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第42話:不器用な優しさ
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「君は、俺の、そしてこの領地の光だ」
ギルバート様から告げられた言葉が、私の心の中で何度も何度も反響していた。彼の真摯な眼差しと、まっすぐな言葉。その一つ一つが、私の胸の奥に温かい光を灯していく。
私は何と返事をすればよいのか分からず、ただ頬を染めて俯くだけだった。そんな私を、彼は急かすことなく、ただ静かに待ってくれている。
しばらくして、丘の上に心地よい風が吹き抜けた。それは夏の終わりの名残と、秋の始まりの気配が混じった、少しだけ冷たい風だった。
私は薄手のワンピース一枚だったため、その風に思わず肩をすくませた。砦の中はいつも暖かく、外の気温の変化に少し鈍感になっていたのかもしれない。ほんのわずかな身じろぎ。自分でも意識しないほどの、小さな反応だった。
しかし、隣に座る彼は、その些細な変化を見逃さなかった。
「…寒いのか」
低い声で問われ、私は慌てて首を横に振った。
「い、いえ!大丈夫です、少し風が気持ちよかっただけで…」
彼に心配をかけたくなかった。せっかくの穏やかな時間を、私のせいで台無しにしたくなかったのだ。
しかし、私の拙い嘘は、歴戦の騎士である彼には通用しなかった。
彼は何も言わず、おもむろに立ち上がった。その大きな体が、私の前に影を落とす。私は何事かと思い、不安げに彼を見上げた。
彼は自分が羽織っていた、分厚いウール地の黒いマントを静かに外した。そして、それを私の肩に、ふわりとかけてくれたのだ。
「えっ…!」
突然の出来事に、私は息を呑んだ。
マントは、彼の体をすっぽりと覆うほど大きい。その重厚な生地が、私の華奢な体を完全に包み込んでしまう。そして、マントからは彼の匂いがした。森の木々のような、少しだけ鉄の匂いが混じった、私の心を不思議と落ち着かせる香り。
彼の体温が、まだマントに残っていた。その温もりが、冷たい風から私を守ってくれる。それは、まるで彼自身にそっと抱きしめられているかのような錯覚を覚えさせた。
「あ、あの、ギルバート様!結構です、私は本当に寒くありませんから!」
私はパニックになりながら、肩にかかったマントを彼に返そうとした。しかし、彼は私の手の上から、自分の大きな手でマントをぐっと押さえつける。
「いいから、着ていろ」
その声は、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「病み上がりの体で、風邪でもひいたらどうする。マーサにどやされるのは俺だぞ」
ぶっきらぼうな口調。理不尽な言い分。けれど、その言葉の端々から、彼の不器用な優しさが痛いほど伝わってくる。私の体を、心から心配してくれているのだ。
「ですが、それではギルバート様が寒くなってしまいます…!」
「俺は鍛えている。この程度の風、何ともない」
彼はそう言うと、何事もなかったかのように私の隣に再び腰を下ろした。軽装のシャツ一枚になった彼の逞しい腕が、陽光の下で逞しく輝いている。その姿は確かに、少しの寒さも意に介さないように見えた。
私はもう、何も言えなかった。
ただ、彼の優しさの証である黒いマントを、ぎゅっと胸の前で握りしめる。
これが、彼のやり方なのだ。
甘い言葉を囁くでもなく、ただ黙って、行動で示す。
服がなければ、黙って買い与える。
私が寒そうにしていれば、黙って自分のマントをかける。
その不器用で、けれど誰よりも誠実な愛情表現に、私の胸はきゅうっと締め付けられるように高鳴った。
彼は、私を本当に大切に思ってくれている。
ただの居候としてではなく、守るべき、かけがえのない存在として。その事実が、これ以上ないほどの幸福感となって、私の全身を駆け巡った。
