婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第43話:ささやかなプレゼント

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夕暮れの光が、世界を優しい金色に染め上げていた。
馬に揺られる心地よいリズムと、背中から伝わる彼の体温。私はいつの間にか、彼の胸に完全に体を預け、微睡んでいた。砦の黒いシルエットが、丘の向こうに大きく見え始めている。この幸せな一日も、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

その時だった。
ギルバート様が、何の前触れもなくぴたりと馬を止めた。その唐突な停止に、私ははっと目を覚ます。

「どうかなさいましたか?」
私が尋ねると、彼は何も答えなかった。ただ、その金の瞳は、道端の一点をじっと見つめている。彼の視線の先を追って、私もそちらに目を向けた。

そこには、名も知らぬ小さな野の花が、群生して咲いていた。
白、紫、淡い黄色。夕暮れの光を浴びて、ささやかな宝石のようにきらきらと輝いている。厳しい辺境の地に、こんなにも可憐な花が咲いているとは知らなかった。

「綺麗…」
私が思わずそう呟いた、次の瞬間だった。
ギルバート様は、ひらりと軽やかに馬から降り立った。そして、驚く私を置き去りにして、その花畑へと無言で歩み寄っていく。

私は何が起こったのか分からず、ただ馬の上から呆然と彼の背中を見つめていた。
彼は屈強な騎士だ。戦いと責務に生きる、この砦の主。そんな彼が、道端の野の花に興味を示すなど、想像もしたことがなかった。

彼は花畑の前に屈み込むと、その大きな、節くれだった手で、花を一本、また一本と丁寧に摘み始めた。剣を握り、馬の手綱を引くための、硬く、力強い手。その手つきは、お世辞にも器用とは言えなかった。けれど、まるで壊れ物にでも触れるかのように、ひどく慎重で、優しい手つきだった。

その光景が、あまりにも現実離れしていて、私は自分がまだ夢の中にいるのではないかとさえ思った。

しばらくして、彼は小さな花束ほどの花を摘み終えると、こちらへ戻ってきた。そして、私の目の前で、再びその場に腰を下ろす。

彼は摘んだばかりの花を膝の上に置くと、今度はその茎を、一本一本編み込み始めたのだ。
「え…?」
私は、彼が何をしようとしているのか、ようやく理解した。
花の冠。女の子が幼い頃に作る、あの花の冠を、彼が作ろうとしている。

信じられない光景だった。
鬼神と恐れられる黒騎士が、道端で小さな花の冠を編んでいる。その姿は、あまりにもシュールで、そして、どうしようもなく愛おしかった。

彼の大きな指は、繊細な花の茎を扱うのに苦労しているようだった。何度も編み損ねては、むっとした顔でやり直している。その真剣な横顔は、まるで国家の機密文書でも解読しているかのようだ。

私は声をかけることもできず、ただ息を呑んでその様子を見守っていた。
やがて、少し不格好だけれど、温かみにあふれた小さな花の冠が完成した。

彼はそれを手に立ち上がると、馬の上の私に近づいてきた。そして、その花の冠を、私の頭にそっと乗せてくれたのだ。花の甘く、青い香りが、ふわりと私を包み込む。

「…やはりな」
彼は満足げに、ぽつりと呟いた。
「高価な宝石よりも、君にはこちらの方が、よく似合う」

その言葉が、私の心の最も柔らかな部分に、深く、深く突き刺さった。

追放される前。侯爵令嬢だった頃の私は、いつもきらびやかな宝石でその身を飾っていた。それが、自分の価値を高める唯一の方法だと信じていたから。父も、周りの大人たちも、そうすることが当たり前だと言っていた。

けれど、彼は違う。
彼は、私のありのままの姿を見てくれている。宝石で飾られた偽りの私ではなく、ただのリリアンナという存在そのものを。

高価な贈り物よりも、ずっと、ずっと嬉しい。
道端の花で作られた、このささやかな冠。そこには、どんな宝石にも代えがたい、彼の真心が込められていた。

胸の奥から、温かいものが込み上げてくる。視界が、じわりと滲んでいく。
「ありがとうございます…」

私の声は、涙で震えていた。
「とても、嬉しいです。私の、宝物にします」

私の言葉に、彼は少し照れたように視線を逸らした。そして、その大きな手で、私の頭を、花の冠を壊さないように、優しく、優しく撫でてくれた。

夕日が、西の山の向こうに完全に沈もうとしていた。
世界が、夜の闇に包まれる直前の、最も美しい瞬間。

その魔法のような光の中で、私たちはただ、静かにお互いを見つめ合っていた。
言葉はもう、必要なかった。
彼の不器用なプレゼントが、彼の心の全てを、私に伝えてくれていたから。
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