婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第46話:傾く王国

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シュヴァルツ領が初めての豊穣に沸き、温かい冬支度を整えていた頃。
国境を隔てたエルミール王国は、正反対の季節を迎えようとしていた。空は鉛色の雲に覆われ、吹き付ける風は人々の体温だけでなく、希望さえも奪っていくようだった。

王都の大通りは、閑散としていた。行き交う人々の顔は一様に暗く、その足取りは重い。市場の棚は空っぽの場所が目立ち、わずかに並べられた黒パンや干からびた野菜には、信じられないほどの高値がつけられていた。

「パン一つで銀貨一枚だと?ふざけるな!」
「これじゃあ、俺たちは冬を越せずに飢え死にだ…」

あちこちで、そんな怒声や嘆きが聞こえる。しかし、店主もまた、痩せこけた顔で力なく首を振るだけだった。
「俺だって好きでこうしてるわけじゃねえ。今年の収穫は、例年の十分の一もなかったんだ。これでも、赤字覚悟なんだよ」

原因不明の凶作。
それは、まるで呪いのように、エルミール王国の全土を襲っていた。夏は日照りが続き、秋には長雨が作物を腐らせた。天候不順と言ってしまえばそれまでだが、その異常さは誰の目にも明らかだった。

災いは、それだけではなかった。
これまで比較的穏やかだったはずの魔物が、突如として凶暴化し、各地で村や旅人を襲う事件が頻発していた。騎士団は討伐に追われるが、その数は減るどころか、むしろ増えているようにさえ感じられた。

そして、追い打ちをかけるように、貧民街を中心に原因不明の咳病が流行り始めていた。それは命に関わるほどの病ではなかったが、人々の体力をじわじわと蝕み、国の活力を根こそぎ奪っていく。

王城の中もまた、重苦しい空気に包まれていた。
玉座の間で行われた御前会議では、大臣たちが次々と暗い報告を上げるばかりだった。

「北部グラハム伯爵領にて、大規模なオークの群れが出現!騎士団だけでは手が足りず、傭兵団の派遣を要請しております!」
「東部の穀倉地帯は、長雨による洪水で壊滅状態です。今年の納税は、到底見込めません…」
「王都の食糧備蓄も、このままでは冬の半ばには底をつきましょう。早急な対策を!」

玉座に座る国王は、心労からか目に見えて憔悴していた。そして、その隣に立つ王太子アレンの顔には、隠しきれない焦燥と苛立ちが浮かんでいた。

「対策、対策と口で言うのはたやすい!具体的にどうするというのだ!」
アレンの怒声が、静まり返った玉座の間に響き渡った。大臣たちは、怯えたように顔を伏せるばかりで、誰も有効な策を提示できない。

会議が終わった後、アレンは苛立ちを隠さぬまま、足早に廊下を歩いていた。なぜだ。何が原因なのだ。半年前まで、この国は平和で豊かだったはずだ。それが、まるで何かの歯車が狂ったかのように、全てが悪い方向へと転がり始めている。

彼の足が向かったのは、後宮の一室だった。扉を開けると、甘い花の香りと共に、可憐な少女が彼を迎える。
「アレン様、お待ちしておりましたわ」
男爵令嬢エリアーナ。彼の、新しい心の支え。

「エリアーナ…」
アレンは、彼女の華奢な体を強く抱きしめた。彼女の温かさと甘い香りだけが、今の彼を癒してくれる唯一の救いだった。

「お疲れなのですね、アレン様。大丈夫ですわ、きっと全てうまくいきます。アレン様は、この国で最も優れたお方なのですから」
エリアーナは、いつものように甘い言葉で彼を慰める。その言葉は、彼の傷ついた自尊心を優しく撫でる麻薬のようだった。

しかし、その言葉に、具体的な解決策は何一つ含まれていない。アレンは心の奥底で、その事実にかすかな物足りなさと苛立ちを感じ始めていたが、プライドがそれを認めることを許さなかった。

その時、アレンの脳裏に、ふと、別の女性の顔がよぎった。
銀色の髪。澄んだ紫の瞳。いつも凛として、彼の半歩後ろを歩いていた、元婚約者の姿。
リリアンナ。彼女ならば、こんな時、どうしただろうか。彼女はいつも、国の情勢について書かれた難しい本を読み込み、的確な意見を述べることがあった。あの女なら、この状況を打開するための何かを…

いや、何を考えている。
アレンは、頭を振ってその考えを打ち消した。
あの女は、嫉妬に狂った悪女だ。この国の不幸は、あの女を追放したせいだとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい。そんなはずがあるものか。

彼が自らの思考を無理やり断ち切った、その時だった。
侍従が、神官長の謁見を告げに来た。

玉座の間に現れた神官長は、青ざめた顔でアレンの前にひざまずいた。
「申し上げます、王子殿下。恐れながら、この国の衰退は、天の御業にあらず…」
その声は、恐怖に震えていた。

「このエルミール王国から、聖なる加護が消えかけているのでございます!」

聖なる加護が、消えかけている。
その言葉は、王国の根幹を揺るがす、不吉な預言のように響き渡った。

「我ら神官、昼夜を問わず祈りを捧げておりますが、神々の声は遠のくばかり。まるで、この土地そのものが、神に見捨てられようとしているかのようでございます…!」

神官長の悲痛な訴えに、アレンは顔を歪めた。
「下らぬ!神に見捨てられただと?ならば、お前たちの祈りが足りんということだろう!儀式を増やせ!国中の神殿で、昼夜を問わず祈りを捧げさせろ!」

「は、ははあ!」
神官長は、平伏したまま震えていた。

彼が去った後、アレンは一人、玉座の間に残された。
聖なる加護。神の怒り。そんなものは、信じていない。この国の問題は、もっと現実的なもののはずだ。
しかし、その原因がどうしても分からない。見えない敵と戦っているような、底なしの焦燥感。

自室に戻ったアレンは、机の上に山と積まれた、各地からの悲惨な報告書を睨みつけた。そして、抑えきれない怒りのままに、その全てを腕で薙ぎ払った。

羊皮紙が、雪のように宙を舞う。
「なぜだ!一体、何が原因なのだ!」

彼の絶叫が、静まり返った王城に虚しく響き渡った。
王国が傾き始めた本当の理由を、そして、自分たちが犯した取り返しのつかない過ちの大きさを、彼はまだ知る由もなかった。
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