追放され、全てを失ったと思っていた。
私の人生は、悪役令嬢として惨めに終わるのだと、そう信じていた。
けれど、今、私はここにいる。
この世界で一番優しい人の隣で、その温もりに包まれている。
胸の奥から、温かいものが込み上げてくる。
私はマントに顔をうずめるようにして、小さな声で呟いた。
「…ありがとうございます」
それは、マントをかけてくれたことへの感謝だけではなかった。
私を見つけ、救い出し、そして、こんなにも大切にしてくれる、彼の存在そのものへの、心からの感謝の言葉だった。
彼はそれに何も答えなかった。
ただ、私の方を見ずに、遠くの山並みを眺めている。
しかし、その厳格な横顔が、ほんの少しだけ和らいで見えたのを、私は見逃さなかった。
しばらくの間、私たちは無言のまま、同じ景色を眺めていた。
言葉はなかったが、私たちの心は、これまで以上に深く、そして確かに繋がっているのを感じていた。
この人の隣が、私の本当の居場所。
私が守りたいと願う、かけがえのない場所。
陽がゆっくりと西の山へ傾き始め、空が茜色に染まっていく。
そろそろ、砦に戻る時間だった。
私たちは静かに立ち上がり、後片付けを始めた。私がバスケットを手に取ろうとすると、彼がそれをひょいと取り上げる。
「俺が持つ」
その短い一言にも、彼の優しさが満ち溢れていた。
帰り道、私は再び彼の前に乗り、馬に揺られた。
肩には、彼のマントがかかったままだ。彼は、それを返せとは一言も言わなかった。
背中から伝わる彼の体温と、肩を包むマントの温かさ。
その二重のぬくもりに守られながら、私は心地よい揺れに身を任せていた。
今日の出来事が、まるで幸せな夢のように感じられる。
でも、これは夢じゃない。
確かな現実なのだ。
私は、この温かい場所で、この優しい人の隣で、新しい人生を歩み始めている。
馬上でうとうとと微睡みながら、私はそっと誓った。
いつか、私もこの人を守れるようになりたい。
彼が私に与えてくれる温もりを、今度は私が、彼に返せるようになりたい、と。
その思いを胸に、私は彼の大きな背中に、そっと頭を預けた。
ギルバート様から告げられた言葉が、私の心の中で何度も何度も反響していた。彼の真摯な眼差しと、まっすぐな言葉。その一つ一つが、私の胸の奥に温かい光を灯していく。
私は何と返事をすればよいのか分からず、ただ頬を染めて俯くだけだった。そんな私を、彼は急かすことなく、ただ静かに待ってくれている。
しばらくして、丘の上に心地よい風が吹き抜けた。それは夏の終わりの名残と、秋の始まりの気配が混じった、少しだけ冷たい風だった。
私は薄手のワンピース一枚だったため、その風に思わず肩をすくませた。砦の中はいつも暖かく、外の気温の変化に少し鈍感になっていたのかもしれない。ほんのわずかな身じろぎ。自分でも意識しないほどの、小さな反応だった。
しかし、隣に座る彼は、その些細な変化を見逃さなかった。
「…寒いのか」
低い声で問われ、私は慌てて首を横に振った。
「い、いえ!大丈夫です、少し風が気持ちよかっただけで…」
彼に心配をかけたくなかった。せっかくの穏やかな時間を、私のせいで台無しにしたくなかったのだ。
しかし、私の拙い嘘は、歴戦の騎士である彼には通用しなかった。
彼は何も言わず、おもむろに立ち上がった。その大きな体が、私の前に影を落とす。私は何事かと思い、不安げに彼を見上げた。
彼は自分が羽織っていた、分厚いウール地の黒いマントを静かに外した。そして、それを私の肩に、ふわりとかけてくれたのだ。
「えっ…!」
突然の出来事に、私は息を呑んだ。
マントは、彼の体をすっぽりと覆うほど大きい。その重厚な生地が、私の華奢な体を完全に包み込んでしまう。そして、マントからは彼の匂いがした。森の木々のような、少しだけ鉄の匂いが混じった、私の心を不思議と落ち着かせる香り。
彼の体温が、まだマントに残っていた。その温もりが、冷たい風から私を守ってくれる。それは、まるで彼自身にそっと抱きしめられているかのような錯覚を覚えさせた。
