋ねると、老人は皺だらけの顔で力なく笑った。
「大変でない日など、ございませんよ。この土地は、昔から呪われておりますのでな。作物はろくに育たず、冬を越すのがやっとの暮らしでございます」

その言葉には、長年この厳しい自然と戦い続けてきた者の、深い諦観が滲んでいた。
「どうすれば収穫が増えるか、色々試したのです。ですが、何をしても無駄でした。これも、土地の神様がお決めになったこと。我々には、ただ耐えることしかできませぬ」

彼の言葉に、他の農民たちも静かに頷いている。彼らは皆、自分たちの貧しさを、変えることのできない運命なのだと受け入れてしまっていた。

その光景を見て、私の胸は締め付けられるように痛んだ。
違う。これは呪いなどではない。ただ、土地の力が弱っているだけだ。そして、それを回復させる方法を知らないだけなのだ。

前世の私は、都会のマンションのベランダで、ささやかな家庭菜園を楽しんでいた。土作りについて書かれた本を何冊も読み、堆肥を作り、コンパニオンプランツを試し、限られたスペースで驚くほどたくさんの野菜を収穫したことがある。

その知識が、この場所で役に立つかもしれない。

痩せた土地を蘇らせる方法。輪作で作物の連作障害を防ぐ知恵。この寒冷な土地に適した、新しい作物の存在。私の頭の中に、前世で得た知識が次々と蘇ってくる。

料理で、彼らの食卓を豊かにする。それは素晴らしいことだ。
でも、それだけでは足りない。
私は、この土地そのものを、彼らの生活そのものを、豊かにするお手伝いがしたい。

諦めに沈んだ彼らの瞳に、希望の光を灯したい。収穫の喜びを知り、心からの笑顔を取り戻してほしい。

砦に戻る馬車の中で、私の決意は固まっていた。
厨房での成功は、始まりに過ぎなかった。私の本当の戦いは、これから始まるのだ。

私は窓の外に広がる痩せた大地を、力強い瞳で見つめていた。
この土地を、必ず緑豊かな実りの大地に変えてみせる。
それが、私にできる、本当の恩返しだ。
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