「あ、あの、ギルバート様!結構です、私は本当に寒くありませんから!」
私はパニックになりながら、肩にかかったマントを彼に返そうとした。しかし、彼は私の手の上から、自分の大きな手でマントをぐっと押さえつける。
「いいから、着ていろ」
その声は、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「病み上がりの体で、風邪でもひいたらどうする。マーサにどやされるのは俺だぞ」
ぶっきらぼうな口調。理不尽な言い分。けれど、その言葉の端々から、彼の不器用な優しさが痛いほど伝わってくる。私の体を、心から心配してくれているのだ。
「ですが、それではギルバート様が寒くなってしまいます…!」
「俺は鍛えている。この程度の風、何ともない」
彼はそう言うと、何事もなかったかのように私の隣に再び腰を下ろした。軽装のシャツ一枚になった彼の逞しい腕が、陽光の下で逞しく輝いている。その姿は確かに、少しの寒さも意に介さないように見えた。
私はもう、何も言えなかった。
ただ、彼の優しさの証である黒いマントを、ぎゅっと胸の前で握りしめる。
これが、彼のやり方なのだ。
甘い言葉を囁くでもなく、ただ黙って、行動で示す。
服がなければ、黙って買い与える。
私が寒そうにしていれば、黙って自分のマントをかける。
その不器用で、けれど誰よりも誠実な愛情表現に、私の胸はきゅうっと締め付けられるように高鳴った。
彼は、私を本当に大切に思ってくれている。
ただの居候としてではなく、守るべき、かけがえのない存在として。その事実が、これ以上ないほどの幸福感となって、私の全身を駆け巡った。
追放され、全てを失ったと思っていた。
私の人生は、悪役令嬢として惨めに終わるのだと、そう信じていた。
けれど、今、私はここにいる。
この世界で一番優しい人の隣で、その温もりに包まれている。
胸の奥から、温かいものが込み上げてくる。
私はマントに顔をうずめるようにして、小さな声で呟いた。
「…ありがとうございます」
それは、マントをかけてくれたことへの感謝だけではなかった。
私を見つけ、救い出し、そして、こんなにも大切にしてくれる、彼の存在そのものへの、心からの感謝の言葉だった。
彼はそれに何も答えなかった。
ただ、私の方を見ずに、遠くの山並みを眺めている。
しかし、その厳格な横顔が、ほんの少しだけ和らいで見えたのを、私は見逃さなかった。
しばらくの間、私たちは無言のまま、同じ景色を眺めていた。
言葉はなかったが、私たちの心は、これまで以上に深く、そして確かに繋がっているのを感じていた。
この人の隣が、私の本当の居場所。
私が守りたいと願う、かけがえのない場所。
陽がゆっくりと西の山へ傾き始め、空が茜色に染まっていく。
そろそろ、砦に戻る時間だった。
私たちは静かに立ち上がり、後片付けを始めた。私がバスケットを手に取ろうとすると、彼がそれをひょいと取り上げる。
「俺が持つ」
その短い一言にも、彼の優しさが満ち溢れていた。
帰り道、私は再び彼の前に乗り、馬に揺られた。
肩には、彼のマントがかかったままだ。彼は、それを返せとは一言も言わなかった。
背中から伝わる彼の体温と、肩を包むマントの温かさ。
その二重のぬくもりに守られながら、私は心地よい揺れに身を任せていた。
今日の出来事が、まるで幸せな夢のように感じられる。
でも、これは夢じゃない。
確かな現実なのだ。
私は、この温かい場所で、この優しい人の隣で、新しい人生を歩み始めている。
馬上でうとうとと微睡みながら、私はそっと誓った。
いつか、私もこの人を守れるようになりたい。
彼が私に与えてくれる温もりを、今度は私が、彼に返せるようになりたい、と。